第144話 英雄決戦 鬼神ゼファーと鬼の伴侶
英雄決戦。
開幕と同時に勢いよく前進したのは、ゼファー軍である。
帝国左翼軍を担当することになったのは、フュンの従者。
ゼファー・ヒューゼン。
フュンが生まれた頃からの従者ではなく、人質になる際に従者となった男だ。
でも実は、それはゼクスの画策があった。
幼い頃のゼファーの動きを見たゼクスは、自分よりも必ず強くなる男だと信じて、十分に鍛え上げてからフュンの従者にさせるタイミングを計っていたのだ。
それがたまたま人質になるタイミングで、作戦が発動しただけであった。
ゼクスは、主であるフュンには武に関して厳しく指導をして来なかったが、ゼファーにだけ武人としての技術を余すことなく叩きこんで、厳しい指導をしていた。
なので幼い頃のゼファーには、人間教育の部分で、若干時間が足りなかったかもしれない。
フュンに掛けた時間よりも短かったので、人に対しての配慮に欠ける面があったのだ。
ゼファーがフュンと出会った当時。
情けない弱い王子であると決めつけていて、今ではありえないが馬鹿にしていたのだ。
そして今のゼファーは当時の気持ちとは全く違う。
心の底から尊敬する王子の為。
この命、投げ出しても構わないという覚悟を常に持った従者となった。
フュンの進む道を邪魔する者は全て敵。
それがゼファーの生きる道であり、ゼクスが望んだ完璧な従者である。
「ゆくぞ。ゼファー軍。我と共に前進だ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおお」」」
突撃する速度が、全軍の中で最速であった。
歩兵であるのに騎馬軍かと思う程である。
「後ろも横も気にするな。我と共に全軍前進のみなのだ」
ゼファーは何も考えずに敵軍に突撃を開始した。
その意図は、後方にあるからだ。
◇
ゼファー軍後方。
本陣にいるのが、片目を失っているミシェルだ。
たとえ、視界の半分を失っていても、彼女の視野は広い。
そして、戦略の幅もあるのだ。
「リョウ」
「はい」
「あなたも前に行きたかったと思いますが、後ろで申し訳ありませんね」
「いいえ。奥方様。私は隊長だけじゃなくあなたもお守りするつもりです」
「ええ。お願いします。ではいきますよ」
戦術家でもあるミシェル。
しかし彼女の本来は、武人である。
師があのザイオンだからだ。
戦うためだけにこの世に生まれてきたような大男が彼女の師なのだ。
ミシェルは里出身の将。
彼女は里が出来たばかりの頃に生まれた。
だからタイムと同じ存在で、ミランダたちから見たら、次世代と呼ぶにふさわしい人間であった。
ラメンテは学校とまではいかないが、学習塾のようなものがあった。
そこで彼女は子供の頃から文武に優れていて一際目立つ存在で、カゲロイやタイム、リアリスやライノンよりも目立つ存在であった。
ラメンテの指導には、幹部訓練と呼ばれる。
幹部たちが指導してくれる日があって、ミランダやサブロウなどが指導する日が月に一回はあるのだ。
この中で一番の当たりはシゲマサの日。
彼の指導は、親切でしかも丁寧な指導であるからこそ、大好評であったのだ。
指導者としても人としても優れているから、シゲマサは皆に愛されていたのである。
それと他の面子でも高評価なのが、エリナくらいでほとんどが不評の指導である。
特にミランダの指導は、いつ重傷となってもおかしくない訓練ばかりで、いつか死んでしまうのではないかと皆から懸念されるくらいなのである。
その指導日の中で、ザイオンの指導があった時に、ミシェルは彼に憧れた。
圧倒的な武が、細かい戦術を打ち破る姿を見て、こんな風になりたいと思ってしまったのだ。
でも自分ではザイオンに近づけない事が分かる。
それは女である事よりも、自分にある武が、強烈な強さとなるとは想像が出来なかったからだ。
だから彼女は戦術訓練などを取り入れて、自分なりに少しでもザイオンに近づこうとした。
その結果。文武共にウォーカー隊トップクラスの女性になったのである。
ミシェル・ヒューゼン。
彼女は、本来フュンがいなければ、ウォーカー隊の隊長となりシルヴィアを支える屋台骨となる人物だ。
でもフュンと出会ったことで、ゼファーと結婚し、彼女の運命は変わった。
彼女はザイオンと同じ境地に入り、次なる世代を育てる女性になったのだ。
彼女が育てたダン・ヒューゼン。
彼は大陸を変える一団の副団長となるくらいに大きく羽ばたく。
彼の成長は、ミシェルがザイオンと違って理論派であったことも大きかった。
血が繋がっていなくともダンの武と知は、ミシェルから繋がったのである。
ダンはゼファーからだけでは大きく成長することはなかった。
ミシェルの指導があってこそ、彼は完成するのである。
「こちらの右翼側。あちらの左翼。あそこが弱点ですね」
ミシェルは中央のゼファーの突撃を見て、乱れていく敵軍の流れを読んだ。
真ん中の部隊が、彼の攻撃を受け止めきれないのが悪いわけではない。
左右のどちらかが弱いから中央に負担が増えたと判断したのだ。
「リョウ。二枚分。押し込めと指示を出してください」
「わかりました」
ゼファーを補強するミシェルの戦術。
それが今回のゼファー軍の強さの秘訣だ。
◇
「む!? 軽くなっていくな。何が起きた」
前の敵の防御が緩くなった。
ゼファーはただただ前進していたから前の敵の情報しかない。
「ミシェルか」
振り向いたゼファーは、頼もしい相棒が背中にいると思い安心した。
「このまま押すぞ。そしたらミシェルが補強してくれるはずだ。ゼファー軍。さらに前進だ」
「「「おおおおおおおおおおおお」」」
そもそもの話。
ゼファーの武を止められる人間が王国軍の中に少ない。
しかも、相対する軍の中では二人だけである。
ノインとセリナ。
このどちらからでなくては、彼を止める事は不可能だ。
でも、ここでゼファーを止めようとするのは、セリナの副将マリアスだった。
力が足りない。
そう自覚しながらも、この王国軍の為に彼女はゼファーの前に立つ。
「あなたがゼファー」
「そうだ。貴殿は?」
「私はマリアス」
「マリアス・・・か」
意味深に名を唱えるゼファー。
しかし彼女の名にピンと来ていない。
副将の名まで覚えるような男ではないので、頻繁に議題にあがらないと名前を覚えられないのだ。
「戦うつもりなのか。我と?」
「当り前よ。せっかくの強者。一度は交えておかないと」
「我はこの場では手加減できないぞ。いいのだな」
「当然」
「わかった」
ゼファーが槍を取り出すと、マリアスも武器を取り出した。
長めの刀身の剣を持って、マリアスは構える。
「勝負です。ゼファー」
「うむ」
マリアスが走り出すとすぐに声が聞こえてきた。
正面の軍の少し奥からセリナが出てきた。
「待ちなさい。マリアス。命令です。下がりなさい」
「ん、セリナ様ですか。それは聞けませんね。私はこの人と戦うのです」
「待ちなさい!」
懸命に叫んでいるセリナの声は、もうすでに彼女に届かない。
リースレットとはほぼ互角だったマリアス。
しかし、ゼファーとでは、実力があまりにも違い過ぎた。
最初の一撃で終わっていたのだ。
「ごふっ。がはっ・・・なに。つ、強さの次元が違う・・・」
マリアスの腹を貫くゼファーの槍。
勝負は一瞬だった。
周りにいる王国兵は何が起きたのかもわからずに呆然としていた。
自分たちの将があっという間に負けるなど思いもよらない。
「我は手加減せんと言った。しかし、それで満足だろう。マリアスとやら」
「・・・ええ。満足ですが・・・ここであなたを」
槍に貫かれて、上に持ち上がった状態のマリアスは、満身創痍でもゼファーの肩を刺す気概で攻撃をした。
剣を逆手に持って、下に振り下ろす。
「よく頑張っている。だが、それが最後の力だろうな」
ゼファーは相手を褒めて、槍に力を込める。
「セリナ! 貴殿がセリナだったな」
近づいて来たセリナに向かってゼファーは叫んだ。
「受け止めろ。貴殿の部下だ。おおおおおおおお」
渾身の力を込めて、槍を振り抜く。
ゼファーの槍先から彼女が飛び出ていき、セリナの場所まで投げ飛ばした。
「うわあ・・・ごはっ。さいご・・・の最後の・・・こ、攻撃すらも出来なかった・・・く、悔しい・・・」
「マリアス!」
「せ、セリナ様。申し訳ありません。あの男を・・・止められませんでした」
「当り前です。なぜそんな無茶を」
「あなた様の役に立ちたかった・・・あの男を倒せば、この軍も・・・それにあの本軍だって勢いを失うはず・・・」
マリアスはゼファー軍のゼファーを打ち破れば、フュンが率いる本軍も倒せると思った。
だから奇襲のような形で倒しておきたかった。
だが、甘かった。
ゼファーの強さは、通常の人間の次元を超えていた。
完全覚醒を果たしているゼファーは、鬼神となっていたのだ。
人の領域では勝てない。
人を超える領域に到達しようとする者しかゼファーに挑戦してはいけない。
「マリアス!! 気をしっかり」
「ごふっ。無理ですね。気をしっかり持ったって・・・もう遅い・・・でも最後に、セリナ様。どうか勝ってくださいね・・・」
「マリアス」
セリナの腕の中でマリアスが亡くなった。
最後まで副将として心は一つであった。
「ゼファー。貴様ぁ」
仲間を失う悲しみは初めてなのか。
ゼファーは、セリナの心情に大きな揺れを感じた。
失う悲しみは、心に大きな衝撃を与える。
シゲマサ。ザイオン。ザンカ。ヒザルス。
多くの大切な命を失ったことのあるゼファーにも痛いほどわかる。
しかしここは戦場。
血も涙も必要のない。
結果が全ての戦場なのだ。
ここに立とうするのなら、前へ進まねばならない。
ここに立ったからには、後ろを振り返ってはならない。
「・・・ふぅ。戦いとは無情・・・非情・・・そして覚悟だ。その程度で泣くとは、貴様には足りなかったのか。目の前・・・戦場とは、感情を捨て去り戦う場所なのであるぞ、セリナ!」
「私が貴様を倒す。マリアスの分まで!」
開幕早々、怒りのセリナとの一騎打ちが始まった。




