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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 新世代を守れ 太陽王の愛弟子

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第197話 神様だ

 アーリア歴2年1月


 学校の冬休みが終了してから寮に戻ったアインは体作りを一から始めた。

 元々運動が出来る彼だが、基本を押さえて体を一段階強くしていこうと決めたのだ。

 今までのアインは、ゼファーなどが教えてくれていた武芸だけで、学校の兵士訓練でも上位に位置に入っていたりするので、間違いなく戦いの才能がある。

 だからアインは幼い頃からもっと本格的に鍛えていたとしたら、もしかしたらレベッカの域にまで到達する可能性があった男でもあるのだ。


 「はっ。はっ。はっ」


 早朝から軽くジョギングして、朝ごはん前には寮に戻る。

 それをしばらく続けていたとある日。

 顔が赤く腫れて、首あたりに青あざがある少女とすれ違った。

 その怪我の具合に驚き、アインが二度見したくらいだ。


 「ん? 君。どうしたの。その顔・・・」

 「・・・え? いえ。なんでもないです」


 少女はアインに指摘された首筋を押さえて、怪我を隠した。


 「でもそれ、転んだにしては・・・」

 

 怪我が多い。

 一瞬でその判断をしたアインの目は正しかったが、少女は頑なに拒否して、すれ違っていった。


 「大丈夫だろうか」


 アインは少女の暗い顔も気になっていたが、あれほど拒否されてしまったらどうしようもないと、諦めてその日はご飯を食べに戻った。



 ◇


 それから数日が経ち。

 授業終わりの移動の際に、階段の下あたりから、少女たちの声が聞こえた。

 遠くにいても、その声を耳が拾ってしまったのだ。


 「なんでお前みたいな奴隷がここにいるのよ」

 「ああ、奴隷だから、汚いのね。ばっちい」

 「お金もないはずなのに。どうしてこの学校に入れたの? ズルでもしたんじゃない」


 三人の少女の声はずいぶんな罵声である。


 「そうね。それに馬鹿なのに、学校に入れたのが不思議よ。不思議」

 「そうですよ。特待生じゃなければ、こんな奴、寮費だって払えない」

 「馬鹿がうつるから、近くにいないでよ。シッシッ」


 罵りの現場に、アインは無造作に近づいた。

 階段下に顔を出す。


 「ちょっと。君たち」

 「あ、アイン様、何用でございますでしょうか。こんなところで・・・」

 

 さっきまでの言葉の強さとは違う。

 少女たちの甘い声。

 そして、さっきまでは怖い顔をしていただろうに、笑顔である。

 人の早変わりは恐ろしいなと思うアインだった。


 それと、少女たちは今の声が聞こえていないと思っているはず。

 なぜなら、その場の近くには、誰もいないし、先程の声だって、かなり小さな声での罵りであった。

 でも彼女らはアインの地獄耳を知らない。

 バッチリ聞こえているのだ。


 「そんなところで何してるのかな。もうすぐチャイムが鳴りますよ。次の授業が始まっちゃいますよ」

 

 直接指摘せずに、いじめられている人物を救う。

 下手に介入するよりも、ここでは一番良い救出方法だろうと、アインは適切な判断を取った。


 「あ、はい。ありがとうございます。あんたたち、いくわよ」

 「「はい」」


 取り巻きのような女性二人がついていき、三人は去っていった。

 その後。


 「君。大丈夫かい・・・って、君は」

 「どうも」


 ぼそっと言った後に、少女は立ち去ろうとしていた。

 そこを、アインが腕を掴む。


 「もしかして、殴られていたのかい。さっきの子らに」

 「いいえ。違います。離してください」

 「待って。駄目だよ。僕が言ってこよう」

 「やめてください。余計な事はしないで」

 「え?」

 「あなたに助けられたら、私はここにいられなくなる。なにもしないで」

 「え?」

 「何もしないで」


 勝気な少女は、アインに向かって強く拒絶して、立ち去っていった。

 アインは何のことだか分からずに、一瞬頭が止まってしまった。


 ◇


 それから、アインは少女の睨んだ顔と、その傷が頭から離れなかった。

 固い意志。

 強い拒絶に、絶対の意思が見えた。

 アインはクラスメイトじゃない少女の事が気になっていた。

 探してみたい。

 と思っても、ここで人を探すのに苦労する。

 なぜなら、一クラス二百五十名いるのだ。


 「ここじゃない。どこだろうか。時間が掛かりそうだ」


 二十クラスあって、一学年が五千名となる。

 探し出すにも、どのくらいの時間がかかるか分からない。

 アインは、自然にため息が出ていた。


 「アイン様。どうしました。ぼうっとしてますよ」

 「ルライアさん。いや・・・何でもないですよ」


 アインはルライアに少女の事を伝えようかと思ったが、『誰にも言うな』という意志を表に出していた彼女を尊重して黙る事にした。

 よく考えると、あの顔は、自分が解決してみせるとの決意のように思ったからだ。

 

 「ふぅ。探して、見つけよう。どこにいるんだろ」


 そしてアインはその日から少女を探すが、どこに行っても会えずにいた。

 さすがは一学年が五千人の巨大学校。

 クラスメイト全員と、毎日話せないのに、別なクラスであれば、キリのように知り合いじゃないと連絡が取れないのだ。

 不便であるなと思うアインは、必死になって探した。


 そして。



 ◇


 アーリア歴2年2月12日。

 数日間探し続けて。ようやくこの日に見つけたのである。

 放課後、体育館の外側の端に少女はいた。

 一人でいるのかと思ったが、誰か大人と話していた。

 まだ距離があるので、正確に声を聞き取りたいので、アインはこっそりと近づいていく。

 

 「ユーナリアさん。そのお顔は」

 「なんでもないです」

 「うん。君が何でもないというのなら、何でもないのでしょう」

 「・・・あの。どうして私をこの学校に入れたのでしょうか」


 ユーナリアは、黒いフードの男性に聞いた。


 「そうですね。あなたの意志を面接で見ました。正直。学習は厳しいでしょ。どうです」

 「はい。無理です。何度も試験を受けましたが、全部ビリです。馬鹿です。私・・・」


 学校は一カ月で小テストが回ってくる。

 その度に少女は最下位らしい。


 「そうですか」


 男性は悲しそうな表情をしたが、でも瞳は彼女を信じていた。


 「でも、でも・・・でも私・・・強くなりたい。ダン様のようになりたいんです」

 「ええ。わかっていますよ。だから僕は君をここに入れたんだ。たしか、一期生の中で奴隷出身は君だけだ」

 「はい」

 「でも、頑張るんでしょ」

 「もちろんです」

 「いいでしょう。僕はその目と、決意が好きです。君を応援してますからね」

 

 男性の声と顔。

 その両方が変わっていたとしても、アインは気付いた。

 口調に優しげな雰囲気だけで分かるのだ。


 だから更に近づいて、観察していく事にして、ハッキリと男性の姿を目で捉えると、確信を得た。


 「やっぱり、あの人は父さんだ!」


 フュンが変声術を駆使して声を変えて会話していた。


 「王様。私、何で学校に? その意気込みだけで、私はこの学校に入れたんでしょうか。全部の免除もありましたよ。ビリなのに・・・」

 「ええ。僕はですね。あ、その前に。そこら辺に座りましょう」

 「は、はい」


 少女をエスコートするフュンは紳士的だった。

 少女が座る場所に、タオルを敷いて座らせる。


 「あ、ありがとうございます。王様」

 「ええ。当然ですね。人には優しくしないと駄目なんですよ。優しさの連鎖を起こさねばね。それに、ユーナリアさんもそういう人になって、そういう人とお友達になってくださいね」

 「は、はい。出来たら・・・」

 

 出来ないけど、出来たら。

 そういう意味で言ったことを、フュンは気付いている。


 「それじゃあね。あなたを選んだ理由は二つ。まず、ダンに憧れた奴隷である事です。あなた、サナリアにやって来た奴隷ですよね」

 「はい」

 「元はギリダート? そうですよね」

 「その時はそうなんですけど。お父さんとお母さんがあの時にいました。リンドーアで、ダン様を見た事があるって言ってました」

 「ああ、なるほど。あの武闘大会ですね。ネアル王の就任時のですよね?」

 「はい。それで、王様がそのままダン様をお連れになったって」

 「ええ。ちょっと強引でしたけどね」


 フュンも今にして思えば、無理をしてダンを連れてきたなと思う事だった。

 それくらい当時は、ダンに対する仕打ちで、怒りの部分が強く出て、我を忘れていたのだ。


 「それで、ユーナリアさんは、なぜ。ギリダートに入っていたのです。あの武闘大会は、リンドーアですからね。ちょっと変ですね」


 当然の疑問を聞いた。


 「はい。私はその時、子供過ぎてよく知らずにいたんですけど。お父さんとお母さんは、その現場で見ていたらしく。その後に、戦争が始まる寸前で、二人はギリダートの予備兵になったみたいでして、家族ごとギリダートに入りました」

 「ああ。なるほどね。あの時のギリダートは攻撃が来るとは思っていないから、予備兵を奴隷にしてカバーしていたのか」


 フュンはやけに兵士ぽくない動きをしていた人がいたなと思っていた。

 奴隷たちがいた事による弊害かと考えられる。

 正規軍じゃない動きの人たちがちらほらいたのを覚えていたのだ。

 それと攻め込まれるはずがないと思ったのだろう。

 ギリダートは要塞都市だから、防御人数さえ揃えれば良しとしていたのかもしれない。

 人数合わせの面があの時にはあったのだろう。


 「それで、ギリダートに王様が来た時は、奴隷たちは喜んでいたんですよ。ダン様を解放した人なら。もしかしたら、帝国の大元帥なら自分たちを解放してくれるのかもって。そしたら、本当に解放してくれて。嬉しくて。それで私たちもサナリアに・・」

 「うんうん。そうですか。そういうことですね。なるほど」


 フュンは納得した。

 サナリアに来た奴隷たちが、すんなり言う事を聞いてくれたのは、ダンの影響があったのかと思ったのだ。


 「それで、学校へはどうして入ろうと。僕はここを聞き忘れていましたね。ダンに憧れているのは聞きましたけど」

 「はい。お父さんとお母さん。今は、道路を作ってます」

 「そうですね。基本はその仕事をしてもらってますものね」


 奴隷たちの多くは、公共事業の方に回していたのだ。

 教育が行き届いていないものが多いので、文字での仕事が厳しいためである。

 サナリアの学校でも学習できるようにしているが、勉強するという基本概念がない大人の奴隷では、文字を覚えられる者が少なかった。

 だから文字の必要のない仕事についてもらうしかなかったのだ。

 それと並行して奴隷たちの子供は、まだまだ子供で柔軟だったから、文字学習に苦労することはなかったのだ。

 現にサナリアではまあまあの成績でいたのがユーナリアである。


 「はい。でも私の予想だと、大陸の主要道路が完成してしまえば、お父さんたちも職を失う可能性が・・・あれほどの大量の人が要らなくなると思うので。そのお仕事だと先が見えないかと」

 「・・・」


 フュンは鋭い指摘だと思った。

 自分も考えていたことで、そこを解決するのには、どこか別の事業を展開しないといけないと思っていたのだ。


 「だから、私がしっかり働いて、二人を楽させたい。それで、ここで頑張ろうと思って。ここまで頑張って来たんですけど。でも、王様。なんで私を取ったんでしょうか。馬鹿なのに・・・何も出来ないのに・・・うっ・・何にもできない・・・運動も・・勉強も・・」


 情けなくて涙が出てくる。

 少女が流した涙は、悔しさから来るもの。

 自分が何も出来ないという悔しさ。

 それと、親に何かしてあげたくて意気込んで学校に来たのに、周りから圧倒的な力の差を見せつけられる。

 その悔しさの涙だった。

 苦しさよりも悔しさで泣く。

 だから、その心が美しいと思ったフュンは彼女に優しく話しかける。

 左手が勝手に、彼女の頭を撫でていた。


 「ああ。そうでしたね。こちらが話さないといけないのに、君に聞いてしまいましたね」

 「は、はい」

 「いいですか。ユーナリアさん。あなたを取った理由は奴隷だから。だけじゃなくて、僕はあの時に才があると見たのです。あなたには隠れている才能がありますよ。僕はそれを大事にしたい。君を大事にしたいと思って、この学校に入れましたよ」

 「こんな私に!? 何の才能が??」

 「はい。あります。この学校で一番の才能です。だから、あなたなら出来る。やれる。そして頑張れる。でも厳しくなったら言ってくださいね。なので、この黒い手紙を渡します」


 フュンは、黒色の手紙と封筒を数枚ずつ渡した。


 「これは・・・なんでしょう?」

 「これはですね。郵便の人にポンと渡してくれると、僕の元に直接来ます。そしたら僕は、君の元に行きますのでね。要は、僕を呼び出す手紙ですね」

 「え? 王様を呼び出す???」

 「はい。呼んでください。僕がお仕事中じゃなければ飛んできますからね」

 「・・・え?・・あ、は。はい」


 王様を呼び出せる魔法の紙をもらったと、ユーナリアは思った。

 一般人が手にしちゃいけない。

 とんでもない夢の道具のように感じる。


 「いいですか。遠慮しちゃいけませんよ」

 「は、はい」

 「それでは、僕もちょっとこれから行くところがあるので、失礼しますね」

 「わ、わかりました」

 「ええ。ユーナリアさん。頑張りましょうね。でも厳しくなったら言うのですよ。無理はしちゃいけません」

 「はい」

 「ではまたね~」

 

 ユーナリアは、手を振りながら光となって消えていくフュンを見て。

 『今、会っていたのは、神様だったんだ・・・』

 と思ってその場に佇んでいた。




ユーナリアの名前の由来。

それは、ユーナインという国がかつてのアーリア大陸の西にあった事と、アーリア大陸という名称そのものと合わせた事でつけられた名前。

彼女の両親は、学が無い方なので、知っていることを組み合わせたらしい。

ちなみに奴隷なので、姓がありません。

名だけです。


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