第165話 エイナルフの墓までの秘密
それからの話。
王国と帝国の幹部らは忙しくなっていく。
双方の融合準備をしなくてはいけないからだ。
シルヴィアは、皇帝として働かないといけないので、師ミランダの死について悩み続ける事が許されるわけもなく、王国と帝国の融合に向けての忙しい日々を過ごしていた。
それに対してフュンは、ネアルと共に二人でアーリアを救う手立てを考える日々を過ごしている。
その他の人間たちも、ミランダを失った悲しみを癒すわけではないが、その悲しみを背負っても国の統合に向けての仕事に勤しんでいった。
愛する者を忘れるわけじゃない。
ただ今は彼女が手伝おうとしたフュンとシルヴィアの道を、とにかく前へと進めてあげようと思っていたのだ。
そして、彼女の死を最も悲しんでいた最後の弟子であるレベッカは、暫く塞ぎ込んだ後で、ダンと共に修行をする日々を過ごしていた。
彼女から託された思いを実現するためには、もう少し実力が欲しい所であるとレベッカも思っている。
ここから時代が大きく変わり始める。
そんな転換期の中で、最大の出来事が、シルヴィアに伝えたい。
とある二人の手紙から、変化が起きるのであった。
悪夢のような出来事から二カ月後。
シルヴィアは、兄と共にミランダの屋敷に入った。
片腕を無くしている妹を見た時には卒倒して、長い間気絶していたくらいに、妹馬鹿のジークは、ここでも心配して、ついて来ていたのだ。
何が起こるか分からない屋敷に、一人きりはまずいとでも思ったのだろう。
「兄様。私は一人でもいいのですが」
「いいや、心配だ。もし何かあればな。ミラの屋敷だぞ。お前が死んでしまう」
「何を大袈裟な・・・って言えませんね。たしかに。この片腕で、対抗できるのかというと不安ですね。ある意味で、不安を覚えさせる先生はさすがですね」
「だろ」
二人の親代わりのミランダの屋敷は罠だらけのお屋敷なので、万が一があるやもしれないと、警戒をしないといけないのだ。
「では、奥にいきます。兄様」
「ああ。いくか。気をつけろよ。この馬鹿屋敷は、どこで殺しに来るか分からん」
屋敷の罠は、解除が基本であったのだが、一部は作動するものもあった。
めんどくさがりのミランダらしく、片づけ忘れているのだと、二人は呆れながらも目的地へと向かった。
彼女の寝室の奥に行き、彼女からもらった鍵で、隠し扉の鍵穴を回す。
「ここですか。あ、回りました」
「そうだな。でもこれ。やけに重たい壁を使用したな」
片腕のシルヴィアでは難しいので、ジークが扉を開ける。
中は、シンプルな小さな部屋だった。
明かりと、机と、小さな本棚と椅子だけ。
派手好きだった彼女にしてはやけに落ち着いた印象の場所を作ったなと二人は感心した。
「これか。この手紙か」
無造作に机に手紙が置いてあった。
「・・シルヴィ。今、読むか?」
おそらく父が隠している箱にも手紙がある。
だからどちらから読むのかを聞いたのだ。
「・・そうですね。先に父上がいいですかね」
「そうだな。ミラは後にするか。どうせ。父上の手紙よりも、重要な事を書いてないだろうしな」
「そうですね。では」
シルヴィアは、持ってきた箱を開けて、父の手紙を読んだ。
◇
『シルヴィア。そしてジーク。
これはダーレーに残す手紙である。
ダーレーには秘密がある。
それは、本当の当主ジークハイド・ダーレーの人生を歪めてしまったという秘密だ』
「俺の人生?」
「兄様を歪めた?」
最初の一文から二人は見つめ合って疑問だらけとなる。
「どういう事でしょうか」
「先へ行こう」
「は、はい」
シルヴィアが続きを読む。
『結論から言うとだな。
シルク・ダーレーの子はジークだけだ。
だから、本来はジークがダーレー家の当主である』
「なに!? 俺が・・・やはりそうか。シルヴィの秘密ってのは。出生の秘密か」
ジークは昔からこの予想をしていた。
『余とシルクの子がジーク。
そして、シルヴィアは。
ユースウッド・ダーレーとヒストリア・ウインドの子である。
だから、シルヴィアは余の子ではなく、余の孫だ』
「え・・・私が、陛下の孫!?」
「そうか。だからミラの奴。教えなかったのか」
「それでは、兄様は・・・叔父様?」
「そうなるな。ユースウッド・ダーレー。俺の記憶にも微かにある。あの人か・・・でも似てないな。髪は似ているか」
銀の髪はダーレーの証。
ユースウッドもシルクも銀髪であったからこそ、シルヴィアとジークも銀髪であった。
それで兄妹に見えても不思議じゃないし、3つしか違わないので、おかしくもない。
「兄様、まだまだ続きがあります」
「そうか。いいぞ」
◇
遠い昔のとある日。
珍しくも顔色を強張らせたヒストリアが余の元に来た。
「すまない。父上。一生の願いを聞いてほしい」
「ん?」
「生涯の秘密です」
「ほう。何を約束して欲しいのだ?」
「子供に関してです」
「子だと!?」
「私のお腹の中に子が出来ました」
「なに!? 馬鹿な。お前は、婚約もしていないだろう」
「今は騎士団で忙しいから、そんな事をしておりませんでした」
「じゃあ、誰の子だ」
「ユースウッドです」
「ゆ、ユースウッドだと!?」
シルクと婚姻する前に、余の耳にも頻繁に名が入ってきた男ユースウッド。
弱小貴族ダーレー家であることが、もったいないと言われていたくらいに才気溢れる男で、実の所。余は、この男が味方になってくれないかと思ってシルクとの婚約をしたというのもあった。
その後で、実際のシルクと会った時に惚れたのである。
だから時系列的には、余はこちらの男を味方にしたかったのだ。
「父上。ユーとの婚姻じゃなくて、この子を産むことを許して欲しい」
「それは良いが・・・まさか、その子をウインド家にはしないという事か」
「父上。ウインドは、血を継がない方がいい」
「なぜだ。お前が後継者だろう」
「いや、私はまだ不安定な王家をまとめるのに、皇位継承という意味での戦いを仕掛けない方がいいと思うのです」
「ん? どういうことだ」
「私の下に跡取りがいる。これを周りにいる敵たちに周知させない方がいいと思う。私は結構な頻度で命を狙われている。貴族たちなどの間でですよ。それで、この事まで娘に継がせるのは忍びない」
「ではどうやって産むのだ。その辺にでも捨てる気か?」
「絶対に捨てはしない。私は、ユーの承諾と。シルクさんの承諾を得ました」
「まさか・・・お前!?」
「はい。父上。この子は、ダーレーの子にする。この子は、ダーレーが産んだことにしたい。そして隠れ蓑で、この子を当主にする。だから、今からシルクさんには屋敷に籠ってもらい妊婦のフリをしてもらうんです。私が産むまでの間でです」
「・・・・・」
すぐに返事を返せぬ問題だった。
ダーレーの子として生きる。
たしかに、ダーレーの血が入っているから、何も問題はないが。
それではジークが可哀そうだとも思う。
本来の当主から、偽りのダーレー家の子が当主へ。
これを簡単に決めていいものなのかと。
「シルクは?」
「良いと」
「ユースウッドは?」
「私がいいなら良いと」
「それで余の判断次第だと?」
「そうです。父上次第です」
「ん。それをすると、ウインドが消える可能性も出るぞ。名を戻す。これが出来ないかもしれないぞ」
「良いです。それでも構わない。私を継ぐ者さえいれば・・・」
「お前をか。ウインドではなくだな」
「そうです。この子は、この私ヒストリアを継ぐのです。ウインドではありません」
覚悟の決まった顔に、親としては頷くしかなかった。
ウインドを守るよりも、我が子を守りたい。
たとえ弱小のダーレーであっても、そこであれば生きていける可能性があると踏んだのだ。
ウインドはその身に危険が付き纏う。
皇帝の兄妹の長として、ウインド騎士団の長として、様々な所から恨みを買っているからだ。
いつどこで、命を狙われるか分からない。
それに比べたらダーレーの家であれば、逆に安心だろう。
弱い家をいちいち狙う事などないからだ。
「わかった。余の子にしよう。ヒストリア。余の最後の子。それが、お前の子だ。名は? 決めているか」
「・・・はい。シルヴィアにしようと思っています」
「シルヴィア・・・良き名だ。シルヴィア・ダーレー。これが余の最後の子としよう」
「ありがとうございます。父上。感謝します」
「ふっ。そこまで思いつめないでもよいぞ。可愛い娘の頼みを断る父だとでも思ったか」
「はっはっは。父上。私が可愛いと・・・ありえませんな。生意気すぎて可愛げがない」
「そうか? 余にとって最初の子だぞ。可愛いに決まっている。お前もその子を産んでみれば分かる。その子がとても可愛く思えるはず。愛しくなるはずだ」
「そうですか・・・そうなのでしょうか。産んですぐに捨てるような真似をするのに」
「大丈夫だ。安心しろ。そこはシルクがいる。そして余がいる。いつかの時が、そこを解決するだろう」
「・・・ありがとうございます。父上」
これが、余の大切な娘ヒストリアと交わした密約である。
墓場まで持っていくだろう秘密だ。
この後に生まれたのがシルヴィア。
お前だ。
皆から愛されて生まれていることは間違いない。
ユースウッドも父だとは言い出せないが、可愛いと思っていたはずだ。
騎士団の副団長になってからあまり帰らなかったダーレーのお屋敷に、お前が生まれてからはよく帰っていたからな。
それに余は、お前が良く生き残ったとも思う。
ジークの成長も大きいが、何より、太陽の人の影響があるだろう。
良き夫を見つけ、幸せに生きてくれたことを感謝するぞ。
ヒストリアもシルクも喜んでいるだろう。
当然余もだぞ。ハハハハ。
余の最後の娘。
シルヴィア・ダーレーよ。
これからも幸せに生きよ。皆の分、目一杯な!
◇
「父上・・・じゃない。お爺様?」
「そうなるな。でも父上でいいんじゃないか」
「え?」
「俺も兄上がいいしな。叔父上じゃな。なんか、やだな」
「でも、この手紙が本当ならば」
「いや、いいんだよ」
ジークが優しく言った。
「それになんだかさ。俺が一気に老け込みそうだ。俺とシルヴィは三つしか違わないんだぞ。なんだかそれで叔父上じゃな。十歳以上は歳を取った感覚になっちまうわ。ははは」
「・・・ふっ・・兄様。いつも冗談ばかりですね」
「そうか」
ジークがいつもの調子である事が、何よりも助かる。
良き兄を持ったと、シルヴィアは思って父の手紙を読み終えた。




