第233話 どうする
「では、返答をするのか。それがいいのか。イバンク」
「ミルス殿はどう思うの。私の意見はあくまで助言よ」
「・・・」
ミルスは、難しい問題に当たったことがない。
それは、自分勝手になんでも決められたからだ。
おそらく、実際は難しくても、その権力で全てを簡単にしてきた。
でも今回は与えられた課題が難問すぎる。
一個間違えれば、領土を次々と失う。
中々に難しい判断となる。
「マキシマム。お前はどうだ」
「私は、全面的にジェシカ様の意見に賛成です」
「そうか・・・・ライブックは」
「はい。私もですね。交渉を前提として、敵を止める。この考えは正しいかと」
「そうか・・・サイリンは」
「儂も。そうだな。それが良いかと」
「・・・皆がそうなら、そうするしかないか」
自分としては、アーリア大陸に鉄槌を。
暴れるなと言って、強烈な一撃を与えて粉砕したい。
と思っても、今回ばかりはそう上手くいかない。
兵をそちらに増員。武器をそちらに運ぶ。
それを一瞬でやる事は出来ない。
いくら列車があろうとも。
物資を運ぶことができたとしても。
目の前のシャルノーの戦いが、止められないのだ。
そして、初めて自分の心とは違う事をやらされた。
ミルスは生まれて初めての屈辱を与えられたのだ。
馬鹿にしていた。
小さな大陸の原始人だと思っていた人間によって・・・・。
「交渉は。どうする。どのラインで済ませるのだ」
ミルスが聞いた。
「停戦。捕虜解放。これくらいじゃないかしら。それか。シャッカルをあげるで、相手を止める」
「なに!? 領土をか」
「ええ。シャッカルって、ほとんどいらないわ。あそこと停戦はセットでもいいかも。それに捕虜解放があるなら、こちらの戦力は増強よ。返してくれるなら、最前線に兵を送れるもの」
捕虜は、まあまあの数がいるはず。
停戦の交渉をするつもりなら、多くの材料が必須だからだ。
そこまでジェシカは計算していた。
「・・・しかし、領土をやるだと」
「ええ。シャッカルはただの廃れた軍事拠点。来るかどうかも分からなかったアーリア大陸を監視するための施設。でもそこに来ちゃったわけだし、実際に奪われちゃったわけだし、だったら、もうここは思い切って捨ててもいいわ」
あえての放棄。
ジェシカ・イバンクの戦略は面白かった。
「それにね。あそこは何の資源もない。ただの平地で拠点なだけ。それと維持費も馬鹿にならなかったし、ただただお金が流れるだけの施設。それをあっちの大陸にあげちゃえば、無駄なものを勝手に管理してくれるわ。それで、停戦なら、攻撃して来れないでしょ。そうなれば、別に兵力をあっちに割かなくて済むし。それにマクスベルに軍備すればいいだけになるの。大砲とか」
「なるほど。停戦で、逆にアーリア大陸の進軍を止める。そして、あそこを貴様らが管理しておけ・・・ということか」
「そういうことよ」
お金の問題も絡めて、ジェシカは進言した。
「そうか。シャッカルをあえてやる・・・・か」
ミルスは敵にみすみす奪われるのも癪だと思った。
だが、今の意見を聞くとそれでもいいのかもと思った。
「なるほど・・・そこまで良き提案をするのなら。イバンク。貴様が交渉人になるか」
「私が!? なぜ」
「そこまで考えているなら、ライブックと共に、交渉してよい。私が許可する」
「な?・・・じゃあ、一ついい」
「なんだ」
「交渉内容。不満でも、後で文句を言わないでよ。それが条件よ。交渉なんてね。全てこっちの思い通りにいくなんてありえないんだから。多少は融通する。それが基本なのよ」
「・・・わかった」
分かっていそうにない。
だからジェシカは話を続ける。
「じゃあ、あなた。一筆書きなさい。それをくれたら、私がやるわ」
「・・・出そう。勅書を出す」
「いいわ。すぐ出して」
ミルスに直接書かせる。
ジェシカは、かなり強かだった。
その文章があれば、何をしても許される。
のちに、交渉結果に不満を持っても、後から蒸し返される心配がないのである。
勅書には身を護る効果がある。
「じゃあ、連絡を出すわよ。まず。マクスベルに私とライブックがいくわ。その後。直接交渉をするかどうか決めてくるわ」
「わかった。頼む」
ミルスの指示をもらい。勅書ももらい。
彼女はフュンとの交渉に挑んだのであった。
◇
連絡を入れた後。
すぐにマクスベルに向かった二人は、到着早々でシャッカルとの無線に入った。
「こちら、マクスベル・・・・シャッカル応答してください」
「ええ。こちらシャッカル。何でしょうか」
「交渉をしたいです。そちらの交渉できる方を出してください」
「あ。はい。僕が出来ますから、そのままどうぞ」
「え? あなたは。どなたですか」
「僕は、フュン・ロベルト・アーリアです。なので、どうぞ。お話しくださ~い」
「え????」
無線連絡をする兵は止まった。
相手がまさかの人であった。
「あれ? もしもーし。あれ??? 声が聞こえないな・・・故障ですかね。あれれ」
フュンの軽い声が部屋に響く。
「んんん? あれ、本当に故障かな。どうしよう。交渉したいのに・・・兵士さ~ん。返事してください。兵士さ~~~ん。ああ、こうなるなら名前・・・聞いておけばよかった。兵士さんなんて失礼だったのかな・・・怒っちゃったのかな」
無線の兵の後ろにいるライブックとジェシカが顔を見合わせた。
「ちょっと。ライブック。何この人?」
「え。ええ。ずいぶん軽い方ですね」
「王なの? 本当に?」
「おそらくは・・・そうなのかと」
ライブックも戸惑うフュンの声。
これがあの太陽の人なのかと。
心の中では半信半疑である。
「まあいいわ。私がやるわ」
無線兵から、ジェシカに代わった。
「こちらマクスベル。シャッカルにいる人。交渉をしたいのよ。いい?」
「おお。声が来た。故障じゃなかった・・よかったぁ」
チッと舌打ちしたいくらいに、ジェシカは苛立っていた。
「いいの。駄目なの。どっちなの」
「もちろん。いいですよ。それで、あなたなら交渉が出来ると」
「もちろんよ。私は、王からの勅書ももらっているわ」
「なら。このまま交渉お願いします」
相手が、軽快な口調であった。
「じゃあ、あなたの望みはなに。交渉をしたいと言って来たのはあなたよ」
「あ、その前にですね。あなたのお名前は・・・僕はそこを知りたいですね」
「なぜ?」
「いや、だって。お名前をお呼びできないじゃないですか」
「は?」
「いや、お話って言ったら、やっぱり名前からでしょ」
「はぁ?」
「どうです。僕はフュンです。あなたは?」
「・・・私は、ジェシカよ。ジェシカ・イバンク」
「ほう・・・そうですか。ジェシカ・・・なるほど」
一瞬だけ、声色が変わった。
それをライブックが聞き逃していなかった。
ジェシカが聞き逃していたのは返事を返していた事と、彼の軽快な口調が気に食わなかったから。
こんな軽い男に、シャッカルは負けたのかと、苛立ちが強くなっていたのだ。
「じゃあ、ジェシカさん」
「なに」
「お会いできませんか」
「は?」
「無線越しは、やっぱり良くないかと思いますね。僕はお会いしたいですね」
「何を言って・・・」
「どこかで会える場所はあります? そちらが決めてください」
「・・・な・・・ちょ・・ちょっと待って。考えさせて」
「わかりました。このまま無線は? 外します?」
「ええ。外します。こちらからかけます」
「了解です。では切りますよ。失礼しましたぁ」
『―――――――――――――――』
無線が終わった。
すぐにジェシカは、ライブックに体を向ける。
「ちょっとどうする。ライブック」
「はい。どうしましょうか」
「なんなの。あの軽い男」
「ええ。驚きましたね」
「会うですって? なぜ・・・急に?」
「さあ」
ライブックは気付いていた。
ジェシカと言った瞬間に、声色が変化した事。
そして、ジェシカと分かった瞬間に、会いたいと言ってきた事。
ということは、太陽の人は何か作戦があるのではないかと。
ライブックは想像が出来ていた。
「ジェシカ様」
「なに?」
「あちらの一つ手前の村はどうでしょう。あなた様の領土ですし。ちょうどいい」
「ん?」
「中立地帯のようにして、あちらから兵を五。こちらからも兵を五で、その他は、交渉人だけで会う。これでどうです」
「ああ。そうね。それはよさそうね」
「はい。アルミース村で、どうでしょうか」
「わかったわ。それでいきましょう。もう一度連絡をしましょう」
停戦交渉から、世界に徐々に異変が起きていく。




