第141話 英雄決戦 戦いの為に大移動
帝国歴536年8月28日
リンドーア東門の前にやって来たのはフュンとゼファー。
城門の上にいるのは、ネアルとヒスバーンだった。
計四人でも、会話は二人だけだった。
「ネアル王。お久しぶりです」
「ええ。大元帥。お久しぶりですな」
二人の英雄の戦いは、普通の挨拶から始まる。
「ネアル王。突然ですが、あちらで戦いませんか?」
フュンは北を指差した。
「はい?」
「ここ、リンドーアではなく。僕らの決着は、野戦で思う存分戦いませんか」
「ほう」
こちらが考えていた事が、当たっていたとネアルは頷く。
平地での何も邪魔するもののない決戦をするために、全ての都市に攻撃を仕掛けていたのだと、ここで知ったのだ。
「ネアル王。僕らがこの場所を封鎖して戦う。それで兵糧攻めで、戦いが終わるのなんて、非常につまらない結末だ。僕らが戦って来た歴史に対する冒涜。そうは思いませんか? ネアル王!」
フュンが自分の気持ちをハッキリと言ったことで、ネアルは心の中で笑う。
こういう考えを持っているから、好敵手として尊敬しているのだ。
「それに、リンドーアの民のことを思うとですよ。この戦争の影響下に置きたくない。彼らを飢えさせて、死なせるような真似は嫌です。僕はしたくありません。なので、正々堂々。僕らの戦いの決着を着けるため、あなたが出てきてください。どうでしょう」
将として、武人としての力勝負で勝ちたい。
言葉の端々から伝わって来た。
「・・・いいでしょう。平地での決戦ですね」
「はい。何の心配もなく、やりましょう。あそこは目隠しの様な場所もないですしね。力と力の勝負になりますよ。それと、あなたにも援軍が来ませんが、僕らにも援軍はきません。今の兵数が互いに限度でしょう」
「・・・そうでしょうか? あなたの方には、どこかの軍がこちらに来られるのでは?」
「いえいえ。来ませんよ。全ての軍は、全ての都市を封鎖するのに手がいっぱいでしてね。こちらに来る軍は、無い」
というよりも、こちらに軍を出せる都市がない。
前線も後方も、余裕がなくて、送り出せるほどの兵がいないのだ。
「わかりました。では、移動方法は。勝手に移動したらよろしいですかね」
「いいえ。僕らはこの門の東から北上。あなたたちはそちらの西の門から北上して、向こうの平原に行きましょう。大体20キロほど移動して、そこで戦いましょうか」
「・・・ほう。ずいぶんと移動を」
「ええ。この戦いとこちらの都市を関係なくしたい。その証明ですね。それと、準備運動が必要じゃありませんか。一カ月近く。リンドーアで待機していたのです。体を動かした方がいいでしょう」
「ハハハハ。わかりましたぞ。その提案を受け入れましょう」
「ええ。では、準備が出来たら、空砲を六発撃ってください。それで北上します!」
「はい。わかりました。今から準備します」
「お願いします」
二人は自分の軍に戻った。
◇
ネアルの本陣。
会話はネアルとブルーから始まる。
「さすがだ。やはり、ここはフュン・メイダルフィア。私の最高の宿敵だな。私が心の底から尊敬する人物だぞ。ハハハハ」
ネアルの鼻息が荒い。
大好きな人物の素晴らしい考えに共感している様子だった。
ブルーはそんなネアルを見て、内心は喜んでいる。
昔は心が渇いていて冷え切っていた。何をしようにも不満そうな顔で。
しかし今は、最高の宿敵が存在していることが、彼に潤いをもたらしている。
それを嬉しく思う反面、今はそれではいけない。
ここは諫めないといけない。
「王。まだ戦っていないのに、楽しそうにしないでください」
「ブルー。この瞬間が、最高だと。面白いと感じないのか」
「はぁ。まったく、王は戦いの事しか考えられない。そろそろその考えだけなのは、やめましょうよ」
戦闘狂の王に、ブルーは疲れてきた。
「まあ、ネアルの言いたいことは分かるな」
「そうだろ。ヒスバーンよ。お前と意見が合うのは珍しいな」
「ふっ。いつも同じだろ。大体よ」
「ふざけるな。お前は私に言いたい放題だろうが」
ヒスバーンはネアルとの言い合いを楽しみにしている。
眠そうなイルミネスが話し出した。
「ふわぁ。いよいよですか。できたら・・・その現場まで、私を運んでほしいですね。眠いので、誰か馬車で移動を頼みたい」
「歩いていくんですよ。それにここで言う事じゃないですよ。イルさん」
『バリバリ』
マイマイは大好物のせんべいを食べた。
「マイマイ。あなた、ここで食べるのもおかしいですよ。なんで食べているんですか」
「え? お煎餅ですよ」
「あの、何を食べているんですか・・・ではなくてですね。なんで! 食べているんですかと聞いているのです」
「え? お腹空いたから?」
「はぁ。もういいですよ。思う存分食べてなさい」
「は~~い」
イルミネスとマイマイの会話の横では。
「ノイン。不満そうですね」
「してやられたからな」
「誰に?」
「あの大元帥だ。それに、リエスタとかいう女。あれも強かったな」
「ノインも戦ったのですね」
「ああ。変な動きばかりをする敵だった」
「速いですからね。彼女は・・・」
「そうだった。この溜まった不満。次の戦争で晴らす。一人でも多く。奴の周りを消しておかねば、太陽を消せないからな」
「そうですか・・・」
ノインのやる気に満ちた顔を見て、セリナは不安そうな顔をした。
なんだか胸騒ぎがする。良くない事が起きそうだと思ったのだ。
◇
「殿下。よろしいので」
「ええ。大丈夫ですよ」
フュンの隣にいたゼファーが聞いた。
「そうですか。そしたら何も言いません」
「ええ。でも、この方があなたも満足でしょう」
「まあ。そうですね。このまま敵の籠城をぼうっと眺めるよりも、広い場所で戦った方がすっきりします」
「ええ。あなたはそういう人だ。僕と同じでしょ」
「はい。殿下もそうだろうと思っていました」
主従は常に一緒。気持ちまで同じなのだ。
英雄の半身ゼファーは、槍を片手に持ち笑っていた。
「フュン様。拙者はどうしたらいいのだよ? 今回の内訳は。どうなのだよ?」
「ええ。そうですね。それを説明しましょ・・・」
『バン! バン・・・・・』
「あ、いや。空砲が来ましたね。先に移動しますか」
フュンが話さそうとすると、空砲が鳴り始めた。
一発ずつ丁寧に鳴り、六発終わると、両軍が北上し始めた。
移動中。
幹部たちは部下に進軍を任せて、フュンのそばにいた。
全員がゆっくり歩きながら会話する。
「さっきの続きですね」
フュンは皆の顔を見て言う。
「では、今回は三軍構成の基本形で行きます。中央は僕。右にミラ先生。左にゼファーでいきます。いいですかね。先生。ゼファー」
「いいぜ」
「はい。我もよいです」
「ええ。それじゃあその内訳は・・・」
フュンが説明しようとすると、シルヴィアが入って来た。
「ちょっと待ってください。私は? あれ? 私は一軍も任されないのですか?」
「あなた。約束を忘れましたか?」
「え?」
「僕の! そばなら来てもいいですよ。って言いましたよね?」
「・・・・あ・・・・」
すっかり忘れていたという顔をしていた。
「あなたは帝都から来た皇帝直下の近衛軍一万ですよ。これを僕の隣。フュン親衛隊と太陽の戦士の横に置きます。なので、二万の本陣にしますよ。いいですか」
「本陣二万ですか」
「はい。そうです」
「・・・わかりました。いいでしょう」
シルヴィアが納得してくれたようで引き下がった。
「では、ゼファーはそのまま。ゼファー軍で三万」
「はい」
「そしてミランダ先生もウォーカー隊で三万です」
「いいぜ。でも、三万でいいのか。ゼファーとあたしの所、足りっか?」
「僕の予想でもいいですかね」
「ああ、いいぜ」
ミランダが返事をした後に、説明を続ける。
「多分足りると思うのです。ネアル王。彼の考えから言って、ミラ先生の対面は、イルミネス三万だろうと思います」
「なに? あいつか。ん、でも四万じゃなくか?」
「はい。一万分。中央に持っていくはずです。イルミネスは優秀です。たぶんそれでもミラ先生を止めると。そう思っていますよ。たぶん」
「くそ。舐めやがって・・・とは言えないか。たしかに奴は警戒しなければな」
「ええ。だから気をつけてくださいね」
「わかった」
ミランダの相手はイルミネスの可能性大。
戦う前からのフュンの予想だった。
「殿下。我の方は誰に?」
「ええ。たぶんですよ。ノインだと思います」
「ノイン・・・先刻の戦争で、戦ってはいましたが、我は会ったことがないですね」
「ノイン軍。四万。これで来ると思います」
「四万ですか。我よりも多い」
「ええ。でもあなたとはそれでようやく互角じゃないですかね。あなたは強い。その軍もね」
「はい殿下。必ず倒してきます」
「・・・そうですね。無理はせず抑え込めれば良いとも考えておいてください。向こうが多いですからね。それと、ミシェル」
フュンは振り返って、遠慮がちに歩いているミシェルに声を掛けた。
「はい。フュン様」
「あなたの指揮。頼みますよ。戦術的に、ゼファーの補強をお願いします」
「わかりました。おまかせを」
「ええ。あなたが居れば安心だ」
最後にミシェルは黙って頭を下げた。
「フュン。あなた。本陣は二万で。中央軍をどう置くつもりなんですか」
「それはもちろん。中央は、シガー。フィアーナ。シャニ。この三人で固めます。本当はここにアイスとデュランダルが来てくれれば、助かりますがね。現状では三人です」
二人は、ギリダートでの待機が命じられていて、援軍タイミングを見計らっている。
ゴーサインは、フュンではなく、フラムが握っている。
「なるほど。総数は?」
「サナリア軍三万の内二万がシガー。一万がフィアーナ。帝都軍三万はシャニ。そして本陣二万は、僕とシルヴィアで一万ずつ。これで八万編成ですね。これで、総勢十四万で戦います」
帝都軍十四万。
一大決戦に相応しい。超大軍となった。
「マジかよ。そんなにいるのか。おいフュン。あっちはどれくらいいるんだ?」
ミランダが言った。
「サブロウ。数は?」
フュンが答えるのではなく、サブロウに答えを託した。
「お? おいらか。えっとだぞ。予想だと、フュンが言っていたぞな。ノイン軍四万。イルミネス軍三万。ネアル軍六万の十三万編成だぞ」
「ん? あたしらの方が数が多いんか」
「ええ。多いですね。特に僕が率いる事になる中央は二万多い形になります。でもゼファーの所は足りない形になっちゃいますけどね」
「我は十分です。あと一万少なくとも勝ちます」
「自信ありですね。ゼファー」
「もちろんです」
こちら側の数が多い戦いは、滅多にない。
フュンの戦略で優位に持っていったとも言える。
今まではネアル本位の戦いであったから、数が少なかったのだ。
「ということはですよ。フュン」
「ん? 何でしょうか。シルヴィア?」
「その中央が浮いた分。もしや遊撃が出来ると」
「はぁ。戦う前から、すでにその考えなんですね。それで、自分を表に出せと。そう言いたいんですね」
「ギクッ」
「まったく、前線に出たがりで・・・はぁ。大変ですね。戦闘狂の皇帝をコントロールするのもね」
自分が遊撃隊になって、各戦場のどこかに顔を出そうかなと思っているシルヴィアであった。
「まあ、戦いは予定通りにはならない。あなたも出る時が来るかもしれない。僕が先陣を切る形になるかもしれない。その時の判断を大切にしましょうか。それでは、ゆっくり行きましょう。目的地まではまだまだですからね。気を引き締めていきましょうね」
二つの十万を超える大軍は、戦地を目指して北上したのであった。




