第145話 英雄決戦 1VS2の裏に1
「許さない!」
セリナの怒りの一撃がゼファーの頭上にやって来た。
鋭い振りから来る速度のある一閃。
戦いの素人が対応すれば、おそらく即死だろう。
しかし、ゼファーには止まって見えていた。
「まだ遅い」
槍で彼女の剣を軽々と弾き飛ばす。
セリナは大きくよろけていったが、地に足をつけて踏ん張った。
「くっ。まだまだ!!」
マリアスを失ったことで、冷静なセリナが荒々しい。
激しい怒りに支配されて、行動が一直線になっていた。
単調な動きではゼファーを揺さぶる事は出来ない。
「単純すぎるな。我に勝とうという意志があっても、頭が使えていなければ、我には勝てんぞ」
というゼファーからありえないセリフが飛び出た。
まるで自分は戦う時には、毎回思考しているかのような言い方であり、当然ゼファーが、思考しながら戦っているとは思えないのに、偉そうに忠告したのだ。
「いくぞ。我の攻撃、防げたらいいな」
地面を踏み込んだ足から、その力が槍にまで伝わっていき、ゼファーの槍は加速する。
槍がしなりながらセリナを襲う。
その速度にその威力。
彼女の人生では経験した事のないものだった。
「な!? は、速すぎる・・・ぐっ・・・ああああ」
槍の直撃を防いでも、威力までは防げずに吹き飛んだ。
セリナは後ろの味方の中に飛ばされた。
「閣下」
「ご。ごめんなさい。ありがとう」
自分の事を受け止めてくれた味方に感謝して、セリナは立ち上がる。
「強すぎる。なんですか、この人は・・・化け物じゃありませんか」
もはやその強さ、人じゃない。
セリナから見えるゼファーの姿は、とてつもなく大きな山に見えた。
頂の切れ端すら見えそうにもない。
「まだやる気なのだな」
この差があっても立ち向かう気か。
自分の強さに絶対の自信が見え隠れする一言だった。
「ええ。負けてはいられ・・・」
セリナの脇を何かがすり抜けた。
「ん! 来たか。貴様が、ノインだな」
圧倒的優位な状態でも油断をしないゼファーに対して、不意を突いて、初撃で優位に動こうとしていたノイン。
影移動をしていたはずだったのに、ゼファーに見破られていた。
「俺が見えるのか」
「我に貴様が見えないとでも思ったのか」
ノインの剣と、ゼファーの槍が衝突する。
「おおおおおおお」
「叫んでも強くなるわけじゃない。いくぞ。ノイン」
互角の競り合いから、ゼファーは武器に体重を掛け始めた。
「はぁああああああああああ」
とさっき言った言葉を忘れたのかと言いたいくらいに、ゼファーが叫ぶと、止まっていた槍が叫びと重なって勢いを増す。
「くっ。この俺が、負ける・・・純粋な力で・・・ぐあっ」
ノインの体ごと吹き飛ばすと、セリナの位置にまでノインが下がる形になった。
「そうか。これだと我に都合がいいな。ノイン。セリナ。ここで我が二人倒せば、この戦場は終わるな」
「貴様。一人で俺たちに勝つつもりか」
「な、馬鹿にして。余裕のつもり!」
戦いにおいて、ゼファーが相手を馬鹿にするわけがない。
ただ、今回はあまりにも、相手の攻撃も気持ちも軽いと思ってしまった。
この二人の動きが、人を越えようとする動きに見えないのだ。
ゼファーは、神の子を見ている。
そして自分の我が子の事もよく見ている。
「我の子。ダンですら、神に近づこうとしているのに・・・貴様らのような武を持っている人間が、頂を目指していないとは、笑止千万。そんな心持ちでは、我に勝とうなど100万年も早いのだぞ」
「なんだと」「貴様言わせておけば」
「この程度が挑発になるとはな。貴様ら、まだまだ鍛錬が足りないようだ」
ゼファーが走り出すと二人も走り出す。
先制はノイン。
正面から入って、ゼファーの進行方向に立ち塞がるようにして、剣を向ける。
それに対応するゼファーは何も動じずに敵の攻撃だけを受け止めた。
「まだまだだぞ。ノイン!・・・ん!」
二人の攻防を行方を見守らずにいたセリナがゼファーの背後から攻撃を仕掛けた。
ゼファーは気配で察知する。
「なるほど。中々だ。いい手だ」
相手を褒めたゼファーはノインへの攻撃を中断して、セリナの方に槍を伸ばした。
攻防も一瞬で替わり、戦う相手も切り替える槍捌きは見事な物だった。
「上手すぎる。なぜこちらにも対応が・・・」
「よい判断だ」
ゼファーへの攻撃が上手くいかないと判断したセリナはすぐに身を引いた。
その隙にノインがゼファーの背後を取った。
「ほう。貴様ら、連携だけは中々いいぞ。ふんっ!」
ゼファーは振り向きざまにノインの剣を弾く。
「クソ。後ろに目でもついているのか。化け物め」
「この程度は朝飯前だ。さあ、二人同時にかかって来い。我を倒すつもりならな」
1対2でちょうどよい。
ゼファーの考えは相手への侮辱と見なされた。
しかし、本人としてはただの本音。
二人同時に相手して、神の子との戦いに近いと思ったのだ。
「くっ。舐めている。絶対に私たちを馬鹿にしている。ノイン様」
「ああ。やるぞ。セリナ。全力で行く」
「はい。ノイン様」
この後の攻防は想像を絶する打ち合いとなった。
周りの部下たちも、救援のために手を出さないくらいの激しい攻防を重ねていた。
軍中央は、ゼファーとノイン、セリナの戦場となっていた。
しかし、この戦いを長く続ける事がよくなかった。
それはなぜかというと。
この戦いに参加しているのが、この三人だけではなかったからだ。
そうなのである。
ゼファー軍の後方には、彼女がいる事を、三人が忘れていたのだ。
◇
「ん?」
ミシェルは戦場が変化したことに気付く。
敵の陣形が歪になっているのだ。
戦いの最初。
ゼファー軍の突進に崩されたのが、王国の左翼側。
そこの隊列が乱れたことで、ゼファー軍の右翼を攻勢に出したのがミシェルの指揮だった
そして、今は、中央に大きな乱れを感じる。
疑問に思っていると、伝令がやってきた。
「ミシェル参謀。中央! 隊長の元に、ノイン。セリナ。双方が出現したらしいです」
「はい。それで?」
「そのまま隊長が、二人との交戦に入ったと」
「なるほど。ゼファーがですか」
ミシェルは、敵の歪な軍の状態がゼファーの仕業だと確信した。
彼との戦いに集中してしまった事で、将から軍へと出る指示が滞ったのだと予想した。
「わかりました。ここはチャンスですね」
「奥方様。チャンスとは?」
「リョウ。いいですか。この敵軍の将二人が、ゼファーしか見えていません。大将ノイン。その副将セリナ。その補佐は分かりませんが、少なくとも上二人がゼファーの動きだけで精一杯になっている。という事はここがチャンスですね」
「ここがですか?」
「はい」
ミシェルは非常に優秀な指揮官なのだ。
ザイオンを手玉に取って彼を上手く使うくらいに、猛獣使いである事でも有名なのだ。
ゼファーという鬼。
それはもう猛獣と認定してもいいだろう。
だから彼もまたミシェルの手の平の上にいる。
「ここは、今後の為に相手の兵を消します。私たちが、三万。相手が四万。この差一万は平地戦では重い。なので、ゼファーに意識が集中している今がチャンス。リョウ。あなたが、ここは前に出て、そうですね・・・敵の左翼の方が弱いので、あそこの兵士たちを出来るだけ削りなさい」
ミシェルは敵を指差した。
「は、はい。ですが、隊長は、大丈夫なのでしょうか。二人も相手ですよ」
「大丈夫。ゼファーならば、相手が二人であっても、勝ちが無くとも、負けはありえない」
「え? 勝ちと負けが??」
リョウの理解が追い付いてなかった。
疑問で聞き返してしまった。
「はい。二人相手で、勝つことが出来ずともですよ。彼が負けるなど想像が出来ない。なので、ここは彼の武を信頼して、敵の注意を中央に引き寄せる事をおまかせした方がいい。リョウがその隙に敵を始末してくれた方が今後の展開が楽になります。ですから急いで敵を倒しなさい。いいですか。リョウ」
「わ、わかりました。今、本陣の兵を一部連れて行きます」
「ええ。お願いしますね」
ミシェルの判断は全体からの判断。
ここがゼファー軍の唯一の弱点だった部分だ。
ミシェルという頭脳を得たことで、ゼファー軍はより効果的な戦闘を生み出していくのだ。
「これでどうでしょうかね。ゼファーがどこまで敵を惹きつけるかによって、この初戦の全てが決まりますね」
勝敗を左右するのはここ。
勝負勘が働いているミシェルは前方を注視する姿勢になった。
◇
幾重の攻防を積み重ねた後。
「くっ」「はぁはぁ」
「うむ。なかなかやる」
ゼファーの前に立つ二人は、一方は悔しがり、一方は息が上がっていた。
だいぶ疲れも出て来る戦いの時間帯で、二人で攻防を担っているというのに、自分たちの方が疲れているのはなぜだ。
ノインとセリナは、ゼファーを睨みつけた。
「うむ。何か変だな。違和感が・・・」
ゼファーが異変に気付いた。
それは目の前の二人が疲れて休憩に入ったことで気付いた。
目の前の二人から、戦場に意識が向いたことで、ゼファーは肌感覚で戦場を理解した。
「なるほど。ミシェルか。敵兵が減っているのだな」
ゼファーの一言で、二人も確認する。
「しまった・・・ノイン様。これは」
「くっ。狩られている!?」
自分たちの兵士が徐々に敵にやられ始めている。
数の有利さを失っているような気がした。
「さ、下がるぞ。セリナ。退却だ」
「わかりました」
緊急の笛が鳴った。
耳をつんざくような高音が鳴りだすと、王国兵は後ろに下がり始めた。
苦い顔をした二人がゼファーを睨む。
「もう一度だ。次は必ず殺す」
「私もあなたを倒します」
二人の宣言を受け入れる。
「うむ。待っているぞ。勇気があるのなら、再び挑戦するとよい。我はいつでもその挑戦を受ける」
この戦場では、ゼファーが王者であった。
明確な勝利とはならずとも、精神的な勝利を得た帝国だったからこそ、ゼファーが迎え撃つような態度を取ったのであった。




