第169話 フュン・ロベルト・アーリア
後世に伝えられている。
アーリアの歴史に残る偉大な名前。
『フュン・ロベルト・アーリア』
王になる際。
この名になったことに、とある理由があった。
メイダルフィアとトゥーリーズを採用せずに、ロベルトを使用したのにも理由があったのだ。
それは、ロベルトの民への今までの感謝と、その血を守る事を約束したからだった。
ラーゼ。
この国を消滅させるきっかけとなるのが、アーリア王国の建国である。
だから、ラーゼの魂の継承先としてロベルトを使用する。
これで、あなたたちと共に寄り添って生きていく。
それがアーリアの王であるのだ。
との皆への意志の表れであった。
それと、アーリアについては当然大陸の名を冠する意味があった。
大陸全土を守るのが王の役目。
それを名に刻むことで、王となる者は、大陸の人々の一生を背負う覚悟を持て!
という民に対してではなく、自身の家系に対しての戒めとしての意味ががある。
◇
帝国歴537年2月11日。
王となる。
その覚悟がないままに、王となるのは皆に失礼。
それに、融合の時間がまだ足りない事と、王都の設定、その他の細かい分野が曖昧であったので、ここは深く設定の作り直しが必要だとフュンが王就任を保留にしていたある日。
フュンは、執務室にギルバーンとクリスを置いていた。
「あなたたちも知っていたのですよね」
「ええ。それは当然です」
ギルバーンは間髪入れずに答えて、クリスは申し訳なさそうに俯いた。
ここに性格の違いがあった。
フュンの為ならば、憎まれ役でも構わないギルバーンと、やっぱり主人を騙すのに後ろめたさがあるクリス。
両極端の頭脳たちである。
「ギル。もう少し遠慮してくださいよ。あれは強引でしたよ」
「いえいえ。これでも遠慮しているのですよ。俺的にですね。ネアルに比べたら、まだ手ぬるい対応をしています。奴があなたの立場であったならボロクソに言います」
「んんん。それも酷い」
実際にネアルの時は辛辣なので、ギルバーンは、フュンの事をかなり敬っているのである。
「はぁ。まあいいでしょう。それで、あなたたちの計画はどうなっていますか。あんな雑な計画では、僕が王となっても、失敗します。シルヴィアは、僕を王にしたいがために、やや強引に全体を決めていますからね。そうは感じなかったんですか。あなたたちは!」
フュンがちょっとだけ怒っている。
あんな強引なやり方はないでしょうと、少しだけ思っているのだ。
「当然。そのように感じていますとも。なあ、クリス」
「え? い、いや。それは」
しどろもどろのクリスが少々可哀想かと思ったフュンは、態度を柔らかくした。
「はぁ。では、クリス。計画はありますか」
「・・はい。アーリア王国建国には、王都の実現が重要です。ガルナズンの帝都。イーナミアの王都。今ある二つの地域を新たな国の王都とするのはよろしくないと思いますので、別な場所が良いと思っていました。それで、私としては、リリーガ。ここを王都にしたいと思っています」
クリスは、地図中央を指差した。
「フーラル湖。これを囲うように超巨大都市。王都アーリアを誕生させるのはどうでしょうか。両国を跨った。最高の都市にすれば、両国の国民も、新たな国では平等に生きていける。と感じてもらえるのではないかと思います」
「そうですか・・・なるほどね。たしかに。元々、リリーガを作る際も、そのような意図でしたからね。ちょうどよいでしょう」
大陸の中央に、象徴たる都市を築く。
それは元々の計画にもあった事なので、十分に利用できるとフュンは思った。
「ギルはどうです? 何か提案のようなものはありますか?」
「俺はですね。ちょっと私用もあるんですが、いいですか?」
「ええ。どうぞ」
「ではフュン様。名にロベルトを使用してもらえないでしょうか」
「ロベルトを?」
ギルバーンの意見はまさかの方向からだった。
「はい。ロベルトは、ドノバンの民にとっての希望のような名です。それに、ラーゼ。あそこにとっても非常に重要な地域の名で、それにバルナガンにとっても重要です。そうなると、ロベルトを使うという事は、三国に関係する名となるのですよ」
「三国?」
「はい。ラーゼ。帝国。そして、俺たち月の戦士のドノバンは、イーナミアで育っています。ですからロベルトを使用するとなると、それらの共通意識のようなものになるでしょう。だからメイダルフィアよりも、やはりロベルトが良いと思います。どうでしょうか?」
「・・・たしかに。ロベルトはよさそうですね。そうなると、僕の名は、フュン・ロベルト・トゥーリーズで、いいのかなって思いますね」
フュンの最初の案は、このような形であった。
だが。
「フュン様。私は、トゥーリーズよりもアーリアがいいのではないかと思います」
クリスの考えは違った。
「アーリアですか?」
「はい。真のアーリアの太陽。という意味で、アーリアを使用するのです。これから、ワルベントと戦います。その際に使用するのが、トゥーリーズではいけないと思います。あれは、あちらの名です。それって、何だか属国が抗うような意味合いに見えて、癪に障るのです。ここは、我々の戦う意志も込めて、アーリアを使用して、フュン様がアーリアの太陽となったことを堂々とあちらに叩きつけるのがよろしいかと・・・」
「なるほどねえ。良い案でありますね」
トゥーリーズをそのまま使用するよりも、新たなアーリアの希望となったことを敵に示す。
戦う意思も込められた名になっているような気がした。
「俺はクリスに賛成だな。名に戦う気概が見えるのがいいな」
「そうですか。あなたと意見が合うのも珍しい」
「そんな事はない。お前は優秀だからな。俺と考えがほぼ同じになる」
「それは、安易に自分も優秀だと言っているのですか」
「ん。そうだな」
随分と自信のある言い方に、フュンは笑う。
「フフフ。あなたは自信があっていいですね。ギル」
「そうですか。まあ、当然ですからね。俺が優秀なのは」
「ええ。まあ、そうですね。あなたは優秀です。僕よりも優秀なのに、僕があなたを家臣にするのも失礼な気がしますね」
「いえいえ。優秀さで、人はその人の下に付きたいとは、考えませんよ」
「ん?」
「あなたという人に、この身を捧げてもいい」
この思いは皆の共通の思い。
「人は、そんな感じの場所で、働きたいのですよ。あなたの優秀さで、皆があなたを選んだわけじゃない。あなたの人柄で皆があなたを選んだに過ぎないのです」
「そうですか。僕の人柄か・・・」
別に大したことがないのに。
これを本気で思っているのがフュンという男である。
「珍しくもあなたと同じ意見なのが悔しいですね」
「なんだよクリス。まだ喧嘩したりないのかよ」
「いえ。喧嘩ではありません。私もフュン様を優秀さで見ていませんから、残念ながらギルと同意見ですと、事実を述べていっただけなんです」
「クリスもそうか。まあ、みんなもそうだよな」
「はい。きっとそうでしょう」
二人は頷き合っていた。
「んん。まあ、皆にもいろいろ迷惑をかけると思いますがね。そろそろ、考えないといけませんね」
フュンが言った。
「「何をですか?」」
二人が同時に聞いた。
「全体を考えないといけないと思います。僕は敵の攻撃を防いで、反撃の一矢を敵に入れ込みたい。そこに全精力を注ぐ。なので、もっと綿密に大陸を考えないといけません。そこであなたたち二人との話し合い。それにイルミネスには、ミラ先生の仕事を任せたいな。彼はミラ先生のような考えを持っていますからね。それとネアル王あたりとも計画を立てたい。あとはウィルベル様とリナ様も欲しいな。ここらで一気に計画を見直していきたいですからね」
フュンは先へ行こうとしていた。
自分が王となってもやるべきことは大陸を守る。
先手先手で考えていかないといけないのだ。
タツロウが言っていた期間までは、短くてあと三年くらい。長くても五年はあるだろう。
だからフュンは、ここで完璧な防衛作戦を取らねばならなかった。
「二人とも。ここは最初に指針だけは決めましょう。そして二カ月後くらいに会議を。いいでしょうか」
「「はい」」
二つの両輪が回る事で、フュンは大陸を明るい道へと誘うのである。
絶望の戦力差の中で、希望を見出す。
それがこの三人が作り出す戦略であった。




