第160話 英雄の最初の命令
「貴様は殺す! 必ず殺す」
セリナを失った悲しみと怒りで、狂ったように戦うノインは、最後の最後まで戦っていた。
終わりの合図が出ているというのに、その合図に歯向かって、ゼファーを攻撃している。
「我は終わる。あの合図が出ているからな」
フュンの方の合図を見て、ゼファーは、ノインを追い込んでいたが、戦いを中断した。
信号弾が全軍停止せよ。
と命令を出しているので、何よりも優先される命令だからだ。
「殺す」
停戦の狼煙があがっているのに、ノインはゼファーに向かっていた。
「あなた。止まりなさいよ」
「ん。誰だ」
「止まらないならボコす!」
ここに現れたのがメイファだった。
最初から竜牙を構えていた。
「は?」
忠告をしてもノインが足を止めなかったのでメイファは、竜牙を巧みに操って、ノインの全身を殴打した。
「ぐおおおおお。な、なんだ。貴様」
「オイタはしちゃ駄目よ。ノイン。あなたは、まだこれからなのに」
「だ、誰だ。何の事だ・・・」
「うん。よし。これでよしと」
「ぐはっ」
メイファは、地面に落としたノインを踏んづける。
その圧倒的な武力を前にして、ゼファーが警戒した。
「き、貴殿は・・・」
「あら、あなたは?」
メイファがさりげなく聞いた。
「我はゼファーであります」
「あら、あなたがあのゼファーね。私はメイファ。お会いしたかったわ」
「わ、我にですか」
「ええ。もちろん。強い殿方は見ていて気持ちがいいものですからね。観賞用に良いのです」
「は、はぁ」
「それじゃあ、ゼファー殿。こちらも撤収を始めます」
「あ、はい。我もそうします」
突如として現れたメイファに手を焼きながらゼファーは軍をまとめ始めた。
◇
激闘後。
フュンはすぐにネアルに話しかける。
「この後、話し合いでもいいですか」
「話し合い? 終戦協定じゃなく?」
首に置かれた剣が外れるとネアルの表情は晴れやかになる。
負けたとしても、満足していた。
戦いが全てにおいての決着だった。
部隊の能力。個人戦。
双方で決着できたことで、ネアルは充実していたのだ。
「ええ。未来へ向けての話し合いです。あなたに協力してほしい事があるのです」
「協力?・・・わかりました。ではここは、軍の停止が完全に済んでからでいいでしょうか」
「はい。お願いします」
「ではお待ちください。こちらが先に武器を置きますので」
「はい」
王国兵には武器を置き、下がれとの命令が出た。
全体を後ろに下がらせて幹部だけが、フュンの前に来る。
それと同時にフュンの武将たちもやって来た。
「フュン」
「ああ。シルヴィア。あなたも自由に戦いましたね。左の戦場ですね」
「はい。皆さんもですけどね」
シルヴィアの後ろには、皆が来ていた。
フュンの勝利を信じていたのは当然ではあったが、実際に勝ってくれると、ほっとひと安心していたのだ。
皆の表情が柔らかい。
「殿下」
「ゼファー。どうでしたか」
「あと一歩でした。ノインとかいう男は殺せずです」
「別に殺せとは言ってないのですが・・・そのノインはどうなったのです」
「あれは、謎の女性が連れ去っていきました。とても強い女性でした」
「強い女性ですか・・・」
と言ってフュンは右隣のシルヴィアを見た。
「なんですか」
「いや、なんでも」
やけに怖い顔をしたので、冗談を言って和ませようとするのはやめておこうと思ったフュンであった。
「わりい。負けた」
その二人の背後にミランダがやって来た。
「え? ミラ先生が!?」
「先生がですか」
弟子二人の驚きの顔に、申し訳なさそうな師匠の顔が加わる。
「ああ。あっさり破られたわ。あいつ強いわ」
「混沌をですか?」
「ああ。見破られちまったのさ」
「なるほど。イルミネスもまた強者でありましたか」
「強いぞ。あいつ。月の戦士だってよ」
「はい。それを後で聞きましょう。今はネアル王と僕が話し合いをします」
「そうか。あれを言うんだな」
「はい。僕らは協力せねば、アーリアに未来がありませんからね」
「ふっ・・・そうだな。まあ、あたしはそこには加わらんぞ。お嬢の近くにいるわ」
「わかりました。まかせてください」
ミランダに言った後。
「シルヴィア。僕に話し合いを一任してくれますか」
この話は、皇帝と王の正式な話し合いではなく、これからの為の話し合いなので、任せてくださいという意味合いでフュンが言った。
「ええ。もちろん。お任せしますよ。フュン。私は少し休みます」
「はい。ありがとうございます。いってきますね」
「ええ。いってらっしゃい」
フュンは皆と別れて、ゼファーとクリスを連れて行った。
◇
話し合いは六人。
フュンとネアル。ゼファーとクリス。ヒスバーンとブルー。
である。
フュンから始まる。
「では、話し合いをしましょう」
「ええ。ですが、最初に結論を言いますと、こちらの敗北を宣言し、そちらに下るのがいいのでは?」
ネアルは負け惜しみではなく、心から言ったのだが、フュンは否定する。
「いえ。そういう話ではなくてですね。その話は、シルヴィアとして欲しいです」
「え? どういうことでしょう?」
フュンがしたい話とは、戦いの結末の話ではなかった。
「まずは、ネアル王。あなたには、僕の協力者になって欲しいのです。あなたは決して敗北者なんかじゃありません。僕と共に、アーリアを守って欲しいのです。そのための戦争でした」
「ん? どういった意味で」
「実は・・・」
フュンは、大陸に迫る危機について説明した。
ワルベント大陸から順序立てて、自分周りの説明も全てである。
するとネアルは黙ってうなずくだけで、ブルーはのけ反るくらいに驚き、ヒスバーンは動揺していた。
「まさか。俺の予測よりも、奴らは早く来ていたのか。こんなにも早く来るとは・・・ジーヴァが知らない情報があったのか・・・」
ジーヴァはここを調べられなかった。
ワルベントについては、極少数の極秘事項であったからだ。
「ん。やはり。ヒスバーン。あなたはこれを予測していたのですね。あのイルミネスもそう言っていましたからね。時間がない事に気付いていましたからね」
「え・・イルミが・・・あの野郎」
いつ漏らしたんだとヒスバーンは斜め上を見て怒っていた。
「そうです。フュン殿。私はどちらかと言うとそちらの心配をしていました。だから、アーリアには英雄が必要かと思っていたのですよ」
「ん? ヒスバーン。どういう意味で」
今度はヒスバーンが本当の自分。ギルバーンの計画について少しだけ説明をした。
ナボルに潜入後、月の戦士を動かして影ながらフュンを守っていた事。
そして、大陸の英雄を生み出すためにネアルの側近になり、二人を対決させる事。
全ての計画はこの流れで行なわれたようだ。
「なるほど。では、あなたは僕の為に?」
「過程としてはそうなります・・・ですが、ネアルの為にも動いていました。こいつは皆さんが思うよりもずっと面白い男ですからね」
ギルバーンは無造作にネアルを指差した。
失礼極まりないがそんな事はお構いなしである。
「失礼な奴だ。何が面白いだ」
「ふん。俺は本当に、お前が勝っても良いと思ってたんだぜ。そしたらこの大陸に一人の英雄が誕生する事になるからな」
ネアルと話す時は素に近い。
ギルバーンは、私ではなく俺になっていた。
「でも負けたわ。文句の言いようがないくらいに私は負けた。でも今の私は、清々しい気持ちでいるぞ。大元帥に負けたとなれば、私の心も満足しよう」
「そうか。ふっ。お前らしいな」
潔く負けを認める男だからこそ、ギルバーンという男はネアルを選んだ。
「そこなんですよね。僕はネアル王ならば、話を分かってくれる。この説明をしたら、あなたが協力してくれると思っていました。同盟だって結べるとも思っていました。ですが、それではあなたの気持ちは燻りますよね」
「え? どういう意味で」
ネアルは聞き返した。
「ええ。僕との戦いをせずに、同盟を結んだ場合。向こう十年ないし二十年。両国は戦争が出来ません。こうなれば、あなたは燻り続ける心を持ち続けるでしょう。どうです?」
「・・・たしかに。心にモヤモヤが残りますな。あなたとの決着が出来ないなど、心が渇いてしょうがない」
「はい。ですから僕は戦う事を選んだ。そして、早期決着を望み。このような六大都市での決戦をしたのです。それに僕らの真の敵と戦うには、大陸が一つじゃないといけません。あなたが不満を持つようでは、大陸が一つとなりません」
ネアルに反逆の意思があるのなら、それは大陸が一つとは言えない。
表面上の仮初の平和じゃなく、大陸が一丸となった平和が欲しかったのだ。
「・・なるほど。道理であなたが急いでいるような感覚が・・私のためにですか。次なる苦難を乗り越えるために、今を急いだ・・・そういう事ですね」
「そうです。そして、大陸の為と、あなたの為と、そして、僕はお隣にいるブルーさんの為にも勝ちましたよ。まあ、これは冗談でもありますが、半分は本気です!」
「ブルー?」
「はい」
フュンは、真っ直ぐブルーとネアルを見た。
「これでお二人は結婚できます」
「は!?!」「え?」
思いも寄らない言葉に二人同時に驚く。
「この戦いで王国には申し訳ないですけど、無くなってもらい。ネアル王は城主になって欲しいのですよ。あそこのリンドーアのですよ」
リンドーアを指差して、フュンはにっこりと笑う。
「なに!? 幽閉ではなくですか。敵対国の王の命を見逃すどころか。城主!?」
「はい。そうなれば身分は今よりも低くなる。となれば、ブルーさんがどんな階級であろうとも関係がないですよ。まあそもそも帝国に帰順した段階で身分なんてどうでもいいんですけどね」
身分のせいで結婚できないなんて話があるわけがない。
なにせ帝国では、元人質とお姫様が結婚しているらしく。
しかもその人たちは、大元帥と皇帝にまでなっているらしいのだ。
身分なんてクソくらえ精神である。
「だから、ご結婚しましょうよ。そもそも、ネアル王だって、ブルーさんがお好きなんでしょ」
「それは・・・」
ネアルが悩んでいると。
「で、できませんよ。大元帥。この御方は、王なんですよ。王なんです。王なんです」
王を連呼するブルーは顔を赤くして否定した。
「いいえ。これから彼は、王ではなくなるのです。一領主さんになります。なのでブルーさん、あなたの気持ちはどうなんですか。この場では、正直でいいんですよ。僕はあなたの素直な気持ちを知りたい」
笑顔のフュンには逆らえない魔力がある。
でもブルーは渋る。
「そ。それは・・・でも・・・だって」
「いいんですよ。素直になっても。僕はあなたの気持ちを大切にしたい。いや、もしかして今の僕の提案が、あなたにとって心から嫌ならば、完全に無視してくださいよ。でも本心では彼と一緒になりたいと思っていたのでしょ。だったら素直にどうですか? この人のお嫁さんになりたくありません?」
フュンの明るい笑顔と、優しげな声でブルーの心は徐々に開いてく。
「は、はい。望んでもいいのであれば・・・私は・・・一緒になりたかった・・・です」
真っ青な髪に、真っ赤な顔。
恥ずかしそうに言った彼女が可愛いなと思ったのは、フュンだけでなく、周りの皆も思った。
「そうですよね。だから、どうですか。ネアル王」
「私はもう王ではないのでは?」
「いいえ。まだイーナミアがあります。ここで屁理屈はこねないでください。まだ王でありますよ。それで、どうなんですか」
「それは・・・」
フュンが、ネアルの煮え切らない態度に怒る。
「男じゃありませんね。ここまで彼女が言ってくれたのに・・・恥ずかしくても告白してくれたのに。ちょっと、あなた。はぐらかすんですか。恥ずかしくありませんか? あなた、男でしょ? ねえ」
「いや・・・そ、そうですね」
男じゃないと言われたら、『たしかにそうだ』と思ったネアルは、ここで意を決して答えた。
「私もそうです。許されるのであれば、結婚したいと思っています」
「はい。よく出来ましたね。ということで、あなたたちの結婚は、色々片付いたらにしましょうか! よかったですね。ブルーさん」
「え!? いや、これは・・・げん・・・え?」
「現実ですよ。あなたのね。よかったですね」
涙がスッと流れたブルーのありがとうございますを聞いた後、更に笑顔になったフュンは、ネアルに忠告する。
「あ。それとネアル王」
「な、なんですか」
なぜかさっきまでは笑顔だったフュンが、ここで少し怒っていた。
「いいですか。今のは、ただの僕への宣言なのでね。ここは後日に、ちゃんとですよ。あとで、しっかりした形で、ブルーさんに告白してくださいね」
「え!??」
「駄目ですよ。今のはロマンチックでも何でもない。結婚だけじゃない。女性にとって、プロポーズだって大切なはずだ。その時は良い思い出にしないといけません。なので、後日しっかりしてくださいね!」
「え? ええ???」
「ええ。じゃない! いいですね。ネアル王!」
「わ、わかりました」
ネアルはきつくフュンに言い渡されたのであった。
『ブルーを幸せにしなさい』
これが大陸の英雄となったフュン・メイダルフィアの最初の命令だと言われている。
このような優しい命令があったのだと、アーリア戦記に記述されているのだ。




