第53話 貴族集会 Ⅵ
「いやはや。ああ、嫌な匂いだ。そうでしょ。皆さん。こんなに明るい会場なのに、話題は誰かを殺すなんて話じゃな。ここはいつの時代に戻ったのでしょうかね」
ヒザルスは歩きながら雄弁に皆に語りかける。
「貴様は・・・ヒザルスだな」
「あ。スカーゼン様。私の名を覚えてらっしゃって。有難き幸せでありますね。こんな弱小貴族を覚えてくれているとはね」
ヒザルスは、スカーゼンを嘲笑うかのようにして見つめる。
「ふん。貴様は、噂通りの男よ。口だけヒザルスが」
「あれ? 私の通り名が違いますね。それでは覚えて頂けていない。私の名は、口巧者ヒザルスですよ」
「意味がほとんど同じではないか! 貴様も一緒に殺してやるわ。捕らえろ!」
ストレイル家の取り巻きが一瞬でヒザルスを捕まえた。
影移動が出来るほどの男であるのに、あっさり捕まったことにフュンとゼファーが驚く。
「いやはや。過激な方たちだな。いいですか。私を殺すと厄介ですよ。私はあなたたちが目ん玉飛び出るくらいの方の知り合いですからね。あなたたちが、あの方だと分かった時には、おお~おお~。こわいこわい。皆さんはオシッコちびっちゃいますよ。そうだ。スカーゼン様ならたぶんオシッコだけじゃ済まないですねぇ。今のうちにおしめを履いた方がいいですよ」
お茶目に言うセリフをその格好で言うのかと皆が思う。
両手を上げて捕まる姿で、情けないのである。
「何を言っている? 命乞いか? 貴様の主など。あのジークであろう。どこもちびらんわ」
「いやいや、スカーゼン様。あなたと私ではね。会話レベルが違うんです。出来たら、ヴァーザック様かスカーレット様と話したいですね。あなたには黙ってもらいたい。あんたは無能なんでな!」
「なんだと。貴様から先に殺す!!!!」
大胆不敵に挑発され逆上するスカーゼン。
そこに瞬時に移動したスカーレットが殴った。
不肖の弟は真実である。
「いい加減になさい。スカーゼン、あなたは黙りなさい……ふぅ。ヒザルス。あなたの口車には我が家は乗りませんよ。ジークと同じようなあなたには口喧嘩では勝てませんからね」
「は~~~~はは~~。ジークのクソ野郎と一緒なのは勘弁願いたい。私としては、あやつの家の為には動いておりません。私はオレンジの姫君の為に動いていて、そしてあの方の為だけに、私は表舞台に残っているのであります。ですから、どうぞどうぞ。ジークは罵ってもらっても結構。良かったら私も加わりたいくらいにジークはムカつきます! どうぞスカーレット様。ジークの悪口をお願いします。私も続きますので。ささ、どうぞ」
この男、登場してからずっと。
味方なのか。敵なのか。どっちなのか分からない態度を貫き通す。
皆はそれに戸惑うが、フュンは至って冷静でオレンジの姫君とはまさかと思った。
それにあの方とは・・・誰だ。
この人は嘘と本当を織り込みながら話すので、非常に抜け目のない人だとフュンは出会った当初から思っていたのだ。
「あれ? どうしました? スカーレット様。どうぞ。どうぞ。ジークの悪口をお願いしたい。それに私は加勢したいですな。ささ、どうぞ」
「な、何を言っているのですか。あなたは?」
あの冷静なスカーレットがたじろいだ。
意味不明な行動しかとらない男に困惑の感情しか生まれない。
「貴様・・・それが貴様の手だな。何も切り札がないのに、いつまでも話をだらだらと続けて。こちらの気がそれるのを待つ。そういう戦法だからそんな通り名なのだな」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。ヴァーザック様。私の通り名は、どれが本当なのか分からない。でありますよ。私は口から生まれたのでね。それに私の話の本当の部分を見極めねばあなた方の勝利はありません」
「本当だと・・・何を言っているのだ」
ニヤリと笑ったヒザルス。
その時に会場の扉が開く。
扉の先にいる人物に皆が驚愕した。
それは、今の貴族が、生涯をかけても会えることはないと言っても過言ではない。
伝説の人物だったからだ。
◇
その人物は、扉の先から小さな歩幅で歩く。
トコトコと歩く姿は、まるで少年のようだ。
丸い顔が幼く見えて、歳よりも若く見える印象を持つが、手と首には年季が見える。
そして一番重要な見た目。
それは彼の右の手に傷を癒してもらった痕があることだ。
それでフュンがこの人物が誰であるか分かるのだが、フュンが思っている名を、会場の者たちが知らない。
なぜなら、フュンが思っている彼の名は、彼の別の姿の名だからだ。
彼の本当の名を知っている貴族であれば、名を聞くだけで恐れ多い。
「あ・・あなた様は・・・ルイス様!?」
その場にいた者が全員ルイスに跪き、そしてヴァ—ザックですらも、驚きを口に出して土下座をする勢いで跪く。
この人物はそれほどの人物なのだ。
「ヴァー坊。何を偉そうにしておる。この場は貴族集会とかいう集まりなのであろう。誰かを殺すために作った場であるのか? その者たちを離しなさい」
「はっ。直ちに。離せ。今すぐ離せ」
ヴァーザックの指示で、ゼファーとヒザルスが解放された。
フュンが二人のそばによって、よかったと二人に泣きついた。
心配していた分。安堵感による涙が止まらない。
「殿下。私は大丈夫です。大丈夫なんです」
「私もですよ。フュン様。あなたはこんな俺にまで優しい方なんですね。まったく。もう少し軽んじてもいいんですよ。は~~はは~~」
「いえ。そんなこと出来ません。お二人が大切です。とにかく無事でよかった。本当に」
フュンの優しさは誰に対しても一緒なのだ。
「では少々失礼しますよ。フュン様」
そう言ったヒザルスはルイスに跪いた。
「ルイス様。ご連絡した結果・・・まあ予想通りですね。こうなりましたよ」
「うむ。よくやった。ヒザルス。いつも悪いな」
「いえ。あなた様の為に私はお仕えしてますからね。でも出来たら、あなた様の執事役と私の主人役は変えてもらいたい。私よりも地位が高い役を演じてくださると、私としては助かりますよ。私が偉そうにするのが疲れるんで、もうちょっといい具合の配役をお願いします」
「はははは。お前でも気が引けるか」
「当り前ですよ。あなた様は帝国で伝説のお方。気が引けない貴族は帝国人ではおりませんよ」
「そうか。いつもすまんな」
この会話を聞いたフュンは素直に二人に聞いてしまう。
「あ・・あの。なんでタルスコさんが・・・なぜここに? あれ? なんで?」
「はははは。フュン様。この私、タルスコとは仮の姿であります。あなた様を騙したことを心よりお詫びしたいのです。申し訳ありませんでした」
「え? 騙す? 仮の姿? どういうこと?」
混乱はフュンの頭を幼稚にした。
気を付けていた言葉使いが消えていた。
「ははは。私の本当の名はルイス・コスタ。かつてあったコスタ家の当主であります。今は隠居ジジイでありますな。なにせ今は齢にして、いくつだ?」
「ルイス様。あなた様は70ですよ」
「おおそうだ。そうだ。ありがとうヒザルス」
「いえいえ」
「70!? 全く見えない・・・え? 70?」
フュンの目が丸くなる。
「……まったく。嬉しい事ばかり言ってくれる青年だな。君は!」
◇
帝国の貴族にとって、コスタ家とは特別である。
コスタ家とは、御三家戦乱の末期。
多くの貴族を道連れにして敗れた戦犯の頭目の家を指す。
しかし、この戦犯のレッテルをもってしても、いまだに伝説と皆が口をそろえて言うのは、彼が一時でも帝国軍の御三家と互角に戦えた事によるものなのだ。
ルイスは、御三家戦乱の際に、御三家に収束しない貴族を束ねる立場で戦ったが、それは皇帝にとって、いらない貴族共を束ねて、自分と一緒に敗北の道を歩ませるために行動をしていた内密の反逆者であるのだ。
だから、御三家問題を無事に終了させることが出来たのは、この人が責を負ったからだ。
皇帝との密約。
これを知る勝った側の貴族たちは、この人物を崇拝している。
それと、そんな要らぬ貴族共を率いていたのに、彼には戦歴の良さがあり、さらに彼は先々代皇帝の歳の離れた弟であることも貴族らの尊敬を集めている要因だ。
戦も内政も非常にバランスの良い感覚を持つルイス。
彼は現在も現役であれば、王家の筆頭となってもおかしくないし。
戦乱の責がなければ貴族全体の筆頭になっていてもおかしくはない。
この人物とジークは古くからの知り合いで茶飲み友達。
絶対にフュンのことを気に入るはずだと、ジークの嘆願から始まったのが今回の出来事。
そして、その嘆願通り。
ジークの思惑通りに事は進み、ルイスは偉くフュンの事を気に入った。
彼がフュンを気に入ったのは、一緒に家庭菜園をした時からではなく、治療をしてくれた時から始まっている。
まあこんな人物は他に見たことがないという興味から始まるものだった。
王子という身分と、執事という身分の違いがあるのに何一つ偉ぶらない。
それどころか一緒に畑仕事をするような男なんて見たことがないのだ。
気持ちのいい青年だとフュンのことを高く評価したのである。
伝説の人物であるルイスは、フュンが貴族集会で、攻撃を受けてしまうだろうと予測して、ヒザルスの連絡を待っていた。
それで、タイミング良き場面での登場が出来たというわけである。
小さな体のルイスは、ヴァーザックの前に立った。
「それで、お前はこのお方を強引に帰順させようとしたのか」
「い・・・いえ。そんなことは」
「どういうことだ。ヴァーザック。私は扉の向こうで、話を聞いていたのだぞ。嘘をつくな」
「は、はっ。こ、今後はしません。申し訳ありませんでした」
今までの態度が嘘だったかのようにヴァーザックは小さくなって謝り続ける。
「・・・よし。それは本当だろうな。貴様を信用しても良いか」
「はっ。このヴァーザック。神と陛下とあなた様に誓います」
「よし。そこの倅どもは!」
「「我らもです」」
「いいだろう。今回ばかりは正直に謝ったのだ、許してやろう。だがフュン様はどうだろうか。これでよろしいでしょうか?」
「ぼ、僕ですか。僕は皆無事なのでいいです。ゼファー殿もヒザルスさんも無事なので別におとがめなしでいいですよ。そんなに大事にしなくても。僕、生きてますし。ラッキー。ラッキー。あはははは」
「なんたる寛大なお方・・・貴様ら、命拾いしたと思え! 今後、この方に手を出す貴族がいたら、私が粛清する。いいな! 彼の後ろには私がいると思え。貴様ら!」
「「「「はっ。ルイス様!!!」」」」
ルイスは、会場にいた全ての貴族を説き伏せて、この場の集会をすぐに解散させた。
貴族の立場にいないルイスだが、貴族の頂点に立つに相応しい人物である。
◇
フュンとルイスは、ヒザルスとゼファーを介抱する。
「ヒザルス。体は大丈夫か」
「ええ。大丈夫ですよ。ルイス様がもうちょっとお早く、この会場に入ってもらえていましたらね。ほらここ。ここに痣なんて出来ませんでしたね。は~~~はは~~」
「ふふ。相変わらずの減らず口だな。おまえは」
ルイスは常に陽気で一言多いヒザルスで笑ってしまっていた。
「ゼファー殿。急いで戻りましょう。僕の医療道具で治します」
「だ。大丈夫です。なんのこれしき・・・もう少しすれば体を・・・動かせれば・・・」
舌先まで来ていた痺れが、手足の痺れくらいにまで収まり始めていた。
驚異の回復力を誇るゼファーである。
「はぁ。それじゃあ、ゼファー殿。食べ過ぎは気を付けましょうという事でね。ヒザルスさんのお屋敷に帰ったら、スープを作りますよ。飲んでくださいね」
「・・・で・・・殿下・・・かたじけない」
「ええ。かたじけなくないですよ。早く良くなりましょうね。あははは」
二人の関係に、ルイスとヒザルスは微笑んだ。
◇
「ぐっ。つ」
手を痛がったタイローはいつも装着している手袋を外した。
「タイロー、どうかしたの?」
「…な、なんでもないですよ。ヒルダ」
タイローを心配するヒルダはやはり口が悪いだけである。
「それにしても良かったな。彼」
「そうだな。私らも加勢しようにもな。相手が大物過ぎてな。つうか次に出てきた人も超大物だったな」
「ああ。とんでもない人だぞ。あの人」
マルクスもサナも実は遠くで、今までのフュンのやり取りを心配していた。
「タイロー? まだ痛いの?」
「・・・え・・まあ、大丈夫ですよ。平気です。平気」
「そう・・・あなた・・・その手」
「な。なんでしょう」
ヒルダはタイローの右の甲を指さす。
「刺青があったのね。それ・・・家紋?」
「・・・い・・いえ。ただのおしゃれですよ」
「へぇ。おしゃれ・・・なのに、手袋で隠してるの?」
「え。そ、そうですね。あまり見せてもいいような絵柄でもないので」
「そう? それ蛇よね。おしゃれでしょ」
「・・・そうですかね。私としてはあまり好きじゃないんですよ」
「好きじゃない? 刺青を入れたのに?」
タイローの右手の甲にある蛇の刺青。
好きじゃないのに、そんな場所に刺青を入れている事にヒルダはしばし悩んだのでした。




