第164話 支え合うのは家族と仲間
事件からその後。
シルヴィアは奇跡的に回復。
腕を失っただけで、命に別状はない。
しかし、師を失った悲しみが彼女の心を支配していた。
私のせいでという十字架が、心に残ってしまったのだ。
シルヴィアは、その後にギリダートに搬送され、回復を優先して、次に医療施設が充実しているリリーガに幹部たちと共に移動。
戦いの終結から一週間後には、リリーガでの休息に入るという迅速な行動のおかげで、シルヴィアの容体は安定していた。
それとここには、連絡を受けていた皇帝一家と、ネアルらの王国の重要人物たちが一堂に集まる事になった。
皆、重苦しい雰囲気は消えない。
ノインを野放しにしてしまった月の戦士たちの後悔。
戦いの終わりで、安堵してしまった帝国陣営の油断。
双方に同じくらいのミスがあった事。
それが双方を苦しめていた要因でもある。
でもそれでも、ウォーカー隊の面子だけは元気だった。
ミランダとの付き合いの長い彼らは、彼女の事を真に理解しているからだ。
だから、その明るさが徐々に皆の心を前向きにさせる。
リリーガの医療施設にて。
「サブロウ」
「なんぞ。お嬢」
サブロウは、シルヴィアにリンゴを食べさせる為に皮むきをしていた。
器用にも、ウサギさんカットにしている。
「いつまで私のそばにいるのですか。フュンのそばにいて仕事をした方がいいのでは? それにウォーカー隊は?」
「お嬢。気にするなぞ。ウォーカー隊は、マールが管理しているぞ。おいらは、お嬢の方がきついかなと思ってんだぞ」
「ん?」
「お嬢はミラと付き合いが長い。それに、フュンは勝手に乗り越えるぞ。でもお嬢は誰かそばにいないと駄目ぞな」
「なぜフュンはよくて私は・・・」
「なんだかんだ言っても、フュンは乗り越えるぞ。あいつの人生で一番厳しかったのは、たぶん弟殺しぞ。あれ以上はあいつにとってないぞ・・だから、フュンは乗り越えられるぞ」
サブロウが、お皿に三匹のウサギさんを並べた。
食べていいぞと、お皿をシルヴィアの前に置く。
「・・・たしかに。そうですね。肉親を殺す・・・それ以上の出来事は、彼には訪れないでしょうね。それに私たちはそんな事を、彼にさせたくないですね」
「ああ。そうぞな」
弟を殺す。
それ以上の出来事があってたまるか。
とも思った二人であった。
◇
リリーガの兵舎。
食堂を出た廊下で、ゼファーは、会って早々で泣きだしそうなレベッカと出会った。
「姫?」
「ゼファー。師匠は亡くなったの。本当にどこにもいないの」
「ええ。そうですよ」
「・・・本当なんだ・・・いないんだ」
二人の後ろから、エリナが火のついていない煙草を咥えて登場してきた。
「お? お嬢のガキか」
「エリナ?」
レベッカは、ドンと目の前に立つエリナを、睨むように見つめる。
「どうした。目なんて真っ赤にして。明日には腫れちまうぞ。元気に生きろ、元気に!」
その様子を見ても、エリナは明るく話しかけた。
「エリナは寂しくないの」
「あ? なんで?」
「師匠が亡くなったんだよ」
「そうだな。死んだな。あいつ」
彼女は淡々としていたが、タバコを持つ手が怪我をしていた。
悔しさで地面を叩いて出来た痕だった。
そこを見逃しているレベッカは、エリナを責める。
「なんで、そんなにあっさりしてるの。師匠、死んだんだよ。薄情者じゃない。昔から一緒にいたんでしょ!」
「姫!」
「ゼファー、止めないで。エリナ、悲しくないの!」
「姫。いい加減に・・・皆が同じ気持ちなのですぞ」
ゼファーが彼女の肩に手を置いて止めようとしたが、エリナがゼファーに目線を合わせる。
お前はそのままでいい。
あたしがやる。
その視線だった。
「そうだ。あたいらはある意味薄情じゃなきゃ生きていけねえ。悲しいって思っても、辛いって思っても、それで泣いていたとしてもだ! でも、それでも生きていかなきゃならねえ。それが何でか分かるか。お嬢のガキ」
口に咥えていた煙草をしまった。
「わかんないよ」
「お前は、近しい人が亡くなったのは爺さん以来か・・・」
『うん』と頷いたので、まだ素直な部分があるなと、エリナは笑顔になった。
「それじゃあな。まだわからねえ部分はあるだろう。いいか。お嬢のガキ。その虚しさも悲しさも、自分の中に抱えるんだよ。んで、最終的には自分の為に生きろ。死者に引っ張られるな。でも、死者は大切にしろ」
「大切に?」
「ああ、そうだ。だって、そいつらを覚えていられるのはあたいらだけだ。あたいらが死んじまったら、そいつらには本当の死が訪れる。誰かに覚えられている。それがまだ! そいつらが生きている証拠だ。いいな。だからザイオンたちも生きてたんだよ。あたいらが生きてるからな」
ザイオンやシゲマサだって、まだ生きている。
自分が生きているから、そしてフュンたちも生きているから。
あいつらもまだ生きている。
エリナはそう思って、仲間たちと共に今を生きている。
「だから、お嬢のガキ!」
「うん」
呼び掛けに驚いて、レベッカの体が揺れた。
「生きろ! 強く生きろ!」
「え?」
「お前がこの世界に生きていれば、ミラもここで生きていることになる。そういうこった! お前の中に、ミラがいることで、あいつは生き続ける。そういう風にお前は育ててもらったはずだ。ミラは、誰が何と言おうと、お前の師だ。それくらいの絆はな。あるはずだろ。な!」
溜まっていた涙が、エリナの優しい言葉と共に溢れそうになる。
「・・・・う、うん。ある・・・と思う・・・思いたい・・・」
話していく内に自然と涙が零れた。
「ああ、そうだよな。泣け。いいんだ。ここで泣いて、明日は笑え。ミラはそんな感じの女なんだぜ。泣いても次の日にゃ、ケロッとしてる!」
ボロボロ泣き出したレベッカを、エリナはそっと抱きしめた。
「エリナ・・・」
「なんだ?」
「煙草臭い。吸い過ぎ!」
「あ!? せっかく優しくしてやってんのに。可愛げのなさは、お嬢譲りか」
エリナとレベッカの笑った顔を見て、ゼファーも強く生きようと思ったのだった。
◇
リリーガにある屋台通り
「ニー」
「ん?」
「これ。美味しいのかな」「さあ?」
ルージュはお店に並んでいるお酒を指差した。
「飲めないから知らん」
「買おう」
「なんで」
「ニー。これが必要だ」
ルージュはお金を取り出した。
「必要? 飲めないのに?」
「おじさん。これください。二つ!」
「はいよ。ちょっと待ってね。お嬢ちゃん」
屋台のおじさんは子供のおつかいだと思っていた。
「お嬢ちゃんじゃない。立派な大人の女性だ!」
「ああ。はいはい。そうですね」
おませなお嬢ちゃんだなと思った店員のおじさんは、お酒を持ちやすいようにしてくれてから手渡す手前まで持って来てくれた。
「我らはもう三十は越えた!」
「え?」
おじさんの目が点になった。
目の前の同じ顔の二人は、明らかに子供にしか見えない。
「これ。持つ」
ルージュが、お金と引き換えに二本の酒瓶を持っていく。
「ああ。お金は十分だな。それじゃあ、お父さんとお母さんに飲んでもらえよ」
「信じろ。おじさん。我らは、もう三十は超えている!」
ニールとルージュは自分の歳を大体で覚えている。
子供みたいな見た目のせいで、信じてもらえないので、正確に自分の歳を覚えていてもしょうがないからである。
「どこいくんだ。ルー?」
「フーラル湖にいこう」
「なんで?」
「ニー。ミラにあげるんだ」
「???」
フーラル湖に到着した二人は、酒瓶を一本ずつ持った。
「これ、何するんだ? ルー?」
「ニー。我ら、ミラに育ててもらったか?」
「・・・・・わからない」
「だよな」
双子は、ミランダに修行以外で育ててもらった記憶がない。
ほとんど放置が基本で、お金は貰っても、食事は与えられていない。
寝る所だけは用意してもらっていた。
生活水準が良くなったのは、明らかにフュンたちと出会ってからだった。
「殿下。いなかったら我ら」「死んでた!」
「だよな」「うん」
「殿下しか勝たん」「ミラは負け」
「アイネしか勝たん」「ミラは負け」
「イハルムしか勝たん」「ミラは負け」
ミランダがこの場にいないから、双子は悪口を言いまくった。
だけど本当は、ミランダに言い返して欲しい。
その気持ちを持って言っていた。
「ゼファーは・・・・」「ミラの勝ち」
それでもゼファーは負けているらしい。
双子にとってゼファーはそのくらいの価値だったようだ。
「でもそんなミラがいないと死んでいたらしいぞ」
「我らの村。無くなってるもんな」
「そうだ」「母も父もだ」
「そうだ」
二人は戦災孤児である。
「だから。ニー。酒をやろう。ザイオンにもヒザルスにも」
「シゲマサとザンカにもか」
「うん。ついでにミラにもだ」
二人は酒瓶を逆さにして、フーラル湖に撒いた。
「飲め! 皆」「我らが酒をやろう」
「これ、美味しいのかな?」「知らん」
「美味しかったらいいな」「一か八かだな」
「飲んでくれたらうれしいな」「飲むだろ」
「馬鹿ばかりだもんな」「シゲマサ以外な」
「だな」
双子はウォーカー隊に感謝して、天国にいる皆に酒をプレゼントしたのである。
◇
リリーガの訓練所。
「「タイム」」
「リアリス。カゲロイ」
タイムがぼんやりと訓練所を眺めていると二人が並んでそばにやって来た。
「僕ら、そばにいられませんでしたね」
「そうだな」「そうね」
三人で並んで座る。
「育ててもらったんですけどね」
「そうかぁ? あいつ、俺たちを殺す気だったよな」
「うん。あたしら、生きているのが不思議よね」
「ハハハ。たしかに、僕らは死にかけまくりましたからね。実践よりも訓練の方が死にそうでしたもんね」
ミランダの修行はいつも命懸け。
三人のミラとの思い出はそれしかない。
「ミラ。アホだからな」
カゲロイが言った。
「そうね。でも間違ったことは言わないよね」
「そうですね。それに僕らは一つ感謝してますよ」
「「???」」
感謝する事なんてあったっけ。
カゲロイとリアリスは首を傾げた。
「僕ら、ミラのおかげで、フュンさんに会えましたよ。これは、感謝するべき事じゃありません?」
たしかに。
と二人は思い悩んだ。
「僕らの人生に、彼は必要不可欠だ。まだ子供だった頃から、一緒に戦って来ましたからね」
「まあな。俺なんか、あいつの初陣で、ボコボコに殴っちまったわ」
「あんた酷いね。殿下にそれはないんじゃない? 怒られるんじゃないの?」
「あれ、その時って二人ともいねえのか」
「ええ。僕はまだ里で修行してました」
「あたしも。あの時エリナに連れて行ってもらえなかった」
エリナは、行きたいとせがむリアリスを真っ向から拒絶したらしい。
まだ時期じゃないとの判断だったらしいのだ。
これも的確な判断ではあった。
「そうでしたか。僕は、声も掛からずで」
「タイム、あれはね。声を掛けるじゃないよ。あたしから言ったんだ」
「あ、そうだったんですね。でもじゃあ、なんでカゲロイは?」
「俺は、シゲマサだ。お前は来いってさ。やっぱさ。シゲマサに言われたら行くしかないだろ」
シゲマサの推薦で、カゲロイはハスラ防衛戦争に参戦していた。
「シゲマサか・・・なんで許可したんだろうね」
「それは、出来ると思ってでは? シゲマサさんは、間違いませんからね。人選については完璧でしょう」
タイムはシゲマサの事を尊敬していた。
バランスのとれている戦闘感覚に、人とのバランスもとるのが上手。
シゲマサのそのバランス力を得たいとしてよく観察もしていたのだ。
「そうか。シゲマサ・・・あいつ。俺に期待してくれていたのか・・・でもあの時はな。亡くなっちまったのがな・・・惜しいよな。俺が弱かったばかりに、助けられなかった。悔しかったな。あの時はな」
「後悔はたくさん出ますね。後からたくさん出るんですね」
「そうだな。だから今回も、あとから出るんだろうな。ミラとは、思い出があるからさ」
「そうね・・・あの時の嫌々の修行の数々でも、あたしらにとっては、良い思い出になるんだろうね」
「そうですね」「そうだな」
三人にとってミランダは鬼教官。
でも、ミランダは恩師でもある。
亡くなったことが悲しくとも、三人は彼女を思い出して、前へと進まなくてはいけない。
それは・・・。
「フュンさんと一緒に進まないといけませんね」
「そうね。殿下も辛いだろうしね。少しは分かち合えるかもよ」
「まあな。でも、これからが大変なはずだ。まだ、終わっちゃいねえからな」
先の戦いが終わっても、これからの戦いが待っている。
フュンの前にある困難を共に乗り越えるために、三人は誓ったのであった。
◇
リリーガの会議室。
「大元帥」
「あ。ウィルベル様。ありがとうございます。帝都防衛はあなたのおかげだ」
「いや、アインとレベッカの二人。それと家族の皆の協力があってこそだった」
「そうですか・・・」
フュンの顔色が悪い事を重々承知のウィルベルは、ゆっくり穏やかに話しかけていた。
家族に気を遣う長兄になっている。
「大元帥、少しの間でもいい。お休みになられた方がいい。一時の休息が必要かと思いますぞ」
「ええ。そうかもしれませんが、ここは休みませんよ。僕が働いて、先生の分も仕事をしないといけません。いつも僕の仕事を助けてくれていた先生がいませんのでね。それに先生は、あちらの作戦を構築してくれていたので。これを早く終わらせて、僕があちらにも着手しなければ」
ミランダは、二大国英雄戦争よりも、ワルベント大陸との戦いの作戦を考えていた。
実は重要な役割を裏でやってくれていたのだ。
「それと、シルヴィアもあの状態では、働けませんしね」
「そうか・・・しかし、体を労わってくれ。ここで大元帥に倒れられたら、アーリアは一つにならんぞ」
「ん? いや、シルヴィアがいま・・・いや、そうですね。彼女の代理が僕なんですもんね」
「そういうことだ」
どれほど心身が厳しくとも、今は大元帥がガルナズン帝国を支えている。
この現状がある。
シルヴィアの心身の回復を優先させているので、今の帝国は皇帝が不在状態であるのだ。
だからフュンが頑張るしかない上に、倒れる事が許されない。
なのでウィルベルが。
「私たちに回せるものは回しなさい」
手伝うことにしたのである。
「え?」
「仕事だ。ここにはサティ。リナ。ヌロ。ベルナ。バルナもいるしな。内政だけでもこちらに回して、仕事を減らそう。こういう時は家族が協力するべきだ」
「・・・いいのですか。ウィルベル様。甘えてもいいんでしょうか」
「うむ。まかせろ。家族だろう。支え合うのが大切ではないのか。あなたの教えではないか」
「・・・ええ、じゃあ。お願いしますね。後で断らないでくださいよ。大変ですからね!」
「ははは。望むところだ・・・だが、お手柔らかに頼むぞ。そんなに若くないからな」
「何をおっしゃってますか。ウィルベル様はお若いですよ。それじゃあ、これ、おまかせしますかね」
と言ったフュンは、山積みになった資料の紙を山ごと渡した。
「こ、これをか」
「はい! お願いしますね」
ウィルベルは、明るい笑顔になったフュンを見て安心したのだけれども、この山積みの紙は厳しいなと思った。
「よし。やろうか・・・サティでも連れてこよう」
「あら! 最初から音を上げてるんですか」
「ちょっとは良いだろ。家族なんだからな」
「そうですね。皆でやりましょうか」
フュンには、支え合う仲間も家族もいる。
ミランダという大きな存在を失っても、彼女の教えが胸にあり、そして皆がそばにいるから前を向いて生きていけたのだ。
何よりもこんな所で止まる事を許してくれるようなミランダではない。
優しさの三倍ほどの厳しさがあるのだ。




