第207話 神の一閃 銀の一閃
そこからは順調に強い順に勝ちあがる事になり。
試合はベスト4まで進んでいく。
レベッカ。ヘンリー。ゼファー。リエスタ。
この四名が準決勝にまで進んだ。
レベッカ対ヘンリー。
ゼファー対リエスタ。
の二試合になった。
先にゼファーの戦いの方から行われて、勝ったのはゼファーとなった。
リエスタも善戦したが、鬼には敵わなかった。
円雷のリティでも、鬼神に勝つには人を超える修行をせねばならなかった。
◇
そして、レベッカの戦いに続く。
「たしか、ヘンリーだったな」
「あ。おめえは・・・化け物みたいに強い奴!」
対戦相手の女性を見て、ヘンリーは失礼にもおめえと呼ぶ。
でもレベッカはその呼び方に全く腹を立てない。
これは田舎育ちの彼の口癖のようなもので、悪意が感じられないのだ。
「本気で来い。デュラに勝った時のような動きで来い」
「デュラ?」
「デュランダルだ」
「ああ、あの・・・凄い強い将軍様だな」
「そうだ。でも、私はデュラのようにはいかんぞ」
デュランダルの強さは、レベッカの中では上の下。
これは単純な戦いの強さであって、指揮官としては上の上だと思っている。
自分を遥かに上回る力を持っていると、レベッカは決してデュランダルを下に見ていない。
「おし。全力だ。おめえ、強えんもんな」
「いいぞ。予選とは違う動きを見せてくれ」
予選会の時は封印していた動き。それがデュランダルを倒した時の移動方法だった。
彼には通用した行動だが、レベッカはその動きの本質を即座に理解した。
「足か・・・その運び方。独特だな」
歩行が蛇行していて、足の運びが細かい。
真っ直ぐ動いていないから、体が三重に見えていた。
「それにしても、よくそんな歩行でこちらに向かって来れるな。面白い奴だ」
到達寸前でフェイントを仕掛けてきた。
レベッカの右側面に移動する振りをして、左側面に急展開。
レベッカの顔を右に向かせたことで、チャンスだと思ったヘンリーが彼女の死角から攻撃をする。
「え!? おめえ。俺が見えて!?」
完璧に引っ掛かったと思っていた。
顔が反対を向いていて、しかも体も右に動き出し始めていたから、攻撃は完璧に入ると思ったのだ。
互いの木刀が衝突する。
「ん。いいぞ。君の動きは、独特でいい! ただ君の剣。基礎がなっていない! もう少し振りが速いなら私に攻撃を当てられたな!」
「俺の剣が遅い?」
「そうだ。これが本物の剣の動きだ」
ぶつかり合っていた剣を引いて、そのまま攻撃を繰り出す。
最初から体が捻ってある状態だから、威力を生み出すにはさらに回るしかない。
レベッカは一回転しながら、ヘンリーを攻撃した。
「速!?」
反応に遅れたヘンリーの凄い点。
それは、彼女の動きが見えていることだ。
今の彼女の行動、ほとんどの者に見えていないのだ。
会場にいる人は当然であるが、選手控室にいた人間たちの中でも見えていない人たちがいる。
武芸を嗜んでいる人間でも見えない動き。
神の子の動きは、人には感知できない。
人ならざる素質がある者にしか見えない・・・。
「ぐはっ」
「ほう。全身を使って強引に後ろに飛んだか」
咄嗟の判断だった。
レベッカの一閃を剣で防ぐ事は出来ないと思ったヘンリーは、直撃を避けるのではなく、直撃してからその勢いを利用して、体を回転させてから、自分を彼女から遠ざかるようにして飛んだのだ。
その動きは、まさしく人ならざる者の動きだった。
「剣は、弱い。だが、その身体能力は・・・・まさか、隊長クラスか」
自分の部下四人と同等の身体能力を持つかもしれない。
面白い存在を見つけて、レベッカは笑う。
「よし。さあ、来い。ヘンリー!」
戦いの女神の化身。
ヒストリアと同じようになっていくレベッカは、ヘンリーが諦めないで自分に挑戦してくるのを待っている。
◇
貴賓席で。
「独特な子ですね」
シルヴィアが呟いた。
「彼ですか」
「ええ。それと勿体ない。とも思いますね。あと少し剣術を勉強していれば、レベッカと互角に戦えたでしょう」
「そうですか。今でも互角そうに見えますがね」
フュンの目には、二人の戦いは互角に見えていた。
でもシルヴィアの目には、差があるように見えている。
そして、シルヴィアが徐に立ち上がった。
「フュン。少し下に行きます」
「え?? なぜ?」
「あれはちょっとだけまずいと思いますね。あの娘。興奮状態で、彼の剣しか見えていないので・・・ここは、私がいきましょう」
シルヴィアは、レベッカの戦闘よりも、表情を見ていた。
戦いに集中しすぎて、相手の顔を見ていないレベッカが今は危険である。
「・・・??? わ、わかりました。いいですよ」
「ええ。下に行きます」
シルヴィアはリングに向かって行った。
◇
「ほう。まだまだやれるか」
レベッカとの撃ち合いに、十分以上も付き合うという偉業を達成しているヘンリーは、息が続いておらず、ほぼ無酸素状態で戦っていた。
たまに二人が呼吸のために剣を止めることで、なんとか呼吸が整う状態に上がる。
ヘンリーにとって、この瞬間が息苦しくなって水中から顔を出しているような気分だった。
「はぁはぁ・・・やべ。強いどころか。化け物すらも越えてたのか・・・か、神?」
顔色が酷く悪い。
唇も紫になりかけていた。
強者を越えた怪物。そしてその怪物を越えた人外の者。
人の域を超えた人を初めて見たヘンリーは、心が折れるどころか笑っていた。
この強さに憧れる。
村にはいない強者に、心底憧れたのだ。
「ま・・・まだまだ。ここからが俺の・・・」
「いいぞ。来い!」
命を燃やすその勢い。
ボロボロの体が、ここで引き裂かれてもいい。
全力を出して、戦ってみたい。
強者との戦いを好むヘンリーは、最初と全く同じ動きをした。
最速の動き出しである。
「ここに来て、その速度か。良く出しているぞ。ヘンリー! しかし。同じ動きでは私には勝てん!」
激突寸前の右側面狙いの動きも同じ。ここから左側面への変化でレベッカから先手を奪おうとした初手と全く同じなのだ。
「これでどうだ!」
「なに?」
レベッカには、ヘンリーの動きが一瞬だけ三つに別れたように見えた。
右側面からの攻撃。正面。左側面。
これらは、高速で体を上手く動かしているから、そう見える事だった。
左足の踏み込みによって、レベッカの右側を攻撃する移動に見えて。
上半身の動きが完全に右に傾いていることから、レベッカの左側を攻撃する意図に見えたのだ。
そして、ここでヘンリーは、三つの内の選択肢の一つを選んでいた。
それが真正面だった。
体がねじれているような動きの中で、木刀を右に動かさずに縦に動かす。
背負い投げのような振り方に、剣のド素人感が生まれてしまうが、ここでは有効。
完全にレベッカの虚を突いていた。
「なに!? 真上か。体がどうなっている!?」
体の動きがバラバラになっている。
本来の体の位置ではない動きを同時にしたのに、攻撃だけは正面を捉えてきた。
剣が空を向いていた時には、体が正位置になっていた。
「まずい・・か。これならば・・・」
命の危機。木刀でなければ確実な死である。
その危険な状態が彼女の本気を引き出した。
神の子の動きが、人を越えた瞬間だった。
木刀がおでこに触れる寸前で、超反応を示す。
ふくらはぎの筋肉が震えて、足首が柔軟に動いた。
真後ろに力を込めて飛べた。
「き。消えた!?」
渾身の攻撃を繰り出したヘンリーは、目の前にいたはずのレベッカが消えていったように感じた。
当たるはずだった攻撃が空振りに終わり、そのままの勢いを止める事も出来ずに地面に木刀が刺さる。
すると、再びレベッカが見えた。
あれほどの超反応を示して躱したのであれば、距離を取るのが普通。
体も強引に動かしたので、どこかに無理が訪れるはずなのに、彼女の体は全然平気で、しかも攻撃に動き出していた。
すでにヘンリーの正面に入って、横一閃の攻撃を仕掛けていた。
その攻撃を躱す体力もないヘンリーは、ただただ攻撃を受け入れるしかなかった。
「これは、死ぬのか俺・・・・やべえ・・・」
剣の勢いが異常。
木刀には思えない攻撃に見えていたし、聞こえていた。
なぜなら、木刀から出るような風圧の音じゃなかった。
暴風。台風のような一閃だった。
「あっぱれだぞ。ヘンリー。よくやったわ」
レベッカは、強者に敬意を払って渾身の一撃を出していたのだ。
嬉しそうに笑いながらの攻撃は、生死を別つ神の一撃だった。
「はぁ。あなたは、この子を殺す気ですか! レベッカ」
その神の一閃を受け止めたのが・・・。
「は?! 母上???」
戦姫シルヴィアだった。
「重たいですね。こんな一撃をですよ・・・満身創痍の彼に向けるんじゃありませんよ。冷静になりなさい」
神の一撃を受け止める神業を持つ者は、この当時の大陸では。
ゼファー。タイロー。ネアル。ギルバーン。メイファ。
この五名くらいだと言われているところに、やはり片腕となったとしても、シルヴィアもこの面子に入るのである。
左手一本で受け止めきった彼女は、少し怒り気味だった。
「終わりです。彼は半分くらい意識を失っていますよ。対戦相手をよく見なさい。まったく。あなたは戦いに気を取られて、相手を見ていないなんてね。武人としてあるまじき行為。相手への敬意に欠けていますよ」
「も、申し訳ありません。母上」
シルヴィアは、謝った娘に満足して後ろを振り返る。
「うん。それでは、青年。ヘンリー君」
「あ・・はい」
「あなたの負けでいいですね。私が出てきてしまいましたので、それでいいでしょうかね?」
「はい。そうですね。俺の負けです。あれが通用しなかったんで」
勝てない相手だと分かって挑んでも、それでも悔しそうな顔をしたヘンリー。
そこがとても素敵だと思ったシルヴィアは動き出した。
「そうですね。でもまだこれからですよ。あなたの人生は始まったばかり。まだまだ、成長するでしょう。この子にも勝てるようになるのかもしれない」
「俺が・・・この人に・・・」
「ええ。ですからちょっとこちらに来てもらえますか。上にいきましょう」
神の子に挑んだ青年。
ヘンリー・キューズの人生は、ここから始まるのであった。




