第215話 レガイア王国のパワーバランス
「タツロウが入ります」
「うむ。入れ」
王都リーズの玉座の前にタツロウが現れた。
ここの現場にいるのは極少数。
国王ウーゴ・トゥーリーズ。
大宰相ミルス・ジャルマ。
宰相ジェシカ・イバンク。
宰相グロッソ・サイリン。
外務ライブック・ディーヴァ・スカイ。
大将軍マキシマム・リャーベン。
計六名である。
「タツロウ。貴様だけしか助からなかったのか」
国王のすぐ隣に立つ男。
ミルス・ジャルマが言葉を発した。
まだ二十代の彼が大宰相として、国王を支えている。
何も話さずに玉座に座るウーゴは、まだ10歳の若い国王であり。
彼の数代前から、ジャルマ家が政治を行ってきたので、彼の摂政のような立ち位置にミルスが居座る形になっている。
ミルスも若いのに、その立ち位置にいるのは、昔からの事情という事だ。
「申し訳ありません。あちらに行った際にですね。船が故障しまして、乗組員の大半を失いました」
「大半・・・ではあちらの大陸に到着した時には、まだ生きていたと」
「はい。何人かは生きていましたが、大怪我を負っていて。あちらではその治療も出来ずに死にました」
「なんだと。現地では無理であったか」
「はい。文明レベルが違い過ぎて、あちらでは治療が不可でした」
今の会話。
スラスラと話すタツロウの華麗な嘘である。
アーリアの医療技術は、ワルベントとさほど変わりが無い程発展している。
これはタツロウの最もらしい言い訳で、アーリアが確実にこちらよりも弱いという印象を植え付けるための嘘なのだ。
タツロウも影。
相手を騙す技術を持つ。
それにそもそも乗組員は、タツロウが暗殺しているのだ。
「原始人め。怪我くらい。治せんとは、命も救えんとは・・・くそ。こちらとは比べようのない。野蛮な大陸人ということか」
タツロウは顔色を変えずに、苦い顔をしたミルスを見た。
これは口だけじゃなく、心でも馬鹿にしているように見える。
フュンの思惑通りとなった。
これも彼の作戦の一種で。
報告の時にとにかくアーリアをけなして欲しい。
馬鹿にしまくって、アーリアは野蛮人くらい、とんでもない田舎者くらいに評判を落として欲しい。
とフュンの変わった指令の一つなのだ。
「それほどの力しかないのですか。タツロウ」
「あ、はい。ジェシカ様。大怪我を治すのは不可能かと、かすり傷程度であれば、とても良い薬があるらしいですが」
「そうですか。その程度で・・・ふ~ん」
ジェシカは、イバンク家始まって以来の女傑。
35歳であるが、見た目はもっと若く見える。
目鼻立ちもクッキリしていて、美しい顔立ちであるが、髪はボサボサ気味である。
結わえてもまとまらない髪なのだ。
「小僧。本当にそうなのか。じゃあ、なぜ生きていた。小僧だけな」
グロッソは、今の報告を怪しんだ。
皆全滅で、なぜお前だけが生きている。
そこは不自然だろう。
老獪な爺になりそうな男なだけあって、色々と話を疑うのが定番だ。
ちなみに、彼の歳は57歳である。
「それは、俺の帰って来た姿を見ればおわかりでしょう。かろうじて帰って来たのですよ。だったら、行きでもギリギリだったんですよ」
威圧的な相手の言葉を、勢いある言葉でかわす。
タツロウの綱渡りな状態は続く。
「そうか。それもそうだな。あれほどやせ細っていたしな」
タツロウの入院時の写真を、ここにいる皆が情報として共有している。
そうこの時の為に、タツロウは瀕死状態でワルベント大陸に帰還したのだ。
あれこそが、天才的な名演なのだ。
「しかしだ。帰って来ているのだが。この作戦、失敗に終わったと見ていいのか。タツロウ。どうだ?」
「どうでしょうか。俺には分かりませんね。閣下はどう判断しますか」
タツロウが返答した相手とは、大将軍マキシマム。
リャーベンという武家の名家の出身で、数々の戦いをこなしてきた名将である。
隣の大陸との決戦を幾度が経験しているので、大ベテランのように思うが、まだ四十代だ。
「そうだな。私の考えだと。失敗と見ていいな。計画をもう少し練り直して、しっかり向こうを攻撃できる形にしたいと思うな」
「そうですか。なら、延期ですか?」
「ああ。私の考えだとな。どうですか。王のご意見を・・・」
マキシマムは、玉座に向かって話しかける。
相手は王。じゃなくて、ミルスだ。
王と言って、王に話しかけていない矛盾があるが仕方ない。
実質の支配者はミルスであるからだ。
「そうだな。私もそう思う。まだルヴァンとの戦いはあるのだ。特に、シャルノーでの戦いは激化し始めている。あそこの戦いに集中している現在ではな。アーリアなど眼中にないが・・・背後の憂いを無くしたいからな」
シャルノーとは。
ワルベント大陸北西。
そこは、相手の大陸に近い最前線の地域の名だ。
ワルベントの北西シャルノー地域と、ルヴァンの北東のビクストン地域。
これらが、両大陸の姿が見える唯一の場所である。
だから、両国が戦う場所となっていて、共に要塞化が進んでいる地域となっている。
目と鼻の先で海域決戦をしたり、たまに乗り込んで上陸戦争が起きたりする。
なので、互いの大陸はそちらに兵士が多くいる。
そしてこの度、ルヴァン大陸が、イスカル大陸を手に入れたので、そちら側に兵を重んじなくて良くなり、結果として最前線の方に人員を割ける状態となった。
だから、ルヴァン大陸にあるオスロ帝国の全体の兵数が増えたわけじゃないのに、余裕が生まれたのである。
それがここ近年でのルヴァン大陸の方が、優位を保つ結果となっている。
ただ、ルヴァン大陸は、国家が少々複雑でオスロ帝国の他にいくつかの小国が存在する。
ガルナズン帝国に例えると、シンドラ。ラーゼ。サナリアのような従属するような形の小国がいくつかあるので、帝都を置いて全力で戦争をすることができない。
兵士の全てを前線に送り出すと、その小国たちがいつ動き出すかが分からないからだ。
だから、内乱の可能性を常に気にしつつ、ワルベントとの戦いをこなしている状態だ。
「我々も少ない兵で落としたい。そうではないですか? 将軍。そこの所、どうですか?」
ライブックが聞いた。
「そうですね。ライブック殿の言う通りで、兵を割いてまであちらを攻め落としたいとは思わないですね」
それに手数も少なめがいい。
何回もあちらと行き来するのは現実的じゃない。
あの海域を無事に突破する技術もまだないのに、あちらを攻め落とす話は時期尚早。
現実的な考えを持つのが、大将軍マキシマムだった。
「しかしだ。現にあちらのオスロの攻勢が凄いのだろう。将軍」
しかし大宰相ミルスの考えは違う。
今すぐ粉砕である。
「はい。そうです」
「では、アーリアは、潰さねばならんではないか」
「・・・・」
ミルスの言葉に将軍は押し黙った。
戦えないだろ。
この現状であちらに向かうというのか。
潜水艇が壊れて帰って来てるんだぞ。
と強く言いたいくらいである。
「まあまあ。そう言うな。ミルス。お前の悪い癖ではないか。そんな怒った口調で」
「サイリン。それは私への侮辱か」
「いいや。話を円滑にだな」
「黙れ。ジャルマに逆らうのか。サイリン如きが」
「・・・・」
家のパワーバランスが出る会議。
それが、現在のレガイア王国だ。
一番が、ジャルマ。
二番が、王。
三番が、サイリンとイバンク。
この順でこの国は動いている。
だからおかしいのだ。
王が一番じゃない。
それでは、国が上手く動くはずがない。
状況的には一昔前のガルナズン帝国よりも厳しい状態だろう。
あの頃のエイナルフの力は弱くとも、権威は一番であった。
ここが重要なのだ。
そして、なによりもエイナルフは名君だった。
だからガルナズン帝国の中に、ナボルが潜んでいても、生き残れたのである。
しかし、このレガイア王国の王は・・・。
会議の間に一度も発言をしていない。
というよりも、ミルスによって、発言を口止めされている。
だから、王にも不満はあるかもしれない。
ここでの会話の際に、彼の顔に若干陰りがある。
それをタツロウはしっかりと見ていた。
フュンに伝えるべき情報であると、記憶していたのだ。




