第132話 ゼファーの子 疾風のダン
ラサリの戦いは、開幕から両部隊の全員が大激突する。
三千対三千。
それらが何の計略もなしに、真正面でぶつかって、力と力の戦いを始めていくのだ。
なので多人数での戦争じゃなくて、一人一人がそれぞれの敵と戦う。
一対一のような決闘がそこら中で行なわれる形となるのだ。
レベッカとダンが並んで走り、その後ろを部隊が走る。
二人は誰と戦うかを決めていく。
「私、ルカがいいんだが、あれが邪魔をしそうだな。ダン」
ルカの隣にいる女性が自分の戦いの邪魔をしそうだ。
レベッカはその女性を指差して、ダンに指示を出した。
「はい」
「あれ。頼む」
「わかりました」
少ない言葉で全てを理解したダンは、レベッカの為に道を作る動きをした。
レベッカよりも速く走り、全体に指示を出す。
「皆さん。もう少し広く。自分の前にいる人をお願いします」
一人一人の間隔を広げて一対一の状況を作る。
ダンは的確な指示を出して、自分自身はルイルイの方に行った。
「レベッカ様。これでよろしいでしょうか」
「よくやった。さすがだぞ。ダン!」
「いえいえ」
それ以上は言わず、ダンはルイルイの足止めに入るために、レベッカの護衛から外れていった。
「それでは私もいく! こっちはルカだな!」
二つの強者の戦いが始まる。
◇
「あれ? ルイはこの子と戦うことになるの」
ルイルイは、爽やかな青年の前で立ち止まった。
「そうですね。あなたのお名前はルイさんですか?」
「ううん。ルイルイ」
「ルイルイさんですか。よろしくお願いします」
「うん。よろしく」
青年は、表情以外にも、態度も爽やかで、挨拶が丁寧だった。
深くお辞儀した姿が板についていた。
「ルイルイさんは、戦えますね。強いです」
「ん? 見ただけで分かるの?」
「はい。気配がミシェルさんに近しいです」
「ミシェル・・・聞いたことがあるね」
ルイルイは首を傾げていた。
どこかで聞いたことのある名だと思った。
「それでは、私から戦ってもよろしいでしょうか。手加減はしない方がいい?」
「自信があるみたいだね。君・・・」
「ええ、あります。ですが、傷つけたくないので、本気は控えます」
「・・・ん!?」
「本気を出せば、傷つけそうですからね」
いつもお茶らけているルイルイ。
でも意外と負けず嫌いな性格で、彼女の目が真剣になった。
敵の挑発行為に乗るまではいかないが、今のダンの発言が多少は効いたようだ。
「いきますよ。はい」
と掛け声が終わった直後。
目の前にいた青年が消えた。
移動に音がなく、影の技に近いのかと思ったが、それも違う。
ルイルイも一流の影使いだからこそ、影の力を相手が使用したならばこの目で追えるのだ。
でも力の痕跡がない。
という事は単純な速度の違いで、目が敵を追えていないのである。
ここで、風が吹いた。
自分の右の方で、突風のような風が吹き荒れる。
肌がその風を感じて、そしてすぐに止んだ。
「こちらですよ。目が追い付いていないですね」
風が止まったと同時に出現したのが青年。
瞬間移動のような動きで、風のみが彼の移動先を示していた。
「な!? 速すぎる・・・」
「これはどうですか」
レベッカと同様に刀を使用する青年。
そのメイン攻撃は、突きだった。
右肩を引いて、刀に地面と水平にして、刃の下を左手で支える。
独特なフォームで戦いに出る。
しかし、この姿。誰かに似ているのだ。
そうゼファーの槍を持つ姿と重なるのである。
刀を槍のようにして扱う剣士。
それがダン・ヒューゼンなのだ。
「あ、あぶな・・・」
「躱しましたね。やりますね」
「きょ・・・距離を取らないと駄目かも・・・この子、速過ぎ」
ルイルイは突き攻撃を躱した直後で、バックステップをした。
思いっきり後ろに体重を傾けての飛び込みで、大きく移動して相手との距離を取れたと思っていた。
だが、この風は止まない。
彼は、疾風のダンなのだ。
移動は、風と共に。
風が止んだら出現の合図。
そして、彼の基本攻撃は、神出鬼没の怒涛の攻撃である。
「な!? もうこっちにいる。後に移動したのに、先回りされた!?」
移動先で着地しようと右足が地面に着く寸前で、ダンが左から現れた。
躱しようのない体勢に、ルイルイは焦る。
ダンの再びの突き攻撃をもらいそうになり、弱音も出る。
「だ、駄目だ・・・これは・・・死んだかも」
思わず目を瞑ってしまった。
開いていた時に見た剣の軌道は、自分の喉を貫く一撃だった。
だから、自分の死は確実だろうと思っていたのだが。
「終わりましょうかね」
優しい言い方の後。
顔面に風が吹きつけられた。
「はい! これで終わってもらえると嬉しいですよ」
閉じていた眼。
片目だけ開くと、ルイルイの喉の先に刀が置いてあった。
「あなたの負けでどうでしょう。この先も戦わないといけないとなると、本気にならないといけませんからね」
「・・あ!? こんなに強いの・・・君。誰? 強すぎだよ」
自分の里でも王国の間でも情報にもない人物。
レベッカ・ダーレーは知っていても、こっちの青年が誰だか知らない。
「私は、ダン・ヒューゼンです。ゼファー・ヒューゼンの息子であります」
「なに・・・ゼファーの子!?」
ゼファーには記録上。血縁の子供はいない。
その情報は、王国でも知られている事実であるのだが、養子がいる事は知られていなかった。
「はい。ゼファー様には大変申し訳ありませんがね。私は息子だと思っています」
ゼファーが自分の事を子供だと思ってくれているのかが分からない。
だから、ダンは自信無さげな言い方をした。
でも、ダンには分かって欲しい。知っていてほしい。
ゼファーは愛情表現に乏しいだけで、ダンの事は本当の息子のように大切に思っていることを。
彼は、父を幼い頃に、母も早くに亡くしているので、家族の関係に親子というものがないのだ。
伯父とは良好。祖母と祖父とも良好。
でも親がいないから、親としての愛情表現の仕方を知らないだけなのだ。
ゼファーは、表現がないだけで、愛情がある。
不器用な男の不器用な愛がいつ伝わるのかは、二人のみぞ知る事である。
「ああ。あ~あ、無理だよね。ここからは、いくらなんでも勝てなさそうだし・・・ごめんねルカっち」
自分の敗北を素直に認めたルイルイは両手を挙げて降参した。
「・・・君。ルイの負けでいいよ」
「そうですか。では、少しの間失礼しますよ」
勝利したことで、ダンはルイルイの手を縛って拘束した。
これが、疾風のダンの初陣での初勝利となった。




