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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第四章 二大国英雄戦争最終戦 フュンとネアル 二人の英雄

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第159話 英雄決戦 決着

 敵を手玉に取るやり方。

 新たな発想による混沌で、最後の戦場は大きく帝国に傾いた。

 フュンの親衛隊は、徐々に敵兵を蹴散らし始めて、数にして千の差が生まれた瞬間に、全体の動きが変わる。

 混沌からの包囲へと切り替わることで、定石通りの戦闘へと変わった。

 これも新たな混沌と言うべき、臨機応変な戦場での戦術切り替えだった。


 「もう少し減らします。シェンさん! 中へ圧力を」

 「了解!」


 最後の決戦。

 共に戦ってくれているのはマーシェン。

 幼い頃からの友人の一人だ。

 フュンの一般人の貴重な友達は、最後の最後の決戦にも参戦してくれたのだ。


 「親衛隊。ここで、最後の勝負だ。中へ押し込め!」

 「「おおおお」」

 

 指揮を任せてもいい人が、この中にまだいる。

 これもまたフュンが持つ力の一つだった。

 ネアルは最後まで一人での実行と決断。

 しかしフュンは、決断はしても実行を他人に任せる事が出来る。

 ここが大陸の英雄の最大の強み、この間にも、他の戦略を練る事が出来るからだ。

 物事に集中する時間を自分で作り出すことが上手いのがフュンなのだ。


 「どう出るのでしょうか。武で来ますか? 知で来ますか? あなたの選択はいかに」


 ◇


 「包囲が完成か・・・」

 「王。どうしますか。ここは」

 「うむ。ここは一点集中で、敵を倒す。それも目指すは大元帥の元だ。いくぞ」

 「はい」


 ネアルの決断は、前進。それも大将狙いの攻撃だった。


 ◇


 兵の動き出し一つで、フュンはネアルの行動を理解していた。


 「やっぱりその選択ですよね。どんなに素晴らしい王であっても、最終的な判断は武人。あなたに流れる血は、闘争を求めている。ですから、僕もそうなりましょう。更に前に出ます」

 

 フュンも彼の前に立つために、進んでいった。


 乱れに乱れた戦列に、規律が生まれたのはネアルが前線に出たから。

 それと、フュンが前に出たことで、戦場が止まったからだ。


 「ネアル王。負けを認めてはどうですか」

 「ええ。ここまでは負けです」

 「そうですか」


 ここからは勝ちます。

 ネアルがこの考えになる事に驚きもしない。

 あなたならばそうなるでしょう。

 フュンは笑顔で対応していた。


 「大元帥。最後の勝負といきましょうか」


 ネアルは盾と剣を握り始めた。


 「そうですね。僕とあなたでの決着ですね」


 フュンは二刀流の準備の為、二本の刀を取り出した。


 「では、よろしいですか」

 「ええ。いいですよ。これを投げますね。ほい」


 これから戦うなど微塵も感じさせない。飄々としているフュンは、二刀の刀で器用にも小石を真上に投げた。

 

 「落ちたらいきます・・・って言わなくてもわかりますよね。あなたも武人ですもん」


 ネアルは黙って頷く。

 

 小石が宙を舞って、落ちて来る。

 この時間がやけに長く感じる。

 二人の長き戦いの結末を迎えるからだ。

 この戦いで全ての決着が着くのである。


 初めて出会ったのは、十年以上前。

 あの時は、一国の王子と人質の立場であった一人の将。

 それが今や、大国の王と、大国の大元帥。

 立場は大きく変化しても、二人の気持ちはあの頃から変わらない。


 人生最大の好敵手。


 小石が落ちていく瞬間。二人は笑っていた。

 見つめ合っている二人の間に小石が落ちた。


 「「勝負!!」」


 最後の戦いが始まった。



 ◇


 二人の戦いが始まった頃。

 戦場のあらゆる地点が終息に向かっていた。


 右から順次いくと。

 ミランダは・・・。


 「さて、終わりましたね。ミランダ殿」

 「チッ。これ以上は無理か」

 「ええ。終わりにしましょう。悪あがきも駄目ですよ」


 ウォーカー隊の戦いは敗北であった。

 彼女の首に剣を置いたイルミネスが、いまだにサブロウと戦うマイマイに指示を出す。


 「マイマイ。終わりです。終戦です」

 「え? これからなのに・・・私、まだサブロウと戦っていますよ」

 「いいから、終わりです」

 「は~い」


 ウォーカー隊の結成以来の初の敗北。

 それが英雄決戦でのイルミネスとの戦いであった。

 次世代の波はここにあったのだ。


 「では、ミランダ殿。見守って頂けますかね」

 「見守る?」

 「ええ。あなたの最高で最愛の弟子が、どの道を辿るのかですよ」

 「お前・・・ここで、本陣の援軍に行くんじゃないのか。今ならあの本陣の左翼の為に、挟撃できるじゃねえか」

 「いいえ。ここで最後を見守ります。彼が、歴代最高の英雄へとなるのか。それとも敗北者になるのかは、すべて、太陽の人次第となるのです」 

 「・・・そうか。まあ、それもいいだろうな。ウォーカー隊に停止命令を出す」

 「はい。私もこの軍を停止させます」

 

 両軍は停止し、太陽の人を見守る事になった。


 ◇

 

 「私の勝ちだ・・・ごはっ・・・はぁはぁ」


 なんとかして呼吸が出来たのは、アイス。

 相対したブルーは膝をついた。


 「……そうですね。私が負けましたか」

 「紙一重ですけどね。あとは意地でしょう。私だってリースレットやサナ。リエスタ様にも負けたくありませんからね」

 「私だってネアル様のために・・・」

 「ええ、でもそれは一人の為でしょ。私たちは皆の為に勝つ。思いは繋がっていますから」

 「・・・なるほど」

 「では、あなたの左翼にも停止を言い渡してください。私の軍は攻撃をしません」

 「・・・わかりました。あとは、大将にということですね」

 「はい」


 全ての決着は、二人の大将に委ねる。

 ただし、この戦場は自分たちの勝利とする。

 アイスは、帝国の勝利を右翼に置いた。

 これにより、ミランダが敗北していても、王国の兵たちはこちらに来ることは出来なかったのだ。


 ◇


 本部隊。中央。

 

 シガー。シュガ。フィアーナ。デュランダル。そしてウルシェラは、完璧に中央を抑え込むことに成功していた。

 彼らの役割はフュンの元に、どの軍も近寄らせない事。

 だから、彼らへの行く道を塞ぐように布陣し始めた。


 「シガー。盾で固めるのか」


 フィアーナが言った。


 「ああ。そこの裏にお前の部隊を頼む」

 「わかった」

 

 シガーは続けて指示を出す。


 「シュガ。お前は左を。ウルシェラ。お前は右を頼む。ディランダルお前は、全体の把握をしてくれ。ここは、相手を捌くための指揮官が欲しいのだ」

 「わかりました父上」

 「シガー様、了解です」

 「任せてくれ。シガーさん」

 「頼んだ」


 シガーもまた二人の決着の邪魔をしないように動いていた。


 ◇ 


 「なんで。なんでこんなに強いのよ」


 地面に倒れたママリーが大の字で叫んだ。


 「くっ。これがジーヴァの本気だと」


 ラインハルトは片膝をついた。


 「自慢の攻撃が・・・」


 ハルの自信も打ち砕かれていた。


 「俺とリッカの連携も無理だったか」

 「んんんん。僕・・・きついっ」


 ナッシュ。リッカの二人の連携攻撃も通用せず。


 「俺の影もだぞ。力を隠していたのか。ジーヴァ」

 

 エマンドの影も瞬時に見破られた。


 「はい。申し訳ありません。皆さん。太陽の戦士たちは強いです。しかし、僕らは太陽の戦士たち以上に訓練を重ねた月の戦士ですからね」


 今のフュンが組織した太陽の戦士たちは急造のもの。

 そして、今ある月の戦士たちは、長い歴史の中にいた者たち。

 それでは、技にも違いが生まれるのは当然のことだった。


 「では皆さん。止まっていてください。僕らの太陽を待ちましょう」

 「ジーヴァ。お前。目的は何なのだ」


 ラインハルトが聞いた。


 「ええ。僕らの目的は、完璧な太陽の誕生。それは僕らだけが崇める太陽じゃいけない。アーリアが崇める太陽とならねば・・・フュン様は、それになれるお方なはずなんです。僕は信じています」

 「アーリアがか・・・たしかにな」

 「ええ。目的は同じです。ですから見守りましょう。僕らが過度に守るのではなく。太陽の人が一人で勝つことを見守るのです」

 「・・・わかった。降参だ」

 「ありがとうございます。ラインハルトさん」

 「ふっ。結局はお前も、フュン様が好きなんだもんな」

 「もちろんです。当たり前のことですよ。ラインハルトさん」 

 「そうか」


 ラインハルトとジーヴァの会話に、太陽の戦士長たちも頷いた。

 自分たちが尊敬する人物はただ一人。

 フュン・メイダルフィアしかいないのだ。


 ◇


 「レヴィ。諦めろ」

 「ま、まだ・・・まだまだだ」

 「体を動かすな。今度こそ死ぬぞ」


 ギルバーンの竜翼に捕まっているレヴィは、体を強引に動かそうとしていた。

 体に巻き付いた鎖と、肩に刺さったクナイのせいで動けない。

 それに体が痺れてもいるような気がした。


 「こ・・・これは毒?」

 「体をダメにする毒ではない。一時動けなくする麻痺だな。どうにかして、あなたを止めたいんでね。申し訳がないが使わせてもらいますよ」

 「麻痺?」

 「クナイの方に仕込んであるナボルの技術の一つです。解毒方法もあるから、安心してほしい。それに大人しくしてくれるなら、これ以上はなにもしない」

 「・・・くっ。体が」


 レヴィは立つことが出来ずに座り込んだ。


 「はぁ。頼む。大人しくしてくれ。強引に体を動かせば、大変な事になっちまう。だから、体を労わりなさい。あなたは、自身の役目を十分果たした」

 「役目だと」

 「ああ。太陽の人を導いた一人であったんだ。それだけでもソフィア様もお喜びになるはずさ」


 ギルバーンはレヴィに近づき、目線を合わせるためにしゃがみこんだ。


 「ソフィア様だと! あなたは知らないはずだ。シャルバーンの子なら知るわけがない!」

 「ああ。直接は知らないんだが、なんかたまに、親父の記憶が夢になって見える時がある。それで良く知っているぞ。お転婆で明るくて、優しい少女だ。里の皆から愛された。間違いなく太陽の人だった女性だ」

 「・・・そ、そうです。彼女こそ太陽の人。天真爛漫でお優しい。ドノバンの太陽の人になるはずだった人だ」

 「そう。そしてその子。フュン・メイダルフィアも太陽の人だ」

 「あ、当り前です。ソフィア様の子だから当然の事なんです」


 自分は心から信じている。

 主人も太陽の人だけど、その子もまた太陽の人であると信じている。

 レヴィは二代に渡って太陽の人に仕えていた従者なのだ。


 「そうだ。だが、彼はドノバン程度では収まらないはずだ。サナリア程度でも。帝国の程度でもだ。それをあなたもご存じなはず」

 「・・・たしかに。フュン様は、そんな小さな器じゃおさまらない・・・」

 「そう。彼こそ。この大陸を照らす太陽であるべきだ。だからここで待ってくれ。そして信じてあげてくれ。太陽は、アーリアの英雄へとなるとな」

 「・・・わかりました。待ちます」

 「ああ。待ってくれ。レヴィ殿・・・・ありがとう」


 止まったくれたことに安堵したギルバーンは最後にレヴィに敬意を示して、頭を下げた。


 ◇


 「む、無理だよ・・・」

 「あら、もうお手上げ?」

 「がはっ。強すぎるだよ」

 「諦めちゃうくらいに、差があったのね」


 メイファにズタボロにされたシャーロット。

 体中に刻まれた傷は、浅いが多い。

 彼女は独特な武器を持っていた。


 「これで満足でしょ・・・ん?! 誰か来たわ?」


 メイファの視線の先から誰かがやって来た。


 「シャーロット!」

 「ん? 陛下だよ。この人に近づいちゃ駄目だよ。強すぎるのだよ」

 「助けます!」

 

 銀色の閃光であった。

 鋭い一閃と共に登場して、メイファを襲うが、彼女は持っているダガーでいなした。


 「な!? 私の剣を! それで?」

 「これは、この見た目・・・あなたはシルヴィア」

 「はい。そうです」

 「んんん。これは想定外。あなたと戦うのはまずいわね」

 「え? なぜです。敵同士であるのです。まずいことなどない」

 「明確な敵じゃないのよ。どうしましょ。それにこの人が相手だと、手加減が出来ないわ」


 メイファは自分の頬に手を置いて悩んだ。


 「て、手加減!?」


 今までの戦闘でも本気を見せていない事に、シャーロットは驚いた。

 あれほど完膚なきまでに叩きのめされたのに、まだ上があるのかと。


 「私に手加減など不要。戦姫の名に恥じない戦いをしますので」

 「・・・そう言う事じゃないのよね。どうしましょうか」

 「どういう事なんでしょうか。わかりません」


 シルヴィアが攻撃を開始した。

 頭上からの一閃で、敵を仕留めようとしたが、メイファはそれを見ていた。

 彼女の動きは常人よりも速い。一般兵なら斬られている事にも気づかないくらいだ。

 でも、メイファには全てが見えていて、軽く後ろに下がった。

 二歩後ろに下がっただけで、シルヴィアの攻撃が空を切る。


 「なに、見切り? 完璧に見切られた!?」

 「とっても素直だわ。真っすぐで可愛い人ですね。そこを、太陽の人が気に入ったのですかね」


 今の発言。聞き捨てならないとシルヴィアは怒り出した。


 「気に入った? いいえ。私が彼を好きになっただけだ」

 「へぇ」

 「最初の頃。彼が私を好いてくれていたのかは、正直分かりませんが。私は最初からフュンが好きなのです! だから彼が私を気に入った話じゃない。私から惚れたのです。ここは彼にも負けません。彼を大好きなのは、私の方なんです」

 「ふ~ん」

 

 いきなりののろけ話だった。

 でもそれが面白いと思っているメイファは、素っ気ない返事をしても笑顔だった。


 「それじゃあ、あなたにも勝たないといけないわね」

 「な、何の事? 今の話と、繋がりが分かりません!」

 「太陽の人に認めてもらうには、一番大切なあなたに勝たなくてはいけないということでしょ。だから、皇帝陛下さん、いきますよ。竜牙!」


 見た事のない武器。

 三つの棒が鎖によってくっついている。

 シルヴィアはその棒の動きに面を食らっていた。


 「な。くっ」

 「へえ。初見で防げるのね」

 「しかし軌道が読めない」


 攻撃の到達の瞬間に剣で防ぐ形になっていた。

 後手後手に回った防御など、実際でも滅多に起きない事だった。


 「これね。元々は三節棍っていう武器らしいわよ。あっちの大陸の武器みたい」

 「ワルベントのですか!」

 「そう。向こうには存在する武器らしいわ」

 「あなたはなぜそれを・・・」

 「私は、月の戦士。ドノバンの民の末裔よ」

 「ドノバン!?」

 「ええ。ドノバンよ」


 シルヴィアの顔を見てからメイファが微笑んで頷いた。


 「では、あなたは。もしや、フュンと同じ出身?」

 「そうと言えば、そうですわ。私たちは、太陽の人を待つ戦士。そして、太陽の人が真の意味で。アーリアの希望となる事を待ち侘びている」

 「え? それはどういうこと・・・で?」


 メイファは、二人の決戦の場を見た。


 「だから私たちは、二人の決着を待っているの。だからあなたも待ってくれる?」

 「私がですか」

 「ええ。ここで一緒に待ってくれるなら、私は戦わないの。あなたを倒す意味がないしね」

 「ん!?」

 「あなた、フュン・メイダルフィアを信じているでしょ」

 「当然」

 「なら、ここで待ってましょう。あなたの大切な人が、あの英雄ネアルにも勝つことを信じましょうよ」

 「んん。あなたは敵ではない?」

 「敵か味方か。そう聞かれると、難しいわね。敵かもしれないし、味方かもしれないね」 

 「それだと。ここで戦うしかないです」

 「もう。この人、脳筋。頭が固いわ。いいから待ちなさい。子供じゃないんだから」

 「んんん! わかりましたよ。待ちます」


 メイファの言葉に不満を覚えても、フュンの勝利を信じろと言われたら、シルヴィアとしては、戦いを停止する判断を取るしかなかったのである。

 全ては旦那を信じる妻の行動であった。


 ◇


 「ぐはっ・・・やはり強い」

 

 フュンの口から血が零れる。


 「いえ。あなたも強い。さすがだ。しかし私には及ばない」


 ネアルの表情には余裕があった。


 やはり直接戦えばネアルに分がある。

 そんな事は分かり切ったことで、フュンとしては何も焦る事がない。


 「いきます」

 「うむ。その諦めの悪さ! 私は好きでありますね」


 フュンの怒涛の攻撃をネアルが盾で防ぎながら反撃で対抗する。

 この攻防ではいつになってもネアルが有利である。


 そして、数度の後でフュンは危険となった。


 「ぐあっ」


 体の傷もフュンの方が多くなる。


 「大元帥。このままでは死にますぞ。負けを認めてはどうです!」

 「いいえ。まだまだ」


 フュン得意の超接近戦での戦い。

 相手の手足の流れ。動きたい体の方向。これらにより高度な読み合いでの戦闘をする。

 しかしそれでもネアルとは互角に近い状態にしか持ち込めなかった。


 「大元帥。それでは遅い。斬ります!」

 

 盾で弾いた直後を狙ったネアルの一閃は、フュンの脇腹を穿つ一撃。

 確実な大怪我を負う一撃を前にして、動いたのは二人の影。


 「「殿下!」」

 「ニール。ルージュ!」

 「ぐっ。これはあの時の双子!?」

 

 二つの閃光がネアルの一撃を止めてから、更に追撃を出そうとすると。


 「やめなさい!」

 

 フュンが全力で止めた。珍しくも大きな声であった。


 「「で、殿下!?」」

 「あなたたち。これは決闘。一対一の真っ向勝負。それを邪魔するなんて、許しませんよ。この大切な場を汚さないでください!」

 「「殿下。しかし・・・」」

 「しかしじゃない。下がりなさい。あなたたちは手出し無用だ」

 「「・・・」」


 うな垂れて二人は下がっていく。


 「申し訳ない。ネアル王。僕の影があなたの邪魔をした」

 「いや、それは構わないが・・何をする気で?」


 フュンの刀の向きがおかしい。

 左手に持つ右近の刃がネアルではなく、フュンの方を向いていた。


 「これでおあいこです!」

 「な!?」

 

 フュンが自分の左の脇腹を刺した。

 中々の出血量である。

 

 「ぐふっ」

 「な、何をしているのですか。大元帥!」

 「心配無用。今の一閃は、ここを怪我する一撃でした。僕では躱せないのでね。これくらいは傷があったでしょう」

 「そ、それでも」


 ネアルが動揺するほどに、フュンの行動は意味不明だった。

 自傷行為をする意味がないからだ。


 「あなたとの決着は正々堂々でなければ、僕が満足しません! あなたは違うのですか」 

 「それは私も同じだ」

 「では、これはお気になさらずに」

 「・・ええ、わかりました。ここからは、気にもしませんよ」

 「はい。ちょっと待ってください。包帯で・・・」


 自分で自分の傷を癒すのもおかしい。

 でもこの男の潔い部分がネアルの心を震わせていた。

 清々しい気持ちで、邪心のない。真っ直ぐな心で、決闘に挑めるなど。

 人生において、一度あるかないかの事だろう。


 「よし。これでよしと。ではいきますよ。あなたと僕の戦いは、ここからです」

 「いいでしょう。再開だ」


 二人は再び決闘を始めた。

 また同じような攻防が続くのだが、やはりフュンが勝つ要素が見当たらない。

 英雄の影であるニールとルージュの二人の目にも、そのように映っていた。

 

 「はぁはぁ・・・んん」

 「私の勝ちかな。大元帥。あなたでは私には勝てませんぞ」

 「ええ・・・そうみたいですね。あなたよりも僕の方が弱いようですね。でも戦いは勝ちます」

 「なに? 弱いと認めて? 勝つと?」

 「はい。弱いから負けるとはならない。強いから勝つとはならない。それが今までの僕らの戦いだ。いつも帝国の方が不利だった。それなのに、今まで帝国は乗り越えてきていますから、今度も同じことですよ」

 「なるほど。しかし集団と個人では、実力差が出やすい」

 「ええ。ですから、僕は僕の戦い方であなたに勝ちましょう。十回戦って! 一回勝つ。これが僕の勝利の確率。でもその一回目をここで引いて、僕が勝ちます!」

 「ん。なるほど。そこに賭けると」


 一か八かの動きをするのだとネアルは構えた。


 「いきます!」


 フュンの最後の戦いは、一直線に向かっていく事だった。

 裏表のない行動の中。走って来る途中でおかしな点が生まれる。

 それは。


 「ほい!」


 右手に持っている左文字を放り投げた事だ。

 武器を一つ失いながら、フュンはネアルに向かう。


 「いきます」

 「武器一つとなれば、盾で楽々防げますぞ」

 「そのとおり。だからここから、はぁああああ」


 フュンの攻撃は見事に盾に防がれた。

 がしかしその盾ごとネアルの体を後ろに押し込む気であった。


 「なに!?」

 「あああああああああああああ」


 ジリジリと下がるネアルは気付く。

 刀を放り投げた意図を見破っていた。


 「この刀の落下点に誘い込むだけか」

 「はああああああ」

 「熱血ですな。最後は力勝負を挑むとは、なんとも勇ましい人だ。しかし、これも私には通じない。終わりですぞ。大元帥」


 落ちてくる刀を前にして、ネアルは盾でフュンの攻撃を弾いて、躱す動きを見せる。

 後ろに飛んでから、余裕の表情をした。

 これで、刀が地面に落ちてから、堂々とゆっくりフュンを倒せばいいだけ。

 自分が着地と同時に反転してフュンを切り伏せれば終わりなだけだと。

 そう思った。


 「ええ。終わりです。ネアル王。僕ってズルいんでね。あなたが考えるような真っ直ぐな武人ではないんですよ。僕は、ありとあらゆる手を尽くし、勝利へ進む。それが僕のやり方で、生き方だ。しょうがない性分ですよね。まったく」


 フュンは攻撃を弾かれていたのに、体勢を整えていた。

 ネアルを追いかける。

 ではなく、落下点に来た刀に向かって蹴りを披露した。

 

 「なに!?」

 「おおおおおおお」


 ネアルの盾の隙間。腰から脇腹に掛けて刀が刺さる。

 

 「ぐはっ。あ、足で刀を操作しただと」

 

 不意を突いた一瞬の攻撃で、ネアルは無防備になった。

 そこからフュンは、持っていた右近でネアルの首に一閃を繰り出した。

 体を上手く動かせないネアルは目を瞑り死を覚悟する。


 「はい。終わりですね」


 ネアルが目を開けると、満面の笑みのフュンが、自分の首に脇差の刃を置いていた。

 

 「降参・・・・してくれますかね?」


 今まさに死闘をした相手とは思えない態度の宿敵。

 その笑顔。その態度に、ネアルはついつい笑ってしまった。


 「ええ、そうですね。これでは、無理でしょう。大元帥。私の負けです」


 晴れ晴れした表情のネアルは、両手を挙げて、満足げに敗北を宣言した。


 二大国英雄戦争最終局面。

 英雄決戦は、盤上でも帝国が優勢であった。

 中央軍は帝国。右翼軍は敗北しているが、左翼軍は帝国が勝利しているために、ここでまだ戦いを続けたとしても、勝ちは帝国の物となる。


 だからネアルも素直に敗北を認めたのだった。

 二人の英雄の対決。

 勝者は、フュンとなった。

 アーリアの英雄となる第一歩を歩んだのである。



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