第212話 二重スパイのタツロウ
帝国歴535年。
タツロウがアーリア大陸にやってきた年から、フュンの作戦は発動していた。
彼の滞在期間は半年間が限度。
そこがレガイア国に怪しまれないギリギリの範囲であった。
なので、この年には、タツロウはワルベント大陸に帰還しなければならなかった。
その帰る間際。
「フュンさん」
「はい。なんでしょうか」
「ハリソン。ミュウ。この二人をよろしくお願いします」
「ええ。もちろんですよ。おまかせください。よその大陸から、こちらに来て頂いているのですからね。絶対に悪いようにはしませんから。安心してください」
ハリソンとミュウが心配。
それは当然の事だった。
見知らぬ地に、友人二人を置いていく。
フュンは、それがいかに不安な事かをよく分かっていた。
タツロウの思いをしっかり受け取っていた。
「それと、調べ物の件ですが。帰ったら必ずやります。資料にもまとめておいて、お渡しします」
「ええ。お願いしたい。タツロウさんともう一度会う時までに・・・それを調べておいて欲しいです。僕らが勝つための秘密兵器のようなものになるはず」
「了解です。やりますよ。俺はこちらに勝ってほしい。絶対に」
アスタリスク戦役では、レガイア国に負けた。
そして今回。アーリア大陸の人たちには負けて欲しくない。
二度も負けるなんて、まっぴらごめんだ。
タツロウの思いは心の底から来るものだった。
「こちらにじゃありませんよ。タツロウさん。僕らは共に勝つんです」
「共に? ですか・・・」
「ええ。僕の考えが合っていれば・・・あなたたちと共に勝てると思っています! その未来があると思っています」
「俺たちと共に?」
「はい。アスタリスクの民の意地を見せます。僕がその先導をしますよ。僕について来ていただけるなら、勝たせてみせる」
「・・・は、はい。わかりました」
フュンの優しい笑顔の裏にある自信。
なんとなくその自信を見抜いたタツロウは、不思議な力が湧いてきた。
なんだか本当に勝てるような気がしてきたのだ。
大陸間の力が違う中で、アーリア大陸の勝利を狙うなんてありえない。
この時点で、勝率を高く見積もっても1%も勝ち筋などないだろう。
一か八かを越えた。
負けがこちらに転がり込むような戦争に挑むというのに、タツロウは負ける気がしなかった。
それはフュン・メイダルフィアの光の力を信じたのである。
明るい太陽に照らされた気分になったのだ。
「では、フュンさん。俺は自分の任務を開始しますね。帰ります」
「はい。お気をつけて。十分注意をしてください。そこはもう全てが敵となるでしょう」
こちらに味方をした時点で、ワルベント大陸に帰った瞬間。
全てが敵となる。
タツロウの戦いは難しいものであった。
◇
帰りの道中。
一人で潜水艇を動かしていたタツロウは、ボロボロ作戦を発動させる準備をしていた。
作戦の中身は偽装工作の事である。
魔の海域を突破した後。
この潜水艇を傷つけることで、敵を欺くのだ。
要は、潜水艇が難破したような形に持っていきたかったのである。
「これか・・・サブロウ丸だったな。小型爆弾で・・・傷をつけるぞ」
タツロウは、海域にいる間に、破壊準備をしていた。
ワルベント大陸南から、やや南西に進み。
ディヘキサに突入。
そこからそのまま南西に進むとラーゼへと到着する。
なので、アーリアから、帰る際はその逆で北東を目指すことになる。
タツロウはディヘキサを無事に突破した後に、海の中から海上に潜水艇を浮上させて、真下に爆弾を投下した。
水中で、爆発させて、破壊しきらない形で、船体を壊し続ける。
「ど、どれくらい壊せばいいんだ。壊し過ぎたら・・俺、漂流してしまうな・・・やばいぞ。加減が分からねえ」
緊張感のある破壊活動をやってから、船の航行機能を停止させた。
「あとは、サブロウさんのこれだな。サブロウ丸六号とか言っていたな・・・これで・・・方角はこっちだな。よし。いくぞ」
船の後部にサブロウ丸六号をいくつか装着して、前へと進める。
到着しそうになれば外せばいいだけ。かなり便利だ。
サブロウ丸六号は以前にジークが戦いに使用したものだ。
真っ直ぐに進むしか能力が無い道具であるがゆえに、ここでは役に立つ代物だった。
方角が分かればそちらに対して進めばいいだけだからだ。
潜水艇の動力部が壊れていても、ワルベント大陸の南に向けて進める事に成功していたのだ。
「いけるな。この破壊具合だ・・・かろうじて、こっちに帰ってきた感があるわ」
ボコボコに船体が凹んでいる船の壊れ具合もちょうどよい。
これを開発陣が見れば、アーリア大陸攻略を延期にするだろう。
だからここでのミッションは、この船を確実にワルベント大陸に到着させるかどうかだけとなったのだ。
「頼むぞ。サブロウ丸六号・・・俺を確実に大陸まで連れて行ってくれ」
水平線の向こうから、見える船が。
今の状態で無くては、レガイア王国の幹部たちも納得してくれないだろう。
タツロウとフュンが考えた策は、演技から始まるのだ。
◇
ワルベント大陸南シャッカル。
港町ではなく、軍事拠点であるシャッカル。
ワルベント大陸の監視塔がある拠点だ。
敵が来ることがないと考えている拠点でもあるので、それほど最新の設備が整っているわけじゃない。
念のためにアーリア大陸からこちらにやって来るかもしれない人間をチェックしている施設である。
そこの監視塔から、海を見ていた兵士が叫ぶ。
「あれは・・・船だ。まさか・・・戻って来たのか」
望遠鏡を外した兵士は、無線を使った。
「こちら。シャッカル・・・・中央に連絡をお願いします。船を発見しました。船の動きが鈍いので、故障かと思います。救助体制に入ります」
連絡をした兵士は全体に指示を出して、救助活動をし始めた。
こちらの救助船を沖に向かわせる。
◇
船体が傷だらけの船。
ようやくこちらにまで来たような様子の船に対して、シャッカルの救助隊は船を寄せた。
拡声器で声を拡大して呼び掛ける。
「おい。いるか。生きているか。返事をしろ。安心して表に出てこい。味方だ。救助隊だ!」
船の様子がおかしい。
前へ進めるとは思えないボロボロの状態で、よくここまで来られたと救助船の兵士たちは思う。
ここで、船から人が出てきた。
頬がやせ細っている男が、なんとかして、這い出る。
「あ・・・俺だ・・・タツロウだ。ここは・・・どこだ・・・ここはまだアーリア大陸か・・・」
救助しに来た兵士たちが救わねばと急ぎだした。
「大丈夫だ。タツロウ。ここはワルベント。シャッカルだぞ」
「シャッカル・・・そうか。ようやくここまで・・・来られたか・・・」
何とか返事をしたタツロウは、救助隊に見守られる中で気絶した。
この倒れ方は、本当に倒れたから演技ではない。
タツロウは、この日の為に逆算して栄養を抜いていたのだ。
栄養失調気味にして、死なない程度の調整をしたのだ。
ここからが、タツロウの命を懸けた名演の始まりである。




