第222話 第一次ラーゼ市街地戦 山場へと向かう
この戦いで一番良い判断をしていたのは、実は戦っていない人物たちだった。
ガイナル山脈の麓にいたヴァンとサブロウの二人である。
戦いが始まる前。
敵の警告を聞いた二人は、そこで判断をしていた。
「サブロウさん。こいつは・・・」
「ん? どうしたぞ。ヴァン?」
ヴァンは、敵の警告を聞き逃さずに、一つ一つしっかり理解していた。
「この敵は・・・海からの攻撃を基準に攻めるんじゃなくて、上陸が基準じゃないですか。白旗基準の脅しから始まるなら、たぶん、何回も海から攻撃するわけじゃないのかも」
「・・・そうかぞ?」
「ええ。時間を設けず。あんな脅しもせずに。問答無用で攻撃をするなら、砲弾をぶちかます気でしょうが。これは単純な上陸で、相手を制圧するつもりでは? だからここは、兄貴の作戦でいった方がいいと思いますよ」
こちらは、陸戦を基本にしているとはフュンから聞いている。
でも海戦も判断してもいいと、フュンは、ヴァンに対して二択を用意していた。
君がどちらを選んでも、僕はどちらでも対処が出来ると言って、海の判断はヴァン任せだったのだ。
しかし、ここでヴァンは、フュンの為に海戦を選択していなかった。
「たしかにぞ。うん。ここまで来たのだからぞ。速攻で攻撃してもいいものぞな。三十分後なんて指定もいらんぞな」
「はい。ですから、ここは俺たちは待機でいきましょうか」
「ん?」
「兄貴は、二度。ここで戦う気ですよね」
「おうぞ。二回、蹴散らすって言ってたぞ」
「だったら、二度目の方が激戦になるかもしれない。ここで無理に戦うよりも、兄貴はやっぱり新武装を試したいはずですよ。濃霧砲の作戦よりも、あの武装だと思います。それに濃霧砲を次に回せる。節約できる。ここも重要かと思いますよ。サブロウさん」
ヴァンの進言に、サブロウは頷いた。
「・・・ヴァン。なかなか賢くなったぞ。本当に元海賊ぞ?」
「そうですよ。俺は元々は海賊っすよ」
「ああ、成長したぞな・・・じゃあ、ここは待機ぞ」
「ええ。そうしましょう。あとは、兄貴・・・アーリア王におまかせしましょう」
ヴァンの正しい判断により、フュンの活躍が見られる。
それがラーゼ市街地戦の第一戦の山場である。
◇
敵将バルバロッサは、先発隊と偵察部隊が戻ってこない事に苛立っていた。
「タツロウが戻らん? それに先発隊も行ったきり、戻ってこない。どういうことだ」
隣にいる部下が話す。
「どうしますか。バルバロッサ様」
「おかしいな。家がある。煙も出ている・・・なのに・・・ここは、本当に無人になっているのか」
人がいない街。
人がいないんじゃ敵もいない。
そんなところに偵察に行って、千と少しの部隊が、一人も残らずに帰ってこない。
これは、かなりの異常事態。
バルバロッサだって、最初はそう認識出来ていた。
「こちらに上陸する前、警告直後には漁師はいた。でも今はいない。これは逃げたのだろう。だがな、あの三十分で、街にいる人がすべて消えるなどありえるのか」
だから、最初からこの街は空なんじゃないか。
バルバロッサの予測は間違いじゃない。
マキシマムの側近にまでなれる将軍なので優秀である。
それと彼はレガイア王国の軍人の中でも上位に入る。
「バルバロッサ様。軍で進みますか? 警戒を全体でして、街を進軍。これが良さそうでは」
「たしかに。それがよさそうだな。少しずつ兵を偵察部隊にして投入するよりも安全だろうな」
不気味な場所には、全体で索敵。
こちらの偵察兵が狩られた恐れがあるから、作戦としては良き手であった。
「よし。編成を頼む。十分後には進もう」
「わかりました」
ここから、レガイア王国の軍は、進軍準備をした。
◇
ロベルトの監視塔。
「動いた。クリス。あっちを見てくれ」
望遠鏡で戦場を覗くギルバーンが、隣にいるクリスに話しかけた。
「はい。見ます」
「奴ら。あれだと全体だよな」
「そうみたいですね。動き出しますね」
「イル!」
ギルバーンは後ろに控えているイルミネスを呼んだ。
「はい」
「音球を頼む。知らせを出せ」
「了解です」
イルミネスは、サブロウの音球を、高台から発射した。
ロベルトからラーゼへ向けて音球が飛ぶ。
『ぴゅ―――――――――――』
一際大きな音で、しかも高音。
他にこの音以外の爆音が辺りに出ていても、こちらの音だけは、すぐに気づくような設定の独特で高い音が鳴った。
この高音にしたのには、訳がある。
それは、家の中にいるロベルトの戦士と、ウインド騎士団には、光信号などの目視系統の合図では、意味がないからだ。
撤退合図を音にして知らせねば、彼らが撤退できないのである。
「クリス。街の方を頼む。俺は敵を見る」
「わかりました」
司令部も連携して、敵との戦いをしていた。
三人は敵の動きを上から見極めていた。
クリスが、望遠鏡のレンズを街の北から中央に向ける。
すると、家の中に入っていたロベルトの戦士と、ウインド騎士団が出てきた。
街の南に移動を開始した。
「出ています。撤退が開始されていますね」
「そうか。それなら順調だな。お! クリス。奴らが動き出したぞ。一万弱の進軍だ」
「そうですね。来ましたね」
イルミネスが前に出てきた。
「待ってください。お二人とも、動いてますよ。こちらも」
「「ん?」」
「太陽王が出撃しています」
「いよいよか」
クリスが呟くように言う。
「私たちも、あとはフュン様にお任せするしかありませんね」
「そういう事だな・・・ここでの最終決戦だ・・・俺たちの偉大な王。アーリアの英雄の強さを思い知れ。ワルベント大陸!」
城壁の外側にいたゼファー軍が、街の中に入っていく。
敵との対決の為に、進軍を開始した。
◇
レガイア王国の軍は、ゆっくり慎重に進んでいた。
街の北に位置する港。
そこから南下して、街の中央をひとまず目指す。
今はまだ街の北側だろう。
ここには、先発隊たちはいなかった。
もう少し街の中央かやや南側に向かったかもしれない。
それと、ここでもだが、街の住民がいなかった。
家々を確認している間に高音が聞こえてきた。
「な、なんだ。今の音はなんだ。それに変だぞ。都市の中まで来たのに、民がいない? どういうことだ」
いくら逃げてもここらには一人くらいいてもいいだろう。
そしてまた疑問は戻る。
煙があるのだ。
なのに、人がいないのはなぜだ。
煙は、生活をしていた痕跡であるはずなのに・・・。
だから、バルバロッサは、兵にここらの家を徹底的に調べさせた。
すると一人の兵士が連絡に来る。
「閣下。煙突から煙は出ていますが・・・・」
「どうした?」
「火を起こした痕がありません」
「は?」
「煙だけがモクモクと出ています。近くにこれが置いてありました。煙を出していたものと同じものです」
家の中。
煙突付近にあったのは、煙を焚くための片手サイズの玉。
これは、サブロウ丸モクモク号である。
サブロウの趣味の範囲の道具。
いつものように使用用途はない!
でも利用価値はある。
サブロウが作るモノは、大抵使用用途がないのに、有用なものが多い。
「これが・・・煙を・・・なぜ、煙を焚く必要がある・・・まさか・・・」
人がいるように見せる必要がある。
「そんな事をして、何になる? 街を制圧するに楽になるだけ。空になるなんて・・・こちらとしては制圧しやすいのだぞ。それに今の三十分で逃げた? いやそれもおかしい。その時間じゃ無理だ。最初からいないのか。でもそれじゃあ、この攻撃が事前に分かっていたことに。いや、それもありえん。なんだ。何もかもがおかしいぞ」
普通に考えるとおかしい話。
特に無人の都市なんて、制圧が簡単になってしまうだろう。
バルバロッサは相手の行動が不可解で悩んだ。
空城の計。
言葉としては、ワルベント大陸にも残っている。
歴史をなぞって探すと、その技を駆使した人は数名くらい。
でもいずれも、古代の人間たちが使用した罠。
現代では意味の無い罠である。
「やはり、原始人か。都市の外まで無我夢中で逃げたという事か」
しかしここでタツロウの誘導が機能する。
敵は、文明を持たない原始人。
この考えが、思考を邪魔する。
普段なら色々考えて戦うだろうに、結局敵が大したことない奴らだから、単純な行動でもこちらは勝てるに、考えが繋がってしまうのだ。
「・・・ミルス様の予想通りであるという事か?」
しかし、ここのフュンは、単純な理由で空にしている。
それは市民に被害を出したくないから、この罠を使ったのだ。
そんな優しさからくる作戦なんて、ただの軍人に紐解けるわけがない。
フュンの考えは、いつも凡庸なのだ。
ただ、それを実行しようとする思考が、異常で天才的である。
諦めない執念と、頑固な優しさと、絶対の実行力。
これらが、フュン・メイダルフィアの真の力である。
「閣下。進みますか」
「バルバロッサ様! いきましょう」
部下二人が同時に進言してきた。
「わかった。いこうか。でも慎重にだぞ」
街の中央。
そこらで、更なる異変を察知した。
それは、家を調べるために入った兵士たちが叫んだからだ。
「し、死んでる!?」
「わああああ」
「・・・なんだこれは・・・」
「ぜ。全滅!?」
そこらじゅうの家々で、先発隊が死んでいた。
仲間が暗殺されていた事に気付いたバルバロッサ。
ここで、指示を出そうとすると、前方から、謎の武装をした兵士たちがやってきた。
全身が、オレンジに覆われた兵士。
目立つ色で、塊でいると、まるで大きな太陽のよう。
それと、彼らからの気概を感じる。
それ以上は進ませまいとする。
太陽の壁だ。
レガイア軍の進軍を阻もうとしていた。
「あ・・・あれは。なんだ・・・兵士か? 軍?」
バルバロッサを戸惑わせた軍。
それが、フュンが率いるゼファー軍だった。
最強の軍が、最強の武装を持って、敵を待ち構える。
フュン。サブロウ。ミランダが考えた最強の歩兵武装。
究極武装歩兵が、ここでお披露目になったのだ。
ワルベント。ルヴァン。イスカル。
世界にあるアーリア以外の大陸にも、その名が轟くことになる。
最強武装を纏った兵士たちである。




