第134話 8月23日 太陽の継承者の初陣へ
リンドーアの前で待機しているフュンの元に、ギリダートからの連絡がやって来た。
クリスが発表する。
「フュン様」
「なんでしょうか」
「帝都が襲撃にあっていると。その連絡が来ました」
「は? 帝都に??」
「はい。軍が三万迫っていると」
「・・・敵が、どうやって?・・・全ての都市を封鎖したはず。まさかガイナルでしょうか?」
「そ、それが・・・」
ここまでの経緯をクリスが説明する。
とんでもない事態であることに変わりがないが、フュンは冷静だった。
顔色一つ変えずに二言を発する。
「なるほど。そうですか」
クリスの方が心配して聞いた。
「どうしますか。フュン様。ここは兵を多少戻しますか」
「ええ、そうですね。ここは、何もしません。僕はここで皆を信じます」
「え? それはさすがに、信じただけでは・・」
フュンは自信満々に答えた。
「いいえ。僕は仲間を信じています。彼らは負けませんよ。それに僕は奥の手を用意していますから、大丈夫」
「奥の手???」
「はい。彼ならやってくれると思います。絶対に」
帝都が絶体絶命の危機の中でも、フュンは最前線から離れる事はなかった。
帝国は残された戦力でも戦える。
自信があるのは、信頼だけじゃない。
彼にはとっておきがあったのだ。
◇
帝国歴536年8月23日。
帝都はこの日、三万の軍に囲まれた。
一万の兵士しかいない帝国は、かかしなどの人形を用意して、人数のかさましをしていた。
城壁の下から見れば、多少は人が増えているようにも見える。
戦いの開幕。
それはまず、口からだった。
王国からの攻撃である。
「一時間後。降伏を宣言してもらえないのなら、攻めます。よろしいですね。帝国の方々」
前に出たホルスがその宣言をした。
帝都にいる兵数との違いを深く理解していた彼女は、あえて何も言わずに戦争すると宣言をした。
「わかりました。帝国は降伏しませんので、どうぞ。お好きなように」
サティが堂々と受け答えをしたために、ホルスは首を傾げながら本陣に下がっていった。
ここに兵はいないはず。
なのに、あの自信はどこから来るのかと悩んだのだ。
◇
「サティ様。配置はこのようにしました」
「え?」
「敵の大将は南にいるようなので、僕がやります」
「え???・・・だ、誰があなたに許可を? ちょ・・・ちょっと???」
いつのまにやら、軍の指揮権はアインが握っていた。
なぜ、このような事が可能になったのかと言うと、ここにいる最大の軍関係者が決定したのだ。
それは大将の一人サナであった。
「サティ様。私が許可を出しました」
「サナ!? なぜ、あなたが・・・ここは休んでいなさいと、フュン様から言われていたでしょう」
「いいえ。ここは国の一大事。私の体の心配はご無用」
「で、ですが・・・」
今回のサナは、最前線への派兵がなかった。
その意図は、彼女の出産時期がこのタイミングだったからだ。
サナとマルクスの子が、この戦いの二週間前に産まれていたのだ。
クロム・スターシャ。
のちのスターシャ家当主で、アーリア大陸でも最高クラスの名将となる男の子である。
「それに私の隣にはマルクスがいますし、一つの盤面は任せてください」
「一つ?」
「はい。アイン様からの指示を聞いてほしいです」
「アインですか」
サティはアインの方を見た。
「サティ様。四面。ここに将を置きたい。まずは南。ここが僕。そして次に、東。ここにジャンダ。北にサナさんとマルクスさん。西にパースです」
「ふ、不安だらけですね。指揮が出来る将がサナしかいない」
「ええ、ですが。サナさんとマルクスさんが、ジャンダとパースをカバーできると思うのです。それに僕の予想ですが、向こうは攻城兵器を持ち運びできない」
「ん?」
アインの聡明さは、この中で一番だった。
「あの兵士たちは突如として、ミラークに出現した。この事から、彼らは地下道を利用したのでしょう。姿を隠して移動できるのは、影以外だとそれしかない。この停戦期間中。少しずつ帝国が用意した道とは別の道を作っていたのです。それで、ミラーク付近にまで姿を現さずに進軍をしてきた。となると計算が出来ます」
彼は敵の行動を読み切る。そして予想を立てる。
「敵がその地下道を利用するなら、攻城兵器は運べない。狭い道にあんな大きなものを入れ込むのだって不可能だ。でもですよ。ミラーク。あそこを占拠したのなら、一つだけ作れるものがあります」
「攻城兵器をですか?」
「いいえ。それは無理です。ですが、攻城戦で重要な梯子を作成できるのです。地下道での運搬は難しくとも、あの村で作ってしまえば、こちらに来る際に重要なものとなるでしょう。なので、梯子を作りたいから敵はミラークを攻めてきたというのもあるかもしれません」
「なるほど・・・そういうことですか」
「それで、梯子があれば戦えなくはない。破城槌。大砲。これらが無くても戦えます。しかし城門をそのまま突破することが出来ない。なので敵の行動は城壁の上からになります。だったら、僕らはまだ兵数に差があっても戦えます。それに、敵の大将ルカがこちらには来ません」
「なぜ、それを言い切れるのですか。レベッカが負けて、ルカがこちらを攻めて来る可能性だって」
「いいえ。あの姉さんですよ。ルカにも勝ちます。彼女は神の子ですから」
自分の姉は自慢の姉。
誰よりも姉の強さを信じているのが、アインという弟だった。
「そ。そうでしょうかね・・・あの子が・・・」
ちょうどこの頃。
レベッカはルカと戦っていて、きっちり勝利を決めていた。
今の彼女の圧倒的な武を止められる人間は、この大陸で指で数えられる人数しかいない。
「そして、サティ様」
「なんでしょう」
「光信号は、全域にいっています。なので、帝都の事態を皆が大体は把握しているはずなんです」
「それはそうでしょうね」
「はい。ということは、父さん、母さんも把握しているでしょう。ですが」
「ん?」
「父さんは援軍を寄こしません」
「え?」
「父さんは、僕らがここを守り切ると思っています」
「なんですって?」
あの仲間思いのフュンが、こちらに援軍を送らない?
サティの驚いた様子を見て、アインは説明を加えた。
「ええ。父さんだったらすでに光信号で連絡をするはず。なのにそれをしないのはおかしい。だったら、他に託しているはず。それで援軍が来るとしたら、父さんじゃなくて。フラム閣下だと思います。彼が光信号での連絡を見た時から援軍を送ってくれているはずなんです」
「なぜ? ん? なぜそう思うのですか」
サティは疑問だらけになり、ついつい聞いてしまった。
「はい。父さんは帝都の情報を知っている。なのに、父さん名義での命令がない。ということは、判断はリリーガに託したという事になります。後方支援軍の一つであるフラム閣下の判断を最優先とする。それが父さんの皆への無言の指示です。皆を信頼しているという指示がでているのです。それに父さんは目の前のネアル王に集中したいのでしょうね」
「なるほど。そういうことですか」
アインは、父の考えを理解していた。
仲間を信頼して、判断も託している。
それが今回の反応がない理由だという事だ。
「それで大体、あと四日。明後日辺りにこちらに兵が来るはずです」
「え? でも援軍の知らせなんて、リリーガから来ていないですし・・・」
「はい。それは単純に僕らがそれにすがっちゃいけないからでしょう」
「すがっちゃいけない?」
「はい。こちらに来る援軍の数が少ないのですよ。おそらく、こちらとその援軍を足しても、三万にはならないのでしょう。一万以下の援軍がこちらに向かっているのだと思います」
「一万以下ですか。さすがに少ない」
「ええ、でもしょうがないです。リリーガはそもそも各地への対応をしなくてはならない地域です。常時三万くらいの兵を置いて、最前線のどこにでも派兵したい場所なんです。だから、帝都への戻るような形の派兵は出来るだけしたくありません」
「なるほど」
「そうです。リンドーアでの決戦。これを完成させるためには、リリーガの兵は非常に重要。ですから、ここは僕らで勝つのです。相手の兵を倒すのは僕らであるべきなんです」
この子は本当に10歳なのか。
この場にいたサティを含めた幹部たちは驚きで一杯だった。
まるで、フュンがそばにいるような感覚になって、不安の残る現状の中でも、安心感が出て来るのだ。
「いけます。一時間後。相手の突撃に対して、僕がちょっとした仕掛けをします。やってみてもいいでしょうか?」
「わかりました。いいでしょう」
「はい。ありがとうございます」
アインは満面の笑みで感謝を述べた。




