第140話 家族が大切。僕らはもう一度・・・
捕まってから、自分の父が亡くなるとき以外では、初の帰還。
ウィルベルは、帝都が別な場所に感じるくらいに、アーベンの光の監獄に慣れていたのだ。
懐かしい故郷に戻ってきた。
その感想が胸の中で一杯になった。
「ああ。帝都・・・だな・・・うむ」
涙ぐむのはウィルベルだけじゃなく、隣にいるバルナもだった。
自分の父がまさか帝都に帰って来られるとは思わなかった。
「父上・・・良かったですね」
「ああ。これも、大元帥のおかげか。レベッカ。お前の父に感謝するぞ」
「いいえ。叔父上。これも叔父上がアーベンで頑張って来たからであります。私は何もしておりません」
「ふっ・・・殊勝で・・・立派な・・・まるで大元帥ではないか・・・」
ウィルベルは、レベッカに優しく微笑んでいると、南の門からアインが降りてきた。
駆けつけてきて早々。ウィルベルに頭を下げる。
「皆さん。ありがとうございます。ウィルベル様! ありがとうございます。ククルからの援軍。それがここでは重要でした。勝利はウィルベル様のおかげです」
お世辞半分。本音半分のアインは、さらに深くお辞儀した。
「いや、アインよ。この勝利はお前のおかげだ。あの時間を生み出した戦略。見事であったぞ」
「え?」
なぜそれをと、疑問に思う。
「私は知っているのだ。諜報部隊をこちらに送り込んでいたからな。お前の演説も一言一句。教えてもらっている。見事な遅延行動であった。私も、こちらに来るのを遅らせる事が出来たからな」
「な。まさか。援軍のタイミングを図っていたのですか」
「うむ。リリーガから兵が出たとの連絡も受けていてな。だから逆算して、ここに到達する時間を計算して、タイミングを合わせたのだ。なにせここは三千しか兵がいないから、タイミングでも合わせないと、敵に勝つことは不可能だ。ただの無謀な攻撃で終わってしまう」
「・・・たしかに。さすがはウィルベル様」
大きな盤面から戦略を練る。
本来のウィルベルの大局図を描く才能が、ここでは役に立っていた。
彼はナボルでなければ、王国に勝つ絵を描けた人物なのだ。
それに今回のこの作戦だけが、勝利のルートである。
ククル軍とリリーガ軍との連携が重要であり、この方法しかこの戦争の勝利はなかったと言えるのだ。
つまりは、アインがいかに様々な手を打とうとも、ウィルベルがいなければ完璧な成功を得る事はない。
そういう防衛戦争であったのだ。
だから逆に言うと、アインは幸運の持ち主でもある。
のちに彼は、偉大なる王になった時に、この時のことを幸運だったと振り返ったくらいなのだ。
「兄様」
「お!?」
「兄様がこちらにですか」
「ああ、サティ。それに・・」
「ウィル兄!」
「アンも帝都にいたのか」
「うん。よかった。ウィル兄が来てくれたんだ」
「ああ。また会えたな。嬉しいぞ。サティ。アン」
「はい」「うん」
久しぶりの兄妹の再会は、嬉しいものであった。
「兄様。シャイナ義姉様は?」
「今はククルにいるぞ。こっちにいる間も、夫婦でいてくれとの事だった」
「なるほど。やはりそこはフュン様ですね。そういう所で配慮しているのですね」
「うむ。そうだな。家族が一番。それが彼の考えの基本だからな」
「ええ。そうですね」
今の会話が気になったので、アンが言う。
「じゃあ、シャイナ義姉さんも呼ぼう。使いを出そうよ。久しぶりに会いたいし」
「ん。しかし、今は戦時中だぞ。こんな事で移動をするなど」
「大丈夫です。私がやりましょう。レベッカ。依頼を出します」
サティがレベッカの方を向いた。
「はい。サティおばさん」
正式な場ではないので、普段の呼び方に戻っていた。
「あなたの隊に、シャイナ義姉様の護衛の依頼を出します。お金も出すので、ダンと一緒に行ってください」
「わかりました。今はダンがいないので、こちらに戻ったら行きます」
「ええ。お願いします」
家族は揃った方がいい。
サティは、出来るだけ家族を帝都に集める事にした。
「それでは兄様と私で、この帝都を守りましょう」
「そうか。基本はサティで頼む。私は相談役くらいにおいてくれ」
「いえ。兄様が重要です」
「うむ。じゃあ、光信号で、連絡をしよう。ここが攻められているのはどこも分かっているはずだからな」
「わかりました。連絡を入れます」
家族が一堂に集まりながら、次の計画を立てていく。
エイナルフの子供たちは、皆優秀なのだ。
◇
この日。
帝都防衛とその立役者の情報が、帝国領土を駆け巡った。
ビスタ。
「兄上!? 兄上???? ま、まさか。ウィルベル兄上が!!」
「どうしました。スクナロ様?」
ヒルダの声に反応する。
「ヒルダ。聞け。信じられないが、あの兄上が帝都を守ったと」
「ウィルベル様が!? まさか・・・なぜ?」
「義弟だ・・・それしか考えられない。ハハハハ。そうかそうか・・・義弟は、今でも兄上も家族だと思ってくれていたのか。ハハハハ」
大笑いをしていても、スクナロの目からは涙が流れていた。
◇
リリーガ。
「フラム。この知らせ」
「ええ。そうですよ」
リナが驚きの表情でフラムを見る。
「あなたは知っていたのですね」
「はい。私とフュン様だけの考えです。もしもの時にだけ頼ろうと。二人でお願いに行きましたからね」
「・・・そうですか・・・そうでしたか・・・ありがとう。フュン様」
記されたメモを抱きしめて、リナも涙を流した。
◇
ギリダート。
ここには、フュンのフォローをするためと、最前線の情報分析をするためにヌロがいた。
レイエフになって、城主としての仕事もこなしていた所。
連絡が来た。
「これを」
「なに!?」
「僕も驚きましたよ。兄さん」
ベルナから渡された紙には。
ウィルベル・ドルフィンが帝都を防衛とだけ書かれていた。
「兄上・・・ふっ。そうか・・・大元帥。やはりあなたは、私たち兄弟の全てを家族だと思ってくれているのですね」
「そうですね。フュン様はそういう人ですね」
「ああ。そうだな。ありがたい人だ・・・本当に我ら兄弟にとって・・・重要なお人だ。全てを支えてくれる。繋いでくれる。柱のような人だな。もう彼が居なくては我ら一族はいなかったかもしれないな」
「そうですね。さすがは太陽の人です」
ヌロとベルナは、フュンがいる南西を見て感謝した。
◇
パルシス。
相手を封鎖した状態で、悠々自適に時を過ごしているジークの元にも連絡は来ていた。
「へぇ。ウィルベル兄上がね」
「驚かないんですか」
キロックが聞いた。
「驚かないね」
「まあ、旦那が驚くことなんてないですもんね」
「まあな。というよりもだ。フュン君ならば、当然に思いつく策じゃないか」
「・・・そうですね。大元帥なら当然ですね」
「そうさ・・・家族が大事。それがフュン君なのさ。そうじゃなきゃ、あのシルヴィが惚れないのさ」
「たしかに。お嬢が惚れる男ですものね。イイ男に決まっていますものね」
「ああ当然だ。それに、あの恋愛下手だった少女がだぞ。フュン君以外の男なんて眼中にない。べた惚れなんだぞ」
「ハハハハ。たしかに」
ジークはフュンを良く理解していたからこそ、ウィルベルの登場に驚きもしなかったのだ。
◇
リンドーア手前。
本陣で会議を開いていたフュンは、幹部たちと共に連絡を聞いた。
「フュン! あなた」
シルヴィアの強い語気に対して。
「なんでしょうか?」
フュンはすっとぼけた態度でいた。
「これは。どういうことでしょうか。私に事前の連絡は?」
「ええ。これは僕と、フラム閣下しか知りません。あなたにも連絡していませんよ」
「それはないでしょう。クリスだって先生だって、知っていたはず」
シルヴィアが二人の方を向くと、二人とも首を横に振った。
二人とも知らなかった。
「な!? フュン! 先生たちにも!?」
「はい」
本当に知らせていなかった。
「こんな重要事項。せめて事前に」
「ええ。お伝えしたかったですが、今回、ウィルベル様が出撃する可能性はないと思っていたのでね。ククルにいるだけで終わると思ってたんですよね。だから無駄に皆さんに気を遣わせるよりも、僕らだけの秘密にしようかって事になったんですよね」
「だとしても、せめて私に」
「はい。そうも思いましたけどね。あなたの迷惑にはなりたくないって、ウィルベル様がおっしゃるからですよ。黙っていたのです」
「兄様が?」
「はい。罪人を表に出したのが皇帝だ。なんてことになってしまったら、あなたの名誉に関わると。だから、出来るだけ誰にも知られない方がいいんだって」
「兄様・・・そんな事。私にはどうだっていいのに・・・」
「いいえ。ウィルベル様はあなたを大切に思っているのですよ。今はもう、昔の彼ではありません。今はまさに、エイナルフ陛下の長兄に相応しい人なんですよ」
「そうですか・・・兄様」
フュンの言葉を重く受け止めて、シルヴィアは兄に感謝した。
帝都を守り切る事。
それはこの戦場を左右する事だったからだ。
補給路が切れるのだけは避けないといけない事だった。
でも、帝都を守り切ったことで、順調な補給を継続できるのである。
「さあ、僕らは、全てが一丸となり、この場面を生み出しました。この重要局面。戦うのはここにいる君たちだ」
この時を待っていた。
そう言わんばかりの自信に満ち溢れているフュン。
皆の顔を見続けていく。
「ゼファー。シャニ。シガー。フィアーナ。ミシェル。シュガ。ソロン」
一人一人と目を合わせて。
「エリナ。サブロウ。マサムネさん。マールさん。ウルさん。シェンさん。レヴィさん」
頷き合う。
「そして、ミラ先生。クリス」
フュンは、ここからだった。
「シルヴィア。勝ちにいきますよ。ガルナズン帝国大元帥フュン・メイダルフィアは、アーリアに勝利をもたらすために、戦います。力を貸してくださいね」
「ええ。もちろん。あなたを信じていますよ」
「はい。では、ここからが僕らの出番だ。ネアル・ビンジャーとの直接対決にいきましょうか」
「「「おおおおおおおおおお」」」
アーリア決戦最終局面。
英雄決戦が始まろうとしていた。




