第237話 戦略が違う
アーリア歴5年2月5日。
「いやあ、中々いい話し合いでしたよね。ジェシカさん」
「そうですね。アーリア王」
ジェシカと細部まで交渉を詰めたフュン。
アーリア王国と、レガイア王国。
この二つがこの時に決めた事は、こうであった。
①シャッカルの割譲。
ここは、レガイア王国側にとっては、無理して所有する土地でもなく、しかも民もいるわけじゃないので、アーリアがもらっても良いとの事になった。
②捕虜の解放
四万の兵であれば非常に助かるとの話であり、両者にとって完全同意である。
③停戦
互いに攻撃をしない事を確約。期限は5年とした。
これをジェシカとライブックが決めた事になっているが。
勅書があるためにウーゴが決めた事になっている。
だが、それはまだ確定にならない。勅書があるのにだ。
なぜかと言えば、それはミルス・ジャルマがこの意思決定に関与していないからである。
「じゃあ、僕らは一旦。シャッカルに戻りますので、お待ちしてます。ジェシカさんは、首都に連絡するのでしょ?」
「そうです。一度マクスベルに向かいます。その後は無線でやり取りをしましょう。おそらくは、私がそちらに向かうと思います」
「わかりました」
「はい。それではまたお会いしましょう」
「ええ。また~」
フュンはジェシカと一旦別れた。
◇
シャッカルに戻った後。
フュンは会議を開く。
クリスとギルバーンだけとである。
「クリス。ギル。ここで、僕の作戦をお伝えします。計画書はこれです。読んだら燃やしてください」
「燃やせ?」
ギルバーンが驚いた。
「まさか。フュン様。私とギルだけですか」
「そうです。完全なものは二人だけです」
「それほどの作戦!?」
クリスは緊張しながら資料を読んだ。
「こ。これは・・・承諾できませんよ。こんなの」
クリスが立ち上がり。
「なるほど。さすがだ。俺はこんな計画書。見た事がない・・・ナボルの馬鹿どもが、勝てなかったのは、当たり前だわ。これほど臨機応変に計画を考えられるのか。それも人読みでか」
ギルバーンが絶賛した。
「ギル。こんなのを許すのですか」
「許すも何も。これくらいしなければ、俺たちは勝てないぞ。正直ナボル以上に、事を大きく荒立てないと、勝利はないんだ」
「ギル! フュン様のお命。これでは危険に」
「大丈夫だ。それは俺たちが死に物狂いで守る。絶対にな」
「しかし!」
クリスとギルバーンの会話の後。
「ギル。クリス。僕の作戦どうでしょ」
「俺は賛成です」
「私は反対です。無理ですよ」
「そうですか。割れるのも珍しい」
三人で作戦を考える際、意見が出てもほぼ一緒だった。
しかし、今回は割れた。
「しかし、実行します。多数決でね」
「駄目です。多数決は2。1対1で、同数ですよ」
クリスが言った。
「いいえ。2対1です」
「フュン様を入れては駄目です。許しません」
「ふっ。クリスも頑固ですね。僕は何も僕だと言ってませんよ」
「え?」
「この賛成2は、ユーナです」
「「な!?」」
二人がユーナの顔を思い出して驚いた。
「彼女も賛成しました・・・というよりも、彼女と共に細部まで決めていきましたからね。これが僕らが勝つ。最終ルートだ」
最後の作戦だと、フュンは言いきったのである。
「なるほど。だから、俺があなたについていき。クリスがシャッカルに残り。ユーナリアがロベルトにいる。という事ですか。フュン様」
「そうです。各地に僕の片腕となる人を置きたかったのです。僕がいなくても、勝手に動き出せる人が必要。大局を見極める力を持つ者が重要な拠点に必須。だから、クリス。ユーナ。この二人がそこに必要なんですね」
独自の判断が出来る人が、様々な場所に必要。
フュンは、想定の範囲でも、敵との激戦を予想していた。
「ええ。この作戦でいくとなると、そうなりますね」
「はい。ギルも分かってくれます」
「わかります。これだと、もう使節団を決めていますよね」
「そうです。連れて行くのは、戦えるメンバー。達人たちだけだ。それ以外は足手まといになる可能性がある。切迫した状況になると思いますからね」
使節団とは、停戦を決める際の向こうに行く一団の事を指していた。
フュンはこの時にはすでに、首都リーズに行く気なのだ。
「フュン様。私は!」
「無理ですね。悪いですけど、クリスでは、この動きにはついていけないはずだ。逃げる可能性と戦う可能性があるのですよ。だから、最低でもロベルトの戦士くらいの身体能力が必要です」
ロベルトの戦士くらいの身体能力。
これは、クリスでは不可能どころか、大半の人間でも条件をクリアできない。
「それじゃあ。作戦は決行です。やるしかない。この手で世界を乱してもね」
「乱世・・・ふっ。それを俺たちが生み出すのか・・・面白い。ここでの俺の人生。ナボルの時では想像できないわ。比べ物にならんくらいに面白いぞ。それに・・・ナボルに入る頃よりも悪を演じる事になるとは信じられん」
ギルバーンの呟きにフュンも同意する。
「ええ。僕もですよ。ナボルと戦っている時は、なんて悪者がいるんだって思ったものですが、まさかね。僕がそのナボルよりも悪い奴になるとは・・・想像してなかった」
フュンとギルバーンは互いに声を出して笑いあった。
ナボルを超える悪はいない。
そう思っていた。
しかし、今からやる事は確実にナボルを越えた悪となる。
だから人生って分からないものだと、二人は思ったのだ。
◇
ジェシカたちが来る前。
フュンは、大切な仲間の一人と大事な話し合いをしていた。
「タイム」
「はい。フュンさん」
「後で微調整しますが、あなたにだけ・・・・この後すぐに連絡をします」
「はい。なんのですか?」
「あなたには、皆とは違う。ある特殊な任務をしてもらいます」
「どんなのでしょう」
フュンは、全てをそつなくこなせる器用な男に重要な仕事を任せていた。
「イバンクの家に入れます」
「・・・ん?」
「あなたを中心にして数名。補佐はイルミネス。その周りはロベルトの戦士でもいいので、彼らと共にイバンク家に入ってもらい勉強をしましょう。それと軍師的な相談役にもなってあげてください。彼女の家。ここは予想ですが、彼女以外にそういう人物がいません。彼女が一人で切り盛りしているようです。なので、あなたがカバーに入って下さい」
「なるほど・・・」
「そうすることでこちらとの不可侵を見守る事も出来るし、要所で協力も出来るかもしれない」
フュンはタイムを送り込むことにしていた。
彼ならば、そつのない指示を出せる。
それに人との軋轢を生まないタイプの人間なので、上手い具合に人の懐に入れるからだ。
「それで、そこで技術を見てきてください。盗むつもりでいいです」
「技術を盗むですか!!」
「はい。色々な技術をお願いします。戦闘。内政。なんでもいいです。僕らの生活に還元できるものならなんでもです」
「わかりました。これは・・・数年単位の話で?」
「そうです。長いと思いますが、お願いします。実はここが一番の肝かと」
「わかりました。おまかせを」
「ええ。ではお願いしますね」
敵地の中央へ行く前に、フュンは色々と下準備をしていた。
◇
その後。連絡はやってきた。
ジェシカから直接連絡がきて、シャッカルで再び会いましょうと正式になった。
それで、フュンたちは、シャッカルで彼女らを迎え入れる事にしたのだ。
「ジェシカさん。お久しぶりです」
「はい。アーリア王」
「では、どういう予定で。僕はこの兵士たちをどうすればいいですか」
「あ。はい」
捕虜は本当の事だった。
監禁されている彼らを数えてもたしかに四万程いる。
そこの数に前後があっても、それくらいの兵が収納されているとは、話だけでは夢にも思わない。
実際に見ると、衝撃的だった。
「す、凄い。どうやってこれほどの規模を」
四万の兵は貴重。
現代戦において、兵士一人の役割に重みがある。
それは専門的な動きをするために、近接武器とは違って知識がないといけないのだ。
機械系統を操る事が出来ないといけない。
だからこの四万の兵の価値は、非常に重たいものであるのだ。
だからジェシカは停戦を推奨している。
恐らく武闘派のサイリンも、大将軍のマキシマムも賛成であるのだ。
「僕的には、この隊長さん三人と、その側近。これを僕らの兵がお連れする形がいいかなって思ってます。停戦が確定したら、この人たちを一気に解放するのが一番良い」
「そうですね。全体の解放を先にしてしまうのはさすがに」
「ええ。よくありません。ミルス。あれは、強かというよりも、ただの我儘だ」
「え?」
「奴の考えは、ただの我儘。戦略もない。だから、未だにシャルノーで無駄な戦いを続けている。僕が奴の立場で、ルヴァン大陸を制覇するなら、絶対にシャルノーでは戦わない」
フュンは、自分の考えを言っていた。
「シャルノーで戦わない?」
「はい。この世界は丸いのでしょう? 地図だと平面ですけどね。海は繋がっている」
「そ、そうです。丸いですね」
「だったら僕は、戦いの拠点として、シャルノーを使用せず。別な場所に拠点を作り、イスカル大陸を目指します!」
「は!? え???」
驚きで、ジェシカの息が止まった。
「はい。僕なら、ワルベントの北東から船を出す。少し長旅になりますがイスカル大陸を狙います。ただし、これは長距離で動ける船を作ってからですね・・・ですから僕なら無理に戦わないで、ルヴァン大陸との疑似停戦みたいな状態にして、この瞬間は国を挙げて内政に励みます。そうすれば、その船を作り出せる時間も、お金も作り出せるはずです」
「・・・たしかに・・・」
ジェシカは、レガイア王国にはない新戦略だと思った。
「イスカルを支配すれば、敵を二正面にさせる事が出来る。そしたらルヴァンを削ってそれで終わりです。そしたら僕らのアーリアを簡単に支配出来る。それで終わり。世界統一だ」
「・・・・な・・世界統一?」
「しかし、そんな事はさせない。僕は世界統一じゃない。世界に別なものを作りたい。混乱から、秩序を作りたいんですよ。それで世界を安定させたい」
「世界に混乱? 秩序? え?」
大陸の話じゃなくて、もっと大きい世界の話になったので、ジェシカはついつい聞き返してしまった。
「だから、任せて欲しいんですよ。あなたとの同盟は絶対に守りますので、僕を信じてもらえますか」
「・・・わ、わかりました」
ジェシカは突然変な事を言われても、承諾をした。
でもこの男は何故か信頼できる。
不思議な感覚だった。
「よし。僕らはリーズに行きましょうかね。日程はあります? ここまでに来いとか?」
「いえ。とりあえず、こちらに向かって来いと」
「そうですか。じゃあ、ゆっくり行ってもらってもいいですか?」
「ゆっくり?」
「はい。一つ一つ。大都市に着いたら見学してもいいでしょうかね」
「・・・ええ。いいですよ。それくらいなら、おそらく」
「よし。じゃあ旅をしましょう。早速行きますか」
「え。今から?!」
口調も軽いが、足も軽い。
それがフュンという男であった。




