第206話 台風の目
戦いは二回戦でベスト16での戦いとなる。
フュンはその様子を眺める前に、隣にユーナリアを呼んだ。
それと各々の子供たちには、それぞれの師とも呼ぶべき人に当てた。
キリをサティが。ルライアをリナが。ガイアをアンが。デルトアをフィアーナが。
アインの事は家臣団が見ていた。
子供たちにとって、彼女らとの話は、普通の会話だけであっても貴重な経験となるだろう。
子供は些細な事でも、成長のきっかけにすることが出来る。
そして、フュンはシルヴィアとの間に置いたユーナリアに話しかけていた。
「ユーナ。どうですか。楽しいですか」
「・・・」
「あれ? 楽しくない」
「いいえ。ここにいる。その嬉しい気持ちがありますが・・・自分が楽しいかが、よく分かりません」
「そうですか。ではなぜ悩んだのです?」
答えに迷うのが珍しい。
考えに対して、思いっきりの良さがある子だからフュンが首を傾げた。
「周りの人が楽しそうだから、楽しいのかもしれないかなって思った・・・のです。みんなが楽しいなら、楽しくなっていくのかもしれないと・・・」
「なるほどね・・・そう言う事ですか」
その考えだと、自分の意思が消えそうに感じる。
だからフュンは忠告する。
「ユーナ。自分の感情は、自分にしまわないでください」
「え?」
「いいですか。特に喜びの感情は、内側じゃなく。外側に出しましょう。これからは自分が楽しいと思う事を追求したって良い。両親の為に成長したいという思いと両立したっていいのです」
「・・・両立ですか・・・」
思いはたくさん持っていたって困る事はない。
フュンは、感情コントロールの話をしていた。
「そうです。僕は、正直玉座には、未だに納得してませんけどね。ここにいる皆さんと、一緒にいられるのは、とてもうれしいんですよ。だから頑張れるかもしれません。もっと一緒にいたいですからね」
今度こそ、敵に負けたら、一緒にはいられない。
だから勝つ。
そのためには、自分が王になってでも目的を達成するのだ。
別に王じゃなくても勝てるなら、王じゃない選択肢を取ったかもしれない。
でも、自分が王とならねば、アーリア大陸が勝てない可能性が出てきたので、フュンは頑張る事に決めたのだ。
「・・・ここにいる人? 王妃様とか、家臣の人たちも?」
「ええ。もちろんですよ。シルヴィアとも。あそこにいるレベッカとも。そして君ともですよ。僕は一緒にいられるのであれば幸せです。それに、君の事はね。僕の弟子にしようと思っていますからね。三年。学校で頑張った結果を見てからですが。僕の元に来ますか?」
「お。王様の元に???」
「はい。修行です。僕が直接指導します。どうです。学校での成績を見てあげますから。これからの成長に期待していますからね」
「私の・・・成長・・・」
王からの思いも寄らない言葉に驚きと嬉しさに包まれるユーナリアは、自分の握りしめた両拳を見た。
力の入った手を見て思う。
手が、勝手に頑張ろうとしているんだ。
いや、体全部が勝手に頑張ろうとしていた。
フュンの応援によって、不思議にも力がどんどん湧いてくるのだ。
力を入れ過ぎて震える両手に、シルヴィアの綺麗な手が重なった。
「あ? お、王妃様」
自分の膝に置いていた手を見ていたユーナリアは、シルヴィアを見るために右を向いた。
「あなたは・・・面白いですね。フュンが選んだだけありますね」
「・・私が面白い??」
「ええ。全身にやる気がある。今のあなたの心と声が悩んでるのに。あなたの体には、やる気が漲っています。だから面白い。フュン。そこを見抜いたのですね。考えとか、そう言う事じゃなくて、この子のこの部分が気に入ったのですね」
シルヴィアは、ユーナリア越しにフュンを見た。
「はい。そうですよ。この子、戦うわけじゃないのに、闘気みたいなものを感じる瞬間があるんですよ。だから面白い。ゼファーとか、レベッカにも似ている雰囲気がある。戦う気概を感じるんですよね」
「ええ、わかりますね。私にも感じます。このやる気さえ維持できれば。この子は非常に面白い存在になりますね。あのダンをも越えるかもしれない、何かに、化けるのかもしれない」
シルヴィアは選手控室で待機しているダンを見た。
ゼファーに敗れているために、レベッカのそばでお世話係になっていた。
甲斐甲斐しく働く彼と同等。もしくはそれ以上の輝きを放つ存在になりうるかもしれない。
フュンとシルヴィアは、この時点でユーナリアを高く評価していた。
「わ・・わ、私が化ける? え。でも今、こうしてお二人の間にいるのが奇跡で・・・ありまして」
『奇跡なんて大層な』
夫婦同時に思ったことだった。
「そんなことないでしょう。僕らの間なんて、別に大したことないですよ。ね、シルヴィア」
「そうですよ。私たちの隣には誰が来てもいいんですよ。この国に上下なんてありませんからね。フュンが王である国なんですよ。役職の上下があっても、人の上下は絶対にないです。ですから誰が来てもらっても大丈夫なんですよ」
フュンが王なのだ。人に優劣があるわけがない。
国民全員を大切にしようとする男のそばに、通行許可のような制限があるわけがない。
「は、はい。ありがとうございます」
「いえいえ。そんなに畏まる事もないでしょう。シルヴィアの言う通りで。結局は僕なんですよね。王になろうが、結局は僕なんですよね・・・」
偉くなっても結局やりたい事が、変わらない。
人のそばにいて、人と共に生きていたいと思うだけ。
このほかには何もいらないのが、フュン・メイダルフィアという男なのだ。
それが、フュン・ロベルト・アーリアになろうとも、変わり様がなかった。
「ですからね。どうです。僕のそばで頑張ってみます? 学校から即修行になっちゃいますけどね」
「・・・はい。お願いします。その時に、まだ王様に認められているなら、ぜひ修行したいです」
「ええ。いいでしょう。ユーナ。学校を楽しんで、頑張ってくださいね。お友達もたくさん作って、目一杯楽しむのですよ」
「はい!」
フュンは最後に彼女の頭を撫でた。
◇
戦いは二回戦の目玉。
デュランダル対ヘンリー。
自己流対決であった。
銅鑼が鳴った後だが、二人は動かずにいた。
「無名の青年か・・・」
「よろしくお願いします」
ヘンリーは丁寧にお辞儀をした。
「ああ。よろしく」
デュランダルは軽く右手を挙げて、ヘンリーに挨拶を返した。
「いきます」
ヘンリーから始まる戦い。
いきなりだが、デュランダルの度肝を抜いていた。
戦場でも冷静な男が、ヘンリーの移動だけで目が釘付けになる。
体の中心に軸がない移動をしていて、激しく体が横にぶれながら走ってくる。
人物としては、瞳に映っているのに、体が三重に見えてしまう移動は、歴戦の戦士でもあるデュランダルを戸惑わせた。
「なんだ? こいつ。この動き、目が慣れん!」
動きの独特さにデュランダルの戦いの勘が騒ぐ。
力の強さや、動きの速さよりも、戦う事自体の難しさを感じるとは、滅多にない。
だから危険だと。
「おいおい。俺は一気に歳でも取っちまったか。まだまだ若いと思ってんだけどな」
木刀二刀流で、相手の行く道を塞ぐようにして、左右から中央に向かって振り抜く。
これならば、ヘンリーの体のどこかに当たるだろうとして、デュランダルが攻撃を仕掛けた。
しかし、ヘンリーの体には当たらない。
「なに!? いるのに・・・いや、いねえ」
「こっちだ」
「ん!?」
右の耳の後ろから声が聞こえる。
至近距離でこの攻撃を躱して、超接近戦に持ち込まれた。
その事に気付いた時には遅い。
デュランダルは右に首を回して、体を強引に右に回す。
だから敵の行動が見えていても、体の方が遅いために。
「まずい。まにあわ・・・ぐはっ」
回転方向とは逆の死角になった部分から、木刀が来ていた。
デュランダルは地面に平伏す。
その時に同時に木刀も落とした。
「くそ、やられたわ。強いな。お前」
デュランダルが潔く負けを認めると。
「やった。とっておきが通用した!? 爺ちゃん、やったぞ。凄い人を倒したぞ!!」
幼い子供のように、はしゃぐヘンリーがリングの上でぴょんぴょん飛び跳ねた。
体いっぱいを使って喜びを表現する青年に、デュランダルは笑顔になる。
「ハハハ。ガキだな。良いなお前。俺の軍に連れて行きたいくらいだ」
「俺をですか。んん。あんまり兵士には興味ないです」
「お。そうなのか? 士官のつもりでここに来たんじゃないのか。そんなに強いのによ」
「・・はい。俺はただ、腕を試したくて。中央には強い人がいるって爺ちゃんが言ってたから」
「そうか。ふ~ん。爺ちゃん大切なんだな」
「はい!」
「そうか・・・」
良い奴だなと思ったデュランダルはリングを後にした。
今大会の台風の目。
ヘンリー・キューズ。
大会一の大番狂わせ。五大将軍の撃破を成したのである。




