第149話 英雄決戦 英雄の頭脳クリス・サイモンの覚醒
「うん。僕の考えをあっさりと越えてきた。策を見破ってきましたね。凄いですね。彼はね・・・うんうん」
負けている。
一目見て分かる戦場なんて、久しぶりの事だった。
でもフュンは暗くなったりしない。
いつもの明るさを保っていた。
「フュン様。どうするのですか。アイス。デュランダル。シャニたち・・・・帝都軍を投入しますか?」
「いいえ。入れません。ここはですね。やめます。一度兵を引かせましょう。横陣で下がらせて。あと敵が攻撃に来るなら、フィアーナの弓で援護です」
「わかりました。指示を出します」
味方を下がらせると、フュンは考え始めた。
「んんん。ここの最善策は、恐らく・・・」
三分で思いついた事。
それはクリスの考えを超えるものだった。
「ここは、クリス」
「はい」
「あなたにお任せします」
「え?」
「クリス。僕が考える事じゃない事を考えてください」
フュンの思いついた作戦は、全てをクリスに託すであった。
「え? ど、どういう意味で」
「あなたはいつもね。僕が考えそうなことを考えようとしています」
「え??」
「いいですか。クリス。そんな事では、あなたは本来の力を発揮できない。実際に、あなたは僕なんかよりも遥かに優秀な人です。ですからもったいない」
フュンからの評価はいつも高いのに、クリスにはいつも自信がない。
自分なんかが役に立てているのかと不安に思っているほどだ。
「そんな人がね。僕がやりたい事に集中できるようにしてくれている。でもそのせいで、君は僕が考えることを考えようとしています。これはもったいないです。それでは所詮僕どまりの思考に終わるからですよ。いいですか。あなた本来の思考の方が重要なんですよ」
「し、しかし」
「ええ。それは、あなたが僕を信頼しているからの証でもある。でも僕はね。君の本当の力を見たい。僕の考えを考えるんじゃなくて、僕でも思いつかないような事で、僕を驚かせてほしいですね。うんうん」
フュンは、クリスの唯一の弱点を知っていた。
考える事が僕基準。
それでは、自分の考えを超える事は出来ない。
クリス自身が、自分を縛っていたのだ。
だからその無駄な鎖を、フュンは解き放とうとしていた。
「さあ、今が、君の羽ばたく時だ。相手はあのヒスバーン。思う存分戦ってもいいはずです。いきましょうか。あなたの本当の力を見せる時が来ましたよ」
「本当の力ですか・・・私の?」
「ええ。今までは仮初の力です。まあ、それだけでも十分に凄かったんですけどね。でもここからは、違いますよ。あなた本来の力でいきます。さあ、帝国中央軍。これらの指揮権をあなたに預けます」
「私にですか。この全軍を・・・」
「はい。あなたにお任せします。あなたの才は、ここにいる誰よりも輝くはず。今ここでヒスバーンを倒せるのは君だけだ。それに出来ますよ。だってね。僕はあの頃から君を頼りにしてますからね」
サナリアの反乱当時から、フュンはクリスを信頼している。
それは出会った時から変わらない思いだ。
そして、この思いに応えねば、家臣ではない。
忠臣たちの多いフュンの部下の中でもひと際目立つ忠臣は、やはりゼファーとクリスである。
「わかりました。私がヒスバーンと戦います」
クリスの漆黒の瞳が輝いた。
◇
中央軍の戦いはいったん落ち着いた。
それは、帝国軍が一度下がったことと、ヒスバーンも同時に王国軍を下がらせたからである。
ただし、ここから同じ戦略を組めば、負けることが確定している。
だからクリスは、本陣から離れて一人で考えていた。
「私が戦う・・・んん。先程の盾部隊での攻防。あれをもう一度やると負けます。ではそれをやらずにして、フュン様なら・・・じゃないですね。またフュン様の考えを、考えようとしていました」
今までの癖を振り払うのは難しい。
ついついフュンが考えそうなことを考えていた。
「ここは、自分で考えないといけません。よし」
顔を叩いて気合いを入れたクリス。
考えを戦場に向けてから、個人個人に向ける。
「いきます。これでしょう。私の策は・・・これだ。柔剛一体でしょうね」
◇
最前線の盾部隊。
シガーとシュガは並んで待機していた。
「勝てなかったか」
「父上。混乱もしてしまいましたね」
「うむ。あれほどうまく敵にしてやられるとは思っていなかった」
「私もです」
悔しいとの一言までは、意地でも言わなかったが、親子は心底悔しがっていた。
「お二人とも」
「え!?」「な、クリス」
「はい。シガー様。私がここを預かります。なので、作戦をよろしいでしょうか」
「何故クリスが来たのだ。お前は、フュン様のそばに?」
「ええ。フュン様が私に指揮権を預けてくださいました。それで私が好き勝手してよろしいと」
「なんだと」
シガーが驚いていると、隣にいるシュガは冷静だった。
「そうか。ついにお前の出番というわけか」
「ええ。シュガ殿」
クリスなら当然だ。
シュガは彼の顔を見て、託されていることに気負いがないと思った。
「何か、案があるのだな。クリスがわざわざこちらまで来るなんて珍しい」
「はい。私がこちらの重装盾部隊を率いて、シュガ殿とシガー様で、相手の考えの裏を突きます。相手は間違えているんです」
「ん、間違えている?? どういうことです?」
シュガが聞いた。
「この部隊が防御部隊だと勘違いしている」
「いや、現に防御部隊だろう」
驚きから立ち直ったシガーが聞き返した。
「違いますよ。シガー様。あなたのお名前。お忘れになられましたか。それにシュガ殿もね」
「私の・・・私たちのか」
シガーは首を傾げた。
「ここからは、こうします・・・・」
クリスが説明し終えると、二人は同時に笑う。
「ハハハ。わかったぞ。やってやろうじゃないか。血が騒ぐな。この歳にしてな」
「いいでしょう。私も父上と共にいきます」
二人を見て、クリスも笑った。
無表情の彼の頬が少しだけ緩んだ。
「ええ。ここが私たちの腕の見せ所。フュン様に我々の強き姿を見せましょう! サナリアはここにいるとね」
「おお」「はい」
三人は再度決戦に挑んだ。
◇
重装盾部隊の武装は、重たさそうな見た目を軽いように見せるために、白を基調としていたりする。
特に、盾は、展開すると晴れ晴れとした空色をしている。
だから彼らの見た目は、意外にも爽やかなのだ。
そこに、漆黒の男が一人現れた。
彼だけが黒いから、とりわけ目立つ。
その彼は軍の中で待機するのかと思いきや、先頭にまで踊り出た。
「ヒスバーン。あなたが出てくるとは思いませんでした」
ヒスバーンからの返事を待たずして、彼の話は止まらずに続く。
「フュン様が用意した策。それを初見で見破るとは、素晴らしいお手前。この私でも見破れないあの策をいとも簡単に。本当に素晴らしいお方だ。ヒスバーン」
褒めて褒めて褒めまくる。
クリスは言いたいことを言いながら、前に出た。
「しかし、ヒスバーンよ。その策。本当の意味で見破った訳ではない。フュン様の作戦に失敗などない・・・それを私が証明してみせよう。我が主フュン様の片腕たる・・・このクリス・サイモン。私があなたを封じてみせましょう」
ここで、クリスの人生最大の叫びが指令となった。
「前進だ。サナリア軍!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」
激の後に、後押しの檄があった。
「どの軍よりも。我らサナリア軍こそが、我らが主フュン・メイダルフィアの最大の理解者だ! この戦に、魂を滾らせて、想いを爆発させよ。サナリア軍! 我らの主に勝利を捧げるぞ」
「「「「だああああああああああああああああ」」」」
クリスは、言葉でサナリア軍に魔法をかけた。
それは、フュンのそばにいて、彼を守って勝たせるのが、自分たちであるという元々持っている自負に、更に重石を加えて、サナリア軍の心を焚きつけたのだ。
燃え上がる士気に、命まで燃やす勢いを付け加えたのだ。
主に敗北などあってはならない。
させてはいけない。
あるのは勝利のみ。
クリスは、フュンのように人の心に寄り添ったのではない。
操ったのである。
だから、人は彼を漆黒の魔術師と呼んだのだ。
大陸の英雄フュン・メイダルフィアの、その頭脳はここで覚醒したのである。
大陸最強の頭脳は、ありとあらゆる手段を用いて、敵味方を操る悪魔と化す。




