第200話 太陽王の愛弟子 ユーナリア
アーリア歴2年5月5日
試験は三日間。
この日の間は、自分が選んだ試験の時間帯に、登校するスタイルである。
筆記試験は主に一日目に集中している。
歴史などは早めに試験が展開されるので、一つ終えて、次の試験のために、山を張って詰め込むような時間もない。
答える自信が無くてもユーナリアは問題を解いてくしかなかった。
「む。無理かも・・・王様」
半べそをかいても、彼女は王様に応援されたのだからと自分を奮い立たせて、今までよりも勉強した事を精一杯吐き出すことにした。
以前よりも良い点だったらいいなと願いを込めて、彼女の筆記試験は終わったのである。
次の規律試験は、団体行動。
団体行動のチャンスは二回。
高い方の点が採用される方式。
一回目。
手足が絡まって転んだ。
誰も転ぶ者がいなかったので、逆に目立つ受験者となった。
ここでも、出来損ない具合を笑われてしまう。
しかし、彼女は他人に笑われても全然気にしていなかった。
大切な試験官の癖を見る事が、一回目では重要だったからだ。
それに、彼女の一回目の試験が、全体の三回目の行動だった事でも、自分を気にしている暇が無いと考えられる要因となっていた。
まだ癖を読み切れないから出来ないだけ。
頭の中で、意識の変換が出来ていた。
次の試験までの休息時間、皆は休んでいる間にユーナリアだけは、フュンが言ったように試験官の観察に入った。
「人には癖がある・・・どんな癖だろう」
心が無だった。
というよりも、心が純真だった。
ユーナリアは余計な雑念を持たずに試験官の指示役の人だけを見ていた。
「笛を吹く。指示を出す。隊列を見る。笛を吹く」
繰り返しから確認。
「笛を吹く。鼻が膨らむ。右に行動させる。隊列を見た。笛を吹くのが二秒遅れた」
人の仕草まで。
細かい分野になっていく。
「笛を吹く。右手が上がった。停止命令。隊列を見ない。すぐに笛だ」
完璧に試験官の癖を見始めた。
フュンが言っていた能力が開花し始めている。
ユーナリアは、とても素直だった。しかも純情で真っ直ぐなのだ。
「わかった! これであの人はいいや。次あっち」
試験官は二名いる。
交代制で試験をやっているので、どちらに当たるのかは、運しだいになるので、その運を排除するために、彼女はもう一人の癖も読む気だった。
そして二人分の癖を読んだユーナリアは次の試験を完璧にこなしたのだ。
一回目に笑われた事など気にせずに、彼女は試験官に集中していた。
そして、運命の試験。
指揮官試験の軍議ディベートである。
◇
大教室に集まったのは、三百名の生徒。
成績上位陣が多いのは、軍議について学習したい人ほど、頭がいい生徒が集まるからだ。
「アイン。ここがいいのかよ。珍しいなお前」
「ん? ジョーはなぜこちらに?」
「ああ、そうだな。あえて言えば、面倒だ」
この試験が面倒じゃない。
これが一番簡単だという意味でジルバーンが言って来た。
「はい? これのどこが簡単なんです。一番難しいではないですか?」
「いいや、ここが一番、勉強しなくていい」
「え?」
アインはジルバーンの意見に頭を悩ませた。
一番対策が必要な試験じゃないのか。
勉強したからと言って、すぐに出来るような試験じゃないのに・・・。
という意見はアインだけで、ジルバーンとしては与えられた議題を即座に考えればいいだけの試験だと思っている。
ジルバーンは軍師適性もある。
当然ギルバーンの息子だからである。
◇
二人から遠く離れた位置にユーナリアはいた。
「わ、私・・・こんなところに・・・王様。周りが頭良い人ばっかりですよぉ」
ここにドベがいる。
ぶっちぎりの最下位である子が、このエリート軍団にいる事の違和感は半端ないものだった。
彼女は緊張しながら、胸の前で黒の手紙を握りしめていた。
フュンがそばにいれば、緊張から解放されるかもと思ったのだ。
手紙がフュン自身なのだと、思い込みが出来る彼女はやはり純情である。
試験官はクリス。
採点者は試験官であるクリスと、司令部のギルバーン、そして後方支援の司令官フラムだった。
「では、試験のお題を発表します。二大国の戦いにおいて。六大都市襲撃についてです。資料を渡します。これを逆転させる手はあるか。ないか。ここは、ディベート形式になっていますが、まあ、基本は意見表明にします。最後には、紙に意見を書きますので、ここで意見を言えないから減点というスタイルでは無いですからね。安心してください。それで、これは軍師的考えを持つ試験でもありますので、色々な意見を聞くという試験でもあります。いいですね。それと自信を持って発言してください。では、手が無い人は右の列の席へ。ある人は左です。どちらでもない場合は、真ん中にいてもらってもいいです」
資料を読み終わった子供たちは意見を表明するために移動する。
果たしてこの試験で、真ん中に行くような子はいるのか。
成績上位陣だから、きっと自分の意見に自信がある勝気な子ばかりがいるだろうから、そこに人がいるわけがないだろう。
クリスは問題を出しておきながらそう思っていた。
三百名が、右と左に別れる中で、真ん中に少女が一人だけ残っていた。
キョロキョロしているけど、その場に立っている。
「な!?」
クリスが思わず真ん中を凝視した。
そして後ろに控えているギルバーンも驚きながらも笑っていた。
意見表明させるにもまずは、手があるに移動した子供たちに聞く。
「それでは意見を出してもらいたい。席に着いて。じゃあ、まずは、ある人からいきますね。手を挙げてください・・・42番」
手が挙がった子に意見を求めた。
「私は・・・・」
そして大体を聞いて、反対側も聞く。
「ない人・・・・155番」
「はい。僕は無いと思います。あれほどの兵器と策略を仕掛けられると、逆転の手はほぼないと思います」
アインは無い側だった。
フュンが考えた策に穴がない。
都市への攻撃はいずれも虚を突いた一撃であり、あれらを全て防衛することは、不可能と判断していた。
その考えも基本的には間違いではない。
「わかりました」
クリスが聞いた後に、その他の生徒たちもアインの意見に頷いていた。
大体の生徒は、無いと考えたらしい。
でもそれは予習してきている事の答えだとクリスは感じていた。
事前に考えていた意見のようにも感じる。
だが、しかし。
ここでその閉塞感を打ち破る意見を言う子が現れる。
「では、そこのあなたは。271番」
「はい。これ、先生に質問してもいいんですか。この問題で聞きたい事があります」
「ん? 何をですか」
「逆転の手とは、何処を指していますか」
「ん??」
「全体ですか。局所ですか」
「・・・なるほど」
双方で勝ちが見えているのか。
面白い質問をした少女を見つめてクリスは答える。
「全体です」
「わかりました。じゃあ、その場合だと、史実とは変化が無いといけないと思うんですけど、ネアル王と太陽王の決戦が無いと考えていいんですか。互いにリンドーアとギリダートにいた想定で進めるのですか。それともこの資料の通りに・・・・史実通りに動き出す想定で考えるといいのですか? ここが分からないと、勝敗の手を考える意味がないです」
クリスが話す前に、ギルバーンが後ろで唸った。
鋭い指摘だと思ったのだ。
問題の穴を突いて来たと感じた。
「・・・・ほう。あのお嬢さん。面白いな」
「そうですね」
ギルバーンの隣に座るフラムが答えた。
「フラム閣下も思いますか」
「ええ。これは視点が違いますね。彼女だけ、周りの子と見ている世界が違う。おそらくこちらから質問すれば・・・もっと面白い」
フラムとギルバーンはクリスの質問を待った。
「それじゃあ、出ないと考えてみてください」
「はい。ではそうなると、太陽王の出撃がなくなるので、パルシスが失敗すると思います。ジークハイド様のハスラ出撃がスムーズに行われませんから失敗になる可能性が大です! それとネアル王が素直にギリダートに来る恐れがあります。ギリダートでの籠城戦になる可能性も出ます」
「「「!?」」」
クリス。ギルバーン。フラム。三人が同時に驚いた。
今の一瞬で、全てを計算した。
この子の頭の回転が速すぎる。
三人の感想はこの一言だった。
「そして、そのパルシスが失敗すると、パルシスから援軍を出していたので、ルコットが失敗します。そこの二つが失敗すると、ガイナル山脈に影響が来ます。よって、王国が有利となります」
「・・・・・」
クリスが少しだけ止まったのを見て、ギルバーンが聞いてみた。
「そこの君。それじゃあ、そうなると王国の勝ちになるのか?」
「いいえ。それだけでは勝利は無理です。当時のリリーガ。ここにどれくらい兵がいましたか。この資料にその瞬間の情報がないです」
その瞬間の情報。つまりその前後の数は書いてある。
それはフュンが出撃する前の兵数と、英雄決戦時のリリーガの兵数である。
彼女はその数では、今の状況判断の資料にならないと言って来たのだ。
「五万です。太陽王が出撃していないのであれば五万待機です」
資料にない情報。
その時の生の情報を知るのはフラムだけ。
だからフラムが答えてくれた。
すると、彼女は即座に返答する。
「ならば、その援軍・・・そうですね。三万くらいがハスラに向かえば、防衛完了です。結局は膠着です」
「・・・・凄いな。その脳の回転力」
ギルバーンはぼそっと褒めた。
クリスが再び質問する。
「では、史実通り。アーリア王がリンドーアに出撃した場合はどうなります。同じ結果ですか」
彼女の意見が面白いから、クリスは質問を展開し始めた。
「・・・どこをいじればいいですか」
「いじる?」
「どこを変えれば勝てるのかを答えればいいのですか?」
「勝てる場所があると」
「あります」
「ほう。どれですか」
自信ありだなこの子。
と思ったクリスは、目が釘付けになっていた。
その子しか見えていない。
「ババンです!」
即答した結果にニヤリと笑ったのはギルバーン。
思わず立ち上がる。
「そうか。何がおかしいと気付いた」
「はい。そもそもイルミネス将軍は、この敵襲に対して、気付いていると思います。将軍は、わざと兵を見捨てている。ここが第一のポイント。でもここは別に問題じゃない」
ユーナリアは、面白いほどスラスラと意見を言えていた。
それは何も余計な事を考えずに思った事を言え。
自由に発言するんだ。
と、フュンに言われていたから、全く緊張もせずに話していたのだ。
本当に素直な子なのだ。
「なぜなら、四万の兵を確保して外に出ていますから」
「・・・ほう。それで」
「その兵で、何故かイルミネス将軍は、移動しています。しかもランダムに。でもこれは、どの都市に移動すれば、敵が嫌なのかを探っているような動きに見えます。ミランダ将軍の動きを見ている形です」
「なるほど。それで」
いつのまにかギルバーンが質問をしていた。
これはしかたないのである。
この戦いを仕組んだ当事者であるから、彼女の発言が気になってしまうのだ。
「敵を探った。でもこれは良い事です。でもですよ。イルミネス将軍なら、ここで気付いているはず」
「ん?」
「都市間の移動で、嫌な場所がある事を知ったのなら。そこでは、何らかの出来事が起きるのだと予想できるのです。つまり、都市への襲撃を察知しているでしょう。敵の行動を読んでいたはずです」
「ふっ。こいつ」
呟いたギルバーンは再びニヤリと笑った。
「だから、ここは敵が嫌がる場所に援軍に行けばよかったんです。これが答えです。六大都市の一つにでも、イルミネス援軍が入れば、そこの都市が落ちません。そしてその誘導が上手くいけば、ウォーカー隊を倒せます。相手は二万。こちらは四万。しかも追いかけてくるので、都市間連合で挟み撃ちにすれば、あとはもう完勝です」
ウォーカー隊を潰しながら、帝国の襲撃も潰す。
彼女の策は、二重の意味を持たせる策であった。
「そこからウォーカー隊がいないのであれば、ババンは安全。そうなるとリンドーアとウルタス。そしてババンが、最前線へ出てもいいし、襲撃されるだろう残りの五都市に、援軍に出ればいいだけです。そしたらどこかが完封できれば、あとは帝都奪取をするだけ。それで帝国側に大ダメージを与えます。帝国に、帝都が無くなる。そうなれば後は兵糧攻めのようなもの。サナリアからの食糧援助を断ち、全体を苦しくする。よって、ギリダートもリリーガも苦しくなるのです。アーリア王はリンドーアの前になんていられません。王は、アーリア大陸中央で、孤立して籠城するしかなくなります」
ギルバーンは自分の戦略を完璧に読まれたと思った。
わざと負けて、英雄決戦に向かう流れを見破られたのだ。
この少女によってだ。
「満点。いや、それ以上に加点したいくらいだわ・・・しかし、真ん中にいたのはなぜだ。勝つ手を考えているのに、真ん中にいたのはどうしてだ」
ギルバーンが聞いた。
「それは、問題がよく分からなくて・・・先生に聞きたい事があったので、そのまま立ってたらここにいました・・・真ん中に振り分けられちゃいました」
頭に手を置いて、少女は恥ずかしそうに笑うと、クリスも、面白い子だなっと思ってしまい、珍しくも笑った。
「ふふっ、いいでしょう。ここまでにします。試験は終了です。後で思ったことを紙に書いてください」
クリスが試験を終了させると、皆にレポート提出を命じた。
そこには、感想や再び同じ意見を述べたりしてもいいのだ。
かなり自由な試験である。
◇
試験後。
別な教室に三人が集まっている。
「閣下。彼女、面白かったですよね」
ギルバーンが聞いた。
「ええ。あれほど。人を見ているとは。イルミネス殿を見破っていますよね」
「そうですね。俺の作戦ごと読まれていましたよ。信じられん」
首を横に振るギルバーンは感心していた。
「ギル。フラム閣下。彼女はどこで気付いたんでしょうか。地図と文字での資料。資料の主となる部分はほとんど数値だけですよ。当時の出来事の兵や、隊長たちの感想なども入っていますが・・それでも実際に戦っているかのように考えている・・・」
クリスが聞いたら、ギルバーンが答える。
「さあ、天才だろ。あんなの」
フラムが手元の名簿から彼女の情報を読んでくれた。
「えっと彼女は・・・・番号番号・・・あった・・・ユーナリア。奴隷だ」
「「え?!」」
「しかも、これは、太陽王の推薦ですよ。全額免除です」
「「な!?!?」」
三人は顔を見合わせた。
「フュン様が・・・私たちにナイショで裏でやっていたのですか」
クリスは内密に動いていたのかと驚き。
「ふっ。さすがだな。そこまで見抜くのかよ。あれほどの意見をいう子をさ。あの入学試験だけでだろ。いやぁ、試験だけであんな子を探せるものなんだな・・・やっぱり、フュン様は太陽の人なんだな」
ギルバーンは、太陽の人の力に驚愕した。
「そうですね。私たちの王は、人を見ているのですね・・・紙を見ているわけじゃないんですね」
最後にフラムの意見に二人が深く頷く。
「「そうですね」」
太陽王の愛弟子は、司令部三人を唸らせる結果を見せつけたのだ。
そしてこの事で、三人はますますフュンの凄さを知った。
なにせ、おそらくフュンが見てくれなかったら、彼女はこの学校にすら通えないのである。
見い出されるはずの才能をみすみす取り逃がすところであったという事実が、この三人の脳裏に刻まれて、フュンの行動に驚愕するしかなかったのだ。




