第210話 大会は大成功
勝者が決まったので下に降りてきたフュンとシルヴィア。
戦った二人に声を掛ける。
シルヴィアとレベッカはリング外での会話をする。
「よく頑張りましたね。お腹は? 大丈夫ですか」
「はい。母上」
「本当ですか。どれ」
レベッカの服を軽くめくりあげると、青あざが出来ていた。
「これはまた・・・ふふふ。思いっきりやられましたね」
我が子に傷が出来ても、笑顔でいられるのは、彼女が真剣勝負を望んでいたから。
シルヴィアは『顔じゃなくて良かったですね』と思っている。
「はい」
「痛みは?」
「それは・・・当然、痛いです!」
我慢できるかと思ったが痛かった。
「ふふ。そうでしょう。ゼファーが強いことは承知の上の挑戦でしたでしょ」
「はい。もちろんです」
「その心持ちは、いいでしょう」
その考えであるのなら、この子はまだ成長する。
シルヴィアは、笑顔になってレベッカの頭を撫でた。
「よくできましたね。それでは、勝者を讃えないといけませんよ」
「・・・はい」
二人はフュンとゼファーの元に行った。
◇
フュンとゼファーはリングの上での会話。
「どうです。ゼファー。あなたの怪我。軽くはないでしょう」
「殿下。我が怪我ですか? 何のお話で?」
「はい。ここです!」
フュンは、ゼファーの腹を擦った。
「ぐっ」
ゼファーが一瞬でしかめっ面になる。
「ほらね。これは、どうなってるんでしょう」
レベッカとほぼ同じ箇所。でもゼファーの場合はバッと大きくめくった。
「うん。内出血してますね。あの子の攻撃を、もろにここに喰らいましたからね・・・手当をしましょう。それと、修行は中断。お仕事もお休みにしましょう。ゼファー軍はリョウに任せてください」
「・・・・しかし・・・」
「しかしじゃありません。しばらく僕の護衛をしてください」
「それは仕方ありませんな。承諾します」
お休みが護衛。
それはお休みになるのでしょうか。
他の人間が聞いたらそう言い返しそうであるが、ゼファーにとって、フュンのそばにいる事がご褒美に近いので、誰も心配することはないのである。
「よし。それじゃあ、表彰式を軽くやって、あとは祝賀会ですね」
フュンの掛け声で、表彰式が始まった。
◇
第一回アーリア武闘大会。
優勝はゼファー・ヒューゼン。準優勝はレベッカ・ウインド。
アーリア大陸初の全土規模でのお祭りは、ゼファーの勝利で幕を閉じた。
会場の盛り上がりは最高潮で、闘技場外にもそれは波及されていて、屋台や武具類などの買い物需要が急上昇。
特に二人に憧れを持った子供たちが、木製武器を買っていったらしく、木刀、木の槍は売り切れ続出となったのだ。
ここから武芸に励む子供も出てきて。
いずれ、この王国で最強になりたいと思った子たちが増えて、王都アーリアの学校に入学したいとも思ってくれるようになる。
だからこれは、未来ある若者に刺激を与えた。
フュンの狙い通りの大会であったのだ。
◇
全てが終わった後。
王都のお城でパーティーが行われた。
決勝進出者。満点褒美者。フュンの家族。幹部たち。
これらが一堂に集まって、互いを労っていた。
優秀者であるゼファーは、フュンのそばでご飯をもりもりと食べている。
「ゼファー。全体に軽く挨拶をしてほしいのですけど・・・まあ、無理ですね」
フュンが話しかけてきたから、食べている途中でもゼファーが振り向いて反応した。
主であるからこそ、返事をする事が出来た。
他の者が呼んで来た場合、食べる事に集中して返事もしないだろう。
彼は、皿いっぱいに置かれている料理を吸い込むようにして食べていた。
「もごもごもご(殿下、なんでしょうか)」
「僕を気にしないでいいですよ。たくさん食べてください」
「もごもごもご(はい。食べます)」
「わかっていますよ。そんな状態じゃ、挨拶は無理ですもんね」
この二人だけで会話が通じあっているのは、子供の頃に同じ食卓を囲んでいたから。
ゼファーが言いたい事は、別に話さなくても通用する。
阿吽の呼吸の主従である。
「おいしいでしょ。ゼファー。そのお肉の煮込み料理。アイネさんのですよ」
「もごもごごごごご(やはりそうでしたか。道理で美味しすぎると思いましたぞ。さすがはアイネさんだ)」
アイネの味付けが一番美味しい。
ゼファーにとって母の味に近いのだ。
「ええ。あなたが全部食べ尽くしそうですがね」
「もごもごもご(アイネさんの料理はなんでも美味しいですからね。全部食べてしまいますぞ)」
「そうですね。本当に美味しいですもんね」
フュンとゼファーが会話をしていると、給仕係と共にアイネがやってきた。
「あ。王子! それにゼファーさん。こっちも持ってきましたよ。新しいのです」
「おお。アイネさんの料理ですね」
「はい」
フュンが料理の前に立つと、ゼファーも隣に来た。
皿にはまだ料理があるのに、アイネが持ってきた新しい料理を取る。
「あ・・・あの。ゼファー。まだ食べるのですか?」
「もご! もごごごご(はい。当然であります)」
他人じゃ無理だろうが、アイネだと今のゼファーとも話せる。
「ゼファーさん。大丈夫ですよ。そんなに急がなくても、まだまだ料理はたくさんありますからね。もう少し落ち着いて食べてくださいよ」
「もご! ももごもごもごご(はい。アイネさん。美味しいでありますよ)」
「ありがとうございますね。でも落ち着いてね。ゼファーさん、喉に詰まりますよ」
「もご!」
アイネもゼファーの言いたい事を理解していた。
一緒に暮らしていた三人は、絆で結ばれている。
いつまでも大事な家族であるのだ。
◇
別な場面。
シルヴィアは、レベッカに話しかけられた。
「母上。なぜヘンリーをそばに?」
母の隣にいるヘンリーを見て、レベッカは聞いた。
「ええ。この子は私の弟子にするつもりです」
「なんと!? 母上の弟子に???」
レベッカは、自分がスカウトするつもりだったのも相まって少々驚いた。
欲しいと思った人材被りである。
「そうです。あなたに勝てるような強い武人に育てますよ。あなたも覚悟しなさい」
娘に負けない子を育てる。
それが、シルヴィアの意気込みだった。
「私にですか・・・なるほど。それは面白いな」
それはそれで面白い。
自分で育てるよりも母上に育ててもらった方が、面白く戦えるとレベッカは思った。
「・・・・ヘンリー。お前は母上の師事を受けるつもりなのだな」
「そうです。レベッカ様」
「ん? あれ? おめえと、呼んでいたはず?」
レベッカが疑問に思う。
「そ、その際は・・・失礼でありました。姫君・・・も、申し訳ないです」
いくらなんでもさすがに田舎者でも分かる自分の失礼具合。
相手はこの大陸の王の娘。
そんな人に、おめえを連呼していたのだ。
ヘンリーは、自分が打ち首ではないかと勝手に悪い方に想像していた。
「何。気にするな。ヘンリー。私とさほど年齢も変わらん。レベッカと呼んでも別にいいぞ」
「そ・・それは恐れ多いかと・・・ごめんなさい」
「ふっ。冗談だ。でも好きなように呼んでいい。私は気にしないからな」
「は・・はい。ありがとうございます」
レベッカは強者にしか興味がない。
正直なんと呼ばれようと、どうでもいいのである。
相手が強ければ満足なのだ。
「レベッカ。この後はどうするつもりですか」
「私ですか。今からはですね。準備に入ります。戦争まであと少し。半年後にはアーリア歴三年です。父の予定では、その時が戦いの時でしたよね」
「そうです」
「では、私は兵の訓練を強めて。ウインド騎士団の精鋭で臨みます」
「そうですか。頑張りなさい」
「はい」
来年が勝負の時。
レベッカは、気を引き締めていた。
◇
祝賀会にはタイローが来ていた。
フュンの隣で笑顔でいる。
「いや。間に合わなかった・・・残念ですね。大会を見たかったですよ」
「僕としては、参加して欲しかったですね。タイローさんもいれば、結構乱戦にでもなったとも思うんですよね」
ギルバーンとメイファは無理でも、せめてタイローとネアル。
この二人が参加してくれれば、もう少し激戦になったかもしれない。
フュンはそう思っていた。
「いやいや、私はゼファー殿に勝てませんからね」
「そんなことはないでしょう。ゼファーとほぼ同じ実力なはずだ。ねえ。ゼファー」
フュンはまだ隣で食べているゼファーに話しかけた。
「もご! もごごごご(はい。タイロー殿はお強いです。我でも木製武器では勝てないかもしれません)」
食べながら答えているので、当然タイローには分からない。
「あの。フュンさん。ゼファー殿は何を言っていて?」
「木製の武器なので、タイローさんを倒せない可能性があると言っています」
「いや、フュンさんはよく分かりますね」
「ええ。ゼファーとは付き合いが長いですから。話さずとも大丈夫です」
「ふっ。そうですか。さすがのお二人ですね」
二人は談笑から話が始まっていた。
「フュンさん。いよいよですね。その前に会議ですか」
「ええ。そうですね。戦いの前。大会議を開きます。アーリアの運命を左右する戦いの前なので、皆との話し合いをしっかりやりたいです。全員招集します」
「わかりました。ロベルト周辺は私がその知らせを周知させます。それで一緒にそちらに行きますね」
「はい。日程のお知らせはしますね」
「ええ。お願いします」
武闘大会のような楽しい事も考えている。
でもここでの重要な事とは、こんな事を続けるための平和を勝ち取る事なのだ。
フュンの戦いはもうすぐ始まろうとしていた。




