第184話 良い方向へ導く
アーリア歴元年4月2日
王都アーリアの居城メイダルフィアの応接室に、ネアルとブルーがやって来た。
「八か月でしたっけ?」
フュンが二人の赤ちゃんに向かって言った。
赤ちゃんは、フュンが近づいたら笑顔になってくれたのだ。
相変わらず話さずとも気に入られる男である。
「はい。アーリア王。そうであります」
抱っこしているブルーが答えた。
「ええ。丈夫そうでよかった。ブルーさんもお体は大丈夫ですよね」
「はい。皆さんの医療のおかげで。本当に、ありがとうございます」
「よかった。よかった。心配していましたよ」
フュンたちの医療チームは、ブルーに超一流を当てていた。
ソロン。クリス。
この二人を軸に、ラーゼの万全な医療体制でブルーを見ていたのだ。
それにシルヴィアもママとしてのケアをしていた。
「王。ありがとうございます」
「ビンジャー卿。感謝なんてね。こちらとしては当然なんですよ。喜ばしい事で待望のお子さんで、嬉しいですよね」
「はい。本当に感謝しています」
「なに、そんなに硬くならずとも。僕とあなたの仲じゃありませんか。気にしない気にしない。お手伝いするのは、当たり前のことですよ」
「え?」
どんな仲だと思ったネアルは止まった。
ついこの間までは宿敵として戦って来たのですけども。
これが喉まで出掛かっていた。
「それで、私たちは、何用でこちらにお呼ばれしたのでしょうか」
「はい。まずはご飯! 飲み食いしましょう。アイネさん!」
「は~い」
いつも元気なアイネが登場した。
「王子。何でしょう」
「ええ。アイネさんの手料理をお願いします。それと、こちらのダンテ君の世話もお願いします」
「わかりましたぁ。少々お待ちを。お料理持ってきますね」
「はい。お願いします」
ネアルとブルーはメイドの女性に驚いていた。
フュンと親しげに話す様子は、主従ではなく、姉弟のようだった。
「アーリア王。今のはメイドの方ですか?」
席に座りながらブルーが聞いた。
「ええ。僕のメイドのアイネさんです。彼女には復帰してもらったんですよね。僕が王になるので、ここには新人よりも、彼女が欲しいと言って、少々無理を言って僕の元に来てもらいました」
「・・・その言い方だと、元々は王のメイドで辞めていたと?」
ネアルが聞いた。
「はい。実は彼女はですね。僕が人質時代から一緒に帝国に来たメイドさんでして、気心知れている人なんで、僕のメイド長をしてもらってます。お城内のメイド長ですね。ずいぶん出世して、大変な環境になりましたって、言ってますけどね。そこは申し訳ない」
「その出世は・・・あなたもでは?」
「そうなんですよね。僕、大出世して、王らしいですよ。信じられません。なんででしょ!」
とフュンが言うと、二人がクスクスと笑う。
いまだに王であることに疑問を持っているのかと。
「王子! お持ちしましたよ」
「あ。アイネさんありがとう」
「はい。次から次へとテーブルに運びますねぇ」
明るいアイネの王子呼びが気になったネアルは、彼女に聞いた。
「アイネ殿。なぜ、王子と? アーリア王では?」
「あ。ごめんなさい。つい。あ、ここって今、正式な場でしたか」
「いや、それは私にはわからずで」
ネアルはフュンに視線を向けた。
「いえ、正式な場じゃないです。お二人と、ダンテ君を見たかっただけなんで。ここは非公式ですよ」
「あ。それならよかった。ネアル様。私、無理なんですよ。王子は、いつまでも私にとって王子なので、もう出てくる言葉が王子になっちゃうんですよね。意識すれば、何とか王と呼べます」
そんな風にニッコリ笑われたら、ネアルとしてもそれ以上追及できなかった。
素敵な女性であるから、今のも嘘じゃないと思っていた。
「王子とは、もうこんな小さい時から一緒で」
アイネは子供の頃のフュンの身長の所に手を置いた。
「だから、こんなに大きくなった王子を見ても。どうしても、この頃の王子にしかみえないんですよね」
「そうなんですか。なるほど」
内心はどういうことだろうと、ネアルは思っている。
それを微塵も見せないのはさすが元王である。
他人に心の内側を見せてはいけない。
それが王である。
でも、目の前の彼は違うのだ。
フュンの心は皆が知ることである。
しかも、表情にも出やすいのでわかりやすい。
「それにネアル様」
「ええ。なんでしょう。アイネ殿」
「王子。なんにも変わらないんですよ」
「え?」
アイネの言葉にネアルが驚く。
「それがですね。子供の頃から何も変わらないんです。話し方も優しさも、全く一緒。だからそのせいです。王って呼べないのは、王子が悪いんですよぉ」
「ふっ・・・」
ネアルは思わず笑っていた。その隣にいるブルーも笑うのを我慢しながら下を向く。
「ちょっとアイネさん。それって僕が子供のまま成長していないみたいに感じますよ」
「え? いや、言葉のあやじゃないですか。お優しさが変わらないってことです」
「うううんんん」
フュンが難しい顔をした。
しかしこの顔も子供の頃から変わらないから、アイネにとっては、尊敬してやまない人がただ単に悩んでいるだけの姿にしか見えない。
アイネはテーブルに料理を全て置くと、ブルーの前に立つ。
「それじゃあ、そばにいますので、ブルーさん。お子さんを。私が見ますよ」
「え。あ、はい。お願いします」
「ええ。わあ、かわいい子ですね」
アイネはそっと抱っこした。
「泣かないんですね。あれ?」
今の状態だと泣いてもおかしくない状況なのにと思ったブルーは首を傾げた。
「ん? 泣きやすいんですか?」
フュンが聞くと。
「はい。私たちのメイドでは大泣きになります。私かネアル様が抱っこしないと無理です」
「そうなんですか。まあ、アイネさんは子供の扱いに慣れていますし。お母さんでもありますから、大丈夫ですよ」
アイネは結婚して子供もいる。
自分の子にも、メイドとしての力をつけるために修行をさせていたりする。
親子でメイドとして働こうと画策しているのだ。
「へえ、なるほど。アイネさん、何かコツでもあるんでしょうか。私たちのメイドにも教えてあげたいですね」
「ないですよ! ただ、可愛いって思えば全部解決します。ハハハ」
「そ。そうですか」
その答えは、ブルーの質問に答えていない。
アイネは能天気なのである。
◇
「それでアーリア王。私を呼んだ理由は、本当にダンテの事だけですか?」
「まあ、それも一つです。無事に成長してよかったなと思いますし、ラーゼの医療班からも、恐らく丈夫な子じゃないかとの話がありましてね。それもお伝えしたくてですね」
「そうですか。ありがたい」
ネアルはホッとした。
遅く生まれた子だから気をつけているのだ。
「それで、今後どうします。とりあえず、お二人で。いや違うな。三人でリンドーアに戻りますか?」
「そうですね。しばらくですけど。ブルーだけはここにいてもよろしいでしょうか。今まで通りに、私がリンドーアとここを行き来する形でも? ここは医療が充実していますから、安心できますし」
「ああ。そうですね。もちろんいいですよ。わかりました。あのお屋敷。そのままあげますので、使っていいです」
「ありがとうございます」
ネアルが頭を下げた。
「ブルーさんも、それでいいですか?」
「はい。アーリア王ありがとうございます」
「いえいえ」
ブルーも頭を下げてきたので、フュンは恐縮して答えた。
別に普通の事なので、感謝されるような事ではないと思っている。
「そうだな・・・じゃあ、アイネさん」
「なんでしょう?」
「ジュナンさんの修行をしましょうか」
「え?」
ジュナンはアイネの娘の名である。
「ダンテ君のメイドになりましょう。三年後くらいに子供のメイドとして入りましょうか。いいでしょうか。お二人とも」
「私たちの子のメイドですか。そちらのアイネ殿の子が・・・」
ネアルが聞いた。
「はい。アイネさんに似て明るい子です」
「私はいいのですが、アイネ殿の子も、アーリア王に仕えたいのでは」
「いえ。それが、僕はアイネさんだけでもいいんですよね。正直、たくさんはいりませんし」
フュンは部屋の向こうにいるメイドの方も見ていた。
正直一人で十分。
フュンは小さく狭くが好きな人物なので、大人数である方が逆に肩身が狭いのだ。
「それに、僕の子らは既に大きいので、子供同士の絆みたいなのが生まれにくい。なので、ダンテ君は生まれたばかりですし、アイネさんの子のジュナンさんは、四歳なので、三年後あたりがちょうどよい年頃ですし、何より、それくらいのお姉さんがダンテ君にいた方がいいでしょう」
フュンとアイネもそれくらいの差である。
「それに、姉弟みたいな感じで育った方がいい。一人っ子になるかはわかりませんが、もし一人っ子でもジュナンさんがお姉さんになれば、ダンテ君も寂しくありません。ええ、僕も一人っ子のように育ったんですけどね。僕は彼女たちのおかげで、全く寂しくありませんでしたから」
アイネたちがいたから、フュンは寂しくなかった。
実の兄弟がいても、意地悪な継母がいても、フュンはメイドたちと楽しく暮らしていたのである。
「・・・ええ。私どもはよろしいのですが、そちらのアイネさんが」
ブルーがアイネを見る。
「そうですね。たしかに、娘をフュン様のメイドか、アイン様たちのメイドにしようと思ってましたが。うん。私はいいですよ。ダンテ様のメイドにしましょう」
「いいんですか。本当に?」
ネアルが聞くと。
「はい。王子は、判断を間違いません。特に人に対する判断は絶対に間違いません。つまり、ダンテ君のメイドになれば、うちの娘は幸せになるんですねぇ」
真っ直ぐネアルを見つめるアイネはここでも能天気に答えたのだ。
フュンが人に悪いようにするわけがない。
全てを人の為に動く人がその判断をしたのなら、間違いはないのだ。
「そ、そうですか。ではよろしくお願いします。アイネ殿」
「はい。こちらこそ、ちゃんとした教育をしていきますので、三年後にお願いします」
「はい。お待ちしております」
こうして、アイネの子はネアルの子供のメイドになった。
ダンテ・ビンジャー。
ネアルとブルーを合わせた才覚を持ち、アイン世代で強烈な個性を放つ男性。
人との関わりあいの時に表情の変化が少なく、孤高になりがちの少年時代を過ごすのだが、それでも内面が暖かい性格になっていったのは、能天気なアイネの娘であるジュナンがそばにいたからと言われている。
ジュナンもまたアイネのような性格であったとされ、ダンテのそばで口を開けて居眠りをするような無防備さと能天気さを持っていた。
そこを可愛いと思うようになるのがダンテであるので、そのおかげで穏やかに育ったのかもしれないと言われている。




