第205話 アーリア武闘大会決勝 親子
決勝戦は進んでいき。
多くの達人たちが戦っていく。
フュンの幹部も参加している戦いなので、一般から出場している者は憧れの者との決闘になっていた。
ゼファー。デュランダル。レベッカ。ダン。リエスタ。ルカ。
この6人が決勝の32名にいたのである。
ここにシャーロットも来る予定だったが、なんと彼女は寝坊したために予選会に参加できずにいたのだ。
だから決勝戦の頃には、一人でホテルの部屋の隅で泣いていたらしい。
そして、話を戻すと、この32名の中でひときわ異彩を放つ存在。
それがレベッカが見つけていた青年ヘンリー・キューズだった。
基礎のない剣筋。
木刀に振り回されているような剣の振りなのだ。
勝ち進んだのが奇跡とも言えるのだが、彼の凄い点は異常な身体能力だった。
レベッカの移動、剣の振りを目で捉える動体視力に、彼女の鋭い攻撃を躱すくらいの運動能力があった。
だから、決勝に来る人達でも彼の相手にはならず、一回戦のスコール・ハイスという男性を軽々と撃破していた。
王国軍の百人隊長を破る偉業を達成していたのである。
ただのド田舎の青年がである。
◇
リングの脇にある選手控室。
「面白い存在だ・・・強いな」
レベッカは、二日前に手合わせして以来で彼を見ていた。
たった二日。
でも少し成長しているように思う。
それは周りにいる強者との戦いのおかげで、色々な戦い方を経験して、それを上手く自分に還元して成長をしているようなのだ。
構えにゆとりが生まれている。
「あれは・・・初日は緊張していたのか。今は良い感じだな。やはりダン以来の逸材・・・天才の類だな」
武を見極めるレベッカの目が、ダンと同等になりうる存在だと彼女の脳に訴えていた。
「さて、次か。最高に面白い試合となるのはな・・・・頑張れ、二人とも」
レベッカは試合を見る事に集中し始めた。
◇
レベッカが戦う以外で一回戦の目玉は、最終十六試合目。
ダン・ヒューゼン対ゼファー・ヒューゼンの戦いだった。
司会が紹介する。
「一回戦最終戦。ゼファー・ヒューゼン選手と、ダン・ヒューゼン選手の入場です」
リングに上がる前、二人で並んで歩く。
「ゼファー様」
「うむ」
「お願いします」
「うむ。頼む」
一言しか言わない。
そこに不安を覚えるダンであるが、ゼファーとしては、自分の子供が隣にいる事が誇らしかった。
息子が1万人の中から32名までに勝ち抜いてきたことが、嬉しかったようだ。
いつもよりも、少しだけ鼻が膨らんでいたりする。
他人には全くその様子が分からないが、唯一その様子が分かるのは・・・。
◇
「嬉しそうですね」
「え? 何がです? フュン」
「ゼファーが嬉しそうにしていますよ」
フュンの指摘から、シルヴィアはゼファーを見たが、いつもの顔に、いつもの態度で、何も変わりがないと思った。
「あれがですか?」
「ええ。とても嬉しそうです。ダンと戦えるのがよほど嬉しいのでしょう。そういえば、ゼファーはゼクス様と戦ったことがあるのでしょうかね。フィアーナ。どうなんでしょう」
フュンが後ろを振り向いて聞いた。
「そうだな。う~ん。たぶん、修練以外では無いと思うわ。サナリアの武闘大会にゼファーが出ているのを見た事がねえからな」
「そうですか。ならば、ダンと戦えることが、嬉しいに決まっていますね」
ゼファーは確実にダンを愛している。
そこに気付いているのが、フュンとレベッカ、それと妻であるミシェルであった。
◇
審判がいつもの動作に入る。
右手が挙がると開始の合図が始まる。
「それでは試合開始!」
銅鑼が鳴ると、二人は自分の視界の真正面に相手を置く。
「うむ。いつでもいいぞ」
槍を構えずに、右手からぶら下げる形で構えるゼファー。
「はい!」
木刀を槍のようにして構えるダンは、突きを軸にして行動を開始しようとしていた。
「うむ。構えとしてはアリだな」
迫るダンを前にして、ゼファーは悠然と構える。
右手の槍を返して、ダンの突き攻撃の下をかちあげた。
「ぐっ。なんて力強い防御なんだ!?」
「ダン。脇を閉めろ。緩い。その木刀が、槍であれば、もっと簡単に弾かれてしまうぞ」
「は、はい」
指導をしてくれるとは思わなかったから、返事に焦りが出た。
ダンは後ろに下がりながら態勢を整える。
「こちらも振る。いくぞ」
ゼファーが体を半分だけ捻る。
全身全霊の攻撃じゃなくて、その場での半身の攻撃。
だから上半身の力だけで、ダンを薙ぎ払おうとしていた。
「みえな・・・速い!?」
ダンは、ゼファーの体の動きが見えても、彼が動かす槍の先が見えなかった。
実際は消えていないが、木の槍の先が消えているように感じる。
肩。腕。
その両方の位置からして、大体ここだろう。
ダンはルカの防御のように、右の肩から木刀を降ろすようにして構えた。
「その防御。構えは面白いが。その緩さで、我の攻撃をいなせるか。ダン!」
「やります。じゃないと大怪我です」
「うむ。その通りだ」
木刀に伝わる感触が、斬られたという感触に近い。
凄まじい衝撃と共に、木刀が一回転する。
疑似的にルカのいなしと同じ行動に入った。
「回った。上手く回ったぞ!?」
驚きの中でも、これでゼファーの攻撃をいなしきったと思った。
しかし、正面にいるゼファーの槍は崩れていない。
「まさか・・・ゼファー様!?」
「うむ。いかなる時も気を抜いてはいかん!」
先に仕掛けたゼファーの槍は、左からの薙ぎ払い。
それを防がれたので、そこから右の突きの構えに変化していた。
ダンが防御してくるとの想定をしていたのだ。
ここがゼファーとダンの経験の差となる。
相手の行動に対して複数の準備。
まだ若いダンには、この駆け引きが無かった。
いなし行動で、一歩遅れるダンは、剣を強引に自分の体の前に持ってこようとするが、その前にゼファーの槍が動き出す。
木の槍だとして穂先は鋭い。
このままだと大怪我をするために、ゼファーは突き出す瞬間には槍を反転させて持ち手の方でダンを突いた。
防御に間に合わないダンのお腹に直撃する。
「ぐはっ・・・ががっ・・・うわ」
ダンの体が持ち上がって、吹き飛ぶ。
「ごほごほ。なんて一撃・・・強い」
当てられたお腹よりも、背中が痛い。
貫通力が違った。
「ダン。間に合わないとして、後ろに飛んで少しだけいなしたか。うむ。よい!」
「・・がはっ。はぁはぁ。はい。なんとか」
返事が出来るのも良い。
一般人から見たらダンが圧倒的に負けているシーン。
でも、ゼファーは意外にも今の行動に満足していた。
それは、ゼファー軍の兵では、今の一撃で終わっているからである。
ダンだからこそ、まだ戦闘継続が可能なのだ。
表情には変化がないが、自慢の息子だと、槍の穂先を空に向けて嬉しそうにしている。
「ダン。まだ戦うのだろう?」
「もちろんです。せっかくの機会。無駄にしたくない」
「うむ。よいぞ」
満足のいく答えに、ゼファーは再び槍を構える。
「いくぞ」
ゼファーは立ち上がったばかりのダンに対して怒涛の攻撃を仕掛けた。
休ませるつもりのない連撃にダンはかろうじて受け止めて、なんとかして食い下がろうとしていた。
全てを捌き切ると、ゼファーの槍が止まった。
「ダン。どうする」
「はい?」
「我は十分満足した。今のお前の実力が知れて、この戦い。ここで満足しているのだが。お前は満足か?」
「・・・いや、攻めていないですし。まだまだ・・・であります」
「うむ。しかしな」
ゼファーの顔が渋い。
ダンもようやくゼファーの表情の変化に気付けるようになっていた。
「ダン。次の一撃しかもたんぞ」
「はい?」
「とりあえず、我に一撃撃ち込め! 全力を出せ」
「・・・は、はい。わかりました」
ゼファーの猛攻を防ぐだけで、全身に痛みがある。
でも、せっかくゼファーが認めてくれたのに、ここで頑張らないのはもったいない。
ダンは精一杯の力を出すことにした。
「いきます!」
「うむ。来い!」
ゼファーの正面まで全速力。
一直線の行動だと誰もが思ったその時、いつものように槍のように動かす木刀の動きで、ゼファーを刺す。
かと思われたが、ダンはそこから最高速で移動を開始した。
上半身の攻撃行動は変わらずに、下半身は移動だけをする。
だから、不自然な形での移動である。
でもダンの速度が異様にある。
「疾風・・・だな。風のように柔軟に移動できるという事か。それにその速さ。我も越えそうな予感がする」
ゼファーは背後を取られてから、ダンの気配を感じる。
「いきます!」
完全に間合いを潰したので、急ぎ槍を動かしても防御に間に合わない。
ダンの完璧な一閃が、ゼファーの背中に入る。
「うむ。良き攻撃。武人では、背中を狙うのは良くないが・・・。お前は戦士だ。姫を守るに、素晴らしい戦士になるはず・・・。その懸命な姿を見て、我は満足した! だから、終わらせるぞ」
ゼファーは槍を真上に投げて、振り向いた。
そのおかげで、ダンの突きの攻撃が、ゼファーの背中から胸に到達しそうになった。
「は!」
拳を握りしめた無手で、ダンの木刀を挟む。
左右から思いっきり叩くようにして拳をぶつけると、ダンの木刀が粉々になった。
武器破壊をしたゼファーの頭の上に木の槍が降りてくると、そのまま掴んで構えた。
「ダン。これでどうする」
「武器が!? まさか、ゼファー様。武器破壊を狙ってあの連撃を」
「うむ。武器の耐久を見抜くべきだったな。武器が優れているとな。優れていない武器を手にした時に、大変だぞ。使い方次第でこういう結果になる」
「・・・な、なるほど・・・」
「うむ」
恵まれた環境で育っているレベッカたち。
武器にも困らない上に、アンが育ててきた一流の鍛冶師たちによって整った環境にいる。
それに対して、フュンたちのように戦乱期であれば、どんな武器であっても使用しないといけなかった。
この差が、武具の見極めに繋がっていた。
「でもだ。ダンよ」
「は、はい」
「お前は我よりも必ず強くなる。前よりもだいぶ動きが良くなったからな。強くなったな! このまま鍛錬を忘れずにいれば、すぐにでも我も超えていきそうだな。父としても、自慢の息子になる! ハハハ」
「は・・・はい。精進します」
負けたけど、この涙は悔しさじゃない。
喜びの涙だった。
敬愛する父から、愛情をもらえていたのかと、ダンは静かに泣いていた。
「うむ。頑張れ」
あの時のゼクスと同じ言葉。
息子の気持ちの良い戦いぷりに満足しているゼファーは、笑顔で伯父が言ってくれた言葉を伝えた。
愛情のある言葉を、そのままダンに贈ったのだ。
伯父から甥へ。
父から子へ。
小手先の技よりも思いを伝えるのが、ゼファーという人間であった。
やはりゼファーは、英雄の師ゼクスと似ていたのだ。




