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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 新世代を守れ 太陽王の愛弟子

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第188話 アインとルライア

 アーリア歴元年9月6日


 アーリア王の第二子であるアイン・ロベルト・アーリアは、入学式が終わってから三日後には、ヘトヘトに疲れていた。

 周りの人間に珍しい姿を見せていた理由は。


 「アイン様。私はガルナズン帝国のラウンドスロー家の・・・」

 「俺はイーナミア王国ジェルネミノ家・・・」

 「僕は・・・シズリの大農園グロッサムの・・・」


 自己紹介の嵐に飲み込まれていたからだった。

 しかもこれが突風に近くて、アインにとっては不意打ちである。



 現在、アインの周りには、自分を積極的にアピールしてくる生徒が次々とやって来る状態だ。

 王都アーリアの学校の全校生徒は、一万五千人の予定。

 三年制で、今は一学年しかいなくても、五千人もいる超巨大学校の生徒たちが狙うのはアインの隣である。

 だから、アインの元に生徒が、ひっきりなしに自分をアピールしてくるというわけだ。

 自分がそこの席を獲得できれば、次期王の側近入りは間違いなしとの考えを、生徒たちが持っているのだ。

 

 授業が終われば、挨拶に。

 ご飯の時間でも、挨拶に。

 トイレに行っても、挨拶に。

 寮に戻っても、挨拶にと。


 アインがどこへ行こうがお構いなし。

 彼のその時の状況すらも関係ない。

 挨拶をしてくる人間たちは自分をより良く見せるために、アインを使って成り上がろうとしている者たちだった。

 だから、温厚で笑顔が多いアインでも、その際の受け答えの時には、引きつった笑顔しか作れなかったのである。



 ◇


 授業開始直前。先生が来る前。

 ため息交じりのアインは独り言を言う。


 「あの頃のダンとは違う種類のいじめにも感じますよね。悪意が無い分。これは、ある意味で地獄ですね・・・」

 「アイン様」


 隣に座る女の子が話しかけてきた。

 クルクルの天然パーマが、可愛らしい感じの女の子である。


 「ん? おお、ルライアさん」

 「はい。アイン様。私がおそばにいましょうか」

 「いいえ。それはやめておいた方がいいでしょう。普段の僕らは離れましょう」

 「なぜ? だって・・・アイン様、大丈夫ですか? 段々と顔色が悪いですよ。心配です」


 ルライアはアインの苦しい状態をよく分かっていた。

 そこを察する力があるあたりに、彼女が非常に優秀な人物であることが分かる。

 アインも、この女性は思いやりがあって気遣いのある人だと感心していた。


 「ここであなたが僕に近づくと・・・あなたに特権があると思われてしまいます」 

 「特権ですか? なんの?」

 「はい。皆さんね。僕が太陽王の後継者だから近寄ってきていますね。特に元貴族とか、豪農とか豪商とかの子供たちが厄介だ。帝国、王国。双方の元貴族は、便宜を図って欲しいのでしょうね。もしくは僕が王にでもなった時に出世したいのかも………まあ、そこを僕が見抜かないといけませんね」


 アインは実に優秀な二代目であった。

 自分を見ているのではない。

 自分の肩書きを見て、人間が近寄ってきている。

 それを瞬時に判断しているのが、アインだった。

 この三日間で挨拶に来た人間は全て敵とみなしてもいい。

 それくらいに自分の思いしか伝えてこない人間たちだった。


 それに比べて、ルライアはそういうことを一切考えていない。

 むしろこの少女は変わっていて、アインの事を気にかけてはいるが、アインの事が王子だから気にしているわけじゃなく、ただ単にお疲れなのが可哀想だと思っているから声を掛けている。

 そう、彼女が気になっているのは、たったの一つだけ。

 輸送だけなのだ。

 輸送の勉強が出来なかったら発狂するかもしれない。相当な変わり者である!


 「ああ。そうだ。ルライアさんって。どうしてこちらの学校に来たのですか? 帝都でもよかったのでは?」

 「はい。私は、お父さんの許可が下りたからですね」

 「お父さん? ライノンのですか!」


 アインは、学校に入学する前からライノンの事は知っている。


 「はい。去年にですね。お父さんが、フュンさんの許可が出ましたよ~って、教えてくれたのです。そこからこちらの試験を受けて合格した流れです」

 「ん? 父さんが許可をしなかったのですか!?」

 「はい。元々は帝都の学校に入ろうとしていたんですが、なぜかアーリア王に入学拒否されていたみたいで。今になって、こちらに入れました」

 「父さんが・・・そんな意地悪みたいな事を・・・どうしてだろう??」


 さすがのアインでもその理由までは分からなかった。

 これは親にならないと分からない理由である。

 我が子が、学校で一人にならないように、保険をかけたという意味でルライアがそばにいる。

 それにルライアのように私利私欲のない、やりたい事に一直線の子がそばにいた方がアインに良い影響をもたらすだろうと、フュンの計算が立っているのである。

 全ては我が子の為・・・のように思うが、フュンはルライアの為にも王都の学校に入れたのだ。 

 その理由は彼女の人生の目的と一致する。


 「それで、ルライアさんの入学理由は?」

 「私、輸送したいんです」

 「輸送・・・ですか・・・」

 「はい! 輸送です!!」


 なんともピンポイントな部分で・・・。

 とアインは口に出したくなっていた。


 「アイン様。ここって、内政も勉強できるんですよね。サティ様とか、リナ様も、特別教師にいるとかのお話で・・・」


 彼女が思いついた事。

 それがフュンが、こちらを推薦してきた理由である。

 帝都の学校にはいないサティやリナの授業を受けた方が、より成績も伸びてくれるだろうという考えだ。


 「そうですね。いますね」

 「だからここがいいなぁって思いました。帝都の学校よりも良かったかもしれないです。だからアーリア王も、私にこちらを推薦してくれたのかな。私の事を考えてくれてたのかな。だったら嬉しいな」


 ルライアは、フュンの事が大好きである。

 前に一度会ってから、ずっと同じ感情を持っているのだ。

 でも、だからと言って、息子のアインにべた惚れというわけじゃないのが、高評価ポイント。

 アインとフュンを同一に見ていないのである。

 もしかしたら、他の者たちは、同一に見ているから、擦り寄ってきているのかもしれない。


 「そうかもしれませんね。父さんは、人のバランスを見るのが上手いですからね。上手くいくところに、送り込むのもまた上手いですからね」


 あのような人物判断能力が欲しい。

 アインは父の能力をやけに高く見積もっているのだ。

 神にも近い能力者なのだろうと思っている。

 ただ、アインは勘違いしている。

 実際。フュンの判断能力には、運も絡んでいることを知らないのだ。

 何でもかんでも人を知るなんてことは、神にでもならない限り無理だからである。


 「教科書・・・分厚いですよね」


 ルライアが片手で持ち上げようとすると、重くて本が傾き始める。

 両手じゃないとうまく持ち上がらないくらいに大きな教科書なのだ。


 「そうですね。重いですよね」

 「今日は内政からでしたね」

 「ええ」


 王都アーリアの学校の授業内容は、一年生が基礎。二年生は応用。

 三年生は分野別となり専門となる。

 なので、一年生である彼らは、全ての分野の勉強をするのだ。

 それで己の得手不得手を理解して、翌年にも全体学習をした後に、三年目で専門分野へと移行する。

 そこからそれぞれが目指すべき理想の自分を手に入れるのである。

 フュンが演説した時の人々の自由。

 それは、ここから始まっているのだ。

 自分で自分の人生を掴み取るための学校。

 それが王都アーリアの学校である。


 「さて、勉強の時間が僕の休み時間のようなものだな・・・・」


 アインは授業中こそが、一人で集中できる時間だと思っていた。


 ◇


 さらに四日後。

 学校は始まってから、一週間が経過しても、アインには休み時間がなかった。

 挨拶のオンパレードで、とっかえひっかえで目の前の人が変わるという現象に陥っていた。

 普段から笑顔の多いアインでも、この時期になると笑顔が消えていて、無表情に近い形で人に対応をしていた。

 その表情の変化を読み取れない人間たちであるからこそ、挨拶に来てしまうのだろう。


 授業が始まる前。


 「アイン様。さすがにもう・・・私がおそばにいましょうか?」

 「いえ。それは駄目だ。これであなたがそばにいれば、僕があなたを優遇していると思うでしょう」


 授業を受ける今は、アインとルライアの席が隣同士だから安全。

 でも、授業じゃない時間も常に一緒にいたら、迷惑をかけるのは一目瞭然。

 だからアインは、ルライアの提案を断った。


 「しかし。お疲れになっているのでは?」

 「まあ、これは僕が耐えれば、何とかなるかと、さすがに二回も挨拶にくる子はいないでしょうから」

 「そうでしょうかね。しつこい可能性もあるような気が」

 「ですがね。このままいくしかないですよ。僕が我慢するしかない」


 休み時間がないから、誰かと知り合いになる時間がない。

 挨拶はただの挨拶止まりになるので、友達になる時間がないのだ。

 アインは人が周りにいるのに、友達が出来なかった。

 でもしょうがないのである。

 挨拶してくる人間が、邪魔をしてきているのと等しいからだ。

 

 「アイン様。一年生が五千人ですよ。一日あたり百ほど来るとしても、一週間で七百。終わるにしても、あと一カ月くらいは同じ生活ですよ」


 ルライアは、瞬時に計算してきた。


 「それは・・・地獄ですね。あれ? でも一か月の計算ズレてません。その計算だと、二か月くらいじゃなくてですか?」 

 「いいえ。ズレてません。全員は来ないと思います」

 「全員じゃない?」

 「はい、たぶんですけど。今はアイン様の目に留まりたいという人が来てますが。私の予想をいいますね。これは途中で目的が変化して、挨拶をしないといけないんじゃないかと思った子たちが来ると思います」


 ルライアの予測は、子供たちの意識が二つに別れるであった。

 自分の事をアピールしたい人は、引き続き来るが、その他にも挨拶をしないといけないという雰囲気に飲み込まれた子供が来るとの考えである。

 周りの子も行くなら、自分もいかないといけない。

 この考えに変わっていくだろうとする予測だった。


 「え? そんな事ってあるんでしょうか?」

 「今ですよ。このアイン様への挨拶が。学校での一大行事みたいになってますからね。なんか自分もいかないといけないんじゃないかって、思う子供が出るんじゃないかなって思いましてね。それと引っ込み思案の子もいるから、五千とは言いませんが、その半分以上が来ると思うんですよね。大体三千人くらい? だから最低でも一カ月この生活だと思うんですよ。それで最悪なのが、二週目があるかもしれないってところですかね」


 ざっとした計算が五千じゃない理由もまた深いものだった。

 ルライアの予測に、アインは絶望する。


 「これを。あと一カ月近く・・しかも二週目もあるかもしれない・・・さすがにそれだと、死にますね」

 「はい。ですから、私がそばにいれば、みんなの諦めがつくかと。私が止めればいいですし」


 自分が割って入って、相手を止める。

 そうすればアインが直接やめてくださいというよりもダメージが少ない。

 アインだと、王子であるから生徒たちを軽くあしらうことができないのだ。


 「しかし、それではあなたが大変になるのでは」

 「う~ん。私は別に友達とかどうでもいいタイプなんで、この中にいなくてもいいです」

 「え?」

 「バルナガンに・・・あ、今はロベルトでした。あそこにお友達はいるので、別にこの学校で無理に友達を作る必要がないので、アイン様をお守りしましょうか?」


 ここでの友達作りを犠牲にしても、アインを守ろうかと言ってくれるルライアは貴重な人間だった。

 アインは、このような人間と付き合っていくべきだと思った。


 「・・・いや、しかし。あと三年もありますからね。他の方に目をつけられたりしたら、あなたが大変になります。それではいけません。自分の事は自分でやってみますよ」

 「わかりました。それじゃあ、アイン様、体調とかが厳しくなったら、私を呼んでくださいね。なんとかしますからね」

 「ありがとう。ルライアさん」

 「ええ。呼んでくださいね」


 ルライアには、欲がない。

 誰かを利用してまで出世したい欲もないし、自分の力を示すような自己顕示欲もない。 

 凄い友達を得たことで自分が偉くなった気分に陥る事もないし、その友達を自慢するような事もない。

 彼女は、とにかく物を運びたい女性なのだ。

 沢山の荷物を輸送出来る。

 その日まで、彼女は勉強をひたすら頑張るのである。

 要は、変わっているのだ!

 


ルライアは少し変わっています。

ライノンともちょっと違います。それは意思の強さ。

輸送関連の話に絶対の自信があります。

それ程に勉強してきましたからね。

ライノンだったらここにも自信が持てません。

たぶんここは、母親の影響があります。

彼女の元気で一途な部分が、ルライアに継承されています。



そして、彼女は輸送にだけ執着します。

本当に輸送以外の事には興味が薄いので、隣の席がアインという他の生徒たちが羨むくらいの絶好の立ち位置にいても、彼に媚びへつらったりしません。

彼女もアイン世代の人物で、アーリアの道路事情とアーリア近海の輸送船の環境を激変させて、大陸をもう一段階上に引き上げる。

改革者の一人となります。

ちなみに、それを達成する時は、フュンの時代ではありません。


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