第173話 大切な仲間は、やっぱり家族と同じ
タイローたちとの仕事の話し合いと、お友達としての訪問を終えた後。
フュンは、もう一か所の大切な場所へと移動していた。
鉄鋼都市バルナガン。
かつてストレイル家が仕切っていた都市で、今はライノンが切り盛りしている大都市。
帝国でも製造業が盛んな都市はここだけ。
良質な鉄を生み出す、鉄の町である。
「この都市も久しぶりですね・・・」
「フュンさん!」
声を掛けられて、フュンは後ろを振り向く。
するとこちらに向かって走っているライノンが見えた。
「ああ。ライノン。お元気でしたか」
「はい。お久しぶりです」
フュンは、友人のように思っているが、ライノンは主従関係に近いと思っている。
共に里で育っているのだが、ライノンが勝手にフュンを尊敬しているので、下に入ってしまった。
本当は友人のように話したいフュンである。
里出身の者たちの中で、フュンと完全に友達なのが、マーシェンとウルシェラ。
そして、友達のような雰囲気があるのはカゲロイだけで。
部下のような雰囲気があるのはミシェルとライノン。
その中間がタイムとリアリスだ。
いずれも皆、フュンにとっては非常に大切な仲間たちである。
「ライノン。工房などの移設はどうなっていますか? 準備は? どうです?」
「はい。あの新兵器の開発終了まではこちらで。それ以降はロベルトに作る工房通りに入りましょうと説明していますので、それで皆が納得しています」
「なるほど。良い説得ですね」
「はい」
いつものように細かい部分は仲間任せなので、今の話も初耳なのであった。
「ライノン。今はここの領主でしょ」
「はい」
「それで、ロベルトが完成すると、あなたにはそのロベルトに入ってもらいたいんです」
「はい」
「だとすると、その領主はタイローさんになってしまうんですが、あなたにもロベルトにいてもらいたいんですよ」
「いいですよ」
不思議と返事が軽かった。
ランクダウンのような形なのに受け入れるのが早い。
「それで、あなた。領主補佐官になってもらえます?」
「え? 補佐官?」
「はい。あとタイローさんを支えながらでいいので。それと、アーリア王国の運搬関連を任せたい。いいでしょうかね?」
「・・あ、はい。わかりました」
「あれ? 嫌でしたか。駄目だったら、また別な場所にでも・・・」
ライノンの返事までに間があり、弱々しかったので、フュンは不安になった。
「いえいえ。嫌なわけではなく、ホッとしました」
「ん?」
「僕なんかでは、領主なんてそもそも無理だったんですよ。助かったぁって思いました」
笑顔で言って来た。
「こらこら。あなたは立派な領主でしたよ。何を言っているんですか」
「いえいえ。僕なんて大したことなくて・・・ほんとに・・・ただ皆さんに物資を運んでいただけで・・・」
いつものライノンになりかけているので、フュンがきつく言う。
「いいですか。ライノン。さすがにもう自信を持ちましょうよ。僕ら、もう中堅くらいの年齢になりましたよ。そんなでは、部下に示しがつきませんよ」
「そうですか・・でもまだ若手の気分がですね・・・取れなくて・・・」
「はぁ。なぜこんなにも自信がないのでしょうかね」
ライノンという人物の価値。
それを最も貴重だと思っているのがフュンである。
後方支援に欠かせない運搬。その管理。
これを完璧にこなすことが出来る人間は、フュンの里の仲間たちの中では、ライノンただ一人だ。
戦闘ができない?
そんなことどうでもいいだろ。
それがフュンの本音である。
「まあいいでしょう。あなたの自信のなさ。もしかしたらそれがミスのない輸送に繋がっているのかもしれませんしね」
不安だから悪い。
そういうわけじゃない。
不安だから沢山確認する。
不安だから沢山準備する。
そして不安だから、沢山予想して、実際には行き届いたケアが出来るのかもしれない。
ライノンの不安は、ある意味特殊な技なのではないかと、フュンは前向きに思うことにした。
「フュンさん。ありがとうございます」
ライノンは、どんな時でも、自分を肯定してくれるフュンが大好きなのであった。
「ええ。それで、今回はそのお知らせと、食事をしましょう」
「食事ですか」
「はい。久しぶりに会えたんです。会食ですよ。なんか良いお店とか有ります? それともライノンがリラックスする為に家にしましょうか。いや、それだと奥さんに悪いですね」
「ああ。それは、いいですよ。彼女なら平気です。家にしましょう。泊っていってくださいよ」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」
王になる人物が、ふらふらっとライノン家に行くことになった。
◇
ノルディー家。
突然の訪問でもライノンの奥さんは、笑顔で対応してくれた。
彼女はシャキシャキのバリバリの奥さんである。
「ああ。ロゼリアさん。お久しぶりです」
「はい!」
ロゼリアは、端的で、元気な挨拶をする女性で、ライノンとは正反対な雰囲気を持つ。
「ん。ルライアさんですね。大きくなりましたね」
ロゼリアの隣にいたのがルライア。
ライノンの娘で、ライノンに似ている。
少しオドオドしていて、今はフュンが挨拶をしてきたので、ささっとロゼリアの影に隠れた。
彼女の後ろに立って、横から顔だけを出した。
「いくつでしたっけ。ルライアさん。おいくつですか」
「・・・き・・・きゅ・・・九」
一個目は『き』が喉につまり、二個目は自分で『う』引っ込めてしまい、三個目は『才』を言えずとも何とか数字を言えた。
ルライアは引っ込み思案だった。
「そうですか。大きくなりましたね」
「・・・う・・・ん」
九歳にしては遠慮がちだと思うフュンはこのような態度の人には強引に接触しない。
彼女の方が心を開くまでは無理やりに話しかけにいかないのである。
「ライノン。立派に育てましたね」
「え。まあ、そ、そうですね。この子。頭が良いみたいで」
「そうなんですか」
「はい。模試を受けたら、帝都の学校も入れると」
「九つでですか。それは凄い」
「いえ。八つでです」
「去年にですか。へぇ。そうですか・・・」
驚いた後に、フュンはルライアの方を見た。
まだまだお母さんの背に隠れているが、じっとこちらを見ていた。
「ふふ。そんなに警戒しなくても、僕はがぶって食べたりしませんよ」
「・・は、はい」
この人の笑顔が素敵だなと思ったルライアは、顔を赤くして俯いた。
「フュン様!」
この家族、ロゼリアだけが元気である。
名前を言っているだけなのに、声が遠くにまで響く。
「はい」
元気な人には元気に返事を返す。
フュンは相手に応じて、雰囲気を作る人なのだ。
「どうぞ我が家に、でも私の料理でもいいんですか? お口に合いますか??」
「ええ、楽しみです。家庭料理って良いですよね。僕も参考になりますし」
自分で料理を作る王など、かつてのアーリア大陸にいた王たちにいたのだろうか。
ここで、それを疑問に思っているのは、ライノンだけである。
「ありがとうございます! ではどうぞ」
「は~い。お邪魔します」
家に入るとすぐに、ロゼリアが料理を作る。
彼女の料理をテーブルで待つのは、ライノンとルライアだけで、フュンは別な場所にいた。
ロゼリアの隣で料理を見ていたのだ。
王なのに友達の家に来た人であった。
「へぇ。面白いですね」
「そうですか!」
調理法が特殊だった。
帝国人は、お魚を使った家庭料理で、蒸し料理にすることがほとんどない。
「うんうん。ロゼリアさんって、帝国人ですか?」
「え?」
「いや、なんとなく、王国の出身の方かと・・・」
「そ、それは・・・」
チラチラっと旦那の方を見た。それに気づくフュンはライノンに聞いた。
「ライノン。王国の方なんですか」
「・・え。ま、まあそうなんです。里にいる時に知り合っていまして。彼女、ガイナルで保護された人で・・・あちらの人だったらしくて・・・身分を隠さなきゃって」
「なるほどね。でも今は良いですよ。どうせ一個の国になりますから、堂々と王国人でしたって言っていいですよ。ね。ロゼリアさん」
「いいんですか!」
「はい。もちろん」
フュンの言葉を聞いて、ロゼリアが嬉しそうに笑ったのだ。
だからおそらく、ロゼリアは奴隷かそれに近しい存在であった可能性がある。
その感覚を今の一瞬で読み取ったフュンは、やはり人の心の機微を読むのに長けていた。
「あとロゼリアさん」
「はい? なんでしょうか」
疑問で勢いが止まっても、語尾は強い。
元気な面が素敵な女性だ。
「これから、みんながアーリア人になりますからね。僕が作る国の国民になってくれますよね」
「もちろんです。嬉しいです。フュン様の民になれる。それだけで、嬉しいです」
「そうですか。ありがとう。そう言って頂けるとね。僕も嬉しいですよ。建国し甲斐がありますね」
「はい! 私はアーリア人になりたいです。待ち侘びてます」
ここ一番の元気な返事なので。
「そうですか。僕、頑張りますね!」
フュンも元気一杯に返した。
「はい!!! 楽しみです」
嬉しい言葉を聞いて、フュンはこの人の為にも頑張ろうと思ったのである。
そして、彼女が楽しそうに料理を作る間、フュンはルライアと会話した。
「ルライアさん」
「・・はい」
「あなた、お父さん好きですか」
「はい」
「お母さんも」
「はい」
「すぐに答えるなんて、大好きなんですね」
「はい」
「ええ。ええ。とても良い事ですよ」
段々と慣れてきたのか、ルライアから話しかけてきた。
「・・フュン様は・・・レベッカ様たちが好き?」
「ん? あ、僕の子供たちですね」
「うん」
「それは大好きですよ。みんな可愛いんです。目に入れても痛くないんですよ」
「ええ。それは痛いんじゃないんですか」
「いえいえ。それがね、まったく痛くないんですよ。ライノンも同じなんですよ。ルライアさんが入っても痛くないんです」
「そうなんだぁ。お父さん。私を入れても痛くないんだ」
と言ったルライアはライノンを曇りなき眼で見た。
「いや、さすがに、痛いかと・・・言葉のあやというか、例えというか・・・ねえ。無茶を言わないでくださいよ。フュンさん」
「いえいえ。痛くないんですよ。ほら、入ってみます。ほらああ」
とフュンはルライアを持ち上げて、ライノンの顔に彼女の顔をくっつけた。
「いやいやいや。怖いですから。さすがに目に入ってきたらぁ」
「きゃは! きゃきゃきゃ」
ルライアが楽しそうに笑ってくれて、フュンは嬉しくなった。
いつのまにか、ルライアもフュンに慣れているらしく、触られても全く嫌がらなかった。
この巧みなコミュニケーション技術が、フュンの真骨頂である。
「ほら、ルライアさん」
フュンがルライアを持ち上げて、顔を見合わせた。
真っ直ぐ見つめ合うと、フュンは満面の笑みになる。
「はい?」
「お父さんってのは、さっきみたいに一緒にいても全く痛くないんです。だからね。信じてあげてくださいね。あなたの事を大切に思っているのです。思春期になっても嫌わないでね」
「ん?」
まだ思春期じゃない娘には、その気持ちは分からない。
「まあ、ルライアさんは、反抗期がなさそうですね。素直そうです」
フュンは将来の心配をしたが、結局親子がとても似ているから大丈夫かと思ったのである。
「ルライアさんはね。将来、何かになりたいんですか」
「・・・輸送」
「え?」
「物を運ぶのが好き」
「あれま。この子もなんですね。ふふっ。しっかりライノンの子だ!」
ルライア・ノルディー。
のちのアーリア運輸大臣となる人物は、この時の事を、冗談交じりのように聞こえるが、割と真剣にこう語っている。
『フュン・メイダルフィアと対面することになると、どのような人物でも、話さないという事象には陥らないのである。誰しもが気軽に話してしまう。そんな彼に魅了されてしまうのだ。だから気をつけろ。なんでもペラペラと話してしまうぞ。だから失言だけはするなよ。思わず話してしまうなよ。彼の前で、完全にリラックスしてはいけない。偉大な王と会っているはずなのに、なんかそこら辺にいる普通の人。友達のお父さん。屋台のオジサンくらいにしか感じられなくなって、何でも気軽に話せる錯覚を起こすから危険だ。危ないぞ。言葉を間違えるなよ。本当だぞ。信じてくれ。彼は太陽王なんだ!! 偉大な人物なんだ!!! 間違っても失礼だけはするな~』
と述べていて、引っ込み思案だった自分を変えてくれて、初対面の人物に素直に話せた衝撃があったのだという。




