第155話 英雄決戦 最後の作戦へ
中央軍の突撃前。
フュンは、隣にいるクリスに話しかけた。
「ここが最後の戦いですね。僕がやりましょう」
「フュン様」
「ん?」
「ここでいいのですか。勝負をかけても・・・もう少し先でもなく?」
「ええ。いいですよ。クリスは全体のバランスを見ていてください。僕は彼を見ていますからね」
フュンは遠く先にいるネアルを指差した。
「わかりました。配置はこれで?」
「ええ。鋒矢でいきます」
「防御を考えないと?」
鋒矢の陣での勝負。
フュンは攻撃に特化させることを考えていた。
今までの彼ではない。ここでも荒々しい作戦が目立つ。
「はい。圧倒的な攻撃力を前面に出す動きをしますが、それが出来ない場合。ある作戦がありますので、安心を」
「いえ。その心配ではなく・・・まさかとは思いますが、フュン様もですか」
「ん? ああ、僕自体の心配ですか」
「そうです」
「ええ。もちろん。僕だっていきますよ。ここは僕も戦いに出るべきですからね」
「そうですか。しかし」
フュンも前に行くことが不安。
クリスは言わずとも顔に出ていた。
「クリス」
「はい」
「最後。僕が突撃する時には、あなたは本当の意味の本陣を担当してください。この太陽の戦士と親衛隊の残りの部分をあなたに預け、全体の指揮権を委譲します。よろしいですね」
「わかりました。私が後ろを担当します」
「ええ。ではいきます。シガーに全速力だと指示を出してください」
「わかりました」
クリスが信号弾を放った。
戦いの合図は敵からも出ていて、やはりここでも彼とは気があう。
フュンは自分たちの合図と敵の合図を見て笑っていた。
「あなたも、僕と同じです。ネアル王。でも僕の方は挑戦者のつもりでいきますよ」
フュンが全体に声を掛けた。
「アーリアの最後の戦いだ。皆さん。僕と共に出撃です。全軍! 前進だ」
「「「「おおおおおおおお」」」」
戦いは最後へと向かう。
◇
鋒矢の陣の先頭。
傘になっている部分には、シガー部隊とフィアーナの狩人部隊が混在して存在していた。
その後ろの棒部分に、縦三列で、三つの軍が控えている形。
左からシャニ、デュランダル、アイスが率いている軍だ。
三人はシガー部隊の後ろで、並んで先頭を走っている。
「シャニ。お前は左だからな。大将の作戦が発動したら展開しろよ」
「わかってるだよ。なんで拙者の方に聞くだよ。そっちにも聞いてほしいだよ」
デュランダルは、シャーロットの方を向いて、アイスを親指で指差した。
「こっちは、作戦をわかりきってるんだよ。アイスは大丈夫なの。でもお前の方は不安なのさ。なあ。アイス!」
「ええ、デュラに一から言われるまでもない。私は完璧に任務を遂行します」
「ハハハ。その言い方、可愛げがねえな」
「な! あなたに言われたくありません!」
「もう少しな、笑顔になれよな。そしたら可愛い感じになるぞ」
「あ、あなたにだけは言われたくありません!」
アイスは頬を赤く染めているが、そこまではデュランダルは見抜けない。
「そうかい。悪かったな。んじゃ。そっちは頼んだ。今からシガー殿の攻撃が始まる!」
三人が前を向くと、大盾を構えたシガー部隊が敵陣に突っ込んでいった。
◇
「押せ。押し切って、押せるだけ押すのだ」
シガー率いるシガー部隊は、盾を展開して前に押し込む。
鋒矢の陣は。突破することに特化している。
矢印の先の部分になっている所から上手く嵌れば、そのまま敵陣を切り裂く事に成功する。
しかし、これが立ち止まるとなると、たちまち危険な状態になる。
それは、魚鱗よりも防御が薄いからだ。
中が弱い状態なので、一度勢いを止められるともろに反撃を受け、立て直しが効かない。
諸刃の剣の陣形である。
「いけ。こっちも押すんだ」
止まりかける所に、シュガが補佐をする。
押し込めるように、敵を斬っていた。
「まだまだ。敵には面を食らってもらわないといけない」
王国を倒す。
そのためには、ここである程度押し込むことが大切であった。
勢いは徐々に消えゆくあるが、それでもかなりの圧力を与えて、王国を押し込むことに成功していた。
◇
王国本陣。
ネアルとヒスバーンは隣同士にいた。
「ほう。ここまでの圧力。ここまでの攻撃特化。これは・・・珍しいな。ヒスバーン。そうは思わんか?」
「んんんん」
ヒスバーンは悩んでいた。
敵の最後の行動でのこの意味を考えるに、理解不能な点がある。
それは今までバランスを重視していたフュンが、ここに来ての攻撃特化の行動を始動させたことだ。
それもほぼ防御を考えていない陣形である。
「どうした?」
「ああ、変だよな。大元帥が、ここまでの攻勢で、戦闘構築するなんてな」
「私も思う所だ。今に勢いが消え、そして、あれは我が軍に飲み込まれるだろうからな」
これは、守り切って反撃を仕掛ければ、あとは勝ちが確定する戦い。
だからフュンが選択した戦略は、こちらにとっては手応えのないものだ。
もっと知略を駆使した行動をとって、知恵比べからの戦いで終わるのだと二人は思っていた。
知的な語り合いをしたかったというのが、この二人の本音で、なぜ武人のような真っ向勝負で決着がとも思っていた。
しかし。ここで彼の真意に気付くのは、二人ではない。
光と共に現れたメイファがヒスバーンの隣に立つ。
「ねえ、ちょっと」
「ん? あ、チッ。お前、出てくるなって言っただろ」
ヒスバーンのイラつきがネアルに伝わって、横を向いた。
「その女性は? 誰だ」
「あ、ああ。こいつは俺の・・だ」
ごもごもとヒスバーンが言ったので、ネアルにはある部分が聞こえなかった。
「そうか。部下か・・・知らん奴だな。マイマイとルイルイなら分かるが」
メイファは知らない。
ネアルは部下の部下までの情報を頭に入れていない。
「ええ、お初にお目にかかりますわ。ネアル王」
「うむ。で、誰だ」
「私はメイファと申します」
「メイファか。わかった。それで、何か分かったのか。ヒスバーンに話す内容を私に教えよ」
「よろしいので? 見知らぬ者からの指摘でも?」
「うむ。よい。今の私はそんな些細な事は気にしない。意見は誰にでも言う権利がある」
「わかりました。お話しします」
メイファはネアルの器の大きさを知ったことで、ギルバーンが言っていた。
勝つ英雄はどちらでもいいとした真意を理解した。
こちらが勝っても我々の目標は達成できるのかもしれない。
「では、あの陣形。おかしな点があります」
「ほう。なんだ?」
「あの陣。盾部隊で突撃したこと自体がおかしいです。いくら、相手が斧のシガーだとしても、持っているのは盾。それで敵を押し込むことを主体にして行動を起こしています。それでは意味がありません。あの陣形は攻撃特化なのですよ。攻撃をすべきです」
「そうだな。その通りだ」
肩肘を突いて椅子に座るネアルは、メイファの聡明さを理解した。
「それで、次に。敵の背後にいるのが、シャーロット、デュランダル、アイス。この三名。帝国でも攻撃が上手い将軍で、それが盾の後ろに控えているのです。これは逆だとは思いませんか」
「逆?」
「はい。本来ならば、この三人こそがあの陣形の先頭を走るべき。なのに、後ろの縦三列に収まっている。意味の無い行動をしない大元帥です。ではその理由は一つしかないかと思われます」
「・・・わかった。そういうことか。あっちの三軍が本命か」
「そうです。ここから切り離しが始まると思います。ですから、こちらの指示を出さねば、彼の狙いは・・・」
メイファの指摘で、二人は気付いた。
「「ここへの到達か!!」」
フュンの狙い。
それが、ネアル本陣だ。
彼の陣に対して、自分の本陣をぶつける作戦。
中央突破のフリをして、鋒矢の陣から分裂して、三方向を攻めるのだが、そこから更に中央突破を仕掛ける作戦なのだ。
だからネアルの指示は。
「真ん中・・・ここを破られないように・・・端の軍に指示を通す・・・のはだめだな。将でなければ崩壊するか。ここはブルーに左を頼むか。しかしそうなると右が」
ネアルが焦っていると、メイファが一歩近づく。
「私がやりましょうか」
「貴殿がか・・・いいだろう。右をまかせた。ずいぶん優秀そうな女性だからな。まかせても大丈夫だろう」
「はい。おまかせを」
この人は知らぬ者に一つの戦場を任せられるのかと思いながらも、メイファは命令を受諾して、右翼へと移動をした。
「ヒスバーン」
「なんだ。ネアル」
「もし、彼の軍がここまで来られるのであれば、私が戦いたい。お前は邪魔を排除してくれるか」
「いいだろう。それはやっておいてやるわ」
「任せた。しかし、彼の作戦。あまりにも無謀だ。だが、やり遂げるつもりだろうな」
「そうだな。そのお手前をここで見守るとしようか」
「うむ。面白い。難しい陣形だろうからな! 出来るのであれば、手放しで称賛しよう」
ネアルとヒスバーンは、英雄の行動を理解してなお余裕の構えであった。
フュンの作戦は成功するかどうかもわからないもの。
しかし、すでにネアルはそれを選択する勇気を褒め称えていた。




