第230話 全体で経験を得る
監視塔。
「お見事だ。ヴァン」
望遠鏡で戦況把握したフュンは、手放しでヴァンを褒めていた。
「王様。なぜ、ヴァン大将を、こちらに置かないので、皆さんバルナガンの方に・・・」
ヴァンの小型艦隊は、一旦ラーゼ港の方まで行ったが、そのまま東に向かって、バルナガン港を目指していた。
「ああ、あれは、とりあえず邪魔になりそうなので、あっちにです」
「邪魔ですか。ヴァン大将たちが?」
「はい。あそこに船があるのは邪魔になります。あちらの国には、上陸してもらおうかと思ってるのでね。ええ、たぶん。敵は混乱の中。大砲。火器類を霧の中では使えない事は認識したと思います。では次に、あの霧を避けるには、どうすればいいかと考えますね。そう。海の上では逃げられない。でも霧があっても困らないのは、港に入る事でしょう。強襲上陸をするはずです。なにがなんでもね」
フュンの思考は敵の思考通り。
相手の立場に立つのが基本。
「そして、そこには僕らの最高の部隊を配置していますので、あとはもうね。心配するのも意味がないでしょう」
あそこには、最強の歩兵部隊がいる。
我が国が誇る。
レガイア王国をぶち破るための部隊である。
「さ。さすがです。王様」
「そうだな。やっぱすげえな」
話を聞いていた二人は、自分たちの王の思考の深さに驚いていた。
自分たちではまねできないと思った。
◇
ラーゼの都市中央で待機していたゼファー軍。
クリスとギルバーンは軽い会議を開いた。
「さてと。数がどんな感じだろうな。あいつら」
海で艦隊を減らしてくれているけども、どれほどの兵を積んでいるのかを知らない。
ギルバーンはそこを計算したかった。
「ギル。私とあなたで二軍編成にしますか」
「クリスが左か」
「ええ。あなたが右で、ゼファー殿と」
「いいぞ。じゃあお前は誰と組むんだ?」
「私はレベッカ様が出たいと言っているので、先陣を切らせます」
「そうか。わかった。姫様を頼む。それにもし危なくなっても、こっちのタイローもカバーに行かせよう」
「ええ。では、ギル。配置を済ませましょうか」
「おう。中央・・・あそこらへんでいいな。どうせ敵が来るもんな」
「ええ。そうですね」
フュンの頭脳となっている二人が、第二次ラーゼ市街地戦の地上戦を行うのであった。
◇
「くっ・・何が起こって・・・」
ラーゼの港にかろうじて到着したミックバースは、潜水艦を港に着けて、ラーゼ港をこの目で直接見て確認した。
無人。
漁に出ている人がいたのに、人けのない港はおかしかった。
「は? 何だこの港は・・・誰もいないのか」
「閣下。あちらを」
「何?」
部下が示した先。
港から、南方面。
そこの大通りに、軍がいた。
オレンジ色の装備をした軍が、まるで壁となっていた。
「敵がいる!? なに、意味が。人がいないのに・・・軍はいる?」
無人の場所を守る兵。
この意味が分からない。
「いそげ。敵がいるぞ。準備しろ。ひとまず銃を構えよ」
「閣下。しかし、この霧は、銃が使えないのでは。あちらの敵の方面に進まねば・・・」
港付近には、海側でばら撒かれた霧が、薄くなってこちらにまで漂っていた。
これは着火すると爆発する霧。
だから、弾を扱うのは無理。
でも、敵のいる都市の方に行けば、あそこには霧がない。
「わざわざ近づけということか。こちらは銃なのに」
遠距離武器をもっているのに、敵に近づく。
そんな事は、馬鹿がする事だと、ミックバースは思った。
でも、実際には行かないと、何も始まらないし、話にもならない。
「ですが、閣下。このままでは、銃を扱えないままで戦う事に・・・」
そうなるに決まっている。
だから、ミックバースは混乱していても、決断しなくてはならない。
港に到着早々。
生き残った二隻の輸送艦の中にいる兵士たちにも疲れが残っていながら。
混乱状態を必死に立て直そうとしている潜水艦にいた者たち共に。
この辺境の地で、ミックバースは重要な決断を連続して迫られていたのだ。
「仕方ない。進むぞ。あちらに。どこにも逃げようがない」
それに、逃げるなんてプライドが許さない。
この大陸の人間は、原始人だと聞かされているのだ。
文明人である自分たちが、下のレベルの人間を相手にして、おめおめと逃げるのは、ありえない。
戦いは、導かれる形で、ラーゼ市街地の中央で始まる。
◇
「さてさて。あなたはどなたか。レガイア王国のお人」
オレンジ軍の先頭の二人の内。
飄々とした男が話し出した。
「誰だ。貴様。私に勝手に話しかけるな」
偉そうな態度を貫く。
ここは何としても、不利だとしても、立場を上に持っていきたい。
ミックバースの心情だった。
「俺は、アーリア王国宰相。ギルバーン・リューゲンだ」
「そうか。じゃあ、そっちは」
「私は、アーリア王国宰相。クリス・サイモンです」
上層部から聞かされた話とは違う国家の名前。
ミックバースは戸惑っていたが、この言葉を相手にぶつけるわけにはいかなかった。
「宰相が二人・・・それにアーリア王国・・・話がわからん」
ギルバーンが話し出す。
「どれどれ。どの程度の実力で、俺たちに挑もうとしてんだ。あんたら」
ギルバーンの言い方は馬鹿にした言い方だった。
「なんだと。貴様、挑むだと」
「あ。だってそうだろ。そっちからここにわざわざ来たんだぞ。俺の言葉、間違ってるか? 俺たちがそっちに行ったんじゃないんだぞ。お前らがこっちに向かって来たんだぞ」
格上なのが私たち。
挑戦者なわけがない。
ミックバースの怒りを一つ買う。
「ギル。おちょくるのは、いけませんよ。あの方もわざわざこちらに来て、やっとの思いでこちらに来られたんだ。命からがらで港に着いた方に、失礼ですよ」
ド失礼なのはクリスの発言の方。
完全に馬鹿にした言葉だった。
ミックバースの怒りをもう一つ買う。
「それもそうだな。ただの漁船だと思った甘ちゃんだもんな。あれを見抜けないんじゃな。俺たちに敵うわけがない。雑魚に決まっている」
最初の行動を馬鹿にする発言。
ミックバースの怒りを更にもう一つ買う。
「そうです。ラーゼ近海を下調べもせずに来たらしいですからね。天気予報の霧の注意もしないらしいですからね。そちらの大陸の方は・・・」
霧が出ている理由は説明しない。
ミックバースの怒りを買えなくなってきた。
買い物かごに入れられない。
もう漏れそうである。
「まったくだ。霧が出たら、火器注意。俺たちの常識だもんな・・・ああ、あんたらは知らねえか。別な大陸の人だもんな」
英雄の頭脳クリス・サイモンと、幻の語り部ギルバーン・リューゲン。
両者は、味方同士の会話形式で敵をシンプルに馬鹿にした。
直接のやりとりの中で、馬鹿にしない分。
心に直接ダメージを与える。
ミックバースは、言い合いをしていた方がまだ怒りを発散できただろう。
沢山入った買い物かごの中の怒りをこちらに投げる事も出来ずに、地面に溢れているようだ。
「それでは、ご客人を待たせるのも悪いので、どうしますか。そこのお方。お疲れのようですが、このままここで戦いますか。私たちは、あなた方が降伏してくれるのなら、あなた方をこの大陸に招待しますよ。招待客として、丁寧に接待させてもらいます」
クリスの最後の発言が引き金だった。
「バカにするなあああああああああああ。野蛮人がああああああああああ。いけええええええええ。ころせえええええええええええ」
気が狂ったようにミックバースが進軍の許可を出した。
それを聞いたギルバーンは。
「ありゃあ。単純だな。煽り耐性ゼロかよ。ネアルだったら耐えれるのによ」
お気に入りのネアルだったらこの程度は耐える。
敵の評価は爆下がりとなった。
こうして、敵はグダグダな状態と心のままに、強制的に戦闘を開始したのであった。
◇
監視塔。
「はい。勝ちましたね」
フュンは戦闘のさわりの部分で勝利を確信した。
「そうですね」
「お? タイム。来てましたか」
「ええ。リアリスもカゲロイもいますよ」
「殿下」「よ!」
前回戦ったメンバーは待機となっていた。
タイムはユーナリアを発見すると、すぐに挨拶をした。
「おお。この子がユーナさんですね。僕はタイムです」
「は、はい。ユーナリアです」
「ええ。うん・・・そうですね。たしかに」
タイムは、納得した。
フュンがこの子を選んだ理由がなんとなくわかったのだ。
「え? な、なにが」
「いや、僕はなんとなく。フュンさんが君を選んだ理由がわかりましたよ。良い目です。この目。僕は子供の頃に見ていますからね」
「え?」
「ええ。あなたの目は、フュンさんにそっくりだ。良い将となるでしょうね。君も・・・」
誰にも負けない。
その意思が、目にあった。
子供の頃からフュンと共に育ったタイムだけが気付いたのである。
カゲロイがフュンの隣に立った。
「おい。フュン。なんで俺たちを外した」
「カゲロイ。あそこにいってもう一回、戦います?」
フュンは、戦場を指差した。
「ん。別にいいかな。あいつら、手ごたえがなくて、つまんねえし」
「でしょ。あなたの経験的に意味がない」
「ん? どういうことだ」
「必ず勝つのです。一度戦ったことがある人たちが、もう一回戦う意味がない」
「は?」
「だってね。良い経験とならないでしょ。あれだと苦戦しないんですよ」
勝つのが当たり前の戦場に、一度戦った者が出ても意味がない。
だからフュンは、第二次では、戦っていない人を前線に送り出した。
海軍のヴァン。ララ。マルン。
陸軍のクリス。ギルバーン。
そして、真正面の肉弾戦をしていない。
タイローたちロベルトの戦士と、レベッカとウインド騎士団たち。
これらに経験を積ませる目的で、戦わせている。
一度も戦わずにして、ワルベント大陸に乗り込むのは危険かもしれない。
だから、フュンは皆が戦い。
あちらに行っても大丈夫なようにしたのだ。
しかし、ゼファーだけは志願したので参戦している。
ここは、皆も気にしていない部分である。
皆への経験値の分配を考えていた。
フュンは先の為に第二次ラーゼ市街地戦争を調整したのであった。
ここが、フュンが怪物であったことの証明である。
クリスやギルバーンでは、辿り着かない考えであった。




