第49話 貴族集会 Ⅱ
「あちらの方からです。どうぞ」
キリリと引き締まった顔をしているウェイターの男が、フュンに白身魚のムニエルを持ってきた。
こういう時は、飲み物じゃないのと思うフュンだが、お人好しなので笑顔で料理を貰う。
「どうもありがとうございます。えっと、どちらの方からでしょう」
「あちらの方です」
料理を持ったままでも、フュンはお礼に行こうと、ウェイターが手を出した方向に向かう。
料理がたくさんあるテーブルの脇に近づくと、胸元が強調され背中が大胆に開いた赤いドレスの女性が軽く手を振って呼んでいた。
「あ! あなたは」
「どう。それはとても美味しいものなのよ。田舎者には、分からない味でしょうけどね。あなたはどうせ魚料理なんて食べたことがないんでしょ。この都市は、港も近いから新鮮よ」
「あはは。そうですね。僕の故郷では絶対に出ませんし、帝都もお魚料理はあまり出ませんしね。僕の事をよくご存じで」
「ふん。なんであんたには嫌味が効かないのよ。腹が立ったりしないの。もう」
「だって、無理がありますよ。ヒルダさんって嘘がつけないですからね。これも親切でしょ!」
フュンはもらった料理の皿を上に上げた。
「そ、そんなことないわ! ただからかっただけよ! 悔しそうな反応が見たかったの!」
「はいはい。そういう事にしておきましょうね。ヒルダさん」
フュンに料理をあげたのは、ヒルダ・シンドラ。
シンドラ国のお姫様である。
属国ではあるが正当な姫である。
少しだけ人に嫌味が言いたい。マウント取りたい女性なのである。
「あれ? そういえば、今日はお一人ですか?」
一人でいるのは珍しいと思いフュンはヒルダの周りを見た。
「いいえ。私はタイロー、マルクス。サナと一緒にいたわ。大体この面子で、こういう場では一緒にいるのよ。でも今は三人ともいなくなっちゃって……もう少ししたらこちらに来るかも」
「へぇ~。それじゃあ、今一人で寂しいから、僕を呼んだと。そういうことですね」
「ち、違うわよ。かか、か、勘違いしないでよ」
わっかりやすい人だなと横目で彼女を見ながらフュンは魚を食べた。
ホロホロと口の中でとろけるような食感で食べやすい。
お肉とはまた違うあっさりとした味でとても美味しかった。
「おお。美味しいですね! 淡白だけど、味付けがいいですね」
「あなた、その顔だと、美味しい魚料理を食べたことがあまりないのね」
「え? まあ、そうですね。僕は山と平地の国で育ちましたからね。あははは。魚もあんまり見たことないですし。そうだ。ヒルダさんはシンドラですもんね。川魚を食べるんですか?」
「・・・そうね。川魚も食べるけど、海も近いから海の魚も食べられるわよ。私たちは川に港を作ってるから、そこから海に出て漁をする人もいるから」
「へえ。シンドラは、良い土地なんですね」
「もちろん。あなたの田舎とは違いましてよ。おほほほ」
「そうですね。あはははは」
嫌味は聞いていない。
フュンとは相手の本心のみを聞いている男である。
「あ、すみません。こちらのお皿の片づけをお願いしますね」
フュンは近くのウェイターを呼んだ。
「はい。かしこまりました。わざわざありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ片付けて頂きありがとうございます。お仕事頑張ってください」
食べ終わった皿をウェイターに預けると、フュンはヒルダに頭を下げた。
「それじゃあ、美味しいものを貰いましたし、ヒルダさん。ありがとうございました。では」
「ちょ。ちょっと待ちなさいよ」
「……はい?」
「食べて終わりなの! あなたは・・・男でしょ・・・ちょっとこういう場で・・・」
「ん?」
「・・・レディーを・・・この華やかな場所で一人にさせる気なの」
ヒルダは恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして言った。
「ああ。そういうことですか。やっぱり寂しいから、僕を呼んだんじゃないですか。それならそうと素直に言ってくださいよ。あはは」
大体の事情を察したフュンがヒルダに近づく。
「ではお話ししましょうか」
しばし、二人で談笑をすることになった。
「そうだな。先ほどの話に戻りますか。ええっと、タイローさんのことは分かりますけど、マルクスさんと、サナさんという方はどういう方なんですか?」
「え。そうねぇ・・・・んんんん。難しいわね。説明するには背景が必要だわ」
「いいですよ。長くなっても。お聞きしましょう」
「あらそう。じゃあねぇ・・・」
赤い髪をかき上げて偉そうな態度を示すヒルダは端的に説明してくれた。
普通に感情を表現してくれれば、彼女の本来の性質は素直である。
ヒルダのお仲間。
タイロー。19歳。
タイローは、ラーゼ国の重臣カルゼン・スカラの子である。
そのカルゼンという人物は、ラーゼ国の現国王と兄弟なので、タイローは王国の重要人物であるとして、王の子でなくとも価値ある人質としての評価を受けて、帝国の人質として暮らしている。
真面目で大人しいために、こういう場ではヒルダにこき使われている。
マルクス。22歳。
マルクスは、貴族の中では中流貴族ハイスマン家の跡取り。
まだ若いマルクスだが、父の仕事の手伝いをすでにしている。
ハイスマン家の役職は帝国の諜報部の下にある情報精査部である。
情報取得ではなく精査。なので貴族らの情報をよく知っている人物だ。
サナ。19歳
サナは、武家貴族の名門のひとつ、スターシャ家の長女。
ターク家所有の帝国最前線都市のビスタの軍隊長を務める父を持つ。
ヒルダとは同級生で仲が良く、茶会以外でも会う仲らしい。
さっぱりとした性格でカラッとした物言いの女性らしい。
「・・・あなたにはいないでしょ。こういう優雅な人たちが」
「まあ。そうですね……僕には貴族の方の知り合いがいないですもん。凄いですね。ヒルダさんは!」
「そうでしょ。あなたも入れてあげてもいいわよ」
おだてに弱いらしい。
フュンはそう思った。
「え? 僕もですか。んんん。そうですね。僕はヒルダさんのお話相手くらいでいいですよ。知り合い程度の立場に置いてください」
「なんでよ。嫌なの」
「いえいえ。僕はヒルダさんが嫌じゃありませんよ。これには少し理由があってですね。僕と一緒にいると皆さんに迷惑がかかると思うんですよね。きっと、他の人たちからいい目で見られませんからね」
「…なんでよ」
「あれ? 僕の噂。知りませんでしたっけ?」
「・・・ああ、あれね。すっかり忘れてたわ。しょうがないわね。そう言うならもう無理にとは言わないけど。断ったのに後で入れてって言っても、入れてあげないんだからね。後悔しても遅いわよ」
「あははは。ほんとに素直な人ですね。僕の事を心配してくれてるんですね。ヒルダさんはお優しいんですね。でも、僕は大丈夫ですよ。ここで一人であっても、大丈夫。生きていけますよ」
「・・・・・・ふん!」
前回とは違い、恥ずかしがってもヒルダはフュンのそばにいた。
実はヒルダは面倒見のいい優しい性格をしているのだ。
フュンのことを認めている面もあるが、それ以上に彼の境遇が可哀想だと思ったのだろう。
その後の数分間を普通に会話をすることが出来ていた。
◇
「ヒルダ。お待たせしました・・・あ、フュン殿! またお会いできましたね。よかったです」
「はい。タイローさん。お久しぶりでございます」
「いえいえ。ご丁寧に。お久しぶりです」
低姿勢であり続けるタイローは、これまた低姿勢なお辞儀をする。
「タイロー。サナとマルクスは?」
「え。見てませんよ。どこかに行ったのですか?」
「なんで。一緒に出て行ったじゃない」
「いえいえ。私はトイレに行っていたので、サナとマルクスはもしかして会場の反対方向にでも出て行ったのかもしれないですね」
「そうなの。二人とも仕方ないわね」
不満そうなヒルダを置いて、タイローがフュンに話しかける。
「いやぁ。見間違えるほど、凛々しくなられましたね」
「え? 僕がですか。いやいや。あまり変わってませんよ」
「そうですか。何か、戦う男の顔になってますよ。立派な戦士にでもなられたのでは」
「あははは。そうだといいですね・・・そうだと」
タイローとフュンが軽い雑談をしていると、離れた位置から喧嘩する男女の声が聞こえる。
「だから言ったじゃないか」
「うっさい。いつもガミガミ。ガミガミ・・・黙ってろ」
「何がうるさいだ。俺がね。ここで待てって言ったら、そこで待ってろよ。なんで会場の外に出るんだよ。トンデモ方向音痴が! 待てなんてな、犬でも出来んだぞ。犬でもよ。お前人間だろ」
「んだと、うるせえ。私は方向音痴ではない。方向が私を間違えたんだ」
「はぁ。言っている意味がわからない。なあ、誰か、こいつの話の内容を訳してくれ。疲れるわ」
「はぁ!!! 勝手に疲れてろ! マルクス!」
「おいおい。なんでこんなに横暴なんだよ。お前はよ!」
釣り目で、ずっと人を睨んだような顔をしている女性と。
垂れ眉で、いつも困っているよう顔をしている男性がこちらにやって来た。
「遅いですわよ。何をしておりましたの。あなたたちは!」
ヒルダが叱責すると、二人はまた対照的に返答する。
「いや、ヒルダ。聞いてくれよ。この情けなマルクスが外までついてきてほしいって言うもんだから。一緒に行ってやったら、こいつが迷子になりやがったの」
「ヒルダ、違うんだ。俺はね。会場のすぐそこの廊下の窓辺で待ってろって言ってたのに、いつの間にか、こいつが移動してやがったの。それでこいつを探し出すまで時間がかかったんだよ。だから遅くなったのさ」
「いんや、私は言われたとおりの場所で待ってたんだよ」
「だったら、何で会場の外にいたんだよ。中庭にいたんだぞお前。頭おかしいだろ」
「んだと!!!!」
「やんのか!!!」
二人が睨み合いになると、タイローが真ん中に立つ。
「まあまあ。お二人とも別にヒルダも責めているわけじゃないですし、彼女は寂しかったから文句みたいな言い方をしているだけですからね」
「ふん」「はっ」
二人が別々な方向を向く。
仲裁完了かと思われたタイローに災難がやって来る。
耳を思いっきり引っ張られた。
「いてててて・・・え!?」
「タイロー。誰が寂しいですって・・・私は、全然寂しくなかったわよ」
「そ、そうですかね。いつも、一人は寂しいみたいな顔してますからね。てっきりそうかと」
「なんでタイローに心配されなきゃならないのよ」
ヒルダとタイローは仲が良かった。
「いやいや、タイローさんの言う通りですよ。ヒルダさんは、僕のことを呼びつけましたからね。きっと三人が居なくなって、寂しかったんですよ。ですから、三人で仲良くしてあげて、かまってあげないと、ヒルダさんがもっと拗ねちゃいますよ。あははは」
字に残せば、超煽り文章である。
しかし、フュンは本音しか言わないので、挑発だと気づいていない。
「な、なんですって。この田舎者! 私のことを舐めているのね」
ヒルダは訂正させようと怒ったが、もうそれは遅い。
三人はニヤニヤ笑い始めた。
「そうか・・・悪かったなヒルダ。うんうん。すまんな・・・クスクス」
さっきまで喧嘩していたマルクスが言った。
「すまねぇ。私が・・・・変な所に行かなきゃな。寂しい思いをさせたなんてな・・・くっ・・・っぷぷぷ」
同じくさっきまで喧嘩していたサナが半笑いで言った。
「そうですね。私もトイレ後すぐにこちらに来ていれば・・申し訳ないですね・・ふふふ」
タイローは、笑いをこらえながら言った。
「あ、あなたたちぃ。私をコケにしてるわね。くきいいいいいいい」
ヒルダは歯ぎしりをして、それ以上は怒ることがなかった。
皆のからかいがエスカレートしそうであったからギリギリで耐えたのであった。




