第138話 帝都防衛戦争の決め手
四日前のリリーガ。
リナ。アナベル。フラム。
この三人は、立ち位置が前線に入りながらも、仕事の役割は、後方支援軍を担当していた。
前線のどこにでも援軍を派兵できる。
その好位置の都市であるから、後方支援軍となっていたのだ。
「フラム。この後の計算は?」
「はい。リナ様。私としてはこのまま待機。ギリダートの支援軍を派兵した時点で、このリリーガの役目はほぼ終わっているかと思います。あとは、奪えている各地がですね。暴れた際の支援軍を用意する事だけでしょうね。だから全体のバランスを見極めましょう」
この当時。
リリーガは、一万の兵をギリダートに送っていた。
その意図は、治安維持の軍としてと、もしも王国軍がギリダートを狙ってきた場合の予備兵と言う事だ。
ギリダートにいる兵士たちは、全てフュンが率いて、リンドーアに移動しているから、そのような行動を取っていたのだ。
「閣下」
アナベルの元に緊急の手紙が来た。
読み終わって慌てているアナベルがフラムを呼んだのである。
「ん? アナベル。なんでしょうか?」
「これはまずいです。帝都襲撃です」
「帝都ですって?」
フラムよりも先にリナが驚く。
全ての戦場で勝ち戦と聞いていたリナは、想定外の事に声が震えていた。
「ふ~~~ん」
深い鼻息の後に、フラムは呟く。
「ここで・・・帝都襲撃ですか。この盤面図でですね。どうやってでしょうかね」
この土壇場で、何も動じない。
それが、フラムの胆力である。
地図を見つめて、資料を読んで、全体を想像していく。
「ここから帝都を襲撃できる可能性があるのは、ガイナル。ビスタ。または、シャルフの脇。イスタル川を登って、裏側からの襲撃です。そして、あとはサナリアの裏切りしかない」
四つの可能性を見出した。
「この中で最もありえないのが、サナリアの裏切り。大元帥の統治下に置いて、それだけはありえない。二度と起きる事のないものです。これは断言できます。あの民が、この国じゃなく、あの《《大元帥を》》裏切るわけがない。絶対にない!」
『うんうん』と、リナとアナベルが頷いた。
「次に可能性がないのが、イスタル川を利用した襲撃。これもないでしょう。なぜなら、ヴァンがアーリア大陸南の海を支配したというのに、進軍が出来わけないですね。万に一つもないです」
『たしかに』と、リナとアナベルは軽く頷いた。
「となると。ガイナル。ここの可能性がある。ただし、ここでは、大量の兵が通り抜けていくなんて考えられない。あそこには、三軍がいるのです。ハスラ軍。ラーゼの獅子。ラーゼ軍。この三つをもってして、王国兵を大量にこちらの領土に通すなどありえない。なので、少数くらいの兵数が突破していたとして考えると・・・いや、でもその程度の数くらいで緊急連絡をするわけがない。なのでここでもないでしょう」
ピンチにもならないだろうという事で、ここの考えを切った。
実際には、間違えているが考えとしては正しい判断だった。
フラムは可能性を搾っていく。
「では、ここしかない。ビスタ。ここで敵の何らかの策が発動して、帝都を襲撃できるくらいの兵を確保して、送り出した。これしかないですね」
地下道までは予測できなかった。
でも、ここの可能性を発見したフラムはやはり優秀な指揮官だった。
「事前に調べたビスタの軍は、十万の軍だった・・・しかし、この資料に書いてある。スクナロ様の報告で、戦う前の敵の数は七万となっている。この消えた三万。それが気になっていたのですよ。これはやはり、襲撃の為に消えたのでしょう。どう思います。アナベル」
「はい。私も閣下の考えと同じです。消えている三万が気になっていました。でも、こちらの襲撃の情報と照らすと、合点がいきますよ」
「ええ。そう思いますよね」
フラムとアナベルの意見が合致した。
そこでリナが聞く。
「では、どうしますか。フラム?」
「はい。ここはですね。援軍を五千送りましょう」
「ご、五千だけ?」
リナはせめて一万は必須ではないかと思った。
三万の兵の襲撃。それに対して帝都は一万。
ここで援軍として五千を入れても戦場をひっくり返せるような量には至らないと思ったのだ。
「ええ。これで十分だと思います。機動力からいっても、この数じゃないと素早く帝都へ戻れません。これは迅速な行動が重要です。敵は三万ですよ。これは機動力を重視した結果で、狙いは高速での帝都奪取です」
盤上だけでフラムは敵の動きを完璧に捉えていた。
「はい。とにかく時間をかけずに攻め込んできます。だったら、こちらも兵数を確保する事よりも、速度が重要。それに、フュン様の奥の手が発動するだろうと、私は考えています。なので、アナベル。あなたがいきましょう。帝都救援に行ってください」
「わ、私がですか!? え。ギリダートへの補給をやるのでは?」
「それは私がやっておきますので、今回はアナベル様が良いです。その理由は聞かないでください。この判断を信じてもらえないでしょうか」
ここでフラムが、アナベル様と呼んだのには理由がある。
それと、アナベルは、そう呼ばれていた事に、今回の出来事に動揺していたようで、気付いていなかった。
「わ、わかりました。閣下がそうおっしゃるのならば、私がいってきます」
「はい。お願いします。出来るだけ早く、帝都に行ってください」
「はい。いってきます」
フラムは、アナベルを指名した。
彼が出て行った後、リナが再び聞く。
「フラム。どうして、アナベルに?」
「ええ。アナベル様がいいんです。フュン様の秘策にはね。きっと、アナベル様もお喜びになるでしょう」
「アナベルが喜ぶ?」
「はい。それに、リナ様も当然に喜びますよ。まあ、後で帝都が守られたのだと。その知らせが来るのを楽しみにしてください」
「????」
どういう事だろうと、リナが首を傾げてこの会議が終わった。
◇
この戦いの終盤。
アナベルは道路から登場した。
サナリアからリリーガへと真っ直ぐ東西に伸びている道路。
一生懸命そこを移動してきて、たったの四日で到着したのは、アナベルが実に優秀な指揮官だからだ。
今いる帝都の西からは、敵の南と北の軍も見えた。
全体が等しく攻撃を受けて、既に登られている箇所がある。
大変危険な状態だった。
「本当にフラム閣下が考えていた通りの展開か」
「・・・」
アナベルの隣にいるのは無口なミルラだった。
彼の袖をちょんちょんと引っ張る。
「どうしました?」
「・・・あれを」
ミルラが指を指したのは、帝都城南を攻めている王国軍。
ではなく、その背後に現れた軍団だった。
「なに!? 軍??? あれはどこの?」
「・・・あれは・・・・ククルです」
ぼそぼそっと話したミルラの言葉に、アナベルが驚く。
「ククルの兵!? でも、そんなのは少ししか・・・」
予備中の予備の兵。
帝都に最も近い都市であるククルには、治安維持の三千ほどの兵しかいない。
「それに誰が率いて・・・」
「もう少し近づくべき」
「そ、そうですね」
アナベルとミルラは、軍を率いて帝都城に近づいていく。
敵の背後に入りかけた時、ククルからやって来た兵を率いている人物に気付いた。
「ま、まさか・・・大元帥・・・・あ、ありがとうございます・・・だい・・元・・・帥。感謝します」
戦う前に感極まっていた。
ぼたぼたと涙を流しながらアナベルは、味方に命令を下した。
「ミルラ。やりますよ。私たちも実力をみせる時が来ました。帝都の方たち以外にも・・・あのククル軍にもみせつけましょう」
「はい・・・我が主。バルナ・ドルフィン様」
ここで、バルナは目一杯、自分が出せる限界の声で叫んだ。
「リリーガ軍。帝都を守るため。突撃開始だ」
「「「おおおおおおおおおおおおおおお」」」
リリーガ軍。
つまり、元リーガ軍は、ここで最高潮の士気となる。
その理由は・・・。
◇
アインの視線の先。
帝都城南を攻める少将ホルスの裏。
そこに現れた人物とは・・・。
帝国にとってもまさかの人物である。
「まさかね。この私に頼むとは、大元帥。大胆なお人だ。まったく、私の矮小で邪な思考などではね。彼の頭に及ぶはずがない」
男性は髪をかき上げながら笑っていた。
昔からフュンの考えは自分を上回るのであると・・・。
「フフフ。ええ、そのようですね」
彼の冗談で、隣にいた元部下ロイスが笑いながら頷いた。
「ああ。そうなんだ。面白い人だ。まったく。あとお人好しだな。そうだ。それにしてもロイス。久しぶりだな。お前はフラムの所にいなくて良かったのか」
「はい。あなた様のおそばに、もう一度立てる日が来るというのに、私がこちらの配属を選ばないなんて。ありえませんね」
「そうか。今まで感謝するぞ。ロイス。息子を守ってくれてな」
「いえいえ。私がお守りする状況なんて、ほとんどなかったですよ。ウィルベル様。あなた様のお子様であるバルナ様は、とても立派なご子息なのです」
ウィルベルは嬉しそうに微笑んだ。
「本当か。それはよかった。だが、それでも感謝しよう。私なんかにも殊勝な素晴らしい部下がいてくれてな。助かる。ありがとう」
「そのお言葉だけで、私の人生は満足であります」
「ふっ。ではいこうか。ククルの兵と共に」
「はい」
騎馬に乗るウィルベルは、三千のククル騎馬部隊を指揮していた。
率いている軍の兵士たちは、皆顔見知り。
それはこのククルが、元ドルフィン家の領土であるからだ。
「皆。すまない。迷惑をかけてしまった。元ドルフィン家当主ウィルベルだ。最初に謝ろう。すまなかった。皆をないがしろにしてしまい。ナボルなんぞに与しなければな。皆を導いてやれたのにな。本当にすまない」
後悔はある。
自分の領土の民に対して、裏切りのような行為をしたのだ。
今ここで謝ることが出来たのが、嬉しかった。
「私は罪を償い。そして改心した。おかげで、息子が良き成長をした。今の私はそれだけで満足だ。しかしだ。一つだけ心残りがある。それはもう一度皆に会いたかったのだ。それが今、叶った。だからさらに満足している。でもだ・・・私は大元帥に、もしもの時を頼まれていた。もし、帝都に襲撃があった時に。備えて欲しい。ククルで待機してくださいますかとな。私はこの相談にかなり悩んだ。罪人であるこの私が、再び皆の前に現れてもいいのかとな・・・しかしだ。今。皆の顔を見て。ここに来てよかったと思うぞ。まだ、私を主として認めてくれているのだな」
ウィルベルの顔を見える兵士三千は、決意があった。
主と共にもう一度戦場を駆けると。
「うむ。私もその思いに応え。そして、私も残りの人生を悔いなく生きるために、この瞬間に全てを懸ける。そして、皆に証明してみせよう。帝都を守るために戦える男であると。そして、国にも証明してみせよう。ウィルベル・ドルフィンは、罪人になったとしても、ガルナズン帝国の為に命を張って戦える男なのだとな・・・」
彼の言葉に思いが乗って、兵士たちの忠誠心と重なっていく。
強固な絆が生まれ、ククル軍は最高の力を発揮することになる。
「ゆくぞ。我ら、ククル軍。ドルフィン家の底力を見せる時だ。出撃だ」
「「「ああああああああああああああああああああああああ」」」
フュン・メイダルフィア史上。
渾身の秘策とは、ウィルベル・ドルフィンを指揮官にする事だった。
全ての将軍を、前線に送り出したことで、残っている都市に将が一人もいない形になる帝国。
帝都には、サナがいたものの。
彼女は出産直後であり、動けないと判断していた。
だから、この男。
ウィルベル・ドルフィンに、帝都防衛を託したのだ。
彼の他に帝都に残っている人物の中で指揮官となりうる人物は、他にいない。
それに彼を使おうと考える人物など、帝国でフュンの他に誰もいないだろう。
そして、彼を使ってくると思う人物だって王国にもいないのだ。
このありえない人事。
それこそが、帝都防衛戦争最大の決め手。
フュン・メイダルフィアにしか出来ない。
大胆な器用である。
人の力を信じた最大級の秘策であった。




