第137話 フュンの秘策とは?
初撃を与えた日の夜。
幹部を集めたホルスは、色々な意見を交換して結論を出した。
「・・・ここは逆に、どこかのタイミングで、行動を起こすのはどうでしょうか」
「ん? それはどういう意味でしょうか。閣下?」
「はい。兵糧の残りは?」
「あと三日です」
残り三日分。
意外と持つとホルスは思った。
「では、二日後。ここに全力を注ぐのはどうでしょう。背水の陣のようにして、帝都を落とす。落としてしまえば、食糧は中にあるんです。ここは考えを変えて、奪ってしまう動きにしましょう。食べ物は、帝都にあるのですと、皆を説得すればいいのですよ」
「そんな単純でしょうか。あのアインとかいう少年。あの言い分は一理ありますし。それに、こちらの気持ちを折りに来た言葉の数々。こちらの士気を上げ切ることが出来るのでしょうか」
「そこは、二日後に、残りの食料を全て与えて、お腹を満たしてしまえばいいのではないでしょうか。満たされたお腹であれば、他の余計な考えが入り込む余地はない。この作戦しか取れないと思います。だって、当然にここは引き返せませんよ。ここから落ちていない王国の都市に行くなど、王国領土まで戻るしかないのです。ビスタがないのですからね」
退却しようにも、ビスタ以上に戻らないと完全に撤退が出来ない。
敵の補給路の分断の為に帝都を落とすのだが、それ以上に自分たちも分断されているのが現状である。
そもそも、この作戦自体が、起死回生の作戦だったのだ。
だったら開き直って勝負を続けるしかない。
ホルスは大胆な作戦を提案したのだ。
「そうですね。たしかに閣下の言う通りだ。ここに来た以上。勝ちか負けかの戦いじゃなく。死ぬか生きるかの戦いをしなくてはならないということですよね」
「そういうことです。ここは、向こうの士気を上回る様な意気込みでいきましょう。戦いましょう」
「「「はい」」」
王国は断固たる決意の元で、戦いに踏み切った。
帝都防衛戦争はここから始まる。
◇
翌日。
戦いは前日に比べて激化した。
梯子を使った戦術を基礎に、王国軍は猛烈な勢いを持って攻城戦に挑み。
そして帝国側も必死の抵抗を見せる。
帝国は、一般人も兵士も一緒になって防衛を繰り返しているわけだが。
一般人というものは、兵士に比べて当然に体力がない。
戦い続ければ起きる疲労感も強くなるのだ。
義勇兵らの方が先に限界を迎えると、梯子から登られていく数が増えていく
だから、侵入を許した帝国は城壁の上での戦いに入ってしまった。
そこで、アインのそばにいたジスターが話しかける。
「私が出ましょう」
「ジスター?」
「ええ。アイン様の護衛の任。ここで解いてもらえれば、ここからは太陽の戦士の一人として、修羅となりましょうか」
「・・・わかりました。ジスター。出来るだけ敵を斬って、皆を助けてあげてください」
「了解しました」
剣姫の師。ジスター・ノーマッドは、自分の手から離れたレベッカの事は応援しつつ、この頃からアインの護衛長をしていた。
太陽の戦士としても、いちおうは在籍しているのだが、彼は個人で戦った方が抜群に強いために護衛の方が向いていたのである。
しかし、集団戦が苦手というわけではない。
一対複数でも十分に強いのがジスターである。
◇
南の城壁の門の近くの梯子から敵が登ってくる。
そこを基礎にして足場を固めようとする王国軍に対して、ジスターが立ち向かっていく。
敵は、十になりそうだった。
「貴殿ら、死にたくない場合は、飛び降りた方が助かる可能性がありますぞ。生きたかったら、一か八かで飛び降りなされ」
ずいぶんな脅し文句に、反抗するのは先頭にいた王国兵だった。
「何を言ってんだ。この女男!」
「はぁ。駄目そうですね。ではサラバです。あちらにも兵士が登っている。時間がない」
ジスターの剣技は、最初から全開だった。
「陽炎」
刀身が見えない剣技。
何に斬られているのかもわからずに、王国の兵士たちは無残に散っていく。
彼の華麗な剣技により、十の兵士は城壁の上に散った。
「よし。ここを任せます。私は次へ」
登ってくる人数が多い場所に対して、ジスターが行動をする。
これで南の城壁は乗り切るのである。
◇
「ジスターのおかげで何とかなっていますね。やはり、情報を集めるに・・・この南の兵士たちが一番強いと見た。さすがは、少将直下の兵たちだ。強い」
アインは冷静に分析していた。
各戦場の情報では、サナが完璧に敵を封鎖して、マルクスが西と東のコントロールもしてくれているおかげで、互角の戦いをしていたのだが、それは、この精鋭兵が南に固まっていることで、対応が出来ていた事だった。
「これを、二日ほどですか・・・なかなか厳しいですね。姉さんか。リリーガの兵が来てくれれば、なんとかなりそうですが。にしても、やっぱり一つくらい父さんからの連絡があってもいいのに。だから変です・・・これは、何か秘策があるんですよね。この情報の裏にある情報。父さん。何かを隠してますよね?」
アインは、皆に言わないという隠された情報。
それから読み解いたのだ。
父の考えを理解する息子は、戦いを乗り切る手立てを、ジスターが戦っている間中、無数に考えていたのだ。
その日はジスターの活躍と兵士たちの粘りのおかげで、戦いは終わった。
◇
やれる。
出来る。
このまま戦えば、敵を押しきれる気がする。
あれほど意気消沈していた王国の兵士たちが、この思いに変わりつつあった。
それだけでも、この日の戦いは収穫ばかりだった気がする。
登って足場を確保できないのは昨日と変わりないのに、気持ちは勝っているような気分なのだ。
優勢に事を進めた事が自信に繋がり、更にここで食事が豪華になったことで活力が生まれていた。
王国はここから勝負を決めに来たのだ。
明日が決戦。
その決意で、戦いが始まる。
◇
帝国歴536年8月25日
この日。帝都は苦しい戦いの開幕を飾った。
気持ちがリセットされたくらいならまだ互角に戦えただろう。
しかし、この時の王国は気持ちが強かった。
ゼロではない。
前日のおかげで大幅プラスの状態となっていたのだ。
この戦場は、圧倒的に王国が有利。
元々、兵数が違う戦いだった。
三万対一万。
この差は覆すことの出来ない事実だった。
だから、アインは相手の士気を下げて、自分たちの士気を上げて、気持ちの差を利用して、戦場を互角に持ち込んだのだ。
その戦略は見事であったが、そちらの王国の将。
ホルス・マーキュリーも立派な将であった。
気持ちの立て直しを図り、次の日には兵士たちに自信をつけさせて、二日後を決戦にする勝負勘の良さは、素晴らしいの一言。
太陽の継承者アインを苦しめた事。
それが立派な武功となることだった。
ホルスが優秀な将である証であった。
この窮地の厳しい戦場。
そこに一筋の光・・・・。
ではなく、三つの光が帝国に現れるのである。
◇
城壁の上でも、王国側の領地が出来上がっていく。
それも四方の城壁で同じ現象が起きた。
四方が等しく、危機に陥った時。
北側にいたサナはある一団に気付いた。
「もう来たのか。さすがだな・・・もう一人の怪物。ふっ。大元帥。あんたの娘も化け物だよ。すげえ人物をこの世に誕生させちまったな・・・大元帥。皇帝陛下・・・」
サナの視線の先にいたのは当然。
神の子だった。
◇
サナの次に、戦場の変化に気付いたのは、城壁の西を担当していたパースだ。
自分が作った交通網から、登場したのは彼らだった。
敵の裏から念願の部隊が来た。
「き、来てくれたんだ・・・凄い。これもアイン様の予想通り。援軍はリリーガからか。なんともまあ、フュン様の息子として、実に優秀なお方だ」
パースの視線の先にいたのは、アインが想定していた援軍。
リリーガ軍。
しかも、少数の兵であったことも予想通りだった。
駆けつけてくれた兵士たちに、パースは感謝していた。
◇
そして最後の異変は、アインの考えを超えるものだった。
南の城壁を担当しているアインが呟く。
「こ、これが。父さんが考えていた秘策なのですか。なんだ。僕の考えなんて、浅はかにも程がある。やっぱり父さんは凄いんだ・・・それに父さんは・・・」
アインの視線の先から援軍が来るなんて、思いもよらない事。
なぜなら、そちらから援軍を出せる軍などないし、無論それを率いるはずの将もいない。
でも、その軍は帝都にまで来ていた。
帝都に来れるはずのない軍。
帝国にいるはずのない人。
これらの状況から、今の事態が一変する。
率いている人物を見て、アインは感激していた。
遠くにいる人物の顔が判別できていたのだ。
「これが父さん・・・これが、太陽の人。フュン・メイダルフィアの・・・人を信じる力か・・・父さん。僕はこの戦い。勝ちますよ。ありがとうございます」
絶体絶命の状態でも、帝国軍の勝利は不動のものとなるのだ・・・。
帝都防衛戦争は決着へと進む。




