第167話 皇帝シルヴィアの悪だくみ
帝国歴536年11月11日リリーガ。
この地に集結したのは、皇帝シルヴィアと、その兄弟の数人と、局所的な重要幹部たちである。
軍部としてフラム。
総合でクリスとギルバーン。
フュンの相談役となっているネアルとイルミネス。
そして内政全般の動きでシレンとなっている。
しかし、シルヴィアとしては、もっと幹部を集めたいと思っていたが、ここらが限界であった。
これ以上の幹部をここに集めていたらフュンに勘づかれる恐れがあったからだ。
「皆さん。ここからは、私の議題に沿って話を進めます。彼を騙す。その計画に賛成してくれると助かります。その前にこちらを読んでもらい。計画を知ってもらいたい」
シルヴィアは兄と一緒にまとめた資料を皆に渡す。
一人一人が受取ると、もれなく全員が驚いた。
「これは・・・なに!? 陛下・・・いったい何を考えているのですか」
クリスが顔を上げると皆も続いていく。
『無理だろ』こんな事はとの声も聞こえてくるほどだった。
「この計画は、アーリアが一つとなる計画です。そして、これこそが、我々自体も一つとなれる大計画だと思うのです。どうでしょう。皆さん。特にネアル王。ギルバーン。どうでしょうか」
「そうですな。私もこれが実現するのならば、私がそちらの配下になるよりも、すんなりと受け入れられるでしょう」
「俺もネアルと同じ意見です。これは、確かに全てが丸く収まる。王国も帝国も。それにラーゼもですね。そして太陽の戦士も月の戦士も、全てが一つとなる。これは間違いないかと。良い案ですね。シルヴィア様」
ネアルとギルバーンは賛成だった。
だが、ギルバーンは捕捉を付け加えた。
「ですがね、シルヴィア様。ここで問題があります」
「なんでしょうギルバーン」
「これはむしろ、そちら側に問題が生じましょう。あなたたちの中に不満分子があれば、この計画は台無しになりますよ」
「ええ。そうですね。ですが、こちらにはいませんよね」
帝国側は全員頷いているように見えた。
だが、ウィルベルとヌロは首を横に振る。
「しかし、この計画だと、私の復帰が書いてあるぞ」
「私もです。それは頂けないかと」
二人は同じところに引っ掛かっていた。
「いえ。兄様。我ら兄弟が力を合わせて、新たな時代をフュンと共に作るのです。そのためには、彼のそばには、我々全員が必要なのですよ」
「・・・だが・・・しかしな」
ウィルベルが悩み、ヌロは反論する。
「ええ。私のヌロという存在は、彼にとっては良くない。レイエフならばまだマシですが。彼を酷い目に遭わせた男ですし。それなのに、のうのうと協力するのは・・・さすがに憚られる」
二人とも難色を示していた。
酷い目に遭わせた過去があるのに、のうのうとフュンのそばにいる事は許されるものじゃないと、どこかで遠慮する面はあるのだ。
「兄様。そんな事を気にしていたのですか。駄目ですよ。彼は、そんな事を気にしません。ここにいる人間の半分は、彼と敵対していた者たちですよ。言ってしまえば、私だって、宗主国のお姫様で、彼から見れば敵のようなものです」
「それは違うだろ」
悩むヌロに代わって、ウィルベルが答えた。
「いえ、外面だけ見ればの話です」
「しかしだな・・・」
ウィルベルが渋っていると、ネアルが口を開く。
「それは思う所だと思いますがね。私も敵である立場でありましたが、今の彼とは上手くやっていますよ。なので、フュン大元帥とは。今相対している人間が、かつて敵であったとかを気にしないのでは? そんな事は、恐らく彼の中では小さなことなのかと思いますぞ」
「いいや。私は、ナボルであった男だ。彼を苦しめたのだ」
その言葉は鵜呑みに出来ない。
悩む彼に向かって、不遜な男ギルバーンは言う。
「ああ、それを言ったら俺もだ。でも許してくれたのでね。申し訳なく思っても、今はこうしてこの席に堂々と座っているぞ。俺は!」
ギルバーンは暢気に答えた。
「だから、あんたも気にしないでいればいいんじゃないか」
「ギルバーンよ。貴様は、私と違い。彼を見守っていた人物であるのだ。私は彼を苦しめただけだ」
「まあ、厳密にいえばそうだが。あんたもある意味では、見守っていただろう。あの監獄の中でな」
「・・・・たしかに、その後はそうなのだが・・・」
悩むのは分かる。でもそれでは前に進まない。
ギルバーンは渾身の説得に出た。
「これは、うだうだ考えないで、最終的には彼の力になりたいかで考えよう。これが一番いい考えだと思う。賛成するのにも、この作戦を実行するにも、その気持ちが大切だと思う。彼を支える。その心が、自分の中に芽生えるかどうかで決めよう! 皆さん。この考えはどうでしょうかね。駄目でしょうかね」
ギルバーンの最後の言葉が、皆の胸を打った。
最終的には自分の気持ちが大事。
フュンを支えたいと思ったら実行に移す。
それが、この計画を動かす原動力となるだろう。
「たしかに。そうだな。その通りだな」
頑固なウィルベルすらも説得できた言葉だった。
そこで、シルヴィアが前に出る。
「それでどうでしょうか。私の意見に反対する者は立っていただけますか」
ここで立つ人物は誰もいなかった。
シルヴィアの作戦を全面支援したのだ。
「では、細かい部分を詰めるには、シレン。あなたとリナ姉様。サティ姉様。それとウィルベル兄様が重要です。国家融合よりも容易いとは思うのですが、一から構築するには・・・ある程度の土台が必要です」
「そうですね。俺が見積もりを出しましょう」
シレンが立ち上がり答えた。
「シレン。よろしいのですか」
「はい。通常の仕事を部下に任せて、俺がこの仕事に取り掛かりますよ。それにリナ様とサティ様。それとウィルベル様が動いてしまえば、大宰相に分かられてしまう可能性がありますよ。なので、俺がコソコソと村に帰って、基本の資料を作りますね。それくらいなら、密かに出来ます」
「なるほど。良い案ですね。シレン、あなたに、まかせてもいいですか」
「はい。やりますね」
良かったと言ったシルヴィアは、シレンに目配せをした。
照れながらシレンは着席する。
「では皆さん。これは、アーリアをより良くするため。そして、この私の願いでもあります。彼に人生を捧げるつもりの私としては、このようにした方がいいと思っています。このようにした方がアーリアが良くなる。そうですよね。みなさん!」
最後に皆がシルヴィアを見た。
「私が最後の皇帝になる事。それが、新たなアーリアを生み出す第一歩となるでしょう」
シルヴィアの宣言。
それが、このフュンを騙す悪だくみの会議で行なわれたのである。
シルヴィア・ヘイロー・ヴィセニア。
それが、500年を超えるガルナズン帝国の最後の皇帝の名であった。
歴史の終焉。
そして伝説の始まり。
ここから大陸を導くのは、イーナミア王国の王ではなく、ガルナズン帝国の皇帝ではなく。
サナリアの小さな国の王子だった男が、次の時代へと突入するアーリア大陸全土を輝かせるのである。




