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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第四章 二大国英雄戦争最終戦 アーリア決戦 帝都防衛戦争

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第136話 8月23日 アインの口撃

 「な、なんて、声の塊なの。大きすぎる。声が強い。手が…手が震えてる!?」


 両手で耳を塞ごうとする手が震える。

 ホルスはその事実に驚いていた。

 そこから耳を塞いでいっても、意味がなかった。

 お腹あたりにまで響いてくる声など、生きてきた中で聞いたことがない音量だった。


 彼女が周りを見ると、兵士たちの足が止まりかけていた。

 動きが完全に止まってしまう前に、ホルスは大声で指示を出した。


 「だ、駄目だ。足を止めてはいけない。いけ。進め。この声に負けてはいけない。ここで止まれば、この戦いに負けます。突撃です」


 ホルスの判断は間違っていない。

 ここで引いたら、この先ずっと負けたような気持ちで戦い続ける事になる。

 それでは、圧倒的優位な数で帝都を囲んでいても勝ちを見いだせない。

 なにせ、こちらには補給路がないのだ。

 ここで速攻で帝都を落としてこそ、意味がある。

 どこの都市も落ちてしまった王国では、いつまでも包囲戦は出来ないのである。


 ◇


 「ええ。ええ。それしかないですよね。王国の皆さん」


 アインは城壁の縁の上で、敵を確認していた。


 「では第二段階に移行します。皆さん。盾の展開と、準備を!」


 アインの作戦は二段階。

 第一段階はこの音の威圧である。

 相手の士気を上回る士気を得るには、兵士一万の声じゃ足りない。

 そう考えたアインは、都市から声を得ればいいじゃないかと考えたのだ。

 ここで彼は柔軟に思考したのだ。

 結果として、民すらも士気が高くなり、相乗効果で戦いにまで影響していく。

 

 なぜなら、民の士気の向上は第二段階の作戦にも重要だったのだ。


 敵兵士たちが近づいてきて、梯子を掛けていくと作戦は発動された。


 「今です。皆さん」


 アインの指示を聞いたのは、義勇兵。

 募集をかけて集まってくれた一般人が、兵士の盾に守られながら梯子の前に登場していった。

 下から来る弓などの遠距離武器を兵士が盾で止めながら、一般の義勇兵たちは熱湯や岩などを下に落としていく。

 この戦い方は、ラーゼ防衛戦争のフュンたちの戦い方とほとんど同じであった。

 アインは、過去についても調べている。

 勉強熱心な男なのだ。


 「いけますね。敵を登らせないでください。このままの状態を維持です。次の次くらいに弓でもいきます。段階を踏んで相手に慣れさせません」


 行動をランダムにすることで、一定のリズムで戦わない。

 アインの策略に王国兵たちは嵌っていく。

 梯子を登れずに次々と兵士たちが倒されていくと、たまらずにホルスは一度退却の指示を出した。

 それと連動したかのように四方にいる残りの三方の兵士たちも下がっていった。


 「どうでしょうかね。本日のこの士気の違いに対して、対処する方法があるのでしょうかね」


 アインは、ホルスの本陣を見つめた。


 ◇


 「い、一般人が・・・・あれほどの士気の高さで戦う?? あ、ありえない。帝国人は無謀なのでしょうか」


 帝国の一般人は、こちらの兵士以上の士気を保っている。

 ホルスは、これこそ異常事態であると思った。

 敵全体の士気の高さに驚くしか出来ない。


 「どうやって崩しましょ・・・うか?」


 考えをまとめている内に、少年の声が響いて来た。


 「今の攻撃だけで、よろしいのでしょうか。そこから更に下がってもよろしいのでしょうか。王国兵の方々。今すぐ、こちらを攻めねば時間がないですよ。そうですよね。あなたたちはここで孤立しているようなものです。ここで、急がねば、他からの帝国の援軍が来てしまいますよ」


 アインの声は、威圧をしておらず、淡々としていた。

 この意味は、説得だと思った。

 ホルスは抜け目のやり方に思わず舌打ちをしていた。


 「な。なんて子なの。それをわざわざこのタイミングで宣言するのね」

 

 もっと攻撃して来なければ、この帝都を落とせないぞ。

 でも、それ以上に時間をかけていれば、援軍が来るぞ。

 この二重の意味での口撃は、ここでは抜群の効果を発揮する。


 この挑発に引っ掛かったのは、兵士たちの方。

 前方に出て行こうとする。

 だが、ホルスが大声を出した。


 「待ちなさい。向こうも苦しいのです。ただの挑発で、ただの強がりです。まともな援軍など来れませんよ。全都市に兵を派兵している帝国なんです。この帝都だって少ししか兵がいない。だから一般人が戦っているに過ぎないんだ。冷静に。皆さん、冷静になれば勝てます」


 この声もお見事だった。

 ホルスの指示で、王国兵は落ち着きを取り戻す。

 だが、アインにもこの指示が聞こえていた。

 地獄耳のアインをなめてはいけない。

 どんな音も拾うのだ。


 「そうですか。ただの強がり。そう思っているのですね・・・しかし、それはそちらも同じ事かと思いますね。あなたたちも、時間をかけたらいけない理由がもう一つありますよね。僕からお答えしてもよろしいですか。それともそちらの軍長さんが皆さんに説明した方がいいのではないですか? 余計に憤慨してしまうでしょうね。事実を隠していると!」


 なんのこっちゃっと思っているのが王国兵。

 しかし、ホルスだけは、彼の言い分に気付いている。

 こちらの弱点。

 それをまさか今ここで言い当てるつもりなのかと思った。

 

 いくらアインが優秀であろうともまだ子供。

 それを思いつくことはないと、ホルスは考えていたわけだが、見誤っていた。

 アインは全く甘くない。

 優し気な声を持っているというのに、真逆の恐ろしく厳しい男だ。

 王じゃなく、軍略家となっても、非常に優秀な男であったのだ。


 「返事がありませんね。じゃあ、言いますよ。あなたたち。兵糧は? 今持っている量で足りますか?」


 兵糧は?

 この一言がとにかく痛い。

 たったの一言だが重たすぎる一撃だ。

 王国兵の一般クラスにはこの心配をさせまいと黙っていた事実。

 それを突き付けるタイミングが絶妙である。

 見た目は完全に子供、実際の年齢も子供。

 でもアインの知略は、すでに子供の領域ではない。

 ホルスの認識が、ここで固まった瞬間であった。


 「な、なんて男の子なの・・・ば、化け物よ。このタイミングで・・・言葉だけで追い打ち!? それにこれは、兵士たちの士気が・・・」


 改めて言われてみると、確かにと思う。

 兵士たちは、動揺に加えて、心配が増えていった。


 それが目に見えて分かるホルスは、さっきの挑発時の兵士たちの気概が消えていくのを実感する。

 兵士たちは隣にいる兵士を見て、明日の飯がないのではと動揺し始めた。


 「あなたたちは、ビスタから来たのでしょう。ということは、ミラークを占拠してきた。しかし、ミラークは人が少ない。あなたたちよりもですよね。そんな場所から兵糧を強奪しても、微々たるものしか貰えない。あなたたちを数日潤すような量じゃないんだ。それに、ビスタはこちらが落としました。ミラークという補給拠点があっても、ビスタなどからの補給路がないのですよ。だから、あなたたちは、今持っている兵糧で、この帝都を速攻で落としたかったはずだ。でも出来ない。今の僕らの防御があまりにも鮮やかだったからですね・・・ですから、どうでしょうか。改めて、戦えますかね。そんな状態で・・・気持ち。保てますか?」

 

 その呼びかけも辛い。

 こちらの士気を落としながらの指摘。

 あまりにも口が上手すぎた。

 完全に王国軍の戦う意欲が下がっていく。


 「戦えないような状況なのは、僕らよりもあなたたち・・・それでもこちらに向かってきますか? さあ、どうでしょう。降伏を宣言した方が、楽になりますよ。白旗をあげるだけでいいのです。一本。空に掲げて頂けたら、こちらの帝都の食料で、僕らはあなたたちを飢えさせないように食事を提供します。さあ。どうしますか。最初に戦うかを聞かれてしまいましたが。実は、戦いを選ぶのは僕らじゃない。あなたたちだったんですよ」


 アインの言葉には甘い誘惑がある。

 ここで、敗北を宣言して楽になった方が、ご飯を食べられる。

 ここで、我慢して戦う選択をすれば、飢えて苦しくなるのはあなたたち。

 この言葉は何よりも重かった。

 そして、この場面での王国の沈黙は長かった。

 皆が自分自身の気持ちについて考える場面だったからだ。



 ◇

 

 王国兵が悩んでいた頃。

 帝国の方は余裕の面持ちであった。

 アインが作り出した時間で、休憩が取れたからである。

 北にいるサナは苦笑いをしていた。


 「恐ろしい坊ちゃんだな。ヤバいな。あれは」


 アインの言葉を別な城壁で聞いていたサナは、自分の目下にいる敵の様子を眺めた。

 足が完全に止まっている。

 強い言葉での挑発じゃないからこそ、体の芯にまで効きまくっていた。


 「大元帥。あんたの子供。ある意味化け物だぞ。ははは・・・やべ・・・あんたの子供の頃よりもやべえわ」


 言葉だけで敵を止めた。

 その事実がまごうことなき真実。

 あの頃。

 貴族集会でフュンが戦った時を思い出すと、この人数をコントロールするような聡明さが、当時のフュンにあったかと言うと、たぶんないだろう。

 サナはそんな懐かしい昔を思い出していたのだ。


 ◇


 帝都中央の指令室にいるのがサティ。

 そこで、四方の連絡を一括管理していた。


 「私が神童とか言われていたのが恥ずかしいですね」


 サティはアインがいる方角を見た。


 「あれがまさに神童。この帝国には、怪物が二人いるってことね。ええ、こちらにその二人が産まれてくれてね。神に感謝しますわ」


 アイン。そして、レベッカ。

 皇帝夫妻の二人の子供の才は、皇帝夫妻を大きく上回るものであった。


 ◇


 ホルスは、ここで頭を抱えた。


 「くっ。ど、どうすれば・・・でも・・・ああ、なんて厭らしい子供なの。こっちの戦略を負かしに来たんじゃない。こっちの兵士の気持ちを折りに来たんだ」


 戦って負けるなら、次に勝てばいい。

 気持ちが折れなければ、攻城戦なんて続けられる。

 でもここで気持ちが折れてしまえば、戦い自体が続けられない。

 

 戦いにおける重要事項の一つ。士気。

 その低下は戦いの結果を左右するものじゃなく、戦いそのものが出来なくなるのだ。

 人は気持ちが何よりも重要。

 信じられない力を発揮するのも、全ては気持ちからである。


 「んんん・・・ど、どうすれば」


 こんな状況に陥ったことがない。

 もしかしたら大将クラスの将軍たちならば、この対処法があるのかもしれない。

 でも自分はまだ少将になったばかりの将軍だ。

 この窮地で、兵士たちの気持ちを元に戻す方法が、思いつかない。

 戦いの問題であれば対処できるのにと、ホルスはここで歯がゆい気持ちになった。

 出来そうで出来ない問題を、小さな少年に叩きつけられたのである。


 「下がります。ここは幹部会を開いて、気持ちを落ち着かせましょう。兵糧は数日分はあるんです。それを皆に周知すれば、何とか次も戦えるかもしれません」


 ホルスは、仲間の説得に出たのであった。

 


 

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