第131話 戦いの女神の化身再来
「ふぅ・・・疲れたぜ・・・ルイルイ。おい。いるか? いないか。これだけしか突破できなかったか」
包囲網を突破できたのは、極少数。
ルカの独り言は少しだけ嘆きが混じっていた。
それにひとまずの確認。
周りを見たのだが、近くにルイルイがいなかった。
「あいつ。突破できなかったか」
「いるよ。酷いな。ルカっち。もう少し確認してよ」
「お? なんだ、後ろで、影になっていたのか」
「うん。そうだよ。周りのフォローに回ってたんだよ」
「そうか。悪かったな」
ごめんごめんと言いながら、ルカは片手でジェスチャーした。
「ルカっち。あれ強かったね。ラーゼの獅子。あそこの兵が少ないからさ。あそこならもっと兵が突破できると思ったんだけどな。結局三千弱くらいになっちゃった」
「そうか。他の場所も三千なのか?」
「違うよ。ラーゼ付近が百くらい。ハスラ付近が四百くらいだって。あとでこっちに合流するみたい」
「じゃあ、全部で三千くらいになるのか?」
「そうなってるね」
「それぽっちになっちまったか。強いな。帝国軍。思った以上だ」
「ルカっち。あのラーゼの獅子ってのがさ。強すぎない」
話が最初に戻った。
「当り前だろ。元は俺たちと同じなんだからよ」
「同じ?」
「おい。歴史の勉強は? してねえのか? ルイルイ」
「れきしぃ・・・・なにそれぇ。美味しいのぉ」
勉強していない者のセリフである。
「クソ、やっぱこいつ、勉強してねえじゃねえか。マイマイと一緒じゃんか」
「マイっちと一緒にしないでほしいな。ルイは、一ミリも勉強してないもん」
「は? なんでそれを自慢すんだよ」
「マイっちは、あれでもコソコソ勉強してたんだよね。テストの前とかさ。嘘ついてんの。してないよ~とか言ってさ。ズルくない」
「いや、それが普通だろ。つうか。お前は、勉強しろよ」
「ムスっ!」
「口から擬音を出すな。あほ!」
ルイルイと一緒にいるといつもながら疲れる。
しかし、ルカはため息をついても、説明はしてくれるのであった。
「ラーゼの獅子は、ロベルトの民の末裔だ。だから、俺たちとほぼ一緒だろ」
「ルイたちは、ドノバンの民でしょ?」
「そうだよ。だから俺たちもロベルトの民の末裔だ。お前・・・まさか。待てよ。基礎中の基礎のだ。ロベルトの民がアスタリスクの民だってことも覚えていないのか」
「お、覚えてない・・・」
そんな顔じゃない。
「聞いていなかったな。お前。歴史の授業をさ」
「・・・ギクッ」
「はぁ。やべえ奴だぜ。お前はさ。まったく、いいか! 俺たちはドノバンの民の末裔だ。ロベルトの民の脱出組がドノバン。ロベルトの民の居残り組が、ラーゼの連中。ロベルトの民から復讐の鬼になったのがナボルだよ。これくらいは基礎知識だぞ。覚えておけ」
「は~い」
聞いていなさそうな顔である。
疑わしい顔を向けているルカは、帝都へ移動しながら丁寧に教えてあげていた。
「ルイルイ。俺たちは、隠れ里を形成しているだろ」
「うん。シルリアでね」
「そうだ。あれらは、大昔にドノバンから移動してきた人間が作った里だ。まあ、言っちゃあ悪いが、予備の里だ。帝国に目をつけられて、ナボルにも目をつけられた当時の人間が、王国側にも隠れ住む場所を手に入れた方が良いと思って出来た里なんだよ」
ルカの説明で、ルイルイは納得した。
「そうなんだ。ギルッちが作ったんじゃないんだ?」
「ちっ。お前。そこも知らんのか。いいか。ギルは、里を大きくしただけ。あいつもドノバンから来た男だろうが・・・いや、違うか。親父さんがそっちの人だったな。あいつ自体は別か。そういう意味じゃあ、あいつも王国人で良いのかもな」
「へ~。そうなんだ」
「ああ、あいつは親父さんの事件に巻き込まれた。ただの可哀想な奴。じゃなくてな。自分の夢を是が非でも叶えるために泥水を啜ってまで前に進んだ。勇敢な男なのさ。戦士でありながら、ナボルに潜入した男だぞ。覚悟が違うわ。決まっちまってるわな。腹もな。これの何がすげえって、太陽の敵になることを決めた事だ。それがすげえ。俺たちでは到底考えることが出来ない。ありえねえ考え方だぜ。本当にさ」
そもそもの生きる覚悟が違う。
ギルバーンの。
他のナボルにはない不気味さがあったのは、覚悟が違うからだった。
「確かにね。あの連中の中にいたんだもんね。ママから聞いていたしね」
「ライライさんか。元気か?」
「うん。あの任務が終わった後に、引退してからずっと元気。風邪もひかないし。馬鹿なのかな」
ライライさんもお前にだけは言われたくないだろ。
と思ったルカは、そのまま話を続けた。
「そうか。ライライさん、重要任務だったもんな」
「そうだよ。太陽の人の護衛の護衛でしょ。結構難しかったと思うな~」
「当り前だ。レヴィ殿の護衛だ。彼女に気付かれないように行動するなんて、馬鹿みたいに難しいぞ」
「そうだよね。あの人も一流の人だもんね」
「彼女の行動の補助を人知れずするなんてな。俺たちの影は優秀だな」
「今はショーンが引き継いだでしょ」
「まあな。計略の部分はイルミだけどな」
「そうだね~。イルっちも優秀だもんね」
「そうだな・・・」
二人が率いている軍が徐々に合流して、最大三千の軍となり移動を続ける。
右手にラメンテ。左手にサーメント。
双方の間を突き進んでいくルカ軍は、前方にリスティアと呼ばれる町が見えかける頃で異変に気付く。
「なんだ? 前から来ているのは軍か?」
「どうだろ。見てみる」
ルイルイは望遠鏡を覗きこんだ。
「あれ!? なんか軍みたいなのが来てるよ」
「なんだと。あそこを突破したら、軍なんてありえない。どこに残ってんだよ」
「帝都?」
「馬鹿な。表に出て来るってのか」
帝国の都市に兵士は少ないはず。
だったら、迎え撃つにしても都市で守ってしまった方が良いのに、わざわざ表に出て来るのはありえない。
「数は、どうだ」
「同じくらい」
「三千だと」
野戦に送り出すほどの兵力があるとは。
この時のルカは、驚きと自信の双方を持っていた。
驚きは、こちらに向かってきたことで。
自信は、ここに向かってくる人物が、有能な将などではないだろうと高を括っていたからだ。
自分に勝てるような将など、最前線に出払っているに決まっている。
全ての戦場に帝国大将たちは向かったのだ。
だから、残りの有名でも無い将では、自分の相手にもならないと思っていた。
◇
ラサリの戦いの直前。
この戦いがラサリと呼ばれているのは、ラメンテ、サーメント、リスティア。
この三つの中間地点で二つの部隊がぶつかったからである。
ルカが率いたのが、ルカ軍で包囲網を破った精鋭兵。
ラーゼの獅子の脇を通り抜けるくらいに強い部隊である。
それに対して、帝国が用意したのが、レベッカが率いる部隊。
レベッカ隊だ。
「な!? 子供??」
先頭を駆けてきた人物は、まだ少女だった。
体などはしっかりしていて、顔立ちも美人でもあるが、でもまだ出来上がっていない面もあるから少女だと思った。
「どれがルカだ」
相対して、レベッカが一番最初にやったことは、敵の大将を見つける事だった。
キョロキョロしている。
「俺だ。お嬢ちゃん」
「ほう・・・・中々だ」
随分と偉そうな言い方だが、不思議と嫌な感じがしない。
ルカは面白い女の子が目の前に現れたと思った。
「ルカ・ゴードンさんですよ。目上の方なんだから、もう少し言い方を抑えてくださいよ」
「ん・・・敵だぞ。なぜ配慮せねばならん」
「はぁ。まあいいですよ。もう」
レベッカの隣にいる青年は頭を抱えていた。
「そっちの子。強いね」
ルカの隣でルイルイは小声で話した。
「ああ、気配が強い。でも俺は、こっちのお嬢ちゃんが異常だと感じてる」
「なんで? 全然強そうじゃないよ」
「そうだ。それが変だ。気配がないだろ。でもそれがおかしいんだ。無だぞ。無。何も感じないのが化け物だ」
「ホント?」
「ああ、あっちの青年は間違いなく強い。気配で言えばゼファー殿に近い。でもこのお嬢ちゃんは、何も感じないわ。誰だ、この子・・・」
小声でやり取りした後。
ルカは、疑問が出てきたので単純に聞いてみた。
これには計算や打算が感じられなかったので、レベッカの方も素直に答える。
「あんた。何者だ。怪物に感じるんだが・・・・あんたのような化け物。こちらの情報にないんだよな」
「ほう。こっちじゃなく、私を化け物だと思ったか」
レベッカは隣に立つ青年を指差した。
自慢の部下であるから、それよりも強いと判断してもらえて、ちょっぴり嬉しそうである。
「見る目があるな。殺すのには惜しい」
「殺す?」
「無断で帝国領土に足を踏み入れているんだ。当然殺すだろ」
腕組みをしているレベッカは戦闘態勢に入っていなかった。
威圧もしてないし、威嚇もしていないのに、ルカの背中からは嫌な汗が流れる。
「そうか・・・」
出来るわけないだろと言えなかったのが不思議だった。
シャーロットにこう言われたら、やってみなと軽く冗談ぽく返事を返せるのに、この少女の言葉が冗談に聞こえないから返事を返せなかった。
「気配がいいな。ルカ・ゴードン。私が勝ったら部下になれ」
レベッカは一目見てルカを気に入った。
部隊に入隊させるのに、自分のお気に入りだけを入れているレベッカ。
ルカはその基準に到達している人物らしいのだ。
「?」
「私が勝ったら捕虜ではなく、私の部下になれ」
「・・・なぜ。俺があんたの部下にならないといけないんだ?」
「面白そうだ。私の隊に入れ。いずれこの隊は大陸一の部隊となる。だから、王国人だろうが関係ないし。それにルカが入れば、この隊も面白くなりそうだ」
「???」
準備運動をし始めているレベッカに対して、ルカは聞いてみた。
「・・・あんた。誰だ? 名は?」
「私か。私は、レベッカ・ダーレー。いずれ大陸最強の剣士となる・・・戦姫と大元帥の娘だ」
「「「な!?」」」
ルカたちは驚くしかなかった。
まさか、こんなところで出会うのが、ガルナズン帝国皇帝シルヴィアの第一皇女レベッカ・ダーレーであるなんてと。
「よし。力比べだ。ルカ。私と貴様の部隊。どちらが強いか。試してみよう」
中途半端な敵じゃなく、かなり強そうな敵を見つけたことで、レベッカは初陣を嬉しそうに戦うのであった。




