第234話 アルミース会談
アーリア歴5年2月3日。
中規模な村アルミース。
まあまあ栄えている村で、フュンたちの規模では、都市と言ってもよかった。
周りには農園が多くある。
そこの村の北の入り口に、ジェシカたちがやって来ると、先にフュンたちがいた。
入り口付近に光り輝く男が立っていた。
実際に輝いているわけじゃなくて、そういう風に見えている。
「ああ。あなたですかね。ジェシカさんは」
「ええ。じゃあ。あなたが、アーリア王?」
「そうなんですよ。不思議ですよね。僕が王なの」
「は?」
「いや。僕ね。皆から勝手に王に祭り上げられたんですよ。酷くないですか」
「は?」
「そんな世間話も込みで、話したいんで。いったい、どこにいけばいいんですか。僕、ここの土地勘ないですから。どこ行けばいいのか分からずで。あははは」
『何だこの軽い人は?
本当に王なのか?
偽物じゃ。影武者なんじゃ・・』
そう思っているのは、ジェシカだけじゃない。
お付きの兵も思っている。
「え・・ええ。ライブックが案内しますわ」
「あ。そうですか。ライブックさんお願いします」
「はい」
目の前の人は太陽の人だ。
間違いない。
平静を装った顔のライブックは内心震えていた。
タツロウが言っていたことは本当だった。
明らかに輝いている。
そして、自分の心が、この人が太陽の人であると言って叫んでいる。
「あ、あの。こちらの一番の宿を貸し切りにしまして・・・そちらでの交渉でよろしいですか」
「はいはい。いいですよ。ついていきます」
「あ。はい。こちらです」
こんなに軽い返事なのに、何故か会話が出来て嬉しく思う。
この男と話すだけで、自分がアスタリスクの民であると自覚できた。
ライブックが先頭で、次にフュンとジェシカが並んで歩く。
フュンは単純に何も考えないで、話しかけていた。
「へえ。ジェシカさんってお若いですよね。宰相さんなんですよね。もっと歳をいっている人かと思ってました」
「私は若くないわよ」
「え??? お肌綺麗ですよ」
「そ。そう」
「ええ。とてもお若い。20代?」
「違うわよ。40代」
「あれま。僕とほとんど同じですか」
「え。あなた。40代なの。見えないわ。それこそあなたが20代に・・・」
フュンの見た目は20代に見える。
それこそレベッカと並んでも同じ年頃に見える。
その要因はサナリア草の化粧品のおかげだ。
フュンが開発したあれらは薬用なのでお肌に良いのだ。
「ええ。僕・・・いくつだ。44になるのかな」
「私とほとんど同じじゃない」
「あら。じゃあ、ジェシカさん。とてもお若いですね」
「そ、そう」
「ええ。ええ。良い事ですね」
褒められて悪い気がしない。
この人、敵なのに。
ジェシカは、悔しさが半分あった。
「到着しました。こちらです」
村一番の宿は、立派だった。
建物を見上げているフュンは、感心していた。
「大きな宿ですね。村の規模でこれですか・・・都市だともっと大きいのですかね」
「まあ、そうじゃない。あなたたちの大陸だとね。比べたら大きいんじゃないの」
「ええ。大きいですね。村の規模ではありえない」
嫌味が通用しない。
完璧に透かされたと思ったと同時に、この男との交渉は難しいとも思った。
感情が揺れ動かない。
それは、交渉に置いての難しさに繋がる。
「それじゃあ、武器類はどうします。宿に預けます?」
「いいえ。いいわよ別に。どうせ、あなたたちだって、こっちを攻撃するつもりないでしょ」
「ええ、しませんよ。ただ、銃だけは外してもらえます」
「な!?・・・そうね。そうよね」
銃を知っている。
まあ当然かと後々になって気付いた。
◇
宿の下の階にて。
「それじゃあ、ゼファー」
「はっ。殿下」
「君は、下にいてください。僕はレベッカとダンだけを中に連れていきます」
「わかりました」
「レベッカ。ダン。君たちは僕のそばで」
「「はい」」
「タイロー。メイファ」
「「はい」」
「君たちは部屋の外にいてください」
「「わかりました」」
「まあ、大体こんな感じで良いですかね」
フュンの下準備が終わった。
対して、ジェシカの方は部屋に五人を連れて交渉に当たる。
◇
部屋に到着早々で、会談は始まる。
「では、交渉をしたいですわ。あなたからの提案をお聞きしたい」
「ええ。僕の要求は、これです」
「ん?」
「捕虜解放。そこで停戦です。無期限停戦でお願いしたい」
「・・・」
「そこから、平和条約を。どうでしょう」
「・・・なるほど」
それは考えていた事と同じ事だった。
「それじゃあ。捕虜解放はいいのですが、どれくらいの捕虜がいるのでしょう」
「はい。四万です」
「・・・・・は!?」
数が多すぎる。
ジェシカは、前のめりになって驚いた。
「あなたたち。僕らに二度も攻撃しましたよね」
「え。ええ・・・そうですね」
フュンの口調が少し強い。
今までの感覚の話し方じゃなかった。
「その際に僕らは、兵士を捕まえています。あなたたちの将もです。バルバロッサ。ミックバース。タツロウ。これらを確保しています。この方たち、とても貴重じゃありません?」
「・・・それはもちろん。貴重に決まっていますわ」
「ですよね。人がいなくては。戦争なんて出来ません。あれクラスの将軍を育てる。それは長い期間を要する問題でありますよね」
「・・・そうですわね」
「ええ。だから、それに加えて四万の兵。これらも貴重なはず。次の戦争をするための人員を四万。この人数を育てると言ったら途方もない苦労であります。そうでしょう?」
「・・・そうですわね」
「だったら、停戦。そして平和条約。これを結ぶのは実りある成果ではないですか? 四万と引き換えなら結構お安い」
「・・・ええ・・・まあ」
「シャルノー。そちらのその地域での激化している戦争。それは大変でしょう」
「な!?」
なぜそれを知っている。
ジェシカは驚いて思わず声を出していた。
「二正面で戦いたくはないでしょ」
「・・・・」
畳み込んでくる言葉に対して、黙るしかなかった。
ジェシカも天才的な策略家で、口も立つ。
しかし、目の前の優男は、自分よりも遥かに鋭い考えを持っているのかもしれない。
それは、こちらの考えを読んでいるのに、それをひけらかさないで、含んで言ってきている。
今言った言葉の奥には、さらに奥の意味がありそうな気がする。
そんな気がするのだ。
手の平の中に、転がされるのじゃなくて、手の平の中に閉じ込められているような気がする。
「それで、どうです? これ承諾してもらえたりしますかね」
「・・・え。ええ・・・」
一任されているから判断してもいい。
でも、交渉の流れをそちらに持っていかれてるから、返事をしたくない。
ジェシカは、黙るわけにもいかずに、曖昧な返事をした。
「まあ。難しい問題ですもんね。そちらは、自分たちが強大だと思っている。それに比べて、僕らの事は弱いと思っている。そもそも対等な交渉自体がありえないと思っている。そうでしょ。どうですか。正直なところ」
「え。まあ。そうですね。国土から言ってもそうでしょう」
「ええ。そうです。文明。国の大きさ。双方から言っても、あなた方が圧倒的に有利だ」
「・・・では・・・」
なぜ、あなたには自信があるの。
ジェシカはそう言いたかった。
「そうです。でも、僕は知っています。あなた方はバラバラすぎる。ジャルマ。サイリン。イバンク。トゥーリーズを守るに。三家が宰相として立つはず・・・だったのに、ジャルマが一強で、完全支配に近い形になっている」
「!?」
どうしてこちらの事情に詳しいの。
ジェシカは聞き出したかった。
「それは歪だ。僕はそれと同じような経験をしています。王家よりも強い者がいる。それは、国が滅びる前兆のようなもの。そして、国の中に敵がいる状況。それは、国が崩壊する前兆のようなもの・・・・ですから、僕はですね。次の提案をしたい・・それであなたにだけ、お伝えしたい事がありますので・・・ひとまずは」
フュンの目が、その他に向かった。
自分の事をしっかり見つめていたのに、最後の瞬間に兵士たちの目を見た。
つまり人払い。
「わ。わかりました。ライブック。兵を連れて外へ。私とこの方との話にします」
「はい。では下がります」
指示が出たので、フュン側も。
「レベッカ。ダン。外に」
「「はい」」
部屋に二人きり。
重苦しい空気を持ったまま、フュンが話し始めた。
「では、こちらをどうぞ」
立ち上がって近づく前に。
「はい? なんですかこれは」
フュンが自分のバッグから、容器を取り出して、ジェシカの前に置いた。
「あなた。その髪、不満ですよね」
「は?」
思っていた交渉じゃない!?
ジェシカは頭が混乱していた。
「その髪が嫌で、何度もシャンプーを試していると」
「なぜそれを・・・」
「女性の髪は命だ。という事で、あなたにはこれをあげますので、これに満足したら、僕との交渉を再開してください。次の話し合いもここで、二人でお願いします」
「え? どういうこ・・・」
「これが嫌なんでしょ。このボサボサになっちゃう髪? 診断しましょうか?」
「さ、触らないで」
フュンが無造作に触ろうとしたので、ついつい手で弾いてしまった。
自分の手もフュンの手も少しだけ赤くなる。
「あらま。失礼でしたね。では、試してみてください。それでは、一つ言っておきます。それを作れるのは僕だけです。そして、アーリア大陸だけだ・・・これを覚えておいてください。では、今日はこの辺で・・・・」
フュンは去っていった。
「な。なによ・・・どういうこと・・・人払いまでして・・・こんな事を言いたかったの?」
ジェシカは渡された容器を持って、会談が中断されたことに戸惑っていた。




