第158話 英雄決戦 対決
ついに相対したフュンとネアルは、目まぐるしく変化する戦場の中で、唯一慌ただしくない中にいた。
二つの軍以外は、激戦を演じているわけなのだが、ここは静かで、時が止まっているかのよう。
軍よりも少し前に出ている二人が、更に前に出て話しだす。
「ネアル王。ここまでは招待してくれたのですかね」
「んん。そういう事ではないですね・・・」
ネアルとフュン。
二人が会話したのは、この日の戦いが始まって三時間後だった。
全ての戦略の中で、フュンの方が上のような気がしているのが、ネアルだ。
ここまでの戦いが、見事な戦いであったと心の中で絶賛していたのだ。
ネアルが考えるに、フュンの戦略の中に、意志が垣間見え、一騎打ちのような形で決着を着けたいんだという思いが、所々で見え隠れしていた気がしていたので、実はネアルとしても、無理に攻撃に出ないで防御の構えをしていた。
特に戦いの切り札とも言うべき、近衛兵を戦場に送り出すことはせずにしていた。
自分の元に、敵の総大将がやって来るつもりならば、自分が直接戦って勝てばいい。
という合理的な判断をしていたのだ。
なぜなら、自分の方がフュンよりも強いと思っているからで。
ネアルは、自分に絶対の自信があるのだ。
「大元帥。あなたの戦略が見事だったのでしょう。どれも素晴らしい手でした」
「そうですかね。所々道が開いた印象がありますし、僕の方の将たちが、見事に足止めをもらっていますからね。うん。あなたの手の平にいたような気もしますね。招待してくれたという感覚は間違っていないと思うんですけどね」
フュンの鋭い感覚に、ネアルは驚きながらも、戦いに向けて気持ちを整える。
「まあ、それはどちらでもよいでしょう。いよいよ、私たちの戦いですか」
「そうですね。ここまで来ると本陣決戦がいいかなと。今、この戦場ではあなたと僕。そしてその兵士たちしかいないですからね。これが正々堂々というものでしょ」
「では、ここからは、拳と頭での語り合いとしましょう」
「そうですね。出来たら、僕の方が弱いので、お手柔らかにお願いしますね」
二人の英雄は不敵に笑って自陣に戻った。
◇
イーナミア王国本陣。
「イーナミアが誇る精鋭中の精鋭。それが私の近衛兵たちだ。貴様らは私自らが選んだ。選ばれし兵士たち。だから自信を持て。私と共に戦う事が、勝利へと繋がる。いいな。私に続け!」
「「「おおおおおおおお」」」
勇ましきネアルの鼓舞に王国兵たちが反応を示した。
◇
ガルナズン帝国本陣。
「さて、僕らはみんなでここまできましたよ。だから、勝つ時もみんなでですよ。共に戦い。共に勝利を分かち合いましょう。僕と共に新たな大陸を作るためにです。いきます。進みます!」
「「「おおおおおおおお」」」
優しきフュンの鼓舞に帝国兵たちが反応を示した。
◇
十万以上の規模から、五千の小規模なものに変わった戦場。
戦いは知略を尽くす戦いというよりも、指揮の力で行なわれる。
互いの軍の団結力の戦いとなった。
「ふむふむ。面白い。フュン・メイダルフィア。細かい移動方式か」
ネアルはフュンの考えを読んでいた。
「右に三歩。左翼は寄って。それで中央が左にですね。それで微妙にずらします」
フュンは分かられていても、指示を出し続ける。その意図は。
「この僕の指示は気にしないで。揺さぶりなんて関係ないですからね。皆さんは、目の前の敵に勝ってください」
「「「「はい!」」」」
難しい事を考えさせない意味であった。
こちらも五千だが、そちらも五千であるために、兵士たちの目からでも、敵全体を確認できてしまうのだ。
これが、緊張に繋がっていた。
兵士たちには、目の前の相手に勝ちたいという抑えられない気持ちがある。
だから、敵との対決の際に、目の前だけに集中させてあげるという意味合いで、次から次へと意味のない移動をフュンが指示出ししていた。
彼は、味方の緊張を見抜いていたのである。
最後の決戦。最後の勝負。
フュン・メイダルフィアを勝たせないといけない。
いや、勝ってもらわないといけない。
と意気込み過ぎている親衛隊の考えの狭さを理解していたのだ
フュンの意味ない指示の結果。
視野が目の前の敵になり、余計な事を考えなくなって集中力が増した。
元々力のある親衛隊なのだ。
自力でも、ネアルの近衛兵にだって負けないのである。
「む!? 強いな。この軍」
初撃でお互いが引き分ける。
ネアルは、好敵手の軍を高く評価した。
「しかもなんだ。下がった?」
しかし互角だったのに、フュンの部隊が一撃だけですぐに下がる。
ジリジリと下がる事で、王国兵の全体がどうするべきかで悩んだ。
前に進んで距離を潰すか。
そのまま距離を取らせて、一度互いの戦いを小休憩にさせるかでだ。
「皆。いけ! 前進だ」
ネアルの血気盛んなところが出た。
近衛兵たちを前に出すことを決意。
ジリジリと下がるフュンの部隊に張り付くように追いかけた。
◇
想像した通りの相手の動き。
フュンは思わず笑顔になる。
「ああ。やはりね。あなたならば前進。それしか考えないですよね。ええ、素晴らしい王国の英雄だ。ということは、こちらはパターンAですね」
フュンは笛を吹いた。
『ピ――――――――――――』
長い音が出ると、下がっていた兵士の半分が前に出て行った。
兵士たちがカウンターのような形で攻撃をすると、フュンは更に笛を吹いた。
『ピッピッピッ』
短い音が鳴ると、前に出た兵士が下がり、下がっていた兵士が前に出る。
攻守が交代する絶妙な連携攻撃だった。
『ピ――――――――――――』
『ピッピッピッ』
音による指示は、やる事が明確となり、やりたい動きがハッキリとしていく。そうなっていくと段々と緊張がほぐれていき、更に動きが良くなっていく。
そこが、今回の戦争では抜群の効果を発揮していた。
緊張感のある戦いにおいて、動きを出来るだけシンプルにしたことで、軍全体としての強さを生んでいたのだ。
フュンは、戦争を見ていながらも、人を見ていたのだ。
◇
「くっ。規律とは別の強さ。なるほど。人の心か。戦術、戦況を読む力じゃない。一人一人の顔を見ているのか! フュン・メイダルフィアは!」
自分は強き駒を育てていた。
それに対して、フュンは強い人を育てていた。
駒と人では、大きな違いが生まれる。
それは自主性だった。
ネアルが出した指示で、近衛兵たちは、彼の言う通りに完璧に動いていた。
しかし逆に言うと、彼らは言われたとおりの動きしか出来ていない。
相手の対応がかつてないものであった時、それらに対抗する手段を教えていなければ、彼らは上手く動き出せない。
だから、フュンの親衛隊と動きが嚙み合わなかった。
それに対してフュンの動きは、前後に動く事だけを指示としていた。
つまり戦っている際の考えは、戦っている本人の物なのだ。
前後以外は、己が判断して攻防を展開せよ。
行動を丸投げにしているように思えるが、フュンは自主性をなによりも大切にしていた。
この違いにより、ネアルの軍は初撃で、百撃破された。
この数の違いも大きくなる。
五千しかいないので、少数だとは侮れない数である。
「まずいな。一度下がる!」
ネアルはたまらずに下がっていくのだが、フュンの考えはそれで終わらない。
◇
「お! 下がるのなら、パターンBですね」
対応を変えるフュンは、信号弾を用意した。
敵の左翼の上空に目掛けて、信号弾の青を放出。
フュン親衛隊は、それを見て、武器を持ち換えた。
彼らは特殊兵でもなく、強き兵でもない。
彼らは万能な兵なのだ。
あらゆる武器を駆使し、あらゆる戦術を理解して、いかなる状況でも同じように動けたり、フュンの指示が無くても臨機応変に動けたり、フュンの指示があっても、すぐに対応したり、それに忍耐力も持ち合わせた兵士たちなのである。
ここに至るまでは、フュンと共に少しずつ色々な勉強を重ねてきた。
この兵士たちの中に、地道に訓練することを嫌だという人間は一人もいない。
そして、この戦士たちの強さは一般兵とさほど変わらない。
フュンと同じ、諦めない鋼のメンタル。
それだけが、この親衛隊の強さだ。
里ラメンテの頃より、フュンと共に成長した親衛隊なのだ。
「それでは皆さん。これでいきます」
親衛隊は、前の列が投げナイフ。
後ろの兵士が弓を持つ。
同時の遠距離攻撃を仕掛けた。
しかも、フュンが放った信号弾の位置にいる兵士だけを集中砲火する。
「放て!」
◇
「なに!?」
ネアルはなんなく下がる事が出来ると思っていたから、ここで、遠距離攻撃が来るとは思わなかった。
矢の正確性。投げナイフの正確性は、恐らく狩人部隊よりもない。
前の戦場で見ていたあの兵士の眉間を狙えるような精密性はないのだ。
しかし、狙う箇所が決まっていることで、無数の攻撃となっていた。
正確性が無くても、あれほどの量があれば関係がない。
思いっきりの良さが出ている攻撃だった。
「しまった。これは至近距離で戦うべきだったのか」
ネアルがどの戦術を選択しようとも、フュンはどの距離でも戦える戦法を親衛隊にだけは持たせていた。
それに、この戦法は、この少数だからこそ輝く戦法だ。
最初から、この人数での決戦に持ち込むために、今までの行動があったのだ。
フュンは、味方と敵を見事にコントロールしていたのである。
「全ての準備をしていたというわけか。さすがは好敵手。ならばここは強引に!」
前に出ると、フュンの部隊は再び後ろに下がる。
しかしこの行動は先程見た戦法だと、ネアルも兵士たちも思ってしまった。
でもフュンという人物は、無駄な行動をしないのである・・・。
◇
「ここですね。パターンを変えます。パターンCでいきます」
明るいフュンの声と共に、彼はサブロウ丸シリーズの音球を投げた。
空中で爆発する音は太鼓の音だ。
『どんどん・・・どんどん・・・・どんどん』
太古のリズムは一定。それで、彼らの下がるリズムも一定となる。
先程と同じ攻撃が来るかのと思って王国兵は警戒していたのに、帝国兵はただただ下がっていく。
ならば、ここは敵を抑え込むためにと。
再び王国兵の方が押し込もうとして全力で前へ走ってしまった。
その瞬間、フュンたちは攻撃をもらう事を選択。
陣形がべこっと凹むようにして、抉られていった。
だがおかしい。
その攻撃の手応えの無さに違和感しか感じない。
こんなにも容易く敵を貫くなんてありえない。
そこで。
「いきます。僕について来て下さい」
フュンが最後尾から前線へ。
誘き寄せた敵の前へと向かって行った。
◇
「なに!? 自らだと。ここは私もだな・・・しかし、何」
全体の行動が四歩分遅れた。
このわずかな違いが戦場では結果に繋がる。
前に出ていたはずの敵よりも先に、フュンが敵陣の中に入る。
彼が先頭になることで、親衛隊の勢いが変わる。
猛烈な攻撃を展開して、一瞬で前列を殲滅。
そこからは入り乱れるようにして両軍が戦うことになった。
これだと正しく。
「これがまさか。混沌!?」
ネアルは、その身をもってして、この特殊戦術をもらってしまうとは思わなかった。
対処法はヒスバーンとイルミネスと共に考えた事がある。
秩序と呼ばれる戦術だ。
イルミネスが完成させたわけだが。
彼曰く、規律性があればなんとかできるとの話だった。
でも、この混沌は、対応が難しい。
なぜなら、フュン・メイダルフィアの混沌は、王国を崩していく混沌じゃなく、王国が勝手に崩れていって起きた混沌であったからだ。
自分たちの方が規律を失っていったために、ここから立て直すなど困難極まりない。
「この乱れた中で、規律を求めるのは酷・・ということか。まさか、ここまでこちらの兵士を操られるとは、戦術が単純なのに。この私が手玉に取られるのか。ここまで人を罠に嵌められるものなのか。フュン・メイダルフィア!!!」
ネアルは、フュンという人物の神髄を見た気がした。
自分は好敵手の手の平の上で踊っていただけなのだと、苦笑いするしかない。
ここはライバルを称賛するしかなかった。
二人の戦いは、フュンが優勢で終局に入る。




