第226話 先回り
敵は暫く来ない。
おそらく、本国の敵は、この地で圧勝でもしていると信じている。
今の時間は、このアーリアを占領して、掌握する期間だと計算しているはず。
だから敵が来ない。
敵が考えそうなことを、フュンは紙に書いて並べていた。
一つ一つ精査していく。
ここが、フュンの力の真骨頂である。
敵の思考を読む化け物フュンは、タツロウの資料を熟読していた。
レガイア王国の主となる人物たちの性格を想像して、考えられることを予測していくと先程の結果に辿り着く。
「つまり、僕の予想だと一年近くで、再度の攻撃・・かもしれませんね」
敵の行動予測を立てていた。
こちらを舐めているのは確実。
タツロウの名演のおかげで、敵たちはアーリアなんていつでも落とせる。
と考えて、だから戦闘艦を送り込まずにこちらを攻めた。
そして、これで勝ったと思っている。
しかし、いくらアーリア大陸を馬鹿にしていたとしても、次第におかしいと気付く。
それは連絡が来ないことだ。
やり取りがない事を不審に思うはず。
ラーゼを落としたら少なからず本国に連絡をすることになるはず、その日程に前後があったとしても必ずだ。
なので、連絡が来ない事をおかしいと思えば、あちらから連絡船がこちらに向かって来るはず。
だから、これも叩く。
こちらに来た者を全て消していき。
段々と違和感に気付いてもらうわけだが、それでもアーリアに割ける兵力は少ないと予想していた。
それと並行して、戦闘艦をこちらに送り込む余裕もないはず。
ビクストン・シャルノー間の戦いが、段々と激化しているようであり、そちらに全精力を注ぎたいのは間違いない。
艦隊だって、作るのに値段も高いし、すぐには出来ない。
だから無駄にしたくないだろう。
タツロウが知りえた情報では、そちらの現在の戦いが、艦隊20の大激戦。
ワルベント側が9で、ルヴァン側が11らしい。
この差は小さいが、数の少ないワルベントが、ここから戦闘艦を減らすなど考えられない。
それとここの数値が曖昧なのは、タツロウがアーリア担当の偵察部隊長で、北方面の偵察隊長じゃないからだ。
正確なものは、向こうの戦いに入っている兵士たちと、大将軍のマキシマムしか知りえない。
意外と役割をしっかり分けて考えている国なようだ。
だからここから、こちらに来られる艦隊数は。
「敵の用意できる数。輸送艦が六。潜水艦が四だな。倍だ。これが限度なはず。それ以上はこちらに割けない。絶対に戦闘艦はない。その現状で・・・」
敵が倍となる。これがフュンの最終的な予想だった。
「ならば第二次も勝てる。だが、僕はそれで勝ちたくないな・・・船の勝負で勝ちたい。ヴァンで勝ちたい。もしかしたら今後、向こうとの戦いは海戦がメインになるかもしれない。アーリアを守るためには・・・・一度海で勝ちたい」
フュンは、あらゆる計算をしていた。
◇
ラーゼ市街地戦後のアーリア歴3年の間は、敵はやってこなかった。
これもフュンの予想通りであって、フュンもあらゆる問題は4年で出てくると思っていた。
そして、アーリア歴4年の1月。
ここで、潜水艇がやってきたことを感知した。
これはただのこちらの様子を窺う敵で、ラーゼの様子を見に来ていた。
現在のラーゼには、レガイア王国の旗が飾ってある。
だから、レガイア王国が、ラーゼを占領はしていると勘違いはしてくれたはず。
なので、1月の部隊は、すぐに帰っていった。
上陸もせずにワルベントへと帰る。様子見であったようだ。
次の3月。
ここでも似たような事が起きるが、今回は上陸しようとこちらに動いてきた。
より情報を知りたいと思ったのだろう。
だから、フュンは、ヴァンの海軍で勝負したのである。
彼の海軍は、小型の船の群れであった。
釣り船が少し大きくなった程度の船を、沖に出して、漁船のような動きで、漁をしているように見せかける。
それで徐々に潜水艇に近づいていく。
向こうも事を荒立てるのはしたくないので、隠れていた。
しかし、これは拿捕するための罠だ。
小型船の中に、大きな網があった。
それを、連携して投下。
潜水艇を捕まえるのではなく、意味なく上から被せるだけである。
これの意図は、目標物の視認である。
その網を目安に、サブロウ丸を投下するためだ。
船体にぶつかると、爆発していく。
対水中超小型爆弾『サブロウ丸姑息砲』である。
ハリソンと改良した。
対潜水艇の切り札だった。
と、このように敵の連絡船も沈める事に成功していく。
これが、次に5月に一件。
計三件の連絡船を発見したのだ。
ちなみに5月には加減が分かったので、敵の船の拿捕にも成功している。
これで、フュンも思う。
「これからが本格的でしょう。本物の潜水艦。輸送艦が来るはず。さすがに、半年経っても、何も音沙汰なしでは、許せないはずだ。それに送ってきた連絡船が帰らないのもおかしいと思うはず」
原始人にいいようにされているなんて想像がつかないけど、帰ってこないのはもっとおかしい。
そう考えてくれるはず。
それになにより、ミルスという男のプライドが傷ついているはずだ。
気に障るはずなのだ。
フュンは、実際に会っていないのに、ミルスの性格を掴んでいた。
だから、会ってしまえば、もっと相手を手玉にとれると思っていた。
「さて・・・まずは、こちらの準備も必要だ・・・クリス」
「はい」
「ジュリさんをこちらに」
「わかりました。お連れします」
「ええ。お願いします」
◇
フュンがいる作戦会議室に、ジュリアンが来た。
「おう。オレだ。どうしたフュン」
「ジュリさん」
フュンは立ち上がって、彼女を出迎えた。
「座ってください」
「悪いな。茶まで」
「いえいえ」
二人でお茶を飲む。
現在、ジュリアンはドラウドを完全引退して、鍛冶師の方で働いていた。
しかも、アンは王都にいるので、ジュリアンがロベルトで製造業をしている。
バルナガンにいた職人たちを、ロベルトで束ねているのだ。
「で? オレに何用よ?」
「ジュリさん。究極武装歩兵の増産は? どうなっています」
「ん? あれか。あれは2万でいいんだろ。この間、納期通りに・・・あれ? え、足りてねえのか?」
ジュリアンにしては歯切れの悪い言い方だった。
「はい。今回のゼファー軍の数ですね。足りてますよ」
「そうだよな。だからそれっきりだな。今はあれを爆増させたのに疲れて何も作ってねえ。職人の連中もお休みよ!」
ジュリアンたち鍛冶師は、あの武装を手作業で作った。
工場のないアーリア大陸では、武装も手作りである。
でもそのおかげで、敵よりも優れている武装を手に入れている。
二万の究極武装歩兵を、構想から四年で作り上げたのだ。
それはそれは・・・大変な作業であったらしい。
あのジュリアンが根をあげるほどであった。
「すみません」
「ん?」
「あと三万。いや、もう少しお願いします。とりあえず直近では三万を、お願いしたい」
「ば!?・・・あれをか」
「はい。僕らは向こうでも決戦するかもしれませんので、あの武装を装備する人間を増やしたい」
「・・・・おい・・・死ぬぞ。こっちの誰かがな」
「ですよね」
「・・・何か、製造過程に革命が起きない限りな・・・きついぞ。厳しい」
あと三万。
職人の誰かが死ぬぞと脅すジュリアンは、あながち嘘じゃないと思っている。
あれを作成するのに一個でも数日かかる。
それは、様々な工程に時間がかかってしまうのだ。
仕事を分担させても、職人たちも多くいるわけじゃないので、過労死するだろう。
「やべえな。でも必要なんだよな。フュン」
「はい。必須です」
「・・・・じゃあ、他の都市から貰えるか。職人が欲しい。そうだな。サナリア。ババン。あそこらへんのが欲しいな。そしたら何とかロベルトで回せるかもしれん。それと普段の物は製造停止にして、それだけを作り込めば・・・なんとか。三万は確保できるかもしれない」
「じゃあ、お願いしたいです。国庫から出します。お金は心配せずでお願いします」
「わかった。やってみよう。限界を超えてな」
「お願いします」
フュンの顔色を見て、ジュリアンは察した。
相当困っている。
おそらく、敵地での陸上戦をするに、二万じゃ足りないと予測が立ったのだ。
本当は、これ以上の数の武装が必須だと思っているのだ。
それにジュリアンたちは、銃を作れなかったので、武装で役に立とうとしていた。
「フュン」
「はい」
「あまり根詰めるなよ。体調も整えとけ。お前に倒れられたら、こちとらあぶねえ気がする。お前抜きじゃ、ワルベント大陸はおろか・・・アーリアもまとめられねえかもな」
「それはないでしょう。僕の代わりなんていくらでも」
「いや、今はお前が頼りなはず。だから生きろよ。なんとしてでもだ。オレも頼りにしてんぜ」
「・・・ええ、わかりました。肝に銘じておきますよ。ジュリさん」
「おう。そうしとけ」
フュンとジュリアンは、ここで先の為に、武装増産の計画を立てたのである。
これはいずれ来る大決戦の為の準備ともいえる行為だった。




