第228話 師弟と親子
ユーナリアが、こちらに来てから三日後。
「ユーナ」
「はい王様」
ユーナリアは、フュンの前に立った。
ジルバーンは後ろにはおらず、部屋の外で待機していた。
ここは、二人きりの会議であった。
「考えをお願いします」
「はい。私は、おそらくもうすぐかと」
「ん?」
「次戦が始まると思います」
フュンは、ユーナリアの顔を見た。
自信ある表情に満足する。
「それと、潜水艇によって、敵が来ている。この理由は、敵はこちらに戦力を掛けたくない。最初から潜水艦で来ればいいのに、費用がかさばるから出さない。ここで勝っているのだと信じているから、選択肢が潜水艇になっているのだと思います。ですから、ここはやはり文明レベルの違いによって、楽勝な所では手を抜きたいと考えていると思います。本格的な戦いを強制的にしなければならない。シャルノー。あそこ以外に本気を出したくない。私はそう考えました」
「よろしい・・・僕と同じだ」
フュンは同じ考えであると頷いた。
「そして、私は、このワルベント大陸のレガイア国。この国につけ入る隙があると思います」
「ん?」
「資料にある。敵の軍。大将たち。三宰相。レガイア王。これらは、一見すれば協力的に見えますが、ここは、バラバラですよ。分断が可能かと。暗躍して、焚きつける。反逆の心を持たせる・・・ぐちゃぐちゃに出来る可能性があると・・・」
「・・・」
フュンは、この一年ほどで、ユーナリアの力がとても伸びていると思った。
あらゆる事象を考えられている。
「私は、ここに。帝国の御三家と同じ問題をぶつけてみるのがいいのかと」
「・・・そうです。ユーナリア。まったくもって正しい」
「あ。はい」
名前を正式に呼ばれてユーナリアは戸惑って返事をした。
「僕の考えとほとんど同じです。敵を倒すためだと、その通りだ」
「え?」
「僕が生きた御三家の時代。ミラ先生が生きた御三家戦乱。これを合わせたような時代を生み出す。だから、僕はナボルになります」
「ナボルに・・・それはつまり・・・王様が直接相手に毒を入れ込む。そういうことですか」
理解が早い。
だから、フュンはついつい笑っていた。
「ええ。理解しましたか」
「は、はい」
ユーナリアは、フュンの含んだ言葉をそのまま受け取らずにいた。
「そうです。僕はこのジャルマ。こいつが元凶なので、苦境にして、潰します。そして次に、イバンク。ここが優秀です。二家のせいで厳しくなっていますが、ここの協力を取り付けるのが一番いい。彼女は話を分かってくれそうです。最後にこのサイリン。これは軍事的に強いので、誑かすだけにします。協力関係にはなれないと思いますね。おそらく信用できない」
「・・・なるほど・・・でもそれはどうやって、私には・・・」
思いつきません。
敵の状態は理解しても、敵を操る手段までは分からない。
フュンの考えと同じだと言われても、そこまでは考えつかなかった。
「ええ。いいですか。ユーナ」
「はい」
「この世界。僕らが一生懸命向こうの世界に追いつこうと努力しても、必ず引きはがされます。出発点が違い過ぎる。努力しても、最初の位置が違うのです。僕らと世界の技術は雲泥の差だからです」
努力をしても、努力が足りない。
そういう訳じゃない。
そもそもの技術の出発点が違うから、努力をしても平行線をたどるだけ。
フュンの考えは、そうだった。
「ですから、僕らが、自己流で相手を真似して追いつこうとしては無意味です。僕らは、他の所を吸収して、努力して進まないといけないのです」
「ん? 吸収ですか???」
「そうです。『相手の技術を学ぶんだ』くらいの軽い覚悟では足りません。『相手の技術をごっそり奪う』それくらいに一気に成長しないといけません。それと、そこからの研究が僕らがしなければならない事です。同じ量の成長では僕らは常に負けます。小さい大陸で、常に進化をしなければなりません」
自分たちが勝つ方法。
フュンは、それを模索していた。
「え? 奪う!?」
「はい。相手から、技術をもらうのです。もうそれは盗むと同義でもいい」
「盗むですか」
「いいですか。僕らの究極武装歩兵はその場しのぎの装備です。おそらく、あと十年・・・いや、五年。ここらあたりで向こう側に技術革新でも起これば、銃弾を防げないと思います。より強い僕らの武装を破るような銃弾。もしくは高性能になった銃など。これらが生まれた瞬間に僕らの負けが確定します」
「・・・なるほど」
究極武装歩兵を上回る攻撃力を敵が手にするはず。
究極武装歩兵が通用しない未来が見えている。
フュンは、先の先までを想定していた。
「だから、時間がないので、僕はあちらから技術を頂きたい。いえ、僕はもらいに行くつもりで世界に出ます」
「そ、そんなこと・・・で、出来るのでしょうか」
「ええ。そこは僕の外交が重要。それに技術を一気に一か所でもらうんじゃないです。それぞれの得意分野から頂きに行きます」
「え? ど、どういうことでしょうか・・・」
ユーナリアはフュンの今の考えだけが分からなかった。
「ええ。なので。ここで言いますね。僕の考えと、ここまで同じな考えを持った君にだけ。僕の頭の中の作戦を一番最初に伝えたい」
「え? クリス様。ギルバーン様には?」
「彼らは後です。とりあえず、これは君と僕だけです。師弟だけの秘密にします。誰にも話さないと承諾してくれますか」
誰にも言うな。
その時の顔が見た事もないくらいに真剣な顔だった。
だから、ユーナリアは声を震わせて答えた。
「・・・は、はい。必ず・・・」
「ええ。では、教えましょう。こうします。僕の作戦とは・・・いくつかあるのですが、最終的なものは・・・」
フュンの説明を聞くユーナリアは、最初は無表情で聞けたが、その内青ざめていった。
自分が考える作戦の想像の遥か上であった。
フュンならではといえばそうだが、果たして可能なのか。
そこだけが不安になる作戦であった。
やってのけたら、それは伝説に残る人物になるはず。
自分の師は、命を懸けてどこまでやろうとしているのか。
ユーナリアは不安と期待に胸を膨らませた。
◇
そんな重要な会話をしている師弟をよそに・・・。
フュンの部屋の前。
ジルバーンは廊下で。
「zzzzzz」
思いっきり寝ていた。
胡坐をかいて、首がうな垂れる。
その姿。
ここに来た人間なら誰しもが驚くだろう。
扉で挟んでいるとはいえ、王の前で居眠りが出来るのだから。
ここに一人の男性がやってきた。
「バカタレ」
こんな所で寝るなと、拳骨が落ちた。
「ぐお。痛って!!」
頭に、一瞬でたんこぶが出来た。
痛みで上を向いたジルバーンは、目の前の男性に悪態をつく。
「げ!? 親父」
「おい。馬鹿息子。なんでここにいるんだ」
「・・・知らねえよ」
「は?」
「俺は王に呼ばれたんだよ」
「フュン様に?」
「ああ。新しい任務だよ」
「任務だと。お前の学校が終わってもか」
「そうなのよ」
この親父とこの息子は、意外にも仲が良い。
会話のテンポも早めである。
「じゃあ、今のお前の仕事はなんだ?」
「ユーナちゃんの護衛」
「ユーナ。あの子か・・お前が?」
「ああ。そうだよ」
「そうか。フュン様の弟子だから、危ないってことだな。身の危険は排除した方がいいってことか。こいつを使って・・・・」
ギルバーンは、息子の戦闘力を信頼している。
それにギルバーンは、自分よりも、息子の方が強くなると思っている。
なぜなら、あのメイファの子でもあるからだ。
メイファは化け物の一人。
これは紛れもない事実である・・・。
「理由がよくわかったな。親父」
「俺を舐めるな。馬鹿息子」
「痛いって!!!!」
たんこぶが二つになった。
「んで。親父は何の用でここにいるんだ?」
「俺はフュン様に用があってな」
「親父でも、駄目だぞ」
「は? 何が駄目だ?」
「ここは誰も通すなってさ」
「通すな?」
「ああ。僕が君を呼ぶまで表で見張ってて、誰も通さないでください。って指令を俺が王から受けた」
「なんだそれ?」
「知らねえよ。俺もさ。でも王が、誰も通すなって言ってんだから、親父も駄目だろ」
「・・・まあ、そうなると、そうだな」
息子が言っているだけなら、ここを通るが。
フュンが言っているのなら、ここは通れない。
ギルバーンは、これには納得した。
だが。
「おい。ジル」
「ん? なんだ、親父」
「だったら、なんで寝てんだ?」
当然の疑問。納得いかない部分である。
「いや、ここにほとんど人が来ねえからさ。別に寝てたって大丈夫だったんだ」
「こんの・・・バカタレが」
「痛って」
たんこぶが三つになった。
「フュン様の任務だぞ。命懸けでやれ。命懸けで」
「んなもん。するわけねえだろ。ここの通せんぼくらいで、命懸けるか。馬鹿親父」
「んだと。この馬鹿息子が」
「痛いから殴るの禁止」
「殴ってねえ。性根を叩いてる」
「同じだ」
と、押し問答ともみくちゃな喧嘩が暫し続いた後。
「ジル。なんで俺たちに連絡を入れて来なかった」
「連絡? 何のだよ?」
「次の行動だよ。お前。俺たちに報告してねえだろ」
「なんで、俺が親父たちに報告しないといけないんだよ。俺は、王にだけ。報告義務があるんだよ」
ジルバーンは、親に自分の仕事を詳細に報告したことが無かったのだ。
アインの監視をしている。
息子の仕事具合は、一言分の認識しかなかった夫婦であったのだ。
「親に言え。当り前だろ」
「なんでだよ。別に働いているんだからいいだろ」
「そういう事を心配してんじゃない。単純にお前を心配してんだから。一言くらいこっちに言いなさいという事だ」
「親父が? 俺を? 心配だって?」
「俺はまあ別にいい。お前はなんだかんだ言って、大丈夫だ。それに仕事もしっかりするだろう」
「だったらいいじゃんか」
親父が信頼してくれている。
顔には出さないがジルバーンは喜んでいた。
「メイファに言え」
「お袋に!? なんでだ。怖えよ」
「あいつは、いつもお前を心配してるからな。少しくらいは会ってやれ。報告ついでだったら会いやすいだろ」
「えええ? お袋にぃ。怖えんだよな」
「俺も怖い」
「やっぱり親父もか」
親子は似ていた。
「でも、お前は子供だからな。あいつもさ。俺よりもお前の顔が見たいはずさ。母親なんだよ。あいつもさ」
「マジか・・・怖えよ」
「わかるわ・・俺も怖えわ。何するか分からねえもんな」
「だよな・・・」
親子は、最後に同じ感想を言い合って、意気投合していた。




