第229話 第二次ラーゼ市街地戦の海戦
アーリア歴4年8月8日。
フュンが睨んだ時期で、敵が動いた。
敵船が来たのだ。
フュンの予想では、敵が半信半疑で進軍をしているはずだという事。
四つの思考ルートがあると思っていた。
一つ目。
最初の軍がラーゼを奪っていて、何かしらのトラブルが起きた事で連絡が途絶えた。
二つ目。
奪えていることを前提にして、こちらからの連絡船が返って来ないのもまた何かに巻き込まれた。または、ラーゼで待機している事になっている。
三つ目。
軍が、まだラーゼを奪えずにいる。完全に敗北をした。
四つ目。
奪えずにいても、でも負けることが想定できないので、どこか別の場所で休んでいるかもしれない。
この四択の考えになっているだろう。
でも、いくらなんでも、連絡も寄越さずに、送った連絡船も返って来ない現状には疑問を覚えるはず。
どんな馬鹿でもだ。
だから、基本の心持ちは、最初からラーゼ襲撃だ。
それがフュンとユーナリアの予測だった。
そして、今回は司令部にフュンがいた。
ロベルトの監視塔にいるフュンは、ギルバーンとクリスを下に降ろして、ゼファー軍の中に入れた。
フュンは、ユーナリアとジルバーンをそばに置いていた。
「来ましたね・・・ユーナ」
「はい。王様」
「どうですか。予想通りですか?」
「はい。敵艦に戦闘艦は無しですね」
「ええ。そうです。やはり、いくら失敗だと捉えても、こちらには、戦闘力を強めない。だから、シャルノーでの戦いはまだ続いていると見ていい。いや、むしろ苛烈になっている。おそらくは・・・」
フュンとユーナリアの考えは当たっていた。
この時、ワルベント大陸は、二大大陸決戦をまだ戦っていたのだ。
しかも互いの大陸は造船までして、追加投入も考えていた。
「王」
「ん? どうしましたジル」
「敵地に乗り込んでいくんですよね」
「お?」
「いや、俺はこの間。バルナガンの港で。隠し倉庫を見つけて・・・あそこに潜水艦と、輸送艦があったんで・・・あれを丁寧に保管してるから、あっちに行くのかと」
「ふふ。あなたも素晴らしい。さすがですよ。ジル」
伝えてもいない作戦を言い当てるジルバーンに感心した。
「あ、ありがとうございます」
王に褒められると素直に返事が出来る。
親父とお袋では、素直に感謝なんて無理なのに、ここは不思議な感覚だった。
「そうです。だから、あの艦隊は、海に沈めてもいい、そんな気持ちでいますね」
「え? 沈める???」
ジルバーンは驚いていた。
あれも拿捕するものだと思っていたからだ。
「さあ、あとは、彼らに任せましょう。海の天才たちにね」
フュンは、ラーゼ近海を見つめていた。
◇
敵の船が水平線に見えている頃。
まだこちらに来ていない段階でバルナガンから出発した。
「いくぞ出撃だ。ゆっくりいくぞ」
赤き海人ヴァンは、サブロウと共に漁船のような小型船を複数出した。
敵の船が来ている事とは、関係ないようなふりで、ラーゼ近海にまで出て、漁をし始めたのだ。
釣りをして魚を取るではなく、網漁をしていた。
「結構取れるな・・・」
網を引き揚げると、意外にも大量に魚が手に入る。
彼らは海軍だが、漁をしても一流だった。
敵船が、近づいてきても、本当に普通に漁をしているのである。
しかし、ヴァンたちは徐々に海の方へと出ていた。
◇
「ん? なんだあれは」
バルバロッサのかわりに、アーリア攻略軍を任されたのは、ミックバース。
目の前の船の大きさからいって、予想を呟く。
「大きさから言って。漁船か。こんな時に・・・下がらせろ。危険だと言っておけ」
レーダーに映っていたサイズが小さい。
だから別に敵じゃないと思ったのだ。
◇
潜水艦を浮上させて進軍していた軍。
甲板に行く扉を開ければ目視でも確認が取れていた。
だから、上に出た兵士が警告をする。
侵略者の彼らでも、一般人をいたぶるような精神は持ち合わせていないようだった。
「ここは危険になる。下がりなさい。そこの漁船たち。今から戦いが起きる可能性があるんだぞ。それとも君たちはレガイア王国に支配されたラーゼの漁師か?」
「・・・・」
「返事をしなさい。言葉が分からないのか」
「すみません。おらたちは、ラーゼじゃないです。バルナガンの漁師ですから。今から漁に出てバルナガンに帰るところです」
バルナガンは聞いたことがある。
ラーゼの隣の港であったはずだと思い出して、レガイア王国の兵は関係のない人なので追い払おうとした。
「そうか。わかった。でも離れなさい」
先頭の船からさらに返事が返ってきた。
「あ。あの。おらたちの漁。本格的なのは、ここから、そっちにかけてなんですわ。だからここらから巻き餌してえんですわ」
袴姿の男が言って来た。
「そっち?」
「もう少し北側の海域の方に近づくと、大量に取れる場所があるんですわ。そこから左右に行くんですわ」
「ああ。そうか。でも危険だぞ。今から戦闘をするかもしれないからな。退避した方がいい。港も壊す予定だ」
「え。そうなんですか。そいつはあぶねえし。戻れる場所が少なくなるんですかね・・・ラーゼも使っているんですけど」
雰囲気に影がある男性は、困っていた。
「ああ。そうだ。だから、逃げておいた方がいいぞ」
「へい。でも漁をしてからでもいいですか。あっちでです」
「まあ、それはいいけど・・・」
何を暢気な事を言っているんだ。
言葉が理解できないのか。
今から戦争をするかもしれないんだぞ。
こんな言葉が頭に浮かんでいたのは、レガイア兵士たちである。
「わかった。ではいきなさい」
「へい。それじゃあ」
漁船は、十隻はあった。
それが団体で、すり抜けていこうと動き出す。
潜水艦三。輸送艦四の間を通過していく。
◇
「いける・・・よし。後ろに合図だ。中の船は輸送艦の下に向かって、浮く姑息砲を餌のように出して・・・騙し手でいく!」
赤き海人ヴァンは、先頭で敵の輸送艦の脇を走り抜けた。
そこに続いて、漁船のような小さな船が連なっていく。
中間の船たちは小さな玉を巻き餌のように輸送艦に放り投げて、最後尾を走っていた船は、輸送艦の脇で動きを止めた。
その船は前の船が牽引しているだけで、無人の船である。
そして、最後尾の前の二隻の船を操っているのは・・・・。
◇
「でけえ。鉄の塊みたいに見えるな・・・これが輸送艦か・・・あれに乗り込みてえな」
鬼の貴婦人ララである。
「駄目ですよ。船長。旦那さんも怒りますよ」
「ん。レンドン」
「なんですか」
「マルン。怒るかな」
「当然です」
「じゃあ、やめるよ」
戦闘状態に入っても、マルン関連の言う事は聞くララである。
◇
「さて。切り離しに成功したので・・・あとはすぐに爆発するはず。私たちの役目は終わりです。全速力で前へ」
「了解です」
最後尾になったマルンの船は全速力で進む。
残してきた船の方を見て、マルンはララを心配する。
「彼女。大丈夫かな・・・シャンルー」
「はい」
「隣の船は動いていますか」
切り離した船を見つめていないといけないので、マルンは隣を見ずに聞いた。
「大丈夫です。動いていますよ」
「よかった。彼女はね。興奮状態だと危険ですからね。私が居ないと、暴走気味です」
「そうですね」
鬼の貴婦人の特性をよく理解している。
アーリア海軍の兵士たちであった。
◇
通り過ぎていったはずの漁船で、取り残された船が一隻。
その連絡が、先頭にいたミックバースにまで届く。
輸送艦からの無線であった。
「閣下」
「なんだ?」
「船が・・・漁船が一隻。脇にあります。何故か置いてあります」
「なに? 北に漁に行った船か。置き去りにされたのか。なぜ」
「それが、九隻の船は北に行ってますが、その一隻だけ残っていて。取り残されています」
「は? どういうことだ。漁をするんじゃ・・・」
やりとりをしていたその時。
『ド――――――――――――――――ン』
一回の爆発音の中に、無数の爆発が重なる。
「な、何があった」
「・・・か・・・閣下・・・ビ――――」
無線からの連絡が途絶えて、ミックバースは不安を覚える。
まさか、やられた?
最後の無線の焦り具合から想像できた。
「閣下。上に出ていた者から連絡が」
「ん、なんだ」
「輸送艦一隻が海に沈みかけています。先程の船が爆発して、近くの艦がやられたようです」
「なに」
「それと・・・そこからの黒い煙が・・・とんでもなくて、我々の後ろは、煙の中にいます」
「は? なに」
輸送艦と潜水艦の周りが煙に包まれる。
異常事態が発生したのだ。
レガイア王国は大混乱に陥った。
◇
「よし。ここで戻るぞ。サブロウさん。濃霧砲Mk3をばら撒きますよ。うちらの港まで」
「了解ぞ」
敵船団を抜けていたヴァンたちは、五隻と四隻に別れて、敵の右側と左側にターンした。
そこからは、次々と上空に濃霧砲をばら撒いて、霧を発生させる。
敵船団の先頭に入ると、そこからはラーゼの港に向かって帰るのだが、その際にも濃霧砲をばら撒いた。
だから、晴れていたはずのラーゼの近海が、濃霧に包まれたのだ。
ここまでの大量の濃霧砲。
それはアーリアが一つになったから、用意出来た数だった。
ガルナズン帝国だけでは不可能である。
「いける。あとは魚雷とかいう奴が無ければな」
◇
「くそ。敵だったのか。あの漁船は。レーダーは。反応があるか」
「あります。今は前方に九隻います」
「やれ。砲撃だ。輸送艦の甲板にある大砲で狙え」
「わ、わかりました。連絡します」
当時、魚雷のシステムはあった。
でも実験段階で、成功確率も低いので、アーリアを攻める潜水艦にはそのシステムを搭載しなかった。
もし、失敗して、自爆しては元も子もない。
これは経費削減でもあった。
だから、輸送艦の方に大砲を用意していた。
戦闘艦のような砲弾ではないが、これくらいならアーリア大陸を崩壊させられるだろうとする。
威嚇程度の砲弾をいくつか配備していたのだが。
彼らは知らなかった。
この霧の本当の恐ろしさを・・・。
◇
敵艦隊は濃い霧の中に入ってしまったのに、赤き海人ヴァンはその姿が見えていた。
霧の濃さなど、海の男には関係がない。
敵の行動が見える。
「砲弾の用意か。船の微調整が始まった。やる気だな」
「そうかぞ。なんも見えんぞ」
「サブロウさん。今、奴らは発射する気です。音も聞こえます」
「よくわかるぞな。海風の音でなんも聞こえんぞ」
「ええ。ここらの海なんて、俺の庭っスからね。海以外の音なんて、違和感ありすぎて聞こえちゃいます」
「ハハハ。まあそうぞな」
◇
輸送艦の三隻が一発の砲弾を発射して、その次にも連続で出してしまった。
これで楽々倒せるはず、そう考えたのがミックバースだった。
だが、その砲弾は、発射直後の時間差で大爆発を起こした。
連なる爆発は猛火となり、輸送艦を襲う。
しかし、装甲が分厚い彼らの船。
完全に壊れることはなかったのだが、三隻の中の真ん中の船だけは壊滅であった。
それは両脇のあおりを受ける形での爆発であったからだ。
そして、端の二隻は、かろうじて航行が可能となるレベルで留まる。
「な、何が起きた・・・」
「閣下。何も見えません・・だからここは、とにかく前に出るのが一番では、大砲も使えないのなら。港について強襲上陸が一番かと」
「・・・わからん。何が起きて・・・どうすれば」
ミックバースは、自分たちが優位な時は冷静な男だった。
今は激しい動揺で上手く思考出来ていない。
「閣下! ご決断を。何もわからない状況を。海で作るのは危険かと。目の前に大陸があるんです。そこに入った方がいいです」
「いや、でも敵がいるとわかったのだぞ。上陸か・・・そんなに易々と出来るのか?」
「しかし、ラーゼにいるのが敵だったと確定していても、ここは海の上に居続けるのは難しいです。閣下」
「そうだな。そうしよう。上陸と同時に一気に都市を制圧するしかない」
小さな漁船によって、混乱状態に陥ったレガイア国は、アーリア大陸に上陸することを決めた。




