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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第四章 アーリアに偉大な英雄が誕生する

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第162話 生涯の汚点 後悔の場所

 フュンたちとは別の場所でも、彼らと似たような座談会が各地であった。

 特に話が弾んでいたのが、ミランダとイルミネスで、他でもちらほらと固まって会話を楽しんでいた。


 ミランダがイルミネスに気さくに話しかける。


 「お前。強いな。あたしが実践の戦術で負けんのは、これが初めてだぜ」

 「いえいえ。次は私が負けますよ」

 「ん?」

 

 どう意味だ?

 ミランダは首を傾げた。


 「よく考えてください。ミランダ殿。あなたは私を知ってましたか?」 

 「知らね」

 「そうでしょう。でも私はあなたを良く知っておりました。私はあなたの大ファンですからね。昔から研究していましたよ」 

 「研究だと。あたしをか」


 イルミネスは里にある図書館に収納されている戦術について学習していた。

 そこには、過去の戦争の歴史が情報として残っている場所なのだ。


 「はい。今までの戦闘情報を、穴が開くほど見ていましたからね。あなたがどういう風に戦って来たのかを頭の中で勝手に展開できるほどです。ですから、私が勝てたのは情報です。それに、あなたがもし私を知っていたら、勝てなかったでしょう。なにせ、あのような強引な形での混沌は使用しませんでしょうからね」

 「まあな。決着を着けるために強引に使用することはなかったな。あんたを知ってればな」

 「そうでしょう。だから、私が強いというよりも、私があなたを知っていた。そう考えた方が合点がいきますよ」

 「・・・でも、あたしはお前がすげえ奴だってのは、わかったぜ。あたしは勘もいいのさ。なのにそれを上回ったってのは、大したもんだよ」

 「ハハハ。嬉しいものですね。あなたは私の憧れですからね」

 「それなら、サインでも書いてやるか」

 「え! いいんですか。書いてもらいましょうかね」

 「なに」


 冗談のつもりで言ったのにと思ったミランダ。

 馬鹿言うなという前に、イルミネスがマイマイを呼んでいた。


 「マイマイ」

 「なんですか?」

 「紙とペンを」

 「しょうがないですね。取ってきます」


 このようなたわいのない話が、この場ではあったのだ。

 その横でも、フィアーナやシガーら、デュランダルやアイス、更にその裏には、エリナやマールなども、笑顔で会話するほどにリラックスしていたのである。

 そしてシルヴィアも当然この場にいて、ミランダの後ろあたりで一人でゆっくりしていた。

 時折世話をしてくれるソロンと会話して、この事件の時は、ソロンはお茶を取りに本陣に戻ってシルヴィアの元に帰って来る所だった。


 事件は、この場でノインが動いたことで始まった。

 色々な場所で会話が起こっているものだから、ノインが立ち上がって移動しようが誰も気にしていなかった。

 

 この時の監視役をしていたのがマイマイとショーン。

 しかし、この二人は当時、所要をこなしていた。

 マイマイは、ミランダのサインの為に移動していて、ショーンは呼び出しをもらい、サブロウとの座談会をしていた。

 だから目が足りなかったのだ。

 お祝いムードで油断をしていたのだ。



 ノインがナボルだと知る者はこの中では月の戦士たちのみ。

 彼らが気にかけなければ、帝国側でノインを警戒する者がいない。

 彼らは太陽の人との和解に安心していて、そしてこれから彼の仲間になれる嬉しさから、油断が生じていたのだ。

 

 ノインが歩いて来ることが敵対行為だと微塵も思わないシルヴィアは、横を向いていた。

 ソロンがお茶を持ってくる最中だったから、受け取ろうとしていた。


 警戒度ゼロ。

 

 と言ってもいいくらいに、無防備なシルヴィアと、その周りの仲間たち。

 歩くノインを皆が気にしていない。

 この現状。

 ここがチャンスだと、ノインが判断した瞬間動き出した。


 やれる。

 ここで殺せるという距離に入ると、ノインは加速した。

 その移動は影移動の最高速度だった。


 「許さん。貴様がセリナを・・・よくもぉおおおお。これで太陽に鉄槌を!!!」


 顔色がすでに悪いノインが、一か八かの捨て身の攻撃を仕掛けた。

 セリナを殺された恨みと、フュンへの憎しみから。

 シルヴィアを狙っていた。

 彼女を殺せば太陽の人の心を殺せる。

 太陽の人を直接殺すよりも効果的だと思ったのだ。

 そこだけはよく考えられた突発的な計画だった。


 ノインは、仕込んでいた胸のポケットから組み立て式の剣を取り出して、シルヴィアを刺す!


 その直前。

 ノインの動きに気付いたのは、サインを書き終えたミランダだった。

 顔を上げたことで、横目にノインが走っているのが見えた。

 影移動でも、ミランダの目には見える。

 だから彼女もまた自身最高速度での移動でシルヴィアの前に立ったのだ。


 「お嬢。逃げろ。ソロン、早くお嬢をどっかに飛ばせ。やべ・・・速え・・・ぐふっ」

 

 胸を貫かれたミランダは、敵の刃を握りしめてシルヴィアを守るために、ノインの攻撃を止めようとしたが、それでも勢いが更に増していく。

 自分の体が浮き上がり踏ん張りがきかない。

 このままでは、シルヴィアに到達する。


 「な!? やべえ・・・ごふっ。力が入ら・・・でもこれでどうだああ」


 最後の最後でミランダは体を捻じった。

 刺されている状態でも、出せる力を限界まで使った事で、ノインの剣の軌道が微かに変わり、シルヴィアの心臓狙いが、腕に変わった。

 ミランダを貫いている剣の先がシルヴィアの右の上腕を掠った。


 「これなら・・どうだ・・・」


 シルヴィアに当たったとしても、傷は浅いはず。

 ミランダの背後を感じる感覚が鋭かった。

 実際にシルヴィアの傷は浅い。


 「きゃああああああああああああ」


 一部始終が見えてしまったソロンの声で、一同が気付く。

 ミランダの貫かれた姿にシルヴィアの怪我をだ。


 「しまった」

 

 イルミネスの反応が遅れていた。

 普段であればもっと冷静に処理していただろうに、ミランダとの会話を楽しんでしまっていた。

 それに、彼の視野からではノインを確認できなかったのが痛い。

 ノインはちょうどイルミネスの背後から来ていたのだ。


 彼の隣にいたマイマイの方が、ここで反応出来た。


 「貴様! 火竜爪」


 勢いのある糸で、ノインの腕を落とした。

 武器を破壊するよりも、速いと判断したのだ。

 ノインの腕が無くなる事で、ミランダが解放される。


 「ミラ!」


 エリナが叫びながら近づく。


 「ぐはっ。エリナ・・・お嬢は。どうなった。無事か・・・」


 体が貫かれていてもミランダは自分よりもシルヴィアだった。

 エリナがすぐにシルヴィアを見る。

 答えられない。彼女もまた倒れていた。

 しかも顔色悪くだ。


 エリナが答えられず黙っている間に、イルミネスの方が動く。

 マイマイの攻撃で切り落とされた腕の方から拘束に入った。


 「貴様。なんてことを」

 「ごはっ・・・やったか。やったのか」

 「黙れ。貴様」


 イルミネスが、ノインをさらに拘束。

 腕を無くした男だから容易いものだった。


 「マイマイ! こいつを頼みます」

 「はい」

 「私が・・・彼女たちを診ます!」


 イルミネスがミランダの方を見る。

 でも憧れの彼女はもう・・・。

 だから、救える可能性のあるシルヴィアの方を見た。


 「顔色が・・・まずい。悪すぎる」


 イルミネスは、ソロンの上から、シルヴィアを見ていた。

 その彼女が呼び掛けてもシルヴィアからの反応がない。


 「陛下。陛下。気をたしかに・・・でも、これは・・・」


 ソロンが応急措置に入って適切な処理をしているが、肝心な部分の判断がつかない。

 

 「毒?・・・これはみたことがない・・・知らない毒ですね・・・」

 「でもあなた。触らないのは良い判断ですよ。ここはギルしかいない」

 「これはフュン様なら」


 二人は同時に叫んだ。


 「フュン様!」「ギル!」


 この声に反応を示して急いで二人がやって来る間に、エリナはミランダと話す。

 ここには、そばにいたマールも参加する。


 「・・・エリナ・・マール・・後は頼んだ。ごはっ」


 ミランダの口から夥しい量の血が出る。

 胸の傷は刺された色よりも周りの方が変色してきた。

 刃には毒があったようだ。


 「おい。ミラ。馬鹿言うな。死ぬんじゃねえ」

 「ミラ! あっしらが分かるか」

 

 エリナがミランダの手を掴み、マールはその隣で懸命に名を叫んだ。


 「ごはっ・・お嬢守れたんだろ・・・駄目か・・どうなんだ。もう声も聞こえねえし。目も見にくいわ。お前らの雰囲気しかわかんねえわ。でもさ、雰囲気で分かるって、あたしら案外絆があったな。ナハハハ」

 「「ミラ!」」


 最期に冗談の言えるミランダはこう言った。

 

 「最後って・・・あっけないもんか・・・いや、そうでもねえわな・・・クソみたいな人生から、楽しい人生ではあったな。みんながいたしな・・・」


 珍しくも微笑む。目の輝きは薄くなろうとも、笑っていた。


 「あたしの想いは繋がってる・・・これはまちがいな・・・い・・・エリナ・・・マール・・・頼むぜ。まだちょっとだけ・・少しの間だけフュンとシルヴィアにはお前らが必要・・・だと思うわ。支えてあげてくれ」


 自分が死ぬことを分かっていても二人の弟子の心配をしていた。


 「ああ・・・それとレベッカ・・・任せた・・・お前に託したのは・・・刀だけじゃねえぜ・・・風を頼んだ・・・もう一度見せてほしいんだ。あのカッコよかった騎士団を・・・すげえ強かった騎士団をさ・・・」


 見えていないはずのミランダの目には師の姿が映っていた。

 戦いの女神の化身。それと神の子が重なりあい、そして微笑んでいた。


 「頼むぜ・・・レベッカ。近づけ、神に・・・」

 「「ミラ!!」」


 ここで、ミランダの死を悲しんでいる二人を通り過ぎたのはフュンとギルバーン。

 フュンは一瞬でミランダの死を判別して、そして最愛の人の状態を見る。

 冷静ではいられない状況の中で診断をし始めた。


 「これは・・・なんだ。この傷は。これは毒? 壊死し始めている」

 「フュン様。これはなんでしょうか」

 「これは僕にも・・・」

 

 ソロンの顔を見ると絶望していた。

 手の施しようのない状態だと・・・。


 「これはまさか。あれか。無茶なもんを使いやがってクソ野郎!・・・メイファああああああああ」


 ギルバーンが目一杯叫んだ。


 「オルトバスだ。オルトバスを持ってこい!」


 駆けつける途中のメイファが大声で返事をした。


 「ええ、わかったわ」


 フュンの判断もソロンの判断も、助けるのは難しいとの判断だったが、ギルバーンは状態を読み取った。

 彼だけはまだシルヴィアを救えると動き出していた。


 「フュン様。俺が今からする事を信じてください」

 「え? ギルバーン、何を言って?」

 「今から、彼女の腕を落とします。助けるにはこれしかない」

 「なに!?」

 「このままだと、これを基準にして壊死していきます」

 「・・な!? そんな強力な・・・」


 僅かにしか切られていないのに、重い状態にまで陥っているのは猛毒の証。

 壊死は可能性としてありだとフュンは、頭で処理できない事態の中でも思えた。


 「失礼します。一刻を争うので」

 

 ギルバーンはフュンの刀を抜き取って、シルヴィアの腕を切り落とした。

 その腕前からは、とんでもない武芸の達人だと分かる。


 「とりあえずの止血でいい。ソロンだったな。急げ」

 「は、はい」

 「ぼ、僕が」


 目の焦点が微妙に合っていないフュンを見て、ギルバーンは即座に判断。

 下がっていろと言う意味でフュンに言い放つ。


 「あなたは駄目だ。動揺している。手元が狂えば、彼女が死んでしまう。俺たちが救いますから、下がってください。クリス! クリスはいるか」


 ギルバーンはここで冷静に対処できるはずのクリスを呼んだ。


 「はい。います」


 後ろを追いかけてきたクリスが到着した。

 ギルバーンと共に応急処置に入った。


 「絶対に死なせてはいけない。この人はこの大陸に必要な人だ。俺たちで救うぞ」

 「「はい」」


 そう太陽が、太陽であるためには、この人物が必要不可欠であるからだ。

 それをギルバーンは良く知っていた。


 「ハハハハ。死ぬはずだ・・・これは猛毒。解毒など出来ん!・・・ハハハ」


 狂ったように笑いながら宣言するノインを背にして、ギルバーンは答える。


 「うるせえ。俺が貴様らの毒を知らんとでも思ったか。解毒してみせる」

 「なんだと。貴様。ヒスバーン! 裏切るのか!」

 「裏切るだと。俺は、最初から貴様の仲間じゃない! 誰がお前らの仲間になんかなるか。親父の敵だぞ。なるわけがねえ」

 「なんだと、どういうことだ」


 ノインを無視してギルバーンは治療に集中する。


 「この毒も、解毒方法はある。ただ間に合うかどうかが問題だ! メイファ!!」


 ギルバーンのやや後ろにメイファが現れた。


 「はい」

 「サンキュ」

 「これを傷付近にかけた後に、直接飲ませる。ソロン。この瓶の薬液を飲ませるんだ。クリスと俺が彼女の体を支えるから、君がやってくれ」

 「わかりました」


 二人がかりでシルヴィアを起こして、強引に薬を飲ませる。

 

 「この液体は・・・」


 クリスが青い液体を見て聞いた。


 「これはオルトバスという薬で、ナボルの劇薬バスカルドという薬の特効薬だ」

 「バスカルド?」

 「これは研究施設で封印された毒で、一度誰かが失敗しちまって、数十人が一斉に死んだらしい。結構昔にな。その毒を使った暗殺だ。だから、ノイン。お前も死ぬ気だったな。その顔色。どこかにすでに症状が出ているな」 

 

 ノインは毒を塗る際に、手で触れていた。

 時間の無さと、隠しておかねばならない事態であったからだ。

 でも、微かにであれば別に構わないが、長く触れていると、毒に侵されるのだ。

 恐ろしい毒である。


 「ぐっ・・ごはっ・・・ああ、でも、腕を傷つけたぞ、少しずつでも・・それで死ぬはずだ・・」


 ノインは彼女の死を望んでいる。

 でもギルバーンはそれを許さない。


 「だから一か八かだ。元凶が無ければ、何とかなるかもしれない。俺たちの里の薬でな」


 斬り落とした腕の治療をしながら同時に薬を飲ませる。

 シルヴィアを救うために皆が動いていた。


 「そんな・・・シルヴィア・・・」


 これが、フュンにとっての史上最大の汚点となる事件。

 そして、ここがギルバーンの人生最大の後悔の場所である。


 父を殺された復讐を果たすために。

 フュンが太陽の人として大陸の英雄になったのを、あえてノインに見せつけることで。

 貴様なんかでは太陽になれない。所詮は裏の組織のしょうもない人間。

 届かない夢を見ていたのだと、絶望させてから、殺そうとしなければよかった。

 すぐにでも処理をしておけばよかったと。

 

 ギルバーンが、一生涯悩む大事件である。

 この事件は、ガルナズン帝国の皇帝陛下を暗殺するためと言われており、彼女を救うためにミランダが巻き込まれてしまった悲劇の事件であった。

 

 

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