第143話 英雄決戦 開幕へ
帝国歴536年8月30日正午。
互いの三軍が配置された現状で、中央地帯に二人の男が出ていた。
王国側は、ヒスバーン。
帝国側は、クリス。
二人は開戦の日程を決める所であった。
「クリス殿。ご無沙汰しています」
「はい。ヒスバーン殿。私もであります」
会話をしても腹の中を見せるつもりはない。
両者の挨拶は、内容が柔らかくても、言葉に棘がある。
「ここで決める事は・・・」
先制しようとしたヒスバーンに。
「開始方法ですね」
クリスは主導権を握らせない。
「こちらに移動するまでの事はフュン様が決めましたが、ここに来てからの開始方法を考えていませんでしたね」
「そうです」
「どのような形でもよろしいのでしょうか?」
「それはどういった意味で?」
「ええ、例えば、開始位置をもっと手前になどですね。位置の調整もした方がいいでしょうか?」
「なるほど・・・」
提案をされたことでヒスバーンは気付く。
相手のペースで話が進んでいる。
『ほう。これは、イルミとの戦いで勉強したか。この男』
前にあったイルミネスとの事前交渉戦。
端的に結果を言えばイルミネスの完全勝利で終わった話だった。
ペースを握られてしまい、相手の要求がほぼ通った交渉であった戦いから、その至らぬ点の学びを得て、今のクリスは、巧みに言葉を切り返してきたのだ。
ここに成長を感じる。
「どのような開始条件がよろしいのかな。クリス殿。そちらのお考えは?」
「私どもは、なんでもよろしいです。むしろそちらで、全てを決めてもらってもいい」
「ん?」
「ええ。なんでも決めてください。私たちはいつでも! ネアル王の挑戦を受け入れます」
「ほう」
クリスの漆黒の瞳が、真っ直ぐこちらを見つめてきた。
『こっちが挑戦者か。面白い。たしかに状況から言って俺たちの方が不利だもんな・・・そうか。わかった。だから、こちらが決めろってことか。すべての条件が悪い俺たちが決めることで、後腐れのない戦争にしよう。そういう魂胆か。ネアルの気持ちをゼロにするための戦いってわけか。よく考えているな。この意見も・・・ふっ。背後に大元帥が見えてくるな。この男の裏には彼がいるんだな・・・』
ヒスバーンはクリスの後ろにフュンが立っているように感じていた。
見ているのは自分ではなくネアル。
そこが若干不満でも、それでもヒスバーンは、フュンの考え通りに動くことを決断する。
「いいでしょう。では、二日後。帝国歴536年9月1日。この日の9時で、戦いましょうか」
「わかりました。合図は? 勝手なタイミングで良いのでしょうか?」
「いいえ。双方で合図を出し合いましょう。こちらは黒の狼煙をあげますので、そちらも黒の信号弾を」
「はい。わかりました」
「では、明後日で」
「はい。お願いします」
ヒスバーンとクリスは約束を交わした。
◇
帝国歴536年9月1日
一カ月に及ぶアーリア決戦。
その最終幕を飾るに相応しい戦い。
英雄決戦。
王国に現れた英雄ネアル・ビンジャー。
彼が幼き頃からあったのが内乱。
だから、彼の考えの中には力強さがあった。
弱き王には、王たる資格なし。
彼の考え以外にも、このような雰囲気がイーナミア王国にあった。
貴族らが好き勝手に暴れ回っていた時代に産まれたことで、無能な貴族共を恨み、だからこそ、王族の中で唯一彼が貴族たちの粛清をしたのだ。
父は頼りなく、弟はその情けない貴族共の言いなりで、ネアルがいなければ、間違いなくイーナミア王国はなかった。
そう言い切れるくらいに優秀な王子であった。
ただし、これは彼一人で戦ったわけではなく、彼のそばには仲間がいた。
弱小貴族ライズキシュー家のブルー。
ウルタス軍の指揮官試験にいた男ヒスバーン。
ギリダートの民間軍事訓練所にいたパールマンとアスターネ。
彼らを味方にして、ネアルは王国を安定に導いたのである。
ネアルの王国改革は、貴族の粛清から始まり、血の入れ替えを行うことで、王国を完成させた。
それに対して、帝国に現れた英雄フュン・メイダルフィアの歩んだ人生は真逆である。
最初の王子としての人生は同じ。
サナリアの第一王子として生まれて、弟がいる事も同じ。
しかし、父との関係があまり良くなく、ネアルの方は意外にも父との関係が悪くない。
ただネアルの父は無能であっただけなのだ。
でもフュンの父は武人としては優秀であった。
しかし、親子関係が良好であったかと言われる微妙であった。
フュンの人生は苦難しかなかった。
人質から始まり、それを乗り越えて辺境伯として出世しても、苦難は続き。
太陽の人の責任まで負って、ナボルとの戦いに挑んだ。
敵が次から次へと変わりつつも、フュンはその中からすらも仲間を得て、更には元々の大切な仲間と共に困難を乗り越えていった。
フュンの帝国改革は、貴族らの粛清から始まらず、血の入れ替えなどはせずに、今ここに存在する人の気持ちの入れ替えで行なわれた珍しい大改革であった。
それに粛清した貴族など、スカーレット家くらいであり、しかもその家だって生きている。
誰も殺さずに改革を行えたのは、フュンが人の心の可能性を信じていたからだ。
出来る限り人を見捨てないやり方は、ネアルとは正反対の考えを持っていた。
双方はアーリアの同時期に誕生した英雄である。
後世の歴史家が言うには、二人がこの時代にいるのは奇跡であったと断言していた。
それに、この奇跡がなければ、アーリア大陸ごと、アーリアの歴史ごと、存在しないだろう。
そのくらいにアーリア大陸にとって、フュンとネアルは大陸の存在を左右するほどの重要人物であったのだ。
二人の対照的な考えは、互いを尊敬させる一因だ。
二人は共にこの大陸で成長してきたのだ。
それはもはや、互いが存在しないといけなかったと同義である。
自分の成長の為には、相手が必要。
だから二人にとって、互いが憎い敵ではなく好敵手なのだ。
最高の宿敵として、最初からそう認識していたのである。
二人は一度も相手を恨んだことがない。
あれだけの内乱時代を互いに過ごして、憎き敵を倒してきた二人でも、お互いの事だけは恨んだことがないのだ。
いつも清々しい気持ちを持って、相手との戦いに挑んでいた。
ネアルにとってのフュンは自分の心の渇きを癒す存在。
フュンにとってのネアルは自分の出来ない事をやってのけた尊敬する存在。
相手を思う出発点に多少の違いがあっても、二人の終着点は好敵手で終わる。
この人には負けたくない。
最後はこの思いに到達するのだ。
そして今日。
彼らは最後の戦いをする。
一度目は引き分け。
でもそれはフュンの思っていることで、ネアルは違う。
第六次アーリア大戦は、自分の敗北だと思っている。
二度目はやや勝利。
ギリダートを奪われたとしてもアーリア決戦の表面上の勝利はネアルにあった。
そして今回の三度目。
これはネアルの敗北の数々だと思ってもおかしくない。
現に至る所での敗北のせいで、リンドーア付近での勝負となった。
その現状だけでもネアルとしては負けであると思っている。
だけど、本当の敗北はまだしていない。
だから、ネアルの戦意は衰えていなかった。
そして、フュンはそれが無性に嬉しかった。
意気消沈した男と戦ってもつまらない。
いつも冷静で、戦いのときにそういう気持ちを見せないフュンにも、武将としての心があったのだ。
さすがは、あの武人集団であるサナリアの王子。
体に染みついた教えは、武の心なのだ。
フュンは、この決戦で、今までの二国の歴史。
全ての決着をつけるつもりである。
◇
信号弾を飛ばす前。
相手の布陣を見るフュンは、ネアルの軍の並びが攻撃姿勢である事に気付いていた。
「いよいよですね。間に合ってよかった。アイスとデュランダルは来ていますね」
隣のクリスが言う。
「はい。先程到着しました。どこも抑えているためにこちらへの派兵が決まったそうです」
フュンは、アイスとデュランダルの二人を全体の援軍の将として、ギリダートとリリーガのどちらかで待機を命じていた。
それが今、決戦をすることが可能となったことで、こちらのリンドーアに二人だけを移動させたのだ。
「よし。では二人を、しばらくは休憩させてあげてください。本営での休息ですね」
二人には休息が命じられた。
二人抜きでも最初は行けるだろうとの判断からだった。
「では勝ちます。そのためには、いろいろ手を尽くさないといけませんがね。なんとなく・・・」
「フュン様、どうしました?」
フュンが止まったので気になった。
「ええ。最後は気持ちっぽいですね。ミラ先生にも言われましたがね。全ての知を集約しても、最後は結局武になる。そんな気がします。そんな終わりでもいい気がしますね・・・」
最後は後腐れのない決着へ。
自分の好敵手との勝負だけは、清々しい気持ちで終わりを迎えたい。
どちらに転ぶとしても、それだけの気持ちで終わりたいのだ。
それが戦う前のフュンの本音であった。
「いきます! クリス。時間が来ましたね」
「はい」
「では、出してください」
「はい・・・」
クリスが右手を挙げて宣言した。
「信号弾発射です」
黒い光が空に打ち上がると、黒い狼煙も同時に登っていった。
アーリア決戦
最後の戦い、英雄決戦が開幕した。




