第236話 やっと会えた
その会議は、詳細を翌日に詰めるとして、フュンがもう一つの提案をした。
それはそちらの兵士さん一人一人と会話をしたいという形であった。
変わった条件だが、ジェシカとしては何も不利にならないので許可を出した。
五人と面接するような形で、フュンはただの世間話をした。
◇
三番目にやってきた兵士との会話。
「あなたは。奥さんがいます?」
「え。はい」
「これ。奥さんにプレゼントしてあげてください。お肌にいいね。保湿クリームです。イイ感じになるので、お試しでどうぞ」
「あ。ありがとうございます」
「いえいえ。あとでですね。感想とかもらえると嬉しいんで、手紙とかをね。もらえると嬉しいですね」
「あ。そうですか。はい」
「お名前は?」
「ビディです」
「ビディさんね。覚えましたよ~」
名前を答えたビディはどうせ覚えてねえだろと思った。
◇
四番目に来た兵士との会話。
「あら。この手。ずいぶん荒れていますね。水仕事してます?」
「は、はい。私は洗濯係をよく」
「へえ。これは水荒れじゃないか・・・粉か・・・」
「はい。たぶん。洗剤です」
「そうでしょう。なんとなくそう思いますね。それじゃあ、これ。よく洗い落とせる。石鹸があります。ちょっと待ってくださいね」
「はい」
フュンがゴソゴソとバッグから石鹸を取り出した。
「これね。洗濯の後に使ってみてください。これで綺麗に洗い流せば大丈夫じゃないですかね」
「本当ですか」
「ええ。駄目だった場合は連絡をくれれば大丈夫です。別な新しいのをあげますよ」
「れ、連絡?」
「はい。えっとお名前は?」
「リリアンです」
「リリアンさんね。わかりました。話は通しておきます。困ったら来てください」
名前を答えたリリアンは、どうやって連絡するのと思っていた。
◇
そして、このやりとり。
基本は意味がない。真の目的があった。
それが。
「フュン様。あなた様が、太陽の人で」
「ええ。らしいです。それにしてもお会いしたかったですよ。ライブックさん!」
そう、ライブックと堂々と会うためには、一人一人と会話していることを装う必要があった。
ライブックが敵に怪しまれずにいるためだ。
「これほど、輝いて見えるのですね」
「え? 僕、光ってるんですか。どうしよう。眩しいんですかね」
「ハハハ。ええ、とても眩しいですよ」
「うわ。僕って近所迷惑だなぁ」
太陽の人とは明るい人のことを指すのかと、ライブックはこの時思った。
「それで、フュン様は。なぜ、フュン・ロベルト・アーリアと?」
「それがですね。説明しますと・・・」
事情を知らないライブックの為にフュンは丁寧に説明した。
「なるほど。そういう事情で」
「そうなんですよ。なぜか。僕が王になっちゃいましてね。もう不思議。不思議。世の中は不思議なことだらけです」
「ははは。納得してないみたいな言い方ですね」
「それはそう。まだ納得してないんですよ。五年も経ったのにね」
王になって五年。
自覚もないけど王。
でも周りから絶大な信頼がある王。
本人と他人の評価が、全くの正反対の関係。
それがフュンの王様時代の話である。
「では、計画を知りたいです。タツロウの話も・・・」
「ええ。まずタツロウさんは、捕虜の中に入ってもらってます」
「え? 捕虜」
「はい。捕まえて、一応入れています。で、念のために相手の中に入れこんで、疑われないようにしていますね」
「なるほど・・・ああ、そうだった。私は一つ疑問が」
ライブックは一番の疑問を聞こうとした。
「なんでしょう?」
「どうやって、シャッカルを落としたのですか」
「ああ。あそこ? そうですね。簡単に説明しますと・・・」
◇
シャッカル戦。
それは、騙し討ちであった。
ナボルと同じ技術を駆使して、バルバロッサとその副将のフリをして、敵の中に入り込んだのが基準の戦法であった。
潜水艦二隻。輸送艦三隻で、寄港する。
この目的はラーゼを完全支配出来た事の凱旋であるとして、敵を騙した。
船から出てきたのは、変装したフュンと他の影たち。
だから、敵は何も違和感なく船を迎え入れた。
陸に降りても姿は、バルバロッサそのものだから、何も疑いもしない。
しかし、そこから降りてくる兵士だけが違っていた。
その理解の時間差。
油断と緊張感を生み出したことで、シャッカル自体は一気に占領できたのだ。
抵抗してきた兵を倒し、降伏してきた兵を助けた結果。
二万弱の奪取に成功。
元々運んでいる捕虜と合わせて、大体四万という形である。
「な、なるほど。声?」
「ええ。これです。バルバロッサだ。私が帰って来た。凱旋だ。港を開けろ」
途中で、声がバルバロッサの声になった。
フュンは変声術が得意である。それと変装も得意なのだ。
「な!? 将軍の声」
「はい。これが僕らの影の力ですね。サブロウから習いましたからね。変声術です」
「サブロウ・・・そうですか。そちらの影の頭領の」
「ええ。そうです。僕らは、技術がない。文明が足りない。でも、過去の力によって、騙すは出来る。自分たちを強く見せる事が出来ますよ」
同じくらいに強い。
敵がそう思ってくれるように仕向けていく。
それがフュンの戦略によって、行われているのだ。
人の心を知るフュンだから出来る技である。
もしかせずとも、この時代のアーリア大陸に、フュン・メイダルフィアという一人の人間がいなければ、アーリア大陸は時代の渦に飲まれ、世界に隷従していただろう。
奴隷が住まう辺境の大陸アーリアとなっていたのだ。
「強く見せる・・・ですか?」
「はい。僕らって、普通に戦ってしまえば、大敗北間違いなしです。武器が違います。そちらに戦術家がいれば、こちらはあっさり負ける」
「戦術家・・・こちらにもいますが」
「ええ。でもそれは現代戦の戦術家です。僕は、工夫のある戦術家。つまり、ミラ先生のような人がそちらにいれば・・・僕はボコボコに負けていますよ。手も足も出せない。何も出来ないと思いますね」
「ミラ先生とは?」
「はい。僕の師匠です。とても素晴らしい戦術家。戦略家でした」
「でした・・・そうですか」
「ええ」
ライブックは、フュンの言った意味をすぐに理解した。
「それでですね。僕はここで上手く戦おうと思っています。そして、ライブックさんにはやってもらいたい事があります」
「なんでしょうか」
「僕、これからですね。この国をどう動かすかをそちらの態度によって変えようと思っています。なので、ライブックさんには、僕の作戦を全てお話しますので、そのどれに該当しているかを、見極めて頂きたい。安全圏から、あまり危険を冒さずに、僕の援護をお願いしたい。僕を信じてです」
フュンはライブックの目を見つめる。
この人は信用してくれている。
これは確実だとフュンは思った。
「わかりました。どれに該当するか・・複数あるのですね」
「そうです。僕の計画は、レガイア王国が・・・いや、ミルス・ジャルマが、どの選択を取るかで決めるつもりです」
「ジャルマが!?」
決定権のある男が、どの判断をするのかで作戦が決まる。
「はい。ミルス・ジャルマ。僕は奴を消す。どのルートを辿ろうと、そのつもりで動いています」
小さな大陸の王が、大きな大陸の王を超える大宰相を倒す。
最初から、そのつもりである事が驚愕だ。
大体な宣言に、ライブックは身震いした。
「え!? まさか。そんなことが」
「ええ。驚くでしょうがね。やってみせますよ。僕は、こういう経験をたくさんしてきましたからね」
子供の頃から、様々な経験をしてきたフュン。
その中で、罠に嵌めるような、嫌な経験はあれしかない。
ナボルとの戦いだけなのだ。
彼らとの決戦が、フュンをより強くしていたのである。
「この作戦。色々あるのですが、その中で一番可能性が高いものがですね。僕がここからいなくなる可能性が高いんですよ。おそらくはワルベントにはいない。なので・・・」
「え? ここからですか」
「そうです。だから、僕がいなくなっても、信じて作戦を続行してくれますか。その状態の時にその都度の判断もお願いしたい。僕は必ずミルス・ジャルマを倒せるよう・・・大混乱の時代を生み出します」
「え???」
「これから僕は、この世界に混沌を生み出すんです! でなければアーリアは負けますからね。絶対に生み出してみせます」
ここから、世界が混沌へ・・・。
混沌の奇術師ミランダ・ウォーカーの弟子。
太陽王フュン・ロベルト・アーリアは、戦場じゃなく。
世界を混沌に導くつもりなのだ。
全ては愛する者を守るため。
強者が好き勝手に暴れる時代を終わらせるために。
時代を更なる混沌へと誘うのである。




