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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 新世代を守れ 太陽王の愛弟子

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第191話 トリックスター

 だいぶ打ち解けてきた昼食会。

 四人は笑顔で談笑できるくらいに仲が良くなった。

 しかし、ここでもアインの王子の役職が外れる事はなかった。


 一人の男の子がアインの隣に立つ。

 右肩から人の気配を感じて、アインは振り向いた。


 「アイン様。私が・・・・」


 自己紹介がいきなり始まり、アインが止まる。

 驚きすぎて、反応に遅れたのだ。


 「おいおい。君」


 ジルバーンの立ち上がってからの移動が異様に速い。

 この僅かな時間で男の子の肩を鷲掴みのようにして組んだ。


 「なんだ。貴様は。離れろ。私はドルドノー家で、あのクシャラの長男だぞ。失礼で無礼だぞ」

 「ドルドノー家?・・・あのクシャラ? どのクシャラだ???」


 どこの家だと思うジルバーンは、男の子を見る。


 「それは貴族か?」

 「そうだ」

 「どっちのだ?」

 「王国だ」

 「イーナミアか」

 「そうだ」

 「ふ~ん。じゃあ、元貴族か。つうかどっちの国でも元になるか」

 「そ、そうだ」

 

 元に抵抗があるらしい。

 王子に近寄って来る狙いが、自己の復権狙いだとジルバーンは感じた。


 「あんたさ。名前。紹介しても無駄だぜ。なんでここに来た?」

 「私は、アイン様に名を知ってもらおうと・・・」

 「だから無駄だって」


 男の子は、ジルバーンを無視して、奥にいるアインに目を向けたかったのだが。

 その視線の先にジルバーンが顔を入れたのだ。


 「ど、どけ。なぜ貴様が私の前に顔を出す」

 「あんたさ。もう貴族じゃないんだからさ。諦めな。それに王国の貴族ってのは、十三騎士だけだぜ。そこで決定してんだから諦めろよ。いいかい。いつでも、どこでも、どこまでもさ、媚び売っちゃ駄目なんだって。ほらほら、いいから、いいから。自分の席に帰りなさい。少年」


 ジルバーンは、片手で埃を払うようにして、馬鹿にした。

 

 「き、貴様・・なぜ私が貴様なんかに言われねばならん。貴様こそだ。元貴族でもないのに。アイン様のそばにいるな。汚らわしい奴め。身分の違いを理解しろ。ド平民が!!!」


 貴族らしく見えないが、ジルバーンは一応貴族である。

 十三騎士の一家の息子であるのだ。

 一般人からしたら、信じがたい問題でもある。


 「まあまあ。いいかい。あんたね。自己紹介してもさ。あんたで大体二千人目くらいなのよ。あんたさ。そんな数の人間、覚えられるか? この一カ月弱くらいで、二千人の名前さ」


 ジルバーンはわざと大きな声で言った。

 食堂に響いて、皆が黙る。

 少し騒がしかったのに、今は食器の音が響くくらいに静かだ。

 

 「・・・ぐっ。それは・・・出来ない」

 「だろ。それにいいかい。覚えてもらえないのに、自己紹介を延々とするのはいかがなものかな。更にさ。自分が出来ない事を、他人に強要するのか! あんたはさ!」


 男の子に言っているようで、周りに言っている。

 『これ以上自己紹介してもアインが覚えられないんだよ。馬鹿どもが』

 とは言わないものの意味合いとしてはこの意味で言っている。


 「そ・・それは、知るか。アイン様には出来るのだ。それにアーリア王は、そういうのが得意だと聞いたぞ。だから出来る。アイン様は凡人とは違うのだ」

 「ああ、そうだな。でもアーリア王に出来てもな。このアインは、アーリア王じゃないんだぞ。出来ないかもしれないだろうが。親で、子の才を決めつけるな。一緒なわけねえだろ」


 ジルバーンは、アインを指差して、男の子を睨んだ。

 

 「ふ、不敬ではないか。王子に出来ないと言うなど! それにその指をやめろ」


 一応敬ってはいるんだなと思ったジルバーンは話を続ける。


 「そうだ。王子に出来ないというのは不敬かもしれない。でも俺は、学友のアインに対して、言っている。いいか少年。俺は、この国の王子。アイン・ロベルト・アーリアには、言っていないんだよ。学生のアインに向かって言っている! アイン・ロベルト・トゥーリーズの方に言っているんだぜ!」


 線を引け。

 今ここにいるのは王子じゃない。

 アインは学生である。

 ジルバーンの演説に近い会話だ。


 「へ、屁理屈だろうが。ここにはアイン様がいるんだ」

 「そうだ。でも、彼はここにいる間は、王子じゃない。学生だ。アインという一人の人間であるんだよ。だからあんたも、一人の人としてアインを尊重しろ。それに無理なもんは無理なんだ」


 少年を睨みつけたジルバーンは少しだけ大声にする。

 食堂全体に響けと思ってる。


 「それとあんたらな。毎度毎度、時も考えず。場所も考えず。アインの体調も考えず! 自己紹介をするなんて、気でも狂ってるんじゃないか。名前はな。アインに紹介されたら、自分のを紹介しろ。勝手に押し付けてくんな」


 食堂にいる半分くらいの学生が自分の胸に手を当てた。

 ジルバーンは横目でそれを確認する。


 『なるほど。ここの半分は、もうアインに自己紹介済みか』


 だから、話の展開を変えた。


 「少年。一つアドバイスをしよう」

 「な、なんだ!」

 「アインが覚えたいと思う人間になれ」

 「なに!?」

 「アインが、ぜひ君の名前を覚えたいんだ! って思うくらいの人間になればいい。これなら、努力をすれば、誰にだってチャンスはある。あんたみたいな、元貴族だからって名前を覚えられるんじゃない。豪農、豪商の子だからってのも違う・・・この条件だと、肩書きが関係なくなるのよ」


 食堂にいる人間たちは、いつの間にかジルバーンの話に聞き耳を立てていた。

 彼の言っている中身が、重要な事だと思い始めたのだ。


 「光る才能。または、それらに近しい何かを! アインに気付いてもらえれば、アインに名を覚えられる。こうなるのであれば、皆平等だぞ。あそこの君も。あっちの君も、まだ教室にいたりする君も」


 ジルバーンは近くの生徒から遠くの生徒まで指差した。

 

 「全員が等しくチャンスがある。それこそ平等だ。何が平等だって言いたいだろ。その顔はな」


 ジルバーンは目の前の不満そうな少年には言っていない。

 再び食堂全体に言い始めていた。


 「それはな。自己紹介が出来ないくらいに引っ込み思案の子でも。自分の実力に自信の無い子でも。アインの目にさえ留まれば、名前を勝手に覚えてもらえるチャンスがあるんだよ。だって、アインが覚えたいって思う人間が、名前を覚えられるんだからな。その時には、しかもだ。話せるようになるのよ。誰にだって、アインと話せるチャンスが訪れるのさ。それは名前を覚えられるよりも稀有じゃないのかな。どうかな君?」


 この言葉が引き金だった。

 食堂にいた生徒たちは、一斉に目を輝かせる。

 それは、自己紹介しても、アインの方から話しかけられない事に不安を覚えていた事が、ここで一気に解決して、今はまさにアインに認められることで、話してもらえるのだと、発想の転換が始まったのだ。

 

 ジルバーン・リューゲン。

 人は、彼の事を『トリックスター』と呼んだ。

 敵味方。

 双方を惑わしつつ、場をコントロールする。

 含んだ発言が多いこの男を言い表すのにはちょうど良い呼び名であった。


 「それじゃあ、君も。頑張りたまえ。努力すれば、アインに名前を覚えてもらえるぞ。じゃあな」

 「貴様・・・あ!?」


 名残惜しそうにする少年をその場に置いた後。


 「アイン。いくぞ。飯食ったしな。教室に戻ろう」

 「あ、はい。わかりました」


 四人は静かになった食堂から出て行った。



 ◇


 教室に戻る途中。


 「ジョー。いいのでしょうか。あんな風に言ったら、あなたが標的になったりすると思うんですけど」 

 「ああ、大丈夫。大丈夫。アインは気にしないでいいぜ。それに俺が標的になった方が単純に面白い」

 

 アインに怒りの矛先を向けられず、自分を狙ってくるなら簡単。手間も省ける。

 それに撃退方法なんて、いくらでもある。

 正直は所、ジルバーンは、子供たちが単純に襲い掛かってきてくれた方が楽なのだ。

 彼は、口だけじゃなく、武力を駆使しても天才なのである。


 「私は、感動しました。私は王子と話せたので。名前を覚えてもらえたんですね。嬉しいですね」

 「そうだよ。よかったよね。キリちゃん」

 「はい!」


 なぜかジルバーンが答えた。


 「あの、僕じゃないんですか。今答えるのは?」

 「ハハハ。そうかもね」

 「いや、かもじゃなくて。僕じゃなきゃ・・・変ですよね?」


 ジルバーンの飄々としている所が面白い。

 段々とアインはジルバーンに惹かれていった。



 ◇


 キリの教室の前。

 ジルバーンは、キリの顔に自分の顔を寄せて、小声になる。


 「それじゃ、キリちゃん」

 「はい。ジョーさん。なんでしょう」


 アインとルライアには聞こえないようにしていた。

 でも、アインは地獄耳である。

 

 「気をつけてくれ。もし、いじめとかにあったら、すぐに俺に教えてくれ。必ず君を守る。対策を取るからね」

 「え? いじめですか??」

 「ああ。君は王子のそばにいられる。その特権を得たんだ。今後の学生たちの行動がどうなるか分からない。だからもしもだよ。大変な目に遭ったりしたら、俺にすぐに教えてほしい。助ける方法ならいくらでもあるからさ」

 「わ、わかりました」

 「ああ。だから、隠さないでくれよ。俺が助けるにも助けられなくなる」

 「は、はい」

 

 ここで、ジルバーンは顔を離した。


 「それじゃあ、またね。キリちゃん」


 ジルバーンは何事もなかったかのように笑顔になって手を振って別れた。

 その後。


 「ジョー」

 「ん?」

 「僕のために・・・君は、僕が誰かに迷惑をかけてもいいように・・・君だけで彼女を助けるつもりだったんですね」

 「ん? 何の事かな」

 「聞こえていましたよ。キリさんが、いじめにあう可能性を聞いていましたね」

 「何の事かな?」

 「・・・君は・・・そういう人ですか」


 アインは、難しい顔で席に着席して、ルライアは彼の顔を見てから首を傾げていた。

 後ろの席にいるジルバーンは。


 『やべえ。あの声でも拾えるのかよ。こいつの耳、怪物クラスだぞ。里の連中でもこれほどの聴力はないぞ。気をつけないとな。アーリア王の任務すらバレそうだ』


 内心は焦っていた。

 アインと会話していた際の表に出ていた言葉自体は冷静だったが、自分の心の中身はかなり動揺していたのだ。

 


一見は優しくなさそうだが、基本的には人に優しくする。

女性なら条件なしで最大限に優しい。

それがジルバーンという男。

誰かを救うのに裏側に回るのが得意だ。

だから、アイン世代では、ジルバーンが外交。ファルコが内政となる。




 

 

 

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