第168話 三国が終わる時、伝説が始まる
帝国歴537年1月1日
新年の挨拶の為に、各地から重要人物たちが玉座の間に集まった。
いつもの新年会だと思っているのは、この中ではフュンだけ。
他の人物たちは、とある計画に沿って話が進んでいる事を知っている。
様々な人間たちが、皇帝に挨拶をしていく中。
経済、軍事、領主。
それぞれの重役たちの形式的な挨拶に、フュンはいつもと変わらない笑顔で対応をしていたのだが。
ここでその様子が、皇帝の最後の挨拶で一変する。
◇
シルヴィアが最後にこう言った。
「それでは、皆さんに。新年の挨拶の代わりに、重要事項を発表します」
重要事項の事などまったく聞いていないフュンは、予定外の事に驚いていた。
隣にいるシルヴィアの顔を見た。
「本日を持って、ガルナズン帝国を終わらせる作業に入ります。来年には閉じたいと思っていますので、そのように皆さん。動いていきましょうね」
「「「「はっ。皇帝陛下」」」」
全員がすでにこの重要案件に承諾済みであった。
だから力強い返事である。
「・・・・・」
フュンの脳が今の受け答えを受け付けていない。
目だけがパチクリ動いている。
「これからは、皆で新たな国を建国するのです。よろしいですか」
「「「「はっ。皇帝陛下」」」」
今の言葉も受け入れていない。
フュンの顔は真顔のままだった。
それが面白いと思っているシルヴィアはノリノリであった。
夫を騙せている快感があったらしい。
「これからアーリア大陸に建国する国の名は、アーリア王国です!」
アーリア大陸に巨大国家を建国。
『アーリア王国』
それが伝説の始まりの国の名である。
「ラーゼの王。タイロー」
「はい陛下」
「よろしいですか。あなたの国もアーリア王国の一部になります」
「はい。もちろんです」
「では、後で調印式に来てくださいね」
「もちろんです」
シルヴィアの言葉を受け入れていないフュンは、タイローが言っていることも理解できなかった。
「そして、ここで一番重要な事をいいます。アーリア王国の初代国王です」
皆がシルヴィアから、フュンを見る。
全員が、これから王となる人物を知っているのである。
「こちらの我が夫。フュン・メイダルフィアが、アーリア王国初代国王となります。皆さん。おねがいしますね。今まで通りに彼を支えてあげてください。これからの私は妻として頑張るので、そちらもよろしくお願いしますね」
「「「「はっ。シルヴィア王妃」」」」
王妃?
皇帝なのに?
フュンの頭の中は混乱していた。
眩暈までしそうだった。
「では、フュン。あなたが王となる時が来ましたよ。私は皇帝を退かせてもらいます」
「・・・・・え!?」
何も考えられていないフュンの驚いた顔が、面白すぎる。
ここで笑っちゃ駄目だと、必死に笑うのを我慢してシルヴィアは話していた。
「これからはあなたが王となるのです」
「え? いや、え? どういうことですか?」
「拒否と疑問は受け付けません。あなたが王となるのです! これはもう決定しています」
「・・・ん???・・・は???・・・え???」
あれだけ聡明なフュンが、アホな子みたいに何度も聞き返している。
それが無性に面白いと思っているのは、何もシルヴィアだけじゃなかった。
この場にいる全員が下を向いて笑いをこらえていた。
「フュン。あなたがこの大陸を導くつもりであるのなら、その立場は、ガルナズン帝国の大元帥などでは足りないでしょう?」
「いや、そんなことはないでしょう。現に今だってうまく・・」
「いいえ。あなたが皆を導くためには、新たな国の、新たな王となるしかない。こうなれば、この大陸に住まう人々は、一つの国家の一つの人種として融合しやすい。あなたが建国することになるアーリア王国。この中のですよ。新しい人種アーリア人へとなれるはずなんです」
「いや・・え・・・でも」
言葉が上手く出て来ない。
考えが上手くまとまらない。
珍しくフュンがこの場で苦しんでいた。
「フュン。この考えの中には、私についてもあります」
「ん。あなたについて?」
「はい。この片腕の状態では、皆を引っ張っていくには難しいです」
シルヴィアは左手で右肩を抱いた。
失った腕の重みをフュンに見せつける。
「もう一つ。腕がないとね。やはり大国である二つの国をまとめるのなんて難しい話でしょう。ここからは、イーナミア王国も救わねばならないのです。この腕ではガルナズンしか支えられない。腕が一本足りない! ですから、あなたにやってもらいたいのです」
片腕の自分では、もう一つの国の民を拾い上げる事が出来ないかもしれない。
もっともらしい言い訳である!
「そんな事はないでしょう。今のあなたにだって出来ますよ」
だからフュンはここで負けないように話すが。
「いいえ。あなたが国をまとめた方がいい。両国にある。過去の恨みも憎しみも、今までの争いも。わだかまりも。その全てが関係なくなる。新しい国! アーリア王国を建国するとは、そういう事だと思いますよ」
「しかし・・・」
「あなたは。この片腕しかない私に、これ以上働けと・・・酷い夫ですね。まったく。シクシク」
わざとらしい泣き真似をして、自分でも笑いが吹き出しそうなシルヴィアだった。
「くっ・・・そう言われると何も言えないぞ・・・シルヴィア。ズルいですよ」
フュンが言うと、二人の会話の外から声が聞こえる。
「大元帥! いいんですか。奥さんを泣かせるような夫で! 恥ずかしくないんですか!」
この状況を楽しんで、悪い顔をしているギルバーンが、こみ上げてくる笑いを我慢して声をあげると。
「そうだぞ。フュン君。妹を大切にしてくれるんじゃなかったのか」
ジークも悪ノリしている。
「ギルバーン! ジーク様! なにを! んんん!!!」
飄々コンビは、シルヴィアの援護をしてくる。
のちにとっておきの飛び道具になるのだが、今はただの輩のヤジと変わらない。
「どうです。フュン。あなたが王になってくれれば、こちら側。イーナミア王国側の方たちも納得して頂けるのですよ。私がガルナズン帝国として、王国を支配するよりも、両国はより協力関係になるのです」
この新年の会には、ブルーやアスターネなどの王国の主要人物たちも当然いた。
彼らはシルヴィアの意見に頷いていた。
「僕がですか。王だって・・・いや、僕はただの人質で・・・」
「でもあなたは元王子ですよ」
「・・・しかし、それはサナリアの小さな国の・・・」
「でもあなたは王子だったんですよ! あなたには、この大陸の太陽となって、皆を照らして欲しい。あなたが笑顔であるのなら、皆も笑顔になっていくはず」
説得が出来ないのなら、せめてと思い、フュンは家臣団の方を見た。
「・・・みなさん・・・。僕じゃなきゃダメです? せめて、アインとかにして? 彼なら皇帝になるための教育を受けていますし・・王になるのだって」
フュンの最後の抵抗も虚しく。
もれなく全員が首を横に振っている。
「駄目なんだ・・・ええ、僕ですか・・・」
「「「「はい。太陽王」」」」
「あれぇ・・・もう僕の敬称があるのぉ」
「「「「はい、太陽王フュン様」」」」
トドメはこの言葉であった。
アーリアに日が昇る。
大元帥兼サナリア辺境伯フュン・メイダルフィアあらため。
太陽王フュン・ロベルト・アーリアの誕生を、大陸の皆が期待したのがここ。
ガルナズン帝国皇帝シルヴィアからの国家継承である。
彼の太陽王伝説が、始まろうとしていた。




