第50話 貴族集会 Ⅲ
「ところで・・・誰?」
サナは、剣の訓練で出来たタコがある手でフュンを指差す。
「あ。僕は、フュン・メイダルフィアと申します。どうぞよろしくお願いします」
「わざわざ、丁寧に。どうもです。こいつのことは気にしないでいいですよ。無礼な奴なんで。俺はマルクス・ハイスマンです」
マルクスがサナを無視して挨拶を交わすと、もちろんサナが怒り出す。
「てめえ。私が無礼だって。お前の方が無礼だろ」
「うるさい。こういう場でそういう話し方するからお前はな、無礼なんだよ! いや、待てよ。お前は無礼どころか、横暴だ。横暴。口を閉じてろよ、粗暴横暴乱暴女!」
「んだと…」
「まあまあ。フュン殿の前ですよ。いつも通りにしていたら駄目ですよ。二人とも」
タイローが宥めると、二人は少しだけ落ち着く。
「そういや、どっかでフュンって名を見たことがあるな・・・・ああ。サナリアの王子さんだね」
マルクスがフュンの名前で思い出す。
あの王子であると。
「僕の名を見る?」
「ああ、俺の父が情報部にいるからね。君のことは資料で見てるよ」
「・・・そ、そうですか」
「名を知られててよかったじゃないか。何がっかりしてんだ? 無名よりも有名なほうがイイんだぜ」
サナが暗い顔をしたフュンの様子に気づいた。
「まあ、そうですがね。情報部ってことは。やはり帝国の中心にも知られているのですね。まあ、情けないというか……なんと言うか…ですね。はい」
「はははは。ああ、例の噂の愚鈍王子ってやつかい。あれはあくまでも噂でしょ。俺がいる情報精査部では、君は平均値って書いてあったけどな」
「平均?」
「ああ。君の能力はオール5! 平均だ!」
「オール5?」
「10点満点でね!」
「な、なるほど・・それは平均ですね」
いったい何の採点なのか。
マルクスは自信満々に言い切ってくれたが、結局は何も取り柄がないで決まりである。
それに、いつテストを受けたんだ僕は・・・と思うフュンであった。
「そうかぁ。私には、こいつ・・・少なくとも普通よりは戦えると思うんだけどな。だから、戦闘だけで言えば6はあると思うぞ」
「・・・え? そうなの? フュンさんがか? じゃあ情報部のデータを直さないとな」
サナがフュンの全身を見てから、マルクスに指摘した。
「ああ。まあまあ鍛えてあって、私はこいつを愚鈍王子とは思わんな。でもよ。私的には、そこのデカブツが気になる」
「・・・ん? 私ですか」
口いっぱいにご飯を詰め込んでいるゼファーがこっちを向いた。
皆の邪魔にならないようにしていたゼファーは、フュンから自分のことは遠目から護衛してほしいとの指示を受けていたので、その通りに動いていた。
この先は、貴族らと話す機会が来るかもしれないからと、ゼファーの負担を少しでも減らしてあげようとするフュンの心遣いも含まれていた。
そして、命令を律儀に守るゼファーは、ご飯を食べながらも、もしフュンが襲われてもギリギリで間に合う位置に常に移動していたのである。
「そいつ・・・たぶん8,いや9に届くかもしれんわ・・・それにずっとお前のことを守ってんな。体はこっちを向いてないが、意識がこっちを向いているぞ」
「…よ、よく、わかりましたね。サナさん」
ゼファーを見つめるサナに向かって、フュンが答えた。
「ふっ。お前はなんも言わんでもいいぜ。私にそういった力を隠そうとするのは無駄。そういう類の駆け引きは無駄だぜ。こいつはかなり強い。風格がありすぎるんだよ」
強者であるサナは、同じく強者であるゼファーに気づいていた。
まだ気配断ちを上手く扱えないゼファーは、自分の実力を隠せなかったのだ。
実は、今のゼファーは、実力を隠すための第一段階の気配断ちの訓練の最中であったのだ。
ミランダが言うには、主君を守るには強さを出してはいかん。弱さも出してはいかん。
一番良いのは、その場と一体化することで、周りに馴染むことであると。
強者は、強者の匂いや雰囲気を感じ取るので、強さを見せれば余計な戦闘を負うことになるから、宮殿や集会に居る間はフュンを守るために無となれ!
という特訓を繰り返していたのである。
しかしまだ完璧じゃない分、サナに見破られてしまったのだった。
「いえ。私は強くありません! いまだに、気配断ちが出来ぬのでございますから。私の事はお気になさらずに」
「そうはいくか。こいつは強い。私と戦え!」
単純なサナは戦いを求めた。
ミランダが見立て通り、強者は喧嘩っ早いのだ。
「いえ。戦いません。私は主君を守るためだけに戦うのですから。私闘はしません」
ゼファーはかぶりついた肉を皿に戻しながら言い切った。
よくぞ戦うのを我慢してくれている!
そう思うフュンは褒めてあげたかったが。
(話しかけられているのに、何でまだ食べているの)
今は食べて欲しくはないと思っていた。
貴族としてではなく、人間としての当然の思いを黙っているフュン。
今が君と二人きりならば、ちょっと指導ものだよ、なんて軽く思ってもいた。
そして、急にサナはフュンの前に立ち、全力で拳を突き出した。
「んじゃ。これでどうだ! 主様の危機だぞっと」
目を瞑らないでいるフュンは、拳の勢いを目で感じる。
猛烈な勢いで大きくなっていく拳に、彼女の気迫と強さが乗り移っているようだ。
「それは見過ごせませんな」
フュンの鼻先で、サナの拳が止まった。
一気にフュンの元まで距離を詰めたゼファーが彼女の手首を掴んだ。
拳ではなく、手首。
それなのにサナは、フュンの鼻先から動かすことが出来ない。
拳を直接止められたら不満は残らないが、手首を掴んで止められたことにサナは怒り出す。
「てめえ。手首を・・・・舐めてんな。私を侮辱してんな」
「いえ。あなたを侮辱はしてません。あなたが強いので、こうするためです」
料理を食べた皿を片手で持ちながらゼファーは、彼女の手首をグッと返して、腕を軽く逆に曲げてから関節を決め込んだ。
この技は、元はサブロウの技らしく、ミランダから会得したモノである。
「やめなさい。ゼファー! サナさんは、貴族の方ですよ。敵対してはいけません」
「はっ。殿下! 申し訳ありません。ですが、あなた様に傷がついたら、私の恥であります」
「それでもやめなさい。私は傷がついてもいいのです。やめなさい」
「はっ」
ゼファーはすぐに手を離すと、サナは鋭く睨んだ。
「サナ様。申し訳ありませんでした。私の連れが無礼を働きました。お許しください」
「チッ。強ぇな・・・・あ、まあ。そんな謝んな。実力を測ろうかと私もけしかけたんだしな。気にすんな」
「そうですか。ありがとうございます」
フュンの方が丁寧に謝ると。
「強い人だな。この人、ゼファー君ね。いやぁ、フュンさんはずいぶん強い人を従えているんだね。いやぁ。サナよりも強い同年代なんてな。久しぶりに見たな」
マルクスが直立で反省して立っているゼファーの全身あちこちを見て言った。
いい筋肉もしているなと服越しで観察している。
「ホントですね。サナを止めるとは。いやはや素晴らしくお強い」
「まったくね。このおバカの方が無礼を働いたのよ。この子、田舎者よりもイケナイわ」
タイローもヒルダも、どちらかと言うとフュンの味方であった。
さすがに、先程までの振る舞いは、サナの方が無礼であると思っていたのだ。
「いえいえ。僕は、ゼファー殿を従えているわけではないです。僕の友達です」
「「「はっ?」」」
ヒルダたちは、従者ではないと言ったフュンに驚いた。
「いえ。ですから、ゼファー殿は僕の従者という名ばかりの肩書を持つ友達です。彼にはいろいろな経験を積んでほしいから一緒に来てもらっただけで、僕の護衛をしているわけじゃないんですよ。僕の貴重な友達で話し相手となってもらってます」
「いえ。殿下。私は殿下の従者です」
「却下です! 君は僕の友達です!」
「いえ。無理です」
「いえいえ。こちらこそ無理です!」
「な! 殿下!」
「はい。僕の勝ちです!」
「・・・・む・・・」
何の勝負かは分からないがフュンの勝ちであるらしい。
なんとしてでも、ゼファーは友達であると思いたいフュンであった。
「あなた・・・面白い人なのね。田舎者は」
笑顔でヒルダが言うと。
「そうですかね?」
フュンはどこがと思う。
「いやいや、とても面白い人ですよ。はははは」
マルクスも面白いと思うが。
「どこがでしょう?」
フュンは首をひねる。
「いえいえ。お優しい方なのでしょう。フュン殿は」
タイローがフュンの肩を軽く叩いて応援した後。
「ではゼファー殿。謝罪ついでにこちらにどうぞ。美味しいものがありますよ。一緒に食べましょう」
ゼファーに謝罪の食事をあげるために、この会場で最もおいしい料理がある近くのテーブルに連れて行った。
「悪かったな。私のせいで・・・色々な」
「いえいえ。僕は何も。こうして無事で終われば、全部を水に流しますよ。あははは」
「そうか・・・なら有難く。その言葉に甘えよう」
サナが丁寧に頭を下げて、この問題は解決したのであった。
そして、この問題は些細な前哨戦。
本番は次であったのだ。




