第150話 英雄決戦 我らサナリア軍は、主と共にどこまでも
「変わらない。なんだ? あんなに息巻いて指令を出したのに、やる事はさっきのか」
ギルバーンは、敵の陣形がジグザグのままであるのが気に食わなかった。
負けた陣で戦いに挑む精神が分からない。
「でも、ギル。そんな馬鹿なの。あのクリスって男は? 同じ策を繰り返すくらいなの?」
メイファが素朴に聞いた。
「わからん。戦場で戦っている所をほぼ見た事がないからな。一度くらいだな。あのアージス大戦でな」
あの時のクリスの戦いの評価は標準であるとギルバーンは思っていた。
それは、帝国が三つに分かれていることで命令系統が三つあったことで難しいというのもあり、評価するのも難しかった。
最後に一つの軍となったとしても、それでもクリスの思い通りの作戦を組めたかと言われると難しいだろう。
付け焼刃の連合軍では、完全な連携は出来ないはず。
でも今は、彼の思う通りに作戦を練る事が出来るし、実行できる軍でもある。
だから真の意味でクリスの評価は今この時であると。
ギルバーンは思っていた。
「さて、どんな考えであれをやるんだ。まずは同じようにしてみるか」
突出した盾部隊に行動を開始。
押され始めると反撃をする形に持っていくのだろうと、この時までは思っていた。
だが。
「なに!?」
「へぇ。面白いね。あの男。そういう考えもするんだ」
メイファはクリスの考えを完璧に理解した。
「これが太陽の人が重宝している人ね。うん。良い作戦ね」
◇
中央のジグザグ部分の頂点には、彼らがいた。
サナリア軍の司令官シガーとその副官シュガである。
右の頂点にシガー。左の頂点にシュガ。
そしてその二人は、同時に敵の攻撃を受けとめてからの行動が反転する。
「ここからは受け止めるな! 私について来い。皆、続け。今の私は、サナリアの四天王『斧のシガー』だ」
シガーが持っていた盾をかなぐり捨てると、盾部隊全員が同じように捨てた。
「「おおおおおおおおお」」
ここに来て、シガーが選択したのが、斧のシガーだった。
不動のシガーを捨てての、斧のシガーに戻ったのだ。
サナリアの四天王『斧のシガー』
彼本来の斧による圧力が、敵を粉砕する。
そして反対側の頂点にいるシュガも。
「いきますよ。みなさん。こちらも前進だ。私に続け」
斧の二刀流シュガ。
彼もまた突撃が上手い将軍である。
攻勢に出たサナリア軍は、普段通りの攻撃力を発揮し始めた。
彼らは、規律ある行動が得意なのではない。
そもそもが、一個人としての強さを持っているのだ。
◇
王国軍が、敵を押し込める状態から、敵に押される状態になった。
あの一瞬の反転。
盾を捨てた捨て身の攻撃に、ギルバーンは目を輝かせる。
「はっ! ハハハハ。面白い。こういう展開。この手で来たのか。サナリアは!? いいぞ。クリス。お前の荒々しい部分をはじめて見たぞ! ここでの力づく。なんともまあ。勇ましい策を展開してきたな。いいぞ。クリス。本当にいい!」
クリスの一手に喜ぶギルバーンは、思わず前のめりになっていた。
「ギル。いいの。手を尽くさないと負けるわよ」
「各所に援軍を入れこむ。あそこに差し込んでしまえば止まるだろう」
「・・・そうかしら、あの勢い。止めるにはそれでも足りないような気がするけど」
「そうか。しかし、やらねばそのまま押し込まれて終わるんだぞ」
「まあ、そうだけどね」
メイファの考えもごもっともだが、まずは敵の勢いを消す。
それが先決だと思ったギルバーンの指示は、押し込んでくる敵の横っ腹に援軍を入れ込む事だった。
◇
クリスは敵陣を見つめた。
我が軍を防ぐ方法で取れる手は、後ろから継ぎ足していくような援軍だけ。
予備兵を前に持ってくる判断しかできないはず。
「それが普通です。ですからいきます。ここからあなたたちは、サナリアの強さを味わえ! 我らは、主の為ならば、たとえ火の中水の中。そこが地獄だろうが突き進む」
クリスが右手を挙げる。
「合図を!」
信号弾が上がると。
「いけ! サナリア軍」
進みだしたのはもう一つのサナリア軍だ。
◇
「あたしらがいくぜ。久しぶりの近接戦だぜ。インディ。いくぞ。お前はシュガの方にいけ。あたしはシガーだ」
「うっス」
サナリアの狩人部隊が二手に分かれて、盾部隊改め斧強襲部隊の援護に向かった。
◇
「押します。敵の援軍が来ようとも、ここで押し切ってこちらが優位だと見せつけるのです」
シュガの檄に呼応して、仲間たちの力が増していったが、敵の押し返しに遭い、一時は押し返されるところだったが、ここに来て拮抗状態にまで戻せた。
しかし、ここからの押し合いを制するには、あと一押しが足りない。
そこで、切り札が投入される。
背後から気配がした。
「シュガ!」
「ん? インディさん!」
「押すっス。タイミング。頼むっス」
自分が押すのを手伝う。だから良きタイミングで、そちらが全開で押してくれ。
この短い言葉の中にはそのような文章が隠されていた。
それをシュガは理解したのである。
「了解です。任せてください」
「うっス!」
インディを含めた狩人部隊。
超接近戦となるために、得意の弓は厳しい。
そこで彼らはもう一つの得意武器。
ナイフで戦いきるのだ。
「獲物が短い方がイイっス。いきますっス」
シュガの部隊と敵部隊の隙間を縫って入り込む。
インディたちは、敵の先発隊の背後辺りに入るとそこで暴れ出した。
相手の太ももを斬り、ナイフの切れ味が悪くなれば、敵の足に投げ刺す。
敵を倒すことよりも動きを封じるような動きを見せた。
敵の中にいるにしては消極的。
しかし、これは別に自分たちで敵を倒すことが目的じゃない。
狩人は、狙った獲物を確実に仕留めるだけじゃなく、狙った獲物を弱らせるのも狙いにあるのだ。
「いけるっス。シュガ!」
「わかっています。ここですね。押しますよ! ですから引いてください。インディさん」
「うっス」
インディたちは入り込んだ位置から元に戻る。
彼らは敵の中を出入りしはじめたのだ。
押し込むのがシュガ部隊。
押し込むきっかけを作るのがインディの狩人部隊。
双方の息の合った攻撃で、王国軍は下がらざるを得なかった。
◇
「シガー」
「来たか。フィアーナ」
「ああ。押すきっかけを作ってやるわ」
「ふん。さっさと作れ」
「任せろや」
サナリアの長年の戦友。
斧のシガー。
そして弓のフィアーナ。
サナリア四天王の中で最強の飛び道具を持つ彼女の接近戦。
それはもちろん。
「おっしゃ。狩る」
間近での弓である。
超至近距離でも、矢を高速で射れる化け物。
それがフィアーナだ。
敵の中に入り込んだフィアーナ。
弓を引く動作をした瞬間に、そばにいる敵から当然に攻撃がやってくる。
敵としても、弓を射るまでに時間が掛かると思うからだった。
四方から来る攻撃の雨を見ても、彼女は動揺しない。
振り被られるくらいの大胆な攻撃を前にしても冷静な彼女は、敵に速射した。
敵の攻撃の前に、敵の胴体には一本の矢が刺さる。
「あたしをなめんな。頭、狙いナシなら。こんくらい朝飯前だ」
頭を狙うのに必要な時間は一秒でいい。
それ以外を狙うのなら、それ以下で矢を射れる。
それが弓のフィアーナだ。
ただし、狩人部隊はこんな離れ業は出来ない。
彼女が開けた風穴の所までシガーがやって来た。
「相変わらずだな」
「あんたもな」
「ん?」
「シガーも、斧持ちゃあ、ここまで荒々しくいけるのな。まだ錆びてねえか」
「当り前だ。盾の訓練だけやっているわけではない」
フィアーナはシガーの返事に喜んだ。
戦友が歳を取っても、変わらない。
それが無性に嬉しかったのだ。
「そうか。んじゃ、いくぜ。斧のシガー!」
「わかった。弓のフィアーナ。我らがサナリアの四天王であった所以。それを、イーナミア王国に見せてやろう」
「そうだな。おもしれえ。サナリアの小さな小部族たちが、ここまでやって来たぜ。人生分からねえもんだ」
フィアーナもシガーも二人とも昔に戻っていた。
肉体が衰えようとも技術は衰えない。
そして、二人の思いは、昔よりも強くなった。
「シガー」
「なんだ?」
「ここで、あたしらが大将を勝たせるぞ」
「当り前だ。何を今さら・・」
「そしたら、あたしらはアハトに心からの手向けの言葉を送れるだろう。お前の息子。立派になったってな。よかったなってよ。お前の証・・・ここに生きてんぞってな。それに報われんだろ。あんな形で、死んでもよ」
「・・・そうだな。一理あるな」
「だからいくぜ。シガー」
「おう」
フィアーナたちは、背中を合わせる。
「大将。あんたの故郷が、大陸のどの軍よりも強い事を」
「私たちが証明してみせよう」
二人はフュンに宣言した後。
「「サナリア軍の反撃開始だ!」」
ここからサナリア軍は押し上げに成功して、王国軍を後ろに下がらせることに成功した。
開幕先制攻撃の失敗から、見事な立て直しをみせる帝国軍は、何とかして中央の戦いを引き分けへと持っていけたのである。
ここで戦いは、ほぼ互角の戦場となり、この日の戦いを終えたのである。
全てはサナリア軍の活躍によるものだった。




