第177話 大陸の英雄誕生
帝国歴540年1月1日
王都アーリアにある居城メイダルフィアのバルコニーに、フュン・ロベルト・アーリアが現れた。
「アーリア王国の民たちよ。私が、大陸統一国家アーリア王国の王フュン・ロベルト・アーリアである」
第一声は、ただの自己紹介。
だが、このたったの一言であっても、王都アーリアで声を聞いた者たちの身も心も震え上がったと言われている。
威厳に溢れるその姿を見て、皆が恐縮したというのに・・・・。
「な~んて偉そうに言っても、僕の事を皆さんが知っているのでね。話していく内にメッキが剝がれるに決まっていますので。ここからはいつもの僕でいきますよ。どうせみなさん。普段の僕を知ってますもんね」
すぐにいつものフュンに戻り、王都にいた民たちはその場で転びかけたらしい。
優しく穏やか。
そして、誰とでも仲良くおしゃべりが出来る人。
そんな人物がフュンという人間であるから、威厳溢れる姿ではなく、皆が見慣れている姿の方で上に立ったのだ。
「この大陸は長い長い・・・戦いの時を過ごしましたね。両国ともに色々なところで争い。苦難の道を進んでいました。でもこうして争いが止み、一つとなる時がようやくこの大陸に訪れたのです。良かったですよね。うんうん」
フュンの挨拶は、優しい語りから始まる。
「ああ。でもちょっと待ってください。先に僕の話をしますね・・・僕の人生って、なんか変なんですよ。人質から、辺境伯。そこから大元帥まで。もう十分出世したのにですよ・・・なぜか、知らない内に王様にもなるそうですよ・・・これって、いったい、どういうことなんでしょうか? 誰かわかりますかぁ! 教えてもらえると助かります! 僕、なんでここまで出世しているのでしょう!!! みなさん、どうしてでしょうかね。なんででしょう?」
なぜか皆に聞いてきた。
民たちから、クスクスとした軽い笑いが起きていた。
何も知らない純朴な青年の疑問に聞こえてきたからだ。
「いや、自分がですね。たしか王子であったのは、遠い記憶で覚えていますがね。それが実際に王になるとは思いませんよ。人質として送り出された王子。そんな人間が、王になるなんてありえない。まあでも、その立場でも、何らかの原因でサナリアの小さな王になるんだったら、百歩譲って良しとしますよ。でもまさか。大陸を統一した王になるなんて・・・誰がそんな事信じられます? あの・・・僕自体が信じられないんですけど・・・ねぇ。どうなってるんでしょうね? 誰か教えてくれませんかね」
『半分くらいは諦めているだろうに、まだ言ってくるんだ』と思っているのは、バルコニーの内側で聞いている王国の幹部たちだった。
呆れている幹部たちをよそに、今の言葉で民たちの方は更に笑顔になっていた。
王都が笑い声に包まれていく。
フュンが本当に困っているのが分かって面白くなったのだ。
「まあ、それで何が言いたいのかというと。皆さんも、自分の人生って分からないもんだなって、思ってほしいです。今の生活が激変する。それも突然です。自分の意思じゃなくても・・・変わりゆく可能性はいつだってあるのです。そういうことを僕は言いたいです。身に染みてますからね・・・」
面白い話なのか。良い話なのか。
どっちか分からなくなった民たちは、感情があっちに行ったりそっちに行ったりとなっていた。
「それで、僕らは、元々敵同士だったりしますよね。サナリアにとっては帝国が敵だったり。帝国の内部でもかつての御三家は敵同士だったり。それにイーナミアの方面だって、内部では内乱続きであったりと、それにですよ。二大国でも覇権を争いましたしね。今のこの王都にいる人たちもバラバラな出身ですから、元々は敵同士だったりしますよね」
フュンが生まれた頃に戻れば、アーリア大陸は戦乱の時代だった。
至る所で戦争は行われていたのである。
「でもですよ。今はアーリア全土が味方になりました。全員が仲間となったのです。この大陸に、敵という言葉が存在しない! この大陸は争う必要のない場所となったのです。これは僕らの力だけじゃない。先人たちの血の滲むような努力の結果だ。僕らの為に命と思いを繋いでくれた事。それに僕らが感謝して、大切にしていっただけなんです」
自分たちの力は、過去の人たちから貰ったもの。
そして・・・。
「だから僕たちも次へ! この思いと努力を繋げていきましょう。あなたたちの子。あなたたちの部下。あなたたちの弟子。人それぞれの思いの継承者を作るのです」
母や師。
エイナルフやウォーカー隊の仲間たち。
彼らから継承した、この思いを・・・次へと託す。
それが僕らの時代だ。
フュンは思いを繋げようとしていた。
「みなさん、ここから平和へ。そのための努力をするのです。いいですか。負の思いじゃなく、正の思いを! 僕らは、次なる世代に継承させるのです。イーナミア。ガルナズン。ラーゼ。それぞれの国が持つ正しい思いをアーリアに継承させて。そして、それらの中で育ったあなたたちが、次なる国家。アーリア王国の為に生きるのです」
フュンの話は熱を帯びていく。
「みなさんは、国家と自分の為に生きるんですよ。決して、僕の為に生きてはいけません! 僕が王だとしても、それはただの国の一部の人間であって、皆さんが命を懸ける人物じゃありません。皆さんが命を懸けるのは、この国家に対してです! アーリアの為に命を懸けるのです。大陸の発展のために努力を続けるのです。平和のために信念を忘れないのです。だから皆さんも僕と同じ立場ですよ。僕と同じ心なんですよ。だから僕も皆さんも、同じ歩幅で、これからを歩いていけるはずなんです!」
フュンはここで優しく呼び掛ける。
「どうですか! 皆さん。僕と共に、この大陸の為に生きてくれますか?」
「「・・・・」」
民たちは突然の呼びかけで反応が出来ずにいた。
「あれ? どうなんでしょう? もう一度聞きますよ」
返事が返って来なくても、フュンは穏やかだった。
だからもう一度聞いた。
「どうですか。皆さん。僕と共に、このアーリア王国で、平和のために努力してくれますか?」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」
歓声なのか。雄叫びなのか。
とにかく沸き起こる声の音圧が凄まじい。
地鳴りのように響いた。
王都アーリアは三百万の大都市なのだ。
さっきまでの笑い声が嘘のような気迫のこもった声だった。
「よろしい! では皆さん。これから僕が・・いや、この私が」
フュンの口調が変化した。
「アーリア大陸初の統一国家。アーリア王国初代国王となります!」
フュンの最大の一声に誓いを込めて放つ。
「そして最初に宣言しましょう。アーリア王フュン・ロベルト・アーリアは、民に誓う! 大陸に住まうアーリア人と共に、私はここに未来を築こう! 夢を捨てない。平和を諦めない。一人一人の人生に希望がある国家を目指す!」
目を瞑ってから目を開いて宣言した。
「今日! 私は・・・ここ、アーリアの大地に、統一国家! アーリア王国を建国する!」
「・・・・」
フュンの勢いに押されたかのように国民は黙っていた。
「進もう。平和のために。守るんだ。大陸を。これからの困難、共に乗り越えましょう。僕らは統一したというのに、まだ安心と安全を得ていないのです。まだ見ぬ脅威が迫りつつあります。なので、大陸が一丸となってその困難を乗り越える時が来たのです」
大陸を脅かす脅威はまだある。
だからフュンは皆と共に大陸を守ろうと動くのだ。
段々と気持ちが籠っていくと、フュンは自分の言葉に戻っていった。
「僕らは大陸間の戦争に敗れれば、恐らくは従属の道を辿ります。僕の故郷と同じ。あの頃のサナリアと同じ運命を辿るでしょう」
従属の経験をした王子。
身に染みてその意味を分かっている。
どこかの国に帰順する立場の悪さを。
どこかの国に顔色を窺わないといけない厳しさを。
命の尊厳など無くなるかもしれない事を。
「だから、僕は負けたくありません! 皆で戦って、アーリアを勝たせます。ワルベント大陸に負けてやりません! 勇敢なアーリア王国の国民は、未来を勝ち取るために戦うのです。僕らは、誰かに縛られず、自由に生きていいはずだ。そうでしょう。僕と共に生きてくれる! アーリア人たちよ。君たちも自由がいいはずだ。誰かに生き方を強制されるなんて、まっぴらごめんだ。だから、戦うのだ。自由を手にするために・・・アーリア人たちよ。ここで立ち上がろう。僕らは、誰に何と言われようともここで生きているんだ! だから、僕らはこのアーリアの大地に! 自由という名の勝利の旗を掲げるのだ! 未来のアーリアの為、未来の子供たちの為に」
フュンが拳を突き上げると、一気に歓声が沸いた。
「「「あああああああああああああああああ」」」
帝国歴540年1月1日。
それは、帝国の暦が廃止される年であり、アーリア歴が採用される年であった。
アーリア大陸にあった三国。
イーナミア王国、ラーゼ王国、ガルナズン帝国はこの年に消滅したのである。
長い歴史のあった三国が、素直に消滅の道を辿った理由。
それはフュン・メイダルフィアという人物に全てをかけたからである。
アーリア歴元年1月1日。
その日が、歴史的な日である。
太陽王フュン・ロベルト・アーリアの誕生と、大陸にアーリア人が誕生した日だからだ。
大陸の英雄とフュンが呼ばれた要因は、このアーリア王国を建国したからであった。
人は彼を太陽王、または英雄王とも呼んだのである。
大いなる歴史を作った張本人は、小さな国のただの人質であったらしく。
大陸の影にいた闇の組織を倒して、三つの国家を一つにまとめたらしい。
と曖昧に言いたくなるくらいに、とてつもない事を成し遂げた人物なのだ。
そんな凄い人物の割には、とびっきりのお人好しであるらしく。
どこにでもいるような凡庸な人であったとも言われている。
この噂は歴史家にも紐解けないだろう。
歴史の事実が述べてくる実績が凄すぎて、実際に彼に会ったことのある人物にしか、彼の真の姿を捉えられないのだ。
フュン・ロベルト・アーリア。
太陽の人として親子を越えて、数百年の因縁を持つ闇の組織との戦いを経て、アーリア大陸にあった二つの大国を動かした男は、大陸の危機を乗り切るために立ち上がった従属の運命に抗う反逆の王である。
ここからの太陽王は、自分の運命じゃなく、大陸の運命の為に、大切な仲間たちと共に戦う。
ワルベント。アーリア。
二つの大陸を跨る事になる男は、世界に影響を与え、歴史に名を刻むことになるのだ。




