第180話 ツェン・メイダルフィアの度量
サナリアのローズフィアにて。
現在、ここは元辺境伯領から、メイダルフィアのサナリア領となっている。
十三騎士の一家が治めているという形なのだが、ここに住む人たちにとっては、やはり現王がそのまま治めてくれているように感じているらしい。
その理由は、こちらを治めてくれる人物が、彼の子供の頃によく似ているからだった。
「シガーさん? どうしましたかぁ。そんなに慌てて・・・」
サナリアの領主ツェン・メイダルフィアである。
まだ12歳。
でも、この地を見守る役目をすでにしていた。
実際に統治しているのは、今サナリアの領主の館にやって来たシガーである。
「ツェン様。今からアーベンに行くと?」
「はいぃ。シュガさんとロイマンさんといきますよぉ」
のんびりと受け答えするツェンは、フュンに似て穏やかな雰囲気がある。
何を考えているのか分からない点も似ている。
あと動きが鈍いので有名だ。
運動は全くできない。勉強はやや出来る。
他の兄弟に比べて、確実に見劣りする能力の持ち主でもある。
「どうしてでしょうか。こちらにいた方がお守りしやすいのですけども」
「ええ。先日のお父様との話し合いで、あちらの処遇が決定したために、僕が直接お話するのですねぇ」
それと、会話もゆったりしている。
「え? ツェン様が王と話し合い? あちらの処遇? 何の事ですか?」
シガーもだいぶ穏やかになった。
軍を引退して、今は領主代理としてツェンの補佐だけをしている。
彼の指導をする事もフュンから託されてはいるが、ツェンはあまり無茶をしない人間なので、指導をすることもない。
言う事も聞くし、変な事もあまりしないので、手こずるようなことがないのだが、この時ばかりは自分の知らない動きをしてきたのだ。
「はい。極秘でしてね。シガーさんなら言っても良いと思いますねぇ。僕ね。お祖母様にお会いするのですよ」
「お祖母様? いや、お亡くなりに・・・」
シガーが思うお婆様とは、ソフィアの事である。
だが、ツェンが思うお婆様は別人である。
「いえいえ。失礼な事をお話になるのはよくありませんよ。お祖母様は生きてらっしゃいますからね。それでは僕は、あちらにいってきますねぇ。すぐ戻りますからね。シガーさんは、ここの皆さんの事を頼みますよぉ」
「あ・・・はい。わかりました」
結局、ツェンが誰と会うのかも知らずに、シガーは見送ったのであった。
◇
サナリアの第二都市アーベンにて。
「殿下」
目的地直前でシュガが聞いた。
「はい?」
「なぜこちらに」
「あ。それ俺も聞きたかったです。なぜ俺・・・いや、私もなんでしょうか?・・・ただの地方官ですよ。それももう年寄りです」
ロイマンも聞いた。
「いえいえ。ロイマンさんはお若いですよぉ。お肌も綺麗ですよね。サナリア草のおかげですかねぇ・・・」
最初に褒めてから。
「それにですね。まあ、まずは用件をここでこなしてからですね。本来ここに来た理由をそちらで説明しますねぇ。まずは、最初にこちらからですよ」
のんびりとツェンは、二人を目的地まで連れていった。
◇
アーベンの光の監獄にて。
「お祖母様」
とある女性に話しかけた。
しわがあってもどこか気品がある。
手が泥だらけとなっても美しさがどこかにあった。
「あ・・・あなたは・・・フュン!?」
女性は幼い頃の彼にそっくりだと思った。
優しいまなざしに雰囲気。
これでは瓜二つだと認識してもおかしくない。
「いえいえ。僕はツェンです」
「ツェン???」
「はい。カミラお祖母様」
「・・・いや、私は・・・子がおりませんので・・・お祖母様などには・・・なれないです」
ズィーベを失ったのだから、お祖母様と呼ばれることはない。
カミラは言い返した。
「はい。存じております。でも僕は、あなたがお祖母様だと思っていますよ。それと、僕のお父様もそう思っています」
「・・・まさか・・・あなたの父は、フュン?」
「はい。そうです。お祖母様が思うフュンが、僕のお父様です」
「そんな・・・こんなにもそっくりなのですね」
当時のフュンの面影を持つ事で、喜びと贖罪の気持ちが同時に沸き起こる。
カミラは、自分の感情を言い表せない。不思議な感情になっていた。
「よく言われます。僕としてはあまり似ていないと思っていますけどね。あははは」
「そ、そっくりです。笑い方も・・・笑顔も・・・ああ、ごめんなさい・・・ごめんなさい。私が悪いのです・・・ごめんなさい」
「ん???」
突然泣いて謝って来られたので、ツェンは首を傾げた。
泥だらけの両手で、ツェンの手を握って来た。
でもツェンは、その手を振りほどくこともせず優しく話しかける。
「お祖母様。僕ね。お話に来たんですよぉ」
「・・お。お話し?」
「はい。ぜひね。お祖母様にローズフィアに来てもらいたくてですね。僕と一緒に暮らしませんか?」
「え?・・・な、なにを言って・・・え?」
「いや、家族ですし。一緒に暮らしましょうよ?」
「いや・・・え・・・」
溢れる涙がピタリと止まるくらいに、カミラは驚いた。
ツェンの優しい笑顔しか見えなくなった。
「そろそろいいかなって。僕が思いましてね。お父様にも相談したんですよ。そしたら、ツェンがいいならいいよってなったのでね。一緒に暮らしませんか」
「どど、どうして。私は罪を・・」
「はい。知っていますよ。でもね。その後も知っています。お祖母様。ここで一生懸命頑張っていらっしゃっるのもね」
ニッコリ笑うツェンが眩しい。その場で目を瞑りたいくらいに眩しい。
そんな風に感じられる自分になれたのだと、カミラは思う。
たぶん、幼い頃のフュンもこうして眩しかったのだ。
それを見過ごしていた。見逃していた。あの当時は、自分の子供が大切であったからだ。
フュンの事もしっかり見ていれば良かったのだ。
後悔ばかりが押し寄せてきた。
「僕ってよく考えたら、二人のお祖父様もいないのでね。お祖母様も・・・ジュリアンさんくらいしかいませんので。ねえ。あとはカミラお祖母様しかいません。だから一緒に暮らしません。僕は、思い出を大切にしたい。あなたとも思い出を作りたいのですよ。どうです?」
「どうですって・・・そんな事。望めませんよ」
「いや、なぜ」
「だって・・・私は・・・」
罪人ですから。
とは言わなくても、ツェンも察していた。
だから優しく言い返す。
「大丈夫。僕がお守りしますから、民に何かを言われても僕が守ります。一緒に暮らしましょう。僕も質素な暮らしをしていますから、ここより楽ですよとは断言できませんが、でも一緒だったら楽しいと思いますよ。サナリアの風を感じながら暮らしましょうよ!」
「それは・・そんなこと。許されてもいいのでしょうか・・私は・・・」
これは最早、恩赦を超える所業。
フュンに許されざることをしたのに・・・。
大陸を統一した偉大な王に、苦しみを与えた人間なのに。
「大丈夫。あなたの頑張りは、皆気付いています。たぶん、ここから出ても、良いようには思われないでしょう。でも、ここでの頑張りのおかげで、他に何も言われないと思います。それくらい、あなたは頑張ってましたよ。それに今のお仕事は、僕の付近でも出来るので、安心してください」
領主の館の周りの土地を改良したツェンは、小さな規模の農園にしていた。
「そ。それは・・・当然で・・・ありまして・・・あれは私の実績などではなく・・・それに、罪を帳消しにするほどのものではありませんよ」
「いえいえ。あれはとても立派な事でしたよ。サナリアが成長したのも、お祖母様のおかげでありまして。それに20年くらい前に。あなたが諦めれば、ここで不貞腐れていれば、あなたは民に認められない。それに民よりも、お父様から認められなかったでしょう」
「フュンが!?」
認めてくれていた!?
そう思ったカミラは、嬉しさで止まった。
生涯許されないのだと諦めていた事だったからだ。
「はい。決して口外することはないと思いますが、お父様も内心では認めていますよ。だから許可が出たのです。ここに来ても、お父様はあなたにお会いしなかったでしょうが、お父様は常にあなたにも気を遣っています。なので、僕と暮らしませんか? 家族ですもん。一緒の時を過ごしましょう」
「・・・・ですが、ここの元大臣たちは・・・」
「ええ。病気以外の方たちは、僕のお屋敷のそばにいてもらおうかなって思っています」
しかし半分以上は亡くなった。
ツェンは周りを見ると、悲しい顔をした。
「皆さんも、僕の家の周りで農業してもらおうかなって、皆で野菜とか育てながら、暮らそうかなって。そんなのんびりとした時を過ごしてもいいでしょう。皆さん。最期の時まで、こちらにいたら、身が持たない。なので、どうでしょうか?」
悩みに悩んだ末、時間をかけてカミラは返事をした。
「・・・わかりました。ツェン様について・・」
ついていこうと思いますと言おうとした瞬間に止められた。
「お祖母様。ツェンですよ。家族ですもん」
「・・・ツェン・・ですか」
「はい」
明るい笑顔につられてしまった。
カミラは、素直に呼んでしまう。
「ツェン」
「はい」
そのままの笑顔で、ツェンは嬉しそうに答えた。
「よろしくお願いします。老い先短いかもしれませんが・・・・よろしくお願いします」
「もちろん・・・でも、老い先は短くありませんよ。まだまだ生きてもらいますからね。あと三十年くらいは僕と一緒に暮らしてください。あははは」
「・・・はい。頑張ります」
こうして、カミラは罪を背負いながらも、アーベンから出ることが決まった。
ツェンと共に暮らしていく事を決めたのである。
これは贖罪の意味もあった。
幼いフュンを見ていなかった罪、可愛がらなかった罪。
母を亡くして悲しんでいる子供を見ていなかった非道な継母の罪。
優しく寄り添ってあげるべきだった。
成長を見守って、もっと素敵な関係を築けばよかった。
それらの罪と後悔を背負って、彼女はツェンを見守ることに決めたのである。
なので、この先の二人はとても良好な関係を築いたと、この後のアーリア戦記の中でも記述があるのだ。
それに、カミラは、表向きは許されていないが、裏では民から許されたとなっている。
決してこの後のカミラは自分を許していない。
でも、アーリアの民たちは彼女を許してくれた。
それは、彼女がサナリアの為に懸命に働いたことと、サナリアの主ツェンを見守ったことが大きかった。
この出来事が、ツェンの度量の大きさを物語る事になり、彼が治めることになるサナリアでも、一度も反乱が起きなかった。
いや起きる可能性なんて一ミリも存在するわけがなかったのだ。
フュンと同じように愛された領主で、信用のある男に成長。
優しさだけが取り柄。
そう呼ばれようが、馬鹿にされることは一切ない男。
それが太陽王の第二王子ツェン・メイダルフィアである。
ツェンの顔は、サナリアにいた頃のフュンにとても似ています。
性格の方は、少しだけ似ています。
ただフュンよりものんびりしている話し方で、彼の若い頃よりも更にボケッとしています。
隙がありまくりな感じで、めちゃくちゃ素直です。
だから、騙されやすいので危険です。
フュンは意外と騙されないので、そこが違いです。
カミラは、サナリア王国の元大臣たちと共に、多くの農作物の品種改良に成功しています。
そして、その実績により、サナリアの食料自給率をあげて、効率よく余剰分まで食料を作る基礎を作ったのです。
それでメイダルフィア家の食糧輸出を後押しする形にもなった。
間接的にフュンを支えていたと言っても過言じゃないです。
国家を揺るがした息子を持ち、本人も少なからず関与していた犯罪者ながらも、サナリアの大改革の一つに貢献していたのである。
なのでサナリアは、アーリア王国の王都アーリアまでの一直線の道路事情のおかげで、アーリア大陸の最重要食糧拠点になっているのだ。
アーリア大陸東の大都市サナリアになれたのは、彼女の力もあったのだ。




