第208話 銀閃を受け継ぐ者
会話の途中で、突然ヘンリーが倒れた。
限界を超えていた状態で、会話をしていたようだ。
「おっと。気絶しましたね。この体で・・・よく動けてましたね。無理をしていましたね」
頑丈な体だと褒めて、シルヴィアはヘンリーの体を支えた。
「レベッカ。ダンを貸してください。呼んで」
「わ、わかりました」
レベッカは、振り向いて叫ぶ。
「ダン!」
「はっ」
「母上が」
ダンがシルヴィアの隣に来た。
そのまま返事をする。
「王妃様。なんでしょうか?」
「ええ。ダン。この子をおぶってください。私とフュンの所まで運んで」
「わかりました」
シルヴィアは、ヘンリーを運ぶのをダンに任せて、レベッカを見る。
「レベッカ。決勝頑張りなさい。相手はゼファーですからね。簡単にはいきませんよ」
「もちろんです。わかっております」
「彼もまた高みを目指す者。それもフュンの為にね。だから強いですからね。では」
シルヴィアはアドバイスをして立ち去った。
◇
フュンの元に戻ったシルヴィアは、ヘンリーを担いでいるダンに指示を出す。
「起こせそうですか」
「はい。意識も戻りつつあります。起こしますか?」
「お願いします」
ダンが丁寧に起こしている間、シルヴィアはフュンの隣に座る。
「その子をここに連れてくるとはね。シルヴィア、何をする気ですか?」
「ええ。少し会話をしたくてですね。面白い子なので連れてきました」
「そうですか」
シルヴィアに話しかけているフュンが、彼女を見ずに正面だけを見ている。
それは決勝が始まるところであるからだ。
◇
「いよいよ決勝戦が始まります。今大会優勝候補の二人が決勝へとやってきました。アーリア王のご息女レベッカ・ウインド選手と、アーリア王国の五大将軍の一人ゼファー・ヒューゼン選手です。どちらが勝ってもおかしくない。それ程の拮抗した実力でしょう。では選手入場です」
アナウンスと共に二人がリングに向かって歩く。
「ゼファー」
「ん? なんでしょう。姫?」
「全力で頼む」
「当然。手加減なんてしませんぞ。姫は武人! この場にいるのは、姫じゃありません」
「ああ。それでいい。殺す気で頼む」
「わかりました」
リングの中央に立った。
「よし。いいぞ。審判」
「我もです。どうぞ」
二人が主審に合図を送った。
アナウンスが流れる。
「では、決勝戦を始めます・・・・開始です!」
合図と共に銅鑼が鳴った。
◇
二人の戦いは、常人には見えない。
大会を見物するお客さんたちには、二人がリング中央で向かい合って立っているだけに見えていた。
しかし、実際は。
「速くて鋭い。そして一撃に威力がある! さすがだぞ。ゼファー」
「姫。これほどの成長をしているとは・・・感服いたしましたぞ」
会話をしながら、槍と剣の激しい応酬が繰り広げられていた。
一撃。
たったの一撃が入った瞬間に、恐らく勝負が決まる。
木製武器なのに、互いの一撃が致命傷になるなんて、二人はありえない武力を持っていた。
「ゼファー。どこまで成長する気だ。私が子供の頃よりも、今のお前は強いぞ?」
「そうですかね。我はまだまだ弱いですぞ。殿下をお守りするには、強さが足りない」
「ふっ。どこまで高みを目指すのだ」
「殿下がいる限り。命果てるまでです」
「・・・ハハハ。さすがだ。ゼファー。私が憧れる武人のままだ!」
ゼファーの一途な強さが好き。
レベッカが真に尊敬する人物の一人。
それが鬼神ゼファーである。
「少し動きますか。我から行きますぞ」
「うん!」
その場対応を止めた二人は、動き出した。
リングを大きく使って移動しながらの攻防が始まる。
そのせいで、大半の人間は二人の動きが分からなくなった。
「神となる可能性を秘めた・・・姫。我の攻撃が見えているのですね」
「かろうじてな。私でもお前の本気は見えにくいらしい」
「嘘ですな。かろうじてでは、こんなにも上手く防ぐ事は出来ないですぞ」
「いや、嘘じゃない。勘で止めている」
「勘ですと!?」
ゼファーの槍が思った以上に鋭い。
レベッカの目を以てしても、見えにくいらしいのだ。
「ああ。ゼファーの槍の軌道を知るからこそ。何とか食らいついているわ」
「ほう。では我も、人ならざる域に到達したという事ですな」
「どうだろうか。私がそもそも人ならざる者かわからん!」
「ふっ。姫は昔から人を超える器を持っていましたよ」
「そうか」
今の槍の薙ぎ払いが完全に見えなかった。
でも、初動のゼファーの右手の位置が、左の腰からだったので、レベッカは攻撃到達位置が分かった。
目標位置に対して、一刀両断で止める。
「む!? 姫。やりますな」
「当然。ゼファーが小細工するとは思えん」
自分の父なら、軌道を変えて攻撃を当てる強かさがある。
しかし、ゼファーであれば、素直な一直線の攻撃だけだろう。
性格を読んだレベッカの行動だった。
「どれ。単純な攻防になるのなら、私も本気の動きで行こう」
「ええ。お願いします。姫」
二人の戦いは、人ならざる者の戦いに変わっていく。
◇
貴賓席。
「起きましたね。ヘンリー」
「は、はい。王妃様・・・でしたね」
「そうです。隣は王ですよ」
「あ。すみません。俺がこんなところに・・・」
シルヴィアの隣の席に座っているヘンリーは、反対側にいるフュンに挨拶をした。
「ええ。いいんですよ。それにしても、ごめんなさいね。レベッカのせいで怪我のようになってしまってね」
「いえ。レベッカ?」
「ああ。僕らの子供です」
「え? じゃ、じゃあ、あの人はお姫様!?!? まずい・・・失礼な事ばかりを・・・言っちゃって・・・ああ、どうしよう」
ヘンリーは冷や汗をかいた。
さっき戦っていた人が、お姫様だった。
知らないとはいえ、失礼な言動をしていたと反省しても、こいつは打ち首ものじゃないかと思う。
「大丈夫。あの子は、相手の口調では怒りません。本気で戦わない事で怒りますから、あなたは十分な成果を見せましたからね。気に入ったでしょう」
「ほ、本当ですか。王妃様」
「ええ。大丈夫。気にしないでください」
「はい。ありがとうございます」
素直な青年だと思ったシルヴィアは、笑顔で話しかけていた。
「ヘンリー」
「はい」
「今の二人の動き。見えていますか?」
「あ・・・あそこのですね」
リングをフルに使って、移動しながらの攻防。
無数の攻撃。紙一重の防御。速すぎる移動。
その全てがヘンリーには見えていた。
「見えます。二人とも移動していても、体感がブレないでいます。凄いです」
「ええ。そうです。よく分かっていますね。偉いです」
シルヴィアが人を褒める事が珍しい。
穏やかになったものだとフュンは隣で思った。
「ヘンリー」
「・・・はい」
「あなた。私の弟子になりますか」
「・・・え?」
「私は、神に挑戦できる人間を待っていました。まあ、本当はね。私が挑戦してみたかったですが、この腕では無理です。そこで、ヘンリー。あなたが私の弟子として、どうでしょう」
「・・お。俺ですか!?」
「ええ。あなたの身体能力。それに合う剣技は、私の剣技なはず。うん、恐らく私の技が、あなたに最も合うはずなんですね。ゼファー。レベッカ。タイロー。ビンジャー卿。彼らのスタイルよりも、あなたは私のスタイルが合うはず。だから弟子として、私の元に来ませんか」
「お。王妃様の!?」
「はい。あなたの役職としては、仮で護衛兵にしますから。ちょっと人目にはつかないように裏で修行しませんか? 私、暇ですからね。あなたを育てられますよ」
時間は余っている。
特に夜以外はほとんど仕事がないので、日中に片手で素振りをするくらいに暇なのだ。
『だったら僕の仕事、手伝ってよ』
と思っているフュンは二人の会話を静かに見守っていた。
「・・俺で・・・いいんでしょうか。田舎者なんですけど・・・失礼を働くと思うんですが」
「いいです。別に失礼なんて。礼儀なんて後で覚えればいいだけ。あなたの心は純真ですからね。大丈夫。心が綺麗ならば、すぐに周りの子たちも受け入れるでしょう」
「・・・わ、わかりました。俺、王妃様の弟子になりたい・・・なります!」
「ええ。では、お願いします。第一の修行は、この戦いを見る事です。それだけで、あなたは成長するでしょう」
「わかりました。頑張ります」
ヘンリー・キューズ。
またの名を『銀閃のヘンリー』
彼が銀髪ではないのに、銀の冠を背負うことになるのは、シルヴィアの弟子となるからだった。
全身のバネから繰り出される一閃は、戦姫シルヴィアを彷彿とさせる一撃。
のちに、王妃と王の護衛兵長にもなる。
そして、神の子の強さを追いかける人物となるのだ。




